さよなら国立劇場
*初代国立劇場は、本年(令和5年・2023)10月末を以て閉場の予定。
1)国立劇場と技芸伝承の役割
「初代国立劇場さよなら公演」、通し狂言「妹背山婦女庭訓」(第1部が9月・第2部が10月公演)が始まりました。現在の国立劇場(初代)は近いうちに取り壊され、新劇場(二代目)が再開場するのは、令和11年(2029)秋頃の予定だそうです。とは云え、本年8月8日報道によれば、新劇場建て替えのための事業者選定(入札)が2回目もまた不成立だったと云うことなので、現状建て替えの目処が立っていないわけなのだが、気が付いたら新劇場開場がズルズル遅れていたなんてことがないようにお願いしたいですね。閉場中の歌舞伎興行の代替えは初台にある新国立劇場中劇場で行われると聞いています。文楽も代替え興行があるそうです。
まっそれは兎も角、国立劇場(初代)開場が昭和41年(1966)11月のことですから・あれから57年の歳月が流れたわけです。国立劇場が伝統芸能としての歌舞伎啓蒙に果たした貢献を過少評価することは決して出来ません。思い返せば、吉之助が初めて国立劇場公演に行ったのは、昭和48年(1973)7月歌舞伎鑑賞教室のことでした。演目は、十二代目団十郎(当時は海老蔵)の粂寺弾正による「毛抜」でした。解説は十代目半四郎であったと思います。これは学校団体で行ったのではなく個人で切符を買って行ったもので、これが吉之助にとっての歌舞伎初観劇ではありませんが、歌舞伎十八番ならば教養として絶対見ておくべき重要演目だろうと思って行ったのです。ところがパンフレットを見たら「忠臣蔵」も「千本桜」も歌舞伎十八番ではないんだってさ、「へーそうなの?」と驚いたくらいです。そんなところから吉之助の歌舞伎観劇も始まったわけでしてね。歌舞伎鑑賞教室で歌舞伎を初めて見た学生・若者は57年を通算すれば相当な数でしょう。歌舞伎を見たのはそれっきりという方は多いだろうが、「歌舞伎を見たことがある」という事実はしっかり残ります。それで良いと思いますね。そのなかから伝統芸能に親しむ方が少しでも育ってくれればそれで宜しいことです。
しかし、これはどうにもならないことですが、他劇場で代替え興行が続くとは云え、
国立劇場閉場は、歌舞伎にとってあまり好ましいタイミングでないことになりそうですね。歌舞伎興行がコロナ騒動の痛手から未だ回復していない。平成歌舞伎の幹部俳優が(先年は吉右衛門が亡くなり)ちょうどこれから年齢的・体力的に厳しい時期に差し掛かる。このところの(歌舞伎の牙城であるべき)歌舞伎座の演目建てを見ると、松竹が何を考えているのか分からない迷走振りです。目先のことばかりで、10年後・20年後のことを考えていないみたいですねえ。吉之助の周囲に「歌舞伎座で見たい演目・顔合わせが全然ない」とお嘆きの歌舞伎ファンが大勢いらっしゃいます。それだけ興行的に苦しい場面に直面しているとお察しはしますが、ホントに演目建てが薄い印象になりました。こうなってしまったのは今より以前の20〜30年くらいに遠因があると思いますが、松竹の技芸継承戦略の不備をどうにか補っていたのが国立劇場であったと思います。このところの菊之助の成長は国立劇場のおかげだと言って過言でありません。松竹のなかに国立劇場を巻き込んだうえでの・しっかりした技芸継承プログラムが出来ていれば、伝承の現状はもう少しマシであったろうと思います。
*国立劇場裏手の伝統芸能情報館。図書室・展示室など。
今月(10月)の「妹背山」通しも松緑の大判事・時蔵の定高ともに初役と云うのは、本来もっと早くに経験させておかねばならなかったことですが、そうであってもようやく実現したのは国立劇場ならではのことで、松竹はこのことを感謝せねばならないと思います。吉之助が危惧するのは、国立劇場閉場中の期間(6年間)に、このような歌舞伎の技芸継承がどのくらい機能するかと云うことです。この6年の間に歌舞伎が大きく様変わりすることは明白であるからです。そんなことを考えるとあまり良い絵が浮かんでこないのだが、・・話題を変えますかねえ。(この稿つづく)
(R5・9・13)
2)さよなら国立劇場
国立劇場は足回り(交通アクセス)は東銀座と比べればちょっと不便かも知れませんが、劇場としては舞台が見やすいので、吉之助は割と気に入っていました。三等席からでも花道七三がちゃんと見えることは、歌舞伎ではとても大事なことなのです。それは若いお客を大切にしていると云うことです。若き日の吉之助ももっぱら三等席で歌舞伎を見てきました。建て替え前の・先代の歌舞伎座(第四期)は三階席からだと・席から立ち上がらないと花道七三がまったく見えませんでした。現在の(第五期)歌舞伎座は多少改善がされましたが、まだ十分とは云えません。ただし三等観客席の傾斜度と・舞台からの距離との兼ね合いもあるので・歌舞伎座が悪いと一概に言えませんが、新劇場も舞台の見やすさにはこだわって欲しいと思います。
*当日の演目が「吉野川」だったので、両花道です。
もうひとつ国立劇場で吉之助が気に入っているのは、ロビーが広いことです。劇場通いの愉しみは芝居を見るのはもちろんですが、休憩中に展示物を見たり・売店をのぞいたり・館内をブラブラするのも大事なことなのです。昔の劇場機構は・金毘羅歌舞伎の金丸座を見てもそうですが、木戸をくぐって・履物を脱いで上がるとすぐ観客席になりますから、客が休憩中にロビーをブラブラすると云う発想が、日本では伝統的になかったようですね。そう云う時は芝居小屋の外に出るものだったのでしょう。現在の京都南座などもそんな感じです。しかし、西洋であると近代以後の劇場は社交場でもあるという考え方なので、ロビーが広めなところが多いと思います。将来的に外国人観光客の歌舞伎見物が増えることを考えると、国際標準でもないが、歌舞伎専用劇場でもやはりロビーをゆったり広く取ることが望ましいです。現在の(第五期)歌舞伎座は用地買収が上手く行かなかったのかも知れませんが、国劇の殿堂としてはちょっと残念な印象です。二代目の国立劇場も現在規模くらいのロビーは維持してもらいたいと思います。
*ロビー正面に国立劇場のシンボル・平櫛田中作の「鏡獅子」像。
*写真は、令和5年9月15日、吉之助の撮影です。
(R5・9・18)