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「型」が持つ力〜二代目魁春の八重垣姫

令和3年2月歌舞伎座:「本朝廿四孝〜十種香」

二代目中村魁春(八重垣姫)、初代片岡孝太郎(腰元濡衣)、八代目市川門之助(庭作り蓑作実は武田勝頼)、二代目中村錦之助(長尾謙信)


1)忠孝の物語

「廿四孝」の八重垣姫は歌舞伎の三姫のひとり、逢いたい見たい助けたいの恋心が募り募って、家宝の兜を盗むわ・親が討つ手を差し向けた勝頼に危急を知らせようと狐に変身して氷の湖を渡るわで、深窓の乙女の一途な恋心は燃え上がったら止まるところを知らない。そこがロマンティックの極みであるわけですが、逆から見れば自分の感情に突っ走った親不孝娘の典型で、「廿四孝」の本筋からは最も遠いと思われているようですねえ。歌舞伎の解説本は大抵その線で書かれています。「浄瑠璃素人講釈」は吉之助が義太夫狂言を考える時に必ず参照する本ですが、杉山其日庵でさえも「「廿四孝」の外題は三段目で御仕舞い」と書いています。と云うことは、つまり四段目(十種香・狐火)は、反・廿四孝の親不孝の物語だと云うことかね?しかし、儒学者の家に生まれて倫理道徳にあれほど敏感な近松半二ほどの人がそんなことを書くわけがないだろうと吉之助は思うわけで、そこで四段目を分析したのが、別稿「超自我の奇蹟」です。この論考はワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」との関連で書かれています。まあ読んでみてください。

大事なポイントは、武田勝頼と八重垣姫は親が取り決めた許婚であったということです。姫は勝頼の妻となるべくして生まれ、ずっと「私はこの方を夫として尽くす」と思って育ってきた女性です。つまり夫となるべき人に尽くすことが、姫のアイデンティティなのです。ところがその夫となるべき人(勝頼)が「家宝の兜を盗んで来い」と云う。姫は悩み苦しみますが、最終的にこれを受けます。このことは親不孝でしょうか?もしかしたら、そうではないかも知れませんよ。姫は自分のアイデンティティから発する超自我の指し示すところに従って動いています。姫はいつでもこう主張できるはずです。「この御方(勝頼)が私の夫であると・この御方に尽くせと・この御方の言うことに従いなさいと決めたのは、お父様(長尾謙信)よ。これが私の使命なのよ。だから私はお父様の言い付けに忠実に従っているの」と云うことです。そう考えると「廿四孝」・四段目は忠孝の物語となるのです。

このような視点で四段目を読むならば、八重垣姫の直感が、ことごとく正しかったことが分かります。まず「十種香」冒頭を見ると、夫となるべき勝頼は切腹したことになっていて、姫はその絵姿を前にして悲しみに暮れています。ところが花作り蓑作を見れば、姿が絵とそっくりです。「似はせでやつぱり本々の、勝頼様ぢやないかいの」と姫は一間を飛び出しますが、姫の直感が正しかったことが後に判明します。切腹したのは偽勝頼で、蓑作こそが本物の勝頼でした。

「十種香」幕切れでは、父・謙信が「諏訪法性の兜を盗み出ださんうぬらが巧み、物陰にて聞いたる故、勝頼に使者を言ひ付け、帰りを待つて討ち取らさんと・・・」と思いがけないことを言います。次の「狐火」の場では、姫は夫に危急を知らせようと悩むなか、神狐が憑依して姫は狐に身を変えて・氷の張った諏訪湖を渡ります。これは八重垣姫が父の意志に反抗し・自分の恋心を優先しているように見えますが、「廿四孝」・四段目結末を見れば、ここでも姫の直感が正しかったことが分かります。何と長尾家と武田家の長年の確執は、表向きのことであったのです。謙信には勝頼を殺すつもりなど最初からなかったのです。実は足利将軍家に難事が起こった時、両家は互いに協力して犯人探索に掛かることになった。世間にそのことを隠すために、表向き両家が不和にあるように見せていただけだったのです。ですから四段目結末ですべてが解決した時、勝頼と姫との間を阻むものは何もありません。二人はめでたく結婚することになります。もはや本家の文楽でもやらない場面ですが、丸本の四段目末尾詞章に「家の誉と法性の、今ぞ兜を甲州へ、戻す両家の確執も、納まる婚礼三々九度・・」とあります。

つまり親の意志に背いて八重垣姫は恋愛感情に盲目的に突っ走るように見えたけれども、結果的に、その行動は父・謙信の真意にことごとく沿うており(つまり忠孝の倫理に沿うたことであり)、それが両家の不和・延いては足利将軍家の難事解決にまでつながることになります。こうして四段目は忠孝の物語となって「廿四孝」の本筋に見事に沿うことになるのです。(この稿つづく)

(R3・2・22)


2)「型」が持つ力

上記のことは「廿四孝」全体の解釈に大きく係わる問題ですが、「十種香」の八重垣姫を演じるための性根の把握ということに限るならば、これを盲目的に突っ走る深窓の乙女の恋愛感情であるとしても、(吉之助が云うように)超自我が命じるところの高次元の要求であるとしても、そのどちらでも、その型が表現するところに大して相違が出るものではなかろうと思います。どちらも、理性では制御できないレベルに於いて・八重垣姫を内面から衝き動かす深層的な感情であるからです。

五代目歌右衛門は芸談のなかで、「(八重垣姫は)三姫のなかでは割合に心が要らないだけに楽な方でしょう」と語っています。しかし、一方で「八重垣姫と云う役は、姫らしい品位と高度な色気を見せることが大切で、決して蓮っ葉な真似をしてはいけない、昔から三姫のひとつとまで云われるものだけに、生やさしいものではなく、よほど心して演ずるべきである」とも語っています。この言を解するに、八重垣姫は蓑作(勝頼)に対する一途な気持ちを大切に演じれば良いわけなので・心理の細かなところにこだわる必要はないが、型が表現するところの姫らしい品位と色気を、素直にその通り大きく捉えて表現することが出来るならば、自然と八重垣姫になるものである、しかし、その・たったそれだけのことがどれほど難しいであることかと、五代目歌右衛門は言いたいのであると吉之助は考えます。

例えば八重垣姫が右袂をもって「の」の字を書くようにする、これは身体を品よく色気を以て動かす姫の技術ですが、そこに女形が一生を掛けても足らないほどの奥の深さがあるのです。話しが変るみたいですが、芝居の世界では、戦国時代の大名のお姫様に自由意志はないことになっています。政治の取り引きの材料として他家に嫁いで、実家の安泰を保つのが大名の娘の役割です。だから八重垣姫は、自由に身体を動かることが出来ません。がんじがらめにする状況の重さに耐えつつ、八重垣姫は内面から衝き動かされる感情によって、不自由ながらも・どうにかこうにか・やっと身体を動かすことが出来るわけです。それが姫役の「の」の字を書く動きに込められているものです。ですから八重垣姫は心ということならば・さほど深さを持たない役かも知れませんが、「型」の表現がそのまま八重垣姫の性根に直結してくる、そこが八重垣姫という役の難しさです。ですから「型」が持つ力を信じて、「型」が表現するものをその通りに素直に出すならば、役のあるべきものはその通りに描かれる、それで八重垣姫になると云うことなのです。(この稿つづく)

(R3・2・23)


3)魁春の八重垣姫

ということは八重垣姫という役は、性根より格が大事だということです。今回(令和3年2月歌舞伎座)の魁春が演じる八重垣姫を見ると、このことを痛感させられます。八重垣姫は、心理を読み解くための取っ掛かりがホントに少ない役だと思います。別稿「二代目魁春の時姫」において、「「親に付くか、夫に付くか、落ち付く道はたった二つ、ササ返答いかに、思案いかに」と迫られた時・魁春の時姫はパアッと輝く」と書きましたが、八重垣姫の場合は、この点がさらに難しい。八重垣姫も「諏訪法性の御兜を盗むか否か」と選択を迫られますが、八重垣姫は時姫のように「御兜盗んでみしょう」と高らかに宣言することはしません。八重垣姫は、

「・・連添ふ私になに遠慮。つひかう/\とお身の上、明かして得心さしてたべ。それも叶はぬ事ならば、いつそ殺して/\」

と言います。「真(まこと)の勝頼さまが頼むならば妻の私がそれを嫌なんて言うはずないじゃない、だから貴方はお身の上を正直に明かして」と八重垣姫は切々と訴えるのです。だから返答は婉曲にOKです。けれども、八重垣姫のアイデンティティーが立って感情にスイッチが入いるきっかけが、これだととても弱い感じです。だから八重垣姫が難しいことになります。しかし、それでも魁春の八重垣姫を見ると、「ソレ、そこにござる簑作様が御推量に違はず、あれが誠の勝頼様」と濡衣に押しやられると、ここで八重垣姫の全身がパアッと輝く感じがします。まったく八重垣姫は、こうでなければなりません。そうなるためには、そこに至るまでの長い過程をぐっと抑えなければなりませんが、魁春がここまでそれがきっちり出来ているから・そうなるわけです。「魁春の八重垣姫はきっと素晴らしいだろう」と7年前に書きましたが、期待通りの八重垣姫でありましたね。

それにしても近松半二は意地悪ですねえ。八重垣姫と勝頼がひしと抱きあった直後に「簑作はいづれにをる」という父・謙信の声が聞こえて、色模様はたちまち中断されてしまいます。つくづく思うには、八重垣姫のドラマとして見た場合、「十種香」だけであると、観客にドラマが理解しにくい、カタルシスが得られないと云うことです。「十種香」に奥庭の場(狐火)を必ず付けて、ドラマに完結性を持たせないと、これからの世の中「十種香」を残していくことは難しいだろうと云う気がしますがねえ。しかし、まあそれは今回の魁春には関係がないことです。魁春の八重垣姫には、今どき貴重な古き良き女形の感触がします。(この稿つづく)

(R3・2・25)


4)芸の「初心」ということ

魁春の八重垣姫が良いのは、父・六代目歌右衛門に教えられた「型」の力を信じて、無心に演じて、何も引かず・何も足さない、だから「型」が持っている意図(イメージ)がそのまま素直に現れると云うことです。成駒屋の八重垣姫の「型」が持つ役の風格が、そのまま役の性根(気持ち)となって現れます。脳裏に残っている歌右衛門の舞台のイメージまでもが蘇って来るようです。何でもないことのように見えますが、実はこれが一番難しいことです。これが芸の年輪と云うものですね。引き合いに出すと魁春に失礼に聞こえるかも知れませんが・その意図はご理解いただけると思いますが、同じ月(3月)歌舞伎座・第3部の「連獅子」の勘太郎や「安達三」の長三郎も、お父さん(勘九郎)の云うことを信じて・言われたことをその通りに無心に勤めているので、そこから役(子獅子・お君)が持つ在るべきイメージが素直に立ち上がります。これは「初心」というものが起こす奇蹟ですが、同じ気持ちを歳を取っても保ち続けて行くことは、まことに難しいものです。だから世阿弥も「初心忘するべからず」と戒めの言葉を残しています。中村屋兄弟もこれから山あり谷ありでしょうけれども、頑張って欲しいものですね。

ところで今回(令和3年2月歌舞伎座)の「十種香」では、孝太郎の濡衣・門之助の勝頼ともバランス良い出来です。孝太郎の濡衣は折り目正しく、八重垣姫の控え目な陽に対して、濡衣は凛とした感じの陰ということになるでしょうか。七代目芝翫以来の濡衣と言っても、褒めすぎではない気がしますねえ。

門之助の勝頼は登場して三段に掛かって憂いの形を決めるところは、ホントに美しい絵になって感心しました。ただ門之助は普段は女形を勤めることの方が多い方ですから、声質が八重垣姫と濡衣に似るために、「十種香」が三角形の声質構図になって来ない感じです。ここでの勝頼は、もう少し声の調子を低めに下げた方がよろしいようです。それと八重垣姫に対して「ヤア聞き分けなく戯れ事・・そこ退き給え」という台詞の語調が強過ぎて、品格が欠ける感じですねえ。確かに義太夫には「わざと声荒らげ」とありますけれど、そこをその通りにやらるのではなく、柔らかく凛と拒否してみせるから色気が出るのです。それで逡巡している八重垣姫が完落ちするのではないのでしょうか。七代目梅幸の勝頼の映像をご覧あれ。

それにしても「十種香」をこのようにしっとり落ち着いた気分で愉しめたことは近頃珍しく、嬉しいことでありました。

(R3・2・28)



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