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吉之助の雑談49(令和8年1月〜6月)


〇「古典に取り組む」

昨年(令和7月)12月20日に武蔵野市・吉祥寺シアターで鈴木忠志演出のSCOT公演「世界の果てからこんにちはU」(新装改編版)を見て来ました。SCOTとは、Suzuki Company of Togaの略で、富山県利賀村に拠点を置く劇団です。)「世界の果てからこんにちはU」は、令和3年9月利賀山房での初演の作品です。吉之助は同年12月吉祥寺シアターでの公演を見ましたが、その4年後になる今回(令和7年12月)の公演は「新装改編版」という触れ書きで、再度演出を練り直しての公演でした。

どこをどう直したかは、とりあえず本稿に於いてはどうでも良いことです。本稿で話題にしたいことは、鈴木忠志は同じ作品を何度も何度も繰り返し取り上げて・その度に細部の演出を練り直すと云うことです。鈴木忠志は同様のことを他の作品でも続けてきました。生涯を賭けてその作品と取り組み続けて・最終的な完成を見ることはないと云うことです。「この作品については・すべて語り尽くした」とその時は思っても、再度読み直してみたらまた新たな発見がある、「自分はちっとも読めてなかったなあ」と思わず恥じ入ってしまう、「名作」と呼ばれるものはみんなそんな奥深さを持っているものです。

これについてちょっと昔の発言ですが、鈴木忠志はこんなことを語っています。

『歌舞伎はすごいものだったと思うんだ。「四谷怪談」なんかよくこんなことを考えついたなって。それは集団で実際に劇団をつくってやってみると分かるんですよ。三か月でどういう舞台にしよう、ああしようこうしようって毎日一つずつやっていく。そうすると、あっ、ここで思いついた、こっちで思いついた、衣装はこうだ、照明はこうと、すごい時間がかかるものなんです。だから私のものなんか、「リア王」や「トロイアの女」は十五年もやった。それでようやくこれで考え尽くしたなって。舞台ってそういうものですよ。それを歌舞伎はやった。それはすごいです。私たち現場の実感からみて、一つに十年かかるんです。(中略)だから若い連中に言うのは、「女の一生」もそうだけれども、一生やれるものを持ったということはすごい大切なことなのに、なぜ新作、新作ってすぐ捨てちゃって、新作でないと現代に生きていない気になるんだと。(中略)それから見ると、歌舞伎は本当に羨ましい。だけどあれだけのいろいろな裏方がいて、もっと演出家を入れて議論してやればすごい凝縮したものになるのに、なぜやらないのかという思いは見ていてするんだよ。現場的な実感からすれば、もったいないな、こんな素晴らしい財産があるのに、という感じがします。』(鈴木忠志:対談「現代のなかの歌舞伎」・岩波講座 歌舞伎・文楽 第1巻・1997年9月・岩波書店)

鈴木忠志が指摘する通り、歌舞伎は一つの作品を、何百年も賭けて・何世代も賭けて、様々な試行錯誤を繰り返して、型や演出・細かい仕様を練り上げて来ました。何百年・何世代という・気が遠くなるような長いスパンで、歌舞伎は地道にそれを行って来たのです。そのような「古典」を財産として豊富に持っていることの有難さを歌舞伎役者は先人に感謝せねばなりませんね。

昨年(令和7年)は歌舞伎座で三大丸本歌舞伎上演(3月「忠臣蔵」・9月「菅原」・10月「千本桜」)が行われました。細かいところでの注文は色々あったにせよ、切羽詰まったところに追い込まれると・やっぱり歌舞伎は強いものだなと思わせるところがありましたね。何百年・何世代というスパンから見れば、今現在はそのうちのたった一コマにしか過ぎません。しかし、その一コマに何百年・何世代の長い歳月が裏打ちされていることが感じられる、そのような場面が、時にはあったと思います。(しばしばであったとは言わないが、時にはあった。)そんなところから伝統芸能者としての自覚と「自信」が生まれます。(これは我々観客にとっても同じことだと思うのですけどね。)このような「自信」が今の歌舞伎の若手に一番必要なものだと思います。

(R8・1・1)



 

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