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七代目梅幸の桜丸〜国立開場2月目の「賀の祝」

昭和41年12月国立劇場:「菅原伝授手習鑑」〜賀の祝

七代目尾上梅幸(桜丸、女房千代)、四代目中村雀右衛門(女房八重)、八代目坂東三津五郎(白太夫)、八代目松本幸四郎(松王)、二代目中村吉右衛門(梅王)、十代目市川高麗蔵(女房春)他

(国立劇場開場記念公演・二月目)


本稿で取り上げるのは、昭和41年(1966)12月国立劇場での、先月の開場記念公演に続く通し狂言「菅原伝授手習鑑」第2部の「賀の祝」の映像です。設立当初の国立劇場の方針として原作準拠・通し狂言ということが掲げられていますが、開場2月目になる12月公演では、滅多に出ない「天拝山」や「大内」の場など出して(もちろんこれはそれなりに意義があることです)場面を詰め込み過ぎたため時間が足りなくなって、「賀の祝」がその割りを喰った格好となって「茶筅酒」が部分的にカットされてしまいました。また次の場の「寺子屋」で梅幸が千代を勤めるため、通し上演である以上「賀の祝」でも千代を勤めざるを得なくなり、結果として同じ幕で桜丸と千代を二役勤めています。それで段取りが多少慌ただしくなっている感じ があります。まあそのような無理が若干生じてはいますが、今回の「賀の祝」は役者揃いでなかなか良い舞台になりました。注目はやはり梅幸の桜丸、そして三津五郎の白太夫ということになります。 (残念ながら「天拝山」の映像は残されていないようです。)

「賀の祝」(佐太村)は、風情で見せるなかなか難しい芝居です。ドラマとしては終わりの方で桜丸が登場して切腹する場面がすべてで、それ以前は付け足しみたいな感がなくもありません。かと云って、暖かくのどかな春の風情で前半を引っ張るだけ引っ張って、最後に桜丸が切腹して観客をアッと驚かせようという作者の魂胆 だとも思われません。そのような作為はまったくないでしょう。ただひたひたと観客の胸に迫って来るのは、「桜丸はなぜ遅い?桜丸はどうしてまだ来ない?」という微かな 不安です。それは暖かい陽射しのなかで、時折り首を撫でるちょっと冷たい微風のようなものです。しかし、そこに不吉な影を何となく感じ取っているのは、桜丸の女房である八重だけです。白太夫は胸に秘密を秘めつつ、それでもまだ何とか息子を救う思案はないものかと深く悩んでいます。 他の者たちはそこまで桜丸が思い悩んでいたとは思っていなかったかも知れません。このように前半で通奏低音のように流れていた不安の正体が明らかになるのが、後半の桜丸の登場なのです。

思ひがけなき納戸口、刀片手ににつこと笑ひ、「女房共、さぞ待ちつらん」

浄瑠璃床本ではこのような詞章になっています。いろいろ思い悩んだけれども、今は完全に吹っ切れて覚悟が決まったという桜丸の心理が、「刀片手ににつこと笑ひ」の文句によく現れています。戸板康二は昭和22年5月東京劇場で の六代目菊五郎の桜丸は近代感覚の強いものだったとして、次のように書いています。

『昔の芝居の「桜丸切腹」の気分は、もっと明るかったのではないだろうか。故(十五代目)羽左衛門の桜丸は、のれんから出た時に、見物がざわめくような感じを持っていた。(六代目)菊五郎のは、のれんが肩に乗って すべってゆくあの登場の瞬間、不幸な宿命の子という顔であり、姿であった。』(戸板康二:「丸本歌舞伎」)

「桜丸切腹」の気分は明るいものだったと云う戸板の指摘は、胸に刻んでおきたいと思います。しかし、今回(昭和41年12月国立劇場)の梅幸の桜丸は、上記羽左衛門と菊五郎の中間を行くものと云うべきか、登場する場面がパアッと華やぐまでには行かないのだけれど、かと云って暗い不幸の影が差すという感じにも見えません。それでいて暖かい春の日差しにしかしその花びらは間もなく散ってしまうであろう美しさ・儚さをも、ごく自然に表出できています。まさしくそれは朝日に匂う山桜花の楚々とした風情なのです。これは菊五郎と違って息子の梅幸は女形と云うこともありますが、ともすれば先鋭的な感触で出て来勝ちであった菊五郎の近代性と云うものを、梅幸は気負わずおっとりした気分で受け止めているということだろうと思います。後の世代に於いては近代性がそれだけ身に付いて来たということです。このことは同じく梅幸の桜丸が出る「車引」にも感じられることです。吉之助は幸い梅幸の桜丸を生(なま)で見ることが出来ましたが、今のところ桜丸に関しては梅幸をベストと考えています。今回の映像を見てその思いを新たなものにしました。

しかし、「賀の祝」においては、或る意味で白太夫の方が難役であるかも知れません。前半がダレると芝居の屋台骨が揺らぐことになっていまいますが、そこをきっちり引き締めるのが白太夫の役割なのです。三津五郎の白太夫は、義太夫の素養がある方ですから、まったく危なげがない。頑固で実直な性格をしっかり描き、それでいて情の厚いところもみせて良い出来です。

雀右衛門の八重はその寂しげな横顔が美しく、桜丸の死にほんのり色を添える感じがします。幸四郎の松王は立派なマスクで、出て来ただけで大歌舞伎。

菅原伝授手習鑑 (歌舞伎オン・ステージ)

(H30・6・25)


 

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