女形芸のリアリズム〜6年ぶりの五代目玉三郎の政岡
平成27年9月・歌舞伎座:「伽羅先代萩」
五代目坂東玉三郎(乳人政岡)他
1)政岡の実の重さ
本稿では吉之助の「女形の美学〜たおやめぶりの戦略」のテーマの周辺を逍遥することになります。歌舞伎には女形の役がたくさんありますが、「この役は女形でなければ、女優にはとてもできない」という役は意外と少ないかもと吉之助は思っています。歌舞伎で女優が役を演じることは確かに全体のトーンが違ってきて多少の違和感があるかも知れませんが、台本をうまく改訂すれば「忠臣蔵」のお軽や「曽根崎」のお初は腕の立つ女優ならば十分できそうに思います。しかし、吉之助にも「この役は女形でないと無理だなあ」と思う役はやはりあって、そのひとつが「先代萩」の乳人政岡です。政岡は女性ではないからです。
このことは女優の技術論とまったく関係がないもので、純粋に政岡という役が背負っているものの重さから来ます。政岡は妻とか母親という立場を越えたところで・或る社会的な重さを背負わされており、「女性」という自己の本質の否定を迫られています。ここに政岡の引き裂かれた状況があります。生身の女性が演じるより・男性が演じる方がはるかにその乖離したイメージが強烈に観客に焼き付くのです。本来このような要素は、女の実(女の誠とか・母親の心情というもの)ということと正反対のものと言うべきです。これはどちらかと云えば、女形の奇怪さ・醜さ・あるいはエグさにつながる要素です。しかし、「先代萩」の場合には、これが政岡にとっての実となるのです。それは時代物の捻じれた構造から来ます。政岡はこのような本来は女の実でないものを実とすることで、この異常な状況に辛うじて耐えるのです。つまり義太夫の詞章にある通り、まさに「男勝りの政岡」ということなのです。(これについては別稿「引き裂かれた状況」を参照ください。)
一方、玉三郎のことですが、玉三郎の本領は傾城・遊女というところにあると思います。つまり「実のなさ」というところがポイントになります。女形の実のなさとは、女形芸 が持つ装飾的・技巧的な要素です。そういうものは女の誠とか・母親の心情というものとも若干相反するもので、相手の男を魅了したり翻弄したり・あるいは男を鼓舞したりもする虚の要素です。そう考えると、玉三郎の本領からすると、政岡のように・時代物の捻じれた実の重さを持つ役は必ずしもぴったり来ない役だということになるのかも知れません。女形の奇怪さ・醜さ・あるいはエグさと云う要素は、玉三郎の芸質からはちょっと遠い。しかし、ぴったり来ないからいけないということはありません。むしろ芸質的にぴったり来ない役だからこそ、これに挑戦してそこから役の新しい可能性が拓けるということもしばしばあることです。そこで今回(平成27年9月歌舞伎座)の玉三郎の約6年ぶりの政岡のことですが、玉三郎の芸質において政岡を処理したらこうなるという・玉三郎なりの解答を見せてもらった気がしました。その解の因数はリアリズム(写実)であったと思います。本稿ではこのことを考えてみたいと思います。(この稿つづく)
(H27・10・29)
女形芸のリアリズムを考える時に大事なことは何でしょうか。まずは見た目において女に見えることです。それも美しい女に見えるに越したことはありません。この問題に関しては玉三郎は完全クリアであるのは言うまでもないことです。技芸的な面においては、真実味のある演技をどう構築するかということです。真実味ということはどういうものかと云えば、端的に云うならば・もっともらしく見える・それらしく見えるということです。そういうことの小さな積み上げが演劇のリアリズムを生むのです。今回(平成27年9月歌舞伎座)の玉三郎の政岡では女形芸のリアリズムということが大事なポイントであると吉之助は考えます。
そこでまず前回・約6年前の平成21年4月歌舞伎座での・玉三郎の政岡のことを思い返してみます。吉之助には抑制が効いた・理智的な政岡という印象がしました。例えば「コレ千松、よう死んでくれた・・・・誠に国の礎ぞや」の場面で、玉三郎は高く手を挙げないで・目線辺りの高さまでで止めました。その形に「天晴れだと千松を誉めてやりたいが・しかし・我が子が死んで嬉しいとはやっぱり言えない」という交錯した思いを込めたと感じました。逆に言うと「よう死んでくれた・よう死んでくれた・・・」という箇所の高揚感をクライマックスに達する前に止めるということです。これは演劇的に見ると損なところがあります。しかし、恐らく玉三郎は意識的にそうしているのです。こうでなければ自分には政岡はやれない、自分には「子供が死んで嬉しい」という政岡は出来ないという玉三郎の主張がそこにある と感じられました。
また御殿幕切れで小槇が登場して仁木一味(八汐を含む)の悪事を暴露してしまう件は玉三郎以外では見ないやり方です。これは文楽のやり方を踏襲したとのことですが、ここにも玉三郎の主張がよく現われています。小槇に悪事を長々 と台詞で説明されてしまうと、確かに幕切れで八汐を成敗する言い訳は立ちますが、説明の間に「殺されてしまった千松が可哀想・・」という観客の熱い気分が醒めてしまいます。これは芝居としては損なことですが、玉三郎としては政岡が私憤だけで八汐を殺すわけにはいかない、主君に仇なす不忠者を討つという・そこに明確な大義が必要なのです。それでないと玉三郎の政岡は八汐を殺せない。そのようなことでとても理智的な印象の政岡になってきます。
以上の2点は今回(平成27年9月歌舞伎座)でもほぼ同じやり方ですから、玉三郎の政岡の基本的なコンセプトは、今回もそれほど変わっていないと思います。しかし、吉之助が受けた印象はだいぶ異なりました。6年前の玉三郎の政岡については、吉之助はその精緻な演技に感心はしましたけれども、正直言えばちょっと醒めて理に付いた政岡に思えて熱い感動までには至らなかったのです。しかし、今回の玉三郎の政岡には、ちょっとグッと来るものを感じました。それではどこが違っていたのだろうと考えるに、竹の間から御殿・飯炊きから千松の刺殺・そして千松の死骸を前にしての政岡の嘆きまでの演技の流れが、今回は6年前よりもスムーズに巧く構築できていて、玉三郎のリアリズムに根ざした女形芸の良さが素直に実感できたからだろうと思います。今回の玉三郎の政岡の演技については若干丸本離れした感があるという声が一部にあったと聞いています。その指摘については吉之助も概ね同意しますが、玉三郎の政岡のリアリズムの演技は敢えて丸本離れしたことで可能になったものだろうと、むしろ吉之助はこれを積極的に評価したいと考えます。以下今回の玉三郎の政岡について考えることにします。(この稿つづく)
(H27・11・1)
昭和5年に六代目菊五郎が新演出で「野崎村」のお光を演じた時、新派の英(はなぶさ)太郎が楽屋へ行くと 菊五郎が「どうだね?」と聞くので、「芸の上手下手は別として、これなら新派の役者にも出来ますね」と答えると、菊五郎はしばらく黙っていましたが、「うん、他山の石として聞いておこう」と答えたそうです。菊五郎が黙ったのは、「もしかしたら俺の演出は歌舞伎になっていないのかな?」ということを一瞬考えたせいかも知れません。歌舞伎ならではの、歌舞伎にしか出来ない表現があるものでしょうか?しかし、菊五郎が近代的な人間理解から導き出した「これしかない」という結論は当然或る種の普遍性を帯びて来るものであって、それはどこか新派や新劇にも通じる近代性を持つというということもあると思います。「これなら新派の役者にも出来ますね」と言われたのを恥じることはないし、菊五郎も最終的に英の言葉をそのように受け取ったと思います。
このエピソードを本節冒頭に置いたのは、今回(平成27年9月歌舞伎座)の竹の間から御殿・飯炊きの場面までの前半部分の玉三郎の政岡について、吉之助はこれは女優にも出来そうな政岡であるなあと感じたからです。普通歌舞伎の批評で「女優にでも出来そう」と書けば、場合によれば褒めていないことになるかも知れませんが、吉之助はそういう意味で書く意図は全然ないから、冒頭に菊五郎のエピソードを引いたのです。女形のリアリズム(写実)ということを玉三郎が突き詰めれば政岡はこうなる・結果としては女優の感触にどこかしら似るということを、吉之助は納得して受け取りました。玉三郎の政岡は、前半部をリアリズムで突き詰めることで、後半部(栄御前の来訪・千松の刺殺・千松の死骸を前にしての政岡の嘆き)への演技のダイナミクスを最大限に取っているのです。このような設計のもとに玉三郎は必ずしも本領でない時代物の捻じれた実の領域に果敢に切り込んでいるのです。この箇所は歌舞伎の女形にしか出来ないものです。それは女形の奇怪さ・醜さ・あるいはエグさと云う要素を主張するものです。そういうものを前面に出そうとすると、玉三郎の場合は容姿の美しさが邪魔になる。また玉三郎の声質ではなかなかドスの効いた太い低音が出ません。女形の政岡は千松の死を前にした時に女でないものに変化します。その点が玉三郎の政岡では精一杯やってもどうしても不利に出ます。そこで玉三郎は前半部の政岡をリアリズムに徹することで演技の幅を最大限に取るのです。後半部の玉三郎の政岡は、歌舞伎ならではの政岡になっています。
玉三郎は前半部(竹の間から御殿・飯炊きの場面まで)の声質(トーン)を高めに取っていました。これは玉三郎にとっては自然な高さかも知れませんが・女優声に近いもので、義太夫狂言としては違和感があります。映像で比較すると約6年前の平成21年4月歌舞伎座での上演時の声質はやや低めに取っており、今回は明らかに高めに思われました。これは意識的にそうしたものでしょう。吉之助は最初政岡の声を聴いた時にちょっと驚いたのですが、当然後半への伏線があってのものだと思いましたし、実際、その通りでした。千松が刺殺される場面での「何のマアお上へ対して慮外せし千松、御成敗はお家の為」での玉三郎の声は精一杯太い声を作ろうとしていました。それでも例えばこの場面での藤十郎の政岡の野太い声と比べれば、か細い声なのは仕方ありません。藤十郎の政岡のような奇怪さ・エグさは、玉三郎には真似しようがありません。しかし、だからこそこの場面での政岡の必死さが伝わって来たのです。(この稿つづく)
(H27・11・4)
要するに吉之助は、玉三郎の政岡が後半部(千松の刺殺・千松の死骸を前にしての政岡の嘆き)へ向けてエネルギーを蓄積し・演技を頂点に持って行くために、前半部(竹の間から御殿・飯炊きの場面まで)をひたすら写実(リアリズム)に徹しており、結果として女優にも出来そうな政岡になっていると言いたいのです。
例えば竹の間は在来型であると善方で沖の井と松島のふたりが並んで出るところを、玉三郎は沖の井ひとりで出る文楽の型を採用していますが、これによって沖の井の役(菊之助)が良くなって・菊之助の好演もあって・この場が沖の井のための場のように見えました。おかげで芝居のなかでの政岡のウェイトが低くなって、八汐(歌六)の追求に対して政岡はひたすら控え耐えることで、(もちろん観客は政岡の潔白を信じていますから)ここでの玉三郎の政岡はしおらしい演技に徹することができたということで、これは良かったと思います。
六代目歌右衛門の政岡を持ち出すまでもなく、誰が政岡をやっても飯炊きはそれなりに緊張感ある場面になるものです。六代目歌右衛門の政岡であると、それがまるで「運命の手つき」のように重いものに思えて、一挙一投足に目が離せませんでした。演技における真実味というものは「もっともらしく見える・それらしく見える」ということですが、ホントのこと言うと飯炊きの場での作法が綺麗・手つきが見事ということは別に芝居の筋と関係ないことなのです。そこにドラマの本質があるわけではないからです。しかし、玉三郎の政岡であると「手つきが美しく見える」ということ、その仕草をひとつひとつを丁寧に演じることが、政岡の真実味を高めるように思われました。玉三郎の唄声も真実味を一段と高めています。飯炊きが写実(リアリズム)の集積の場となっているのです。歌右衛門の緊迫感とは違った意味において、玉三郎の政岡の演技もまた目が離せません。歌右衛門のように重い印象はなく、玉三郎の場合はむしろ透き通った印象になります。そこに政岡の悲しみが形象化されているように感じました。これは千松との親子関係だけを云うのではなく、鶴千代との主従関係においても、さらに彼らにこのような過酷な試練を強いる状況に対しても政岡はどうすることもできず・ただひたすらに悲しいのです。(これは思い返せば竹の間での政岡から一貫してある印象です。)観客席は息を詰めて見入っており、玉三郎の意図するところは十分伝わったと思います。
以上の前半部において、玉三郎の政岡は状況に対してひたすらに控え入り・しおらしい演技に徹しており、印象として玉三郎の優美さが際立って来ます。そのリアルさが、結果として女優の感触に似るのだろうと考えます。歌舞伎の女形は控える・隠す・恥らう・慎むという行為によってその本質(男であること)を隠します。前章での六代目菊五郎のエピソードと同様に、演技に何か普遍的なものが見えるのならば、それで良いのです。歌舞伎らしさなどにこだわる必要はありません。しかし、後半部においては女形は全身全霊を振り絞って状況に対抗せねばなりません。そこで見せてはならないもの(男であること)を見せてしまっても構ってはいられません。御殿・後半部で起こることは、そのような事態なのです。(この稿つづく)
(H27・11・8)
「侍の子といふものは、ひもじい目をするが忠義ぢや(中略)お腹がすいても、ひもじうない」という千松の台詞は、母親・政岡に言わされている・忠義の論理に強制されている台詞であると見ることもできます。もちろん我が子にそんなことを言わさねばならない母親の気持ちを思いやらねばなりませんが、同時にこれはこの母子の命を賭けた共同作業でもあ ります。この耐えがたい状況においては、母子はそう思い込まなければ勤めを果たすことができないということです。ですからこれは確かに母親の実(心情・あるいは愛)の表れなのですが、時代物の論理(封建論理・忠義の論理)によって、その実は捻じ曲げられているのです。捻じ曲げられた心情が政岡にとっての実となるのです。
芸術上の概念としては個人の実は美しく描かれるべきものです。一方、時代物の論理はこれと本来的に対立するものと見なされますから、奇怪さ・醜さ・あるいはエグさと云う要素によって表現されることが多いものです。そうすると次のような疑問が出て来るかも知れません。女形というのは女の実を追求するもの、つまり女の美しさを追求するものである。それならば時代物の論理によって捻じ曲げられた政岡の実というものは「美しくあってはならない」のであろうかという疑問です。
その答えはイエスであって・ノーでもあるのです。吉之助が今回(平成27年9月歌舞伎座)の玉三郎の政岡から感じたものは、例え時代物の論理によって捻じ曲げられたものであったとしても、それでもなお政岡の実は「美しくあって良いのではないか」という主張でありました。このことは吉之助がこれまで「先代萩」の政岡からあまり考えたことのなかったことでした。6年前の玉三郎の政岡でも考えなかったことでした。誤解がないように付け加えると、吉之助は歌右衛門や藤十郎の政岡が美しくなかったと言っているのではないのです。もちろん美しかったに違いないのだけれど、吉之助の感性がどうしても女形のバロック的な要素に強く感応してしまい勝ちであるので、政岡の奇怪さ・エグさの側面にばかり目が行ってしまって、これまで政岡の美しさについて吉之助が着目していなかったのです。玉三郎の場合には奇怪さ・エグさは弱くならさるを得ませんが(それは或る意味で政岡役者としては不利なのですが)、その分、政岡の美しさが素直に浮かび上がって来たということではないかと考えます。それはちょっとした配合のバランスに拠るのです。ここで前半部分で玉三郎が積み上げて来た写実の美しさが生きて来ることになります。言い換えれば、玉三郎の政岡はそのリアルな美しさによって、その実が捻じ曲げられたものであること・それゆえそれが本来的なものではないことを逆説的に訴えているのです。そこに玉三郎なりの政岡の解答があったと考えます。
後半部においては玉三郎の政岡は声質を下げて精一杯太く作ろうと心掛けていました。後半部は竹本が前面に出て来ますから、声質のバランスを考えてもこれは当然の処置ですが、玉三郎の場合はやはりグロを感じさせるまでに行かないのは致し方ない。6年前の玉三郎の政岡について、この時は吉之助は「クドキの台詞が竹本のリズムから離れて素の台詞に近い、しかし、このクライマックスにおいては竹本の音楽的効果を利用しない手はないはず」と書いたのです。今回の玉三郎の政岡もほぼ同じ行き方でクドキが淡い感触であることは変わりありませんが、吉之助が受けた印象はかなり違っていました。つまりこの若干丸本離れした淡い感触のクドキが玉三郎には良く似合うと吉之助は感じたのです。これはこの6年で吉之助の感じ方が変わったということもあるかも知れませんが、それよりも写実(リアル)に根差した玉三郎の政岡の全体の設計が成功したということだと思います。ここまで来ればいっそのこと竹本を取ってしまう・まったく新しい「先代萩」もあり得るのじゃないか、そんなことも将来の視野に入りそうな政岡でありました。
(H27・11・14)
吉之助の二冊目の書籍本。
「女形の美学〜たおやめぶりの戦略」
全編書き下ろし。書籍本オリジナル。
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写真・岡本隆史c、協力・松竹、2013年5月、歌舞伎座、京鹿子娘二人道成寺