リッカルド・ムーティ語録:イタリア・オペラ・アカデミー・1
ヴェルディ:歌劇「リゴレット」
*吉之助は2019年・東京春音楽祭でのリッカルド・ムーティによるイタリア・オペラ・アカデミーの「リゴレット」作品解説とリハーサルの一部を聴講しました。メモを捨ててしまうのはとても惜しいので、サイトに記録として残しておくことにしました。ムーティの人柄が分かると同時に、作品理解の参考にもなろうかと思います。ムーティの言葉は同日の同時通訳をメモったものですが、もし不明な点があれば、それは吉之助に責任があります。
〇2019年3月28日・東京文化会館大ホール
〜ヴェルディ:歌劇「リゴレット」作品解説・「リゴレット」は民衆的なオペラであるが、ずっと裏切られた演奏をされてきたオペラでもある。
・モーツアルトでもワーグナーでも作曲者に対する尊敬を込めて演奏される。ところがヴェルディでは、楽譜の指定とは違う高い音を出したり・音を長く引き伸ばすなどエフェクトを追及することが慣習的に横行している。ベルカント・オペラではその傾向が強い。それが民衆的なものであるかのような誤解が沁みついてしまった。
・トスカニーニがアメリカに移ってしまったことで、イタリアから「演奏の厳格さ」が失われてしまった。
・1855年、「リゴレット」初演の4年後のこと、ヴェルディは、「リゴレット」は私が最も愛したオペラだと書いている。
・「リゴレット」は未来を見通したオペラ、表現主義的なオペラであると云える。
・「マクベス」では一曲一曲のナンバーがそれぞれ完結したものになっている。これに対し「リゴレット」は、全体でひとつの完結を示すオペラである。音楽が止まってしまってはならない。ひとつのボウイングとして、メロディが永遠に続くようなイメージで作曲されている。
・リゴレットは人間として悩み、父親として悩み、自分の「悲劇」を生きる。
・ヴェルディは手紙にこう書いた。「私は指揮者や歌手が、私が楽譜に書いたことを、勝手に変えることを許さない」。
・ハイC音を聞きたがる風潮を、私(ムーティ)はイタリア人として侮辱だと感じる。
・慣習には良いものもある。しかし、自分の快楽のために・安易に効果を求めて、勝手に変えることは間違いである。サーカスをやっているのではない。
・アリア「清きアイーダ」は弱音(ピアノ)で終わるように書かれている。これをみんな強く高く引き伸ばすが、これは間違いだ。同様にリゴレットとジルダの二重唱も音を下げて終わる。これを高く伸ばすことはしない。
・音楽は科学的なものです。「リゴレット」の場合、それはすべてひとつの音、ドの音から出ている。これが表わすものは呪いの中核、すべての恐さです。ワーグナーがライトモティーフを始めるより以前のことですが。
・ヴェルディはこのオペラの題名を「呪い」としたかったのです。
・「あなたたちのせいで私(道化リゴレット)は人を笑わせざるを得ない。あなたを攻撃することに私は喜びを感じる。しかし、家に帰ると、私は別種の喜びを感じる。私は別の人間へと変わる。」・・ここで五度から六度への転調。この音楽の変化を感じてください。「もし自分が悪い人間であるならば、それはあなたたちのせいだ。」
・ジルダのアリアは中音域を中心に書かれています。軽い声で歌われるアリアです。罪のないナイーヴな娘であるかのようですが、愛の炎を理解している女性でもあるのです。
・終幕の四重唱について、ヴェルディは「私の書いた最も美しい頁(ページ)」だと云いました。
〇2019年3月31日・東京芸術大学第6ホール
〜ヴェルディ:歌劇「リゴレット」・オーケストラ・リハーサル・3日目・前奏曲。フォルテはまあいい音だ。ピアニシモが大事ですよ。旋律を演奏する時に歌詞を考えなさい。この旋律はリゴレットの歌のどの歌詞から来ているんだ?
・リゴレットとスパラフチレの二重唱。旋律は美しいけれど、ここには怪物が出ているんですよ。ロマンティックではなく、冷たく。
・(指揮者に)テンションです。オーケストラと一体になって。
・(指揮者に)拍を考えなさい。すべての音符が言葉(歌詞)に繋がっているのです。
・アダージョは、アド・アージョ(心地良い)ということです。「遅い・ゆっくり」という意味ではありません。
・アンダンテは、音楽学校では「歩くような速度」だと教えるけれど、正しくは「進む」ですよ。
・ジルダは教会に行くけれど、神に祈るのではなく、学生に会いに行くのです。嘘を言ってるのです。彼女は「女」なんです。
・ジルダは父親の名を知らない。
・音楽はひとつの方向を向いているのです。同じ音符を三千回繰り返したとしても。
・ヴェルディは話すのと同じように歌を書いているのです。
・(指揮者に)オケに対して明確な身振りで意思を伝えてください。
・歌手が高い音を出すとリタルダンドすることは間違いだ。私(ムーティ)は毎日これと闘っている。イタリアは、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ダンテの国だ。パスタやピッツアだけの国だと思って欲しくない。
(追記)2020年の「マクベス」・2023年の「仮面舞踏会」、2024年「アッティラ」のムーティ語録もご覧ください。
*別稿「雑談:オペラと歌舞伎の心情的近似について」は本稿に関連する記事です。
(R5・10・16)