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十代目幸四郎の切られ与三郎

令和2年8月歌舞伎座:「与話情浮名横櫛〜源氏店」

十代目松本幸四郎(切られ与三郎)、六代目中村児太郎(妾お富)、初代坂東弥十郎(蝙蝠の安次郎)、四代目片岡亀蔵(番頭藤八)、九代目市川中車(泉屋多左衛門)


コロナ・ウイルス感染蔓延で3月以来休止していた歌舞伎座が、8月花形歌舞伎で5か月ぶりで再開しました。異例の四部制の第四部は、幸四郎の切られ与三郎による「源氏店」です。幸四郎の与三郎については、染五郎時代の平成22年(2010)1月歌舞伎座の観劇随想でも触れました。あれから10年、幸四郎の与三郎の良さは、世話物の実(じつ)の感触を持っていることです。ここでは幸四郎の台詞の低い調子がよく効いています。与三郎は直侍と並んで、幸四郎の体質に似合う役と云えるのではないでしょうか。

ところで「源氏店」という芝居は、「イヤさお富、久しぶりだナア」という名台詞があまりに有名になり過ぎて、マンネリ化した型っぽい感覚が付きまといます。だから役者の風情で見せるだけの芝居に感じてしまいます。吉之助が見た舞台ではそんな感じの与三郎が多かったのですが、幸四郎の与三郎はそこが他とちょっと違った感触で、与三郎の人生ドラマが本来持つシリアスさに気付かされて、ハッとするところがあります。(今回の上演では飛沫対策で大向こうが禁止されていたので、例の名調子の直前で「待ってました」の掛け声が掛からない。おかげで芝居が余計にリアルに感じられたということもあると思います。)江戸の大店の若旦那がふとしたことから宿命の女に出会って、そこから人生を大きく狂わせてしまう。「俺の人生、どうしてこうなっちゃったんだろ」という悲哀と憤(いきどお)り、しかしこれとは裏腹に「これも誰ゆえお富ゆえ・・」とお富への愛おしさも募る。そこに本作初演(嘉永6年・1853)頃の幕末江戸の閉塞した空気が反映しているでしょう。

幸四郎の与三郎に感じるこのようなシリアスさは、吉之助は映像でしか知りませんが、十四代目勘弥の与三郎の感触にも通じるところがあるようです。幸四郎も、勘弥と同様、一度「与話情」通しに挑戦してみても良いかなと云うことを思いますねえ。ただし勘弥と比べると、幸四郎の与三郎は、憤り・怒りのカッカとした感情において若干弱いところがあるようです。「・・・まっいいか」とお富を許しちゃいそうな詰めの甘さが感じられる。そこにまだ改善の余地があります。

ひとつの改善点としては、先ほど「名調子で聞かせるだけの型っぽい芝居」と悪口を書きましたけれど、台詞の勘所においては敢えてその様式的なところを逆利用して、台詞を時代に高く張り上げる工夫を付けた方が良いでしょう。例えば「百両百貫貰っても帰られないところもあらア」とか、「お釈迦さまでも気が付くめえ」、「それじゃあ手前済むめえがな」という箇所です。これらは大店の若旦那が持つお育ちの良さ・優しさからすると、まったく相応しくない文句なのです。与三郎がこう云う強い調子の文句を連ねるのは、与三郎が言うのではない。与三郎が舐めた三年越しの想像を絶する経験の恨みつらみが彼にそう言わせるのです。つまり「今の私の(総身に三十四箇所の刀傷の)この姿は、本当の私の姿ではない」という思いです。これが時代の要素であることは言うまでもありません。

付け加えれば、「源氏店」幕切れで再会した与三郎とお富がヒシと抱き合うと思いきやソーシャル・ディスタンスをしっかり守って終わる。この改変はご愛嬌で結構だけれども、この芝居での与三郎の憤りは、コロナ・ウイルスと云う「非日常」の状況において芝居のなかでさえもソーシャル・ディスタンスを守らねばならぬという「理不尽さ」への強い怒りと重なって来なければならない。そこを幸四郎はフニャッと柔い感触にしちゃうのだなあ。この問題は大事なことであるから、強調しておきたいと思います。

幸四郎の与三郎は、台詞を時代に張り上げるところがあまりなくて、感触が平坦なところに多少不満があります。だからリアルな写実の感触に収まっておっとりした若旦那の味わいが出ていることも確かですが、もう少し時代の切り込みを入れて、与三郎の状況に対する苛立ち・憤りを前面に押し出した方が良いのです。要するに「世話と時代の活け殺し」が弱いと云うことです。この点が改善されれば、与三郎は幸四郎の当たり役になるでしょう。

児太郎のお富は、婀娜(あだ)な感触があってなかなか良い出来です。特に前半が良いですねえ。決して床の間の生け花になっていない女がいるようです。弥十郎の蝙蝠の安も大きい身体にハンデはあるが、愛嬌たっぷりで愉しませてくれました。今月(8月)歌舞伎座の.他のプログラムは舞踊であったので、第四部で短くても久しぶりに芝居が愉しめたことは有難いことでした。

(R2・8・9)

ソーシャル・ディスタンスとは、コロナ・ウイルス感染防止の観点から、密接空間とならないように、他人と適切な距離を取った生活環境を心掛けること。


 
 

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