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十二代目団十郎五年祭の「鳴神不動北山桜」

平成30年5月歌舞伎座:「鳴神不動北山桜」

十一代目市川海老蔵(粂寺弾正・鳴神上人・不動明王他五役)、五代目尾上菊之助(雲の絶間姫)他


1)話し言葉の台詞

今月(平成30年5月)歌舞伎座の団菊祭は十二代目団十郎五年祭と云うことで、十二代目団十郎が亡くなってもう五年になるか・・という感慨を持ちました。歳月はあっと云う間に流れていくものですねえ。歳月と云えば、本年は団十郎家とは縁の深い成田山新勝寺開基1080年にも当たるそうで、そう云うわけで昼の部には二代目団十郎が寛保2年(1742)の上方へ下った時に大坂佐渡島座で初演した「鳴神不動北山桜」が選ばれています。

「鳴神不動北山桜」は、歌舞伎十八番のうちの三つ(毛抜・鳴神・不動)が一度で見られるお芝居です。歌舞伎十八番と云うと江戸荒事の集大成と云うことになる訳ですが、本作は 江戸での初演ではなくて、大坂での初演だという点が興味深いところです。「毛抜」は本作「鳴神不動北山桜」での上演が最初のことになります。一方、「鳴神」については貞享元年(1664)江戸中村座「門松四天王」で初代団十郎が創演したもので、初代 団十郎は三回演じ たようです。また二代目団十郎も、寛保2年の「鳴神不動北山桜」初演より以前に、「門松四天王」などで「鳴神」を三回演じています。もちろん台本はまったく同じものではなく、上演の都度に適宜改訂が加えられた ものと思います。そこで「鳴神不動北山桜」を上方で上演するに当たり、二代目団十郎は江戸歌舞伎が上方の観客の嗜好に受け入れられるように周到な準備をしただろうということを想像します。なにしろ元禄6年(1693)に初代団十郎が上京して荒事を演じた時には評判が芳しくなかったからです。当時の演劇は、上方の方がはるかに進んでいました。江戸荒事の、スーパーマンが悪人たちの首を引っこ抜くような、豪快だけど筋が単純な芝居では、京都のお客にはなかなか受けません。「鳴神不動北山桜」を見ると、上方の観客に受け入れられる為の工夫がよく分かります。まず芝居の筋にそれなりの起伏があります。(これは「暫」や「助六」にはないものです。)「毛抜」の科学推理劇みたいな展開はなかなか面白いし、見得の活かし方も自然です。粂寺弾正の長台詞で江戸歌舞伎の雄弁術を生かす場面もあります。「鳴神」でも鳴神上人と雲の絶間姫との対話がしっかりあって、鳴神上人が堕ちる過程、怒る理由もよく分かるので、ドラマのなかに荒事が自然に組み入れられています。これを上方芝居の影響であると明確に言えないかも知れませんが、これならば当時の目の肥えた大坂の観客にも受けたに違いありません。

ですから「鳴神不動北山桜」ではもちろん江戸荒事のおおどかな面白さを見せる芝居ではあるけれども、それよりも江戸歌舞伎の台詞劇・対話劇という要素を意識的に前面に押し出し たところが特色なのです。当時は上方女形であった初代尾上菊五郎(雲の絶間姫)の参画は、対話劇という特色を最大限に生かすための必須案件であったと思います。(この後、初代菊五郎は二代目団十郎に付いて江戸に下ることになります。)これは結構大事なことだと思います。この点は現在歌舞伎座の舞台で見る様式的な「暫」や「助六」などと感触が異なるように思われるかも知れませんが、武智鉄二が「伝統原劇の朗唱法」(昭和44年・「伝統と断絶」に収録)で、「(初代)団十郎の残した荒事系の朗唱法は、歌舞伎には珍しい話し言葉の変形をとどめている」という指摘を考え合わせれば、共通したものが何となくそこから想像されると思うのです。

現在の歌舞伎の舞台聴く「暫」や「助六」のツラネは様式的色彩が強く、何となく語り言葉の系統に属しているかのように聴こえるけれども、これを話し言葉として理解するならば一体どうなるか?ということです。もっと軽いタッチでしゃべるツラネが、吉之助の脳裏に聴こえて来る気がします。そこから「暫」や「助六」と、「鳴神不動北山桜」との間の、共通した感触が想像できます。つまり狂言の話し言葉を基礎にして、これを歌舞伎として消化した写実の台詞術です。キーワードは、話し言葉(しゃべり言葉)ということです。(この稿つづく)

(H30・5・14)


2)新鮮な感覚

初代・二代目団十郎の昔から上演が綿々と続いてきた「暫」や「助六」については、歴史の積み重ねに伴う感触に相応の重みがあるわけで、ここでは置くことにします。江戸歌舞伎の「おおどかさ」というものは、現代においては、恐らくちょっと様式的に重めの感触に受け止められていると思います。これは決して理由がないわけではありません。現在我々が「暫」や「対面」の舞台で目にするものは、まさにそう云う感触なのです。それは元禄の世から約300年の歳月をかけて作品の表面に付着してきた澱のようなもので、これはこれなりに貴重なものであるのです。

一方、団十郎家による上演が一時的に途絶えてしまって、明治の末に二代目市川左団次によって復元上演された「毛抜」・「鳴神」については、少し視点を変えて作品を見てみたいのです。ちょうど古い絵画の時代の経過で付着した薄いベールを剥がして、その下に隠されていた鮮やかなオリジナルの色彩が眼前に現れるが如きの、新鮮な感覚が欲しい。

持ってまわった言い方ですが、「新鮮」とは新作に近い感覚と云うことです。ただし、まったくの新作ではなく、周辺台本や錦絵などを比較参照して、考証的にしっかりした裏付けを持つ新作を生み出す、これが復活狂言と云うことなのです。復元作業に係わった二代目左団次や岡鬼太郎・小山内薫その他ブレーンたちが、遺された数多い台本のなかから特に寛保2年の「鳴神不動北山桜」を底本に取り上げたのも、そのような意図からに違いありません。江戸歌舞伎の台詞劇・対話劇という要素(話し言葉の台詞)を見出すならば、そこに古(いにしえ)の歌舞伎十八番が蘇る瞬間が見えて来ると思います。(別稿「左団次劇の様式」をご参照ください。)

吉之助は「毛抜」・「鳴神」をそのように見るのですが、江戸歌舞伎の台詞劇・対話劇という要素を考え合わせるならば、話し言葉のちょっと軽めの味わいをそこに想像したいのです。そのような箇所は随所に見えますが、例えば「毛抜」に登場する小原万兵衛は御殿の舞台装置にまるでミスマッチの世話の百姓姿、「鳴神」に登場する白雲坊・黒雲坊は謹厳な鳴神上人の弟子にはまるで見えない滑稽な生臭さ坊主、こういうところに軽い世話のタッチ、洒脱な感覚が欲しいのです。これが重ったるいと、主役が引き立って来ません。

この点、今回(平成30年5月歌舞伎座)の「鳴神不動北山桜」の斎入(白雲坊)・市蔵(黒雲坊・万兵衛)は軽妙さが不足で、大人しいように感じます。よく云うならばお行儀が良い。しかし、これはもっと下世話に砕けた方が良いのです。これは斎入 ・市蔵だけの問題ではなく主役も含めてのことですが、全体的に二代目左団次の復活狂言の新鮮な感覚が次第に薄れて、「暫」や「対面」の感触の方にだんだん近づいているのです。「毛抜」・「鳴神」の古典化の流れと云うべきでしょう。まあそれも自然な流れなのかも知れませんが、そのせいで見ていてあまり ウキウキした気分になりません。ほんの四十数年前に吉之助が見た「毛抜」・「鳴神」の舞台 (二代目松緑や十二代目団十郎・当時は海老蔵の舞台でした)よりも、最近の「毛抜」・「鳴神」の舞台が何となく重ったるい感じがするのは、気のせいでしょうか。しかし、これらが二代目左団次の復活狂言であるという事実は、大事にしてもらいたいと思います。もっと新鮮な感覚が欲しいのです。

軽めの味わいが欲しいという点では、「鳴神」での菊之助の雲の絶間姫もちょっと物足りない感じがします。。菊之助は清楚で美しく、滝の注連縄を断ち切った後、泥酔する鳴神上人に騙したことを詫びる台詞に真実味が感じられます。これは良い点ですが、鳴神上人を陥れる夫婦話は、ちょっとお行儀が良すぎます。(これを受ける白雲坊・黒雲坊もお行儀が良すぎる。) テンポを速くすれば良いと云う単純なことではなく、観客をウキウキとさせる愉しさが必要なのです。雲の絶間姫が鳴神上人を破戒の道へグイグイ引っ張るものが必要です。流れがちょっと平板 なのです。もっと緩急を付けて芝居っ気を持たせた方が面白くなります。この場面で当時上方でも手練れの女形であった初代菊五郎を雲の絶間姫を起用したのも、この夫婦話とそれに続く鳴神上人との破戒の掛け合いを目いっぱい活かす為なのですから、やり過ぎなくらいやったって良いくらいだと思います。(この稿つづく)

(H30・5・18)


3)海老蔵の粂寺弾正・鳴神上人

ここ1・2年、海老蔵は、声質や台詞廻しが父(故・十二代目団十郎)にますます似て来たように感じます。台詞が高音に掛る時に、音が鼻に抜ける感じ・台詞の伸び具合に、ふっと十二代目の面影が脳裏をよぎります。これは長年歌舞伎を見て来た者とすれば懐かしいということは確かにありますが、十二代目の台詞廻しには少々難があったことは事実なので、その思いはちょっと複雑です。海老蔵の台詞は、この方向で大分固まって来たように思います。海老蔵には(祖父・十一代目譲りの)歯切れの良い台詞廻しの役者になることをずっと期待してきましたが、ちょっと望み薄かなという気がしてきました。これは残念なことですが、まあ息子の声が父に似ることは自然なところであるし、それならば十二代目の台詞廻しの、ちょっと時代離れした茫洋として大きいところを掴みとってもらいたいと思います。

しかし、ここはもう少しトレーニングして直して欲しいと思うのは、声が腹から出せていないと感じることです。台詞が口先から出ているように感じられます。本人は大きい声を出しているつもりなのでしょうが、腹から発声されていないので、声に芯が感じられない。だから声が客席の隅々まで十分に届かない。海老蔵は容姿は大きいものを持っていますが、声の力が弱いので、形容ばかりで中身が詰まっていない印象を受けます。今回の「鳴神不動北山桜」の五役でも、人気役者のことであるから登場すれば観客にそれなりに受けてはいますが、視覚と聴覚の感覚的なギャップが大きい。この感覚的なギャップが、海老蔵の場合、年々大きくなっているようです。形容の大きさにばかり頼っている感じがするということです。台詞が言えるということは言葉を早口で回せることだと云う、根本的な誤解があるのではないか。これは荒事の発声としては、大きなマイナス要素となります。少なくとも十二代目は、この点は出来ていたと思います。喉から声を出すのではなく、腹に力を入れて身体を共鳴体にするのです。これは舞台での発声の基本中の基本です。この点を出来るだけ早く、正しい発声に直してもらいたいと思います。海老蔵はなかなか微妙なところに差し掛かっているように思われます。

今回(平成30年5月歌舞伎座)の「鳴神不動北山桜」の五役でも、形容の大きさに頼れる「毛抜」の粂寺弾正の方はまだしも、台詞劇・対話劇の要素が強い「鳴神」の鳴神上人になるといまひとつの印象になるのは、そのせいです。雲の絶間姫と鳴神上人の掛け合いが浮き立たないのは、菊之助がグイグイ引っ張らないことにも責任はありますが、海老蔵の台詞がもっさりとして重く、軽妙さに欠けることが大いに原因しています。しかし、軽妙さということを台詞のテンポを速くすることだと単純に考えないでもらいたいのです。そうしなくても軽妙な印象は出せるのです。故・十二代目団十郎の鳴神上人はのんびりとしていましたが、決して重ったるくはありませんでした。十二代目は、江戸歌舞伎の「おおどかさ」を感覚的に掴んでいたと思います。海老蔵が父から学ぶべきところは、そこじゃないでしょうか。「毛抜」・「鳴神」は台詞劇・対話劇だということを、しっかり押さえてもらいたいのです。そうすれば「勧進帳」の読み方も変わって来るのではないか。

「鳴神」幕切れの鳴神上人の荒れになるとここぞとばかり張り切るのは、まあ分かりますが、見得をする時に唸り声を上げるのは海老蔵の癖のようですが、止めた方がよろしい。息を詰めてカッと形を決めて見せるのが、見得本来の在り方だと思います。それでないと、形のなかに気が籠らないでしょう。吉之助には、ガッーと唸り声を上げると形から気が抜けるようにしか見えませんがねえ。「不動」のお不動様の空中浮遊のイリュージョンは、別に有っても無くてもどうでも良いようなもの。 「アレ浮いてたの?よく分からなかったけど」と言っていたお客さんがいました。凝るならば、ホントに凝るべきところは他にあると思います。

(H30・5・21)



 

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