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十代目幸四郎襲名の「勧進帳」

平成30年1月歌舞伎座:「勧進帳」

十代目松本幸四郎(七代目市川染五郎改め)(弁慶)、二代目中村吉右衛門(富樫)、八代目市川染五郎(四代目松本金太郎改め)(義経)

(十代目松本幸四郎・八代目市川染五郎襲名披露)


別稿「勧進帳の二つの意識」で触れましたが、七代目団十郎が創始した「勧進帳」のなかには、 二つの表現意識があるのです。ひとつは、先行作である能「安宅」から来るもので、能的な表現に近づこうとする高尚志向です。背景には能に対する歌舞伎のコンプレックスが絡みます。もうひとつは、元禄の市川家の芸の集大成としての歌舞伎十八番の主旨から来るもので、古(いにしえ)の荒事の心を大切にしようとするものです。この二つの表現意識は完全に相反するものとは云えませんが、歌舞伎の高尚志向は明治以降の近代リアリズムの影響も重なって、その後の「勧進帳」は写実化・史劇化の方向を辿ることになります。九代目団十郎から七代目幸四郎へ受け継がれた「勧進帳」は この流れの上にあるわけですが、これはもともと「勧進帳」のなかにあった表現ベクトルです。さらにこれが八代目幸四郎(初代白鸚)、九代目幸四郎(二代目白鸚)へ引き継がれて、高麗屋代々の「勧進帳」は、或る意味において史劇的な、それゆえにリアルであり、能の格調も踏襲することで古典的な、それゆえ端正な感触になって来ました。吉之助のなかの、高麗屋の「勧進帳」をイメージするならば、そういうことにな ります。

翻って「幸四郎」代々の芸のイメージを考えてみると、それは実悪であるとか(五代目幸四郎の仁木弾正や左枝大学之助など)、荒事であるとか(幸四郎家と団十郎家は代々が重なっているところがあってとても関係が深い)、また「幸四郎」代々は熊谷や大星など時代物の重厚な役どころ も多く当たり役としましたから、「幸四郎」の名前には線が太い豪快なイメージが兎角付きまといます。そこで今月(1月)歌舞伎座で始まった十代目幸四郎襲名披露興行を見ると、昼の部は「車引」の松王、夜の部は「勧進帳」の弁慶 、2月夜の部の「熊谷陣屋」の直実と併せて、「幸四郎」の線が太い豪快なイメージから選ばれていることは明らかです。

襲名と云うものは、先達の魂を受け継ぐことであり、その名跡が背負うイメージの何某かを背負うことでもあります。襲名披露興行に先だって、昨年(平成29年)12月11日に浅草・浅草寺で行われた襲名祈願お練りも覗かせてもらいましたが、お練り出発点の雷門に現れた新・白鸚が吹っ切れた笑顔を見せたのに比し、唇を噛みしめて緊張した面持ちで新・幸四郎が登場したのは、さもありなんと思わされました。その重圧たるや余人には計り知れないものがあるでしょう。しかし、「幸四郎」だからそのように演じな ければならないということは必ずしもないわけで、先達のイメージ を上手く利用しながら、自身の役の幅を広げていけば宜しいのではないでしょうか。

一方、吉之助は、与三郎や或いは上方和事の役どころ(現・仁左衛門が得意としている役どころ)がこれから新・幸四郎のものになって行くと思います。 と云うよりも、今後の歌舞伎のためにそうしてくれないと歌舞伎が困るわけです。こういう役どころはこれまでの「幸四郎」の領域になかったものですが、こういう繊細な役どころが「幸四郎」の系譜にこれから加わって行くことになります。これも宜しいことだろうと思います。2月歌舞伎座での「大蔵卿」や4月御園座での「廓文章」がその線で選ばれているわけですが、これから新・幸四郎は、「線が太く豪快」と云うイメージと、「線が細く繊細」と云うイメージと、相反する二つの要素を追わねばならなくなります。これは決して容易なことではありません。吉之助が申し上げたいのは、この相反する要素を無理に演じ分けようとせぬこと、相反する要素に折り合いを付けながら自分なりの「幸四郎」を作って行って欲しいということです。例えば「勧進帳」の弁慶も、豪快な要素と同時に、祖父・父の弁慶が持つ理知的な要素を大事にしてもらたいと思います。つまりそれは「勧進帳」が内包する近代性ということであり、それは新・幸四郎が持つ繊細さにもつながるものでもある のです。

そこで今回(平成30年1月歌舞伎座)での十代目幸四郎の弁慶を見ると、これは荒事への回帰を強く意識した弁慶であると感じられました。前回(平成26年11月歌舞伎座)の時よりも声を太く低音を強く意識して出した感じで、台詞の末尾に力を込めて荒事らしい太さを出すなど荒事風の言い回しに工夫が見られて、これはそれなりに成果が出ています。初日(2日)の舞台はNHKの初芝居生中継で拝見しましたが、ちょっと力が入り気味の弁慶でありました ね。襲名の初日でもあるし、これはそうなるのも当然のことです。対する吉右衛門の富樫も気合いが入ったもので、山伏問答は緊張感あるものとなりました。富樫は問答のアッチェレランドのテンポ設計が近来になく見事なものでした。弁慶もこれを気合いで受け止めて、なかなかの出来になりました。ただ弁慶・富樫ともにこの テンションの高さを25日保ち続けるのは難儀であろうという感じはしました。果たして吉之助が見た10日の舞台は両者ともにさすがに疲れが出たようで、問答がやや平板に流れたのは残念でしたが、まあ25回もやればこういう日もあるものです。しかし、懸命に弁慶を演じる姿は爽やかであり、頼もしくも感じました。

今回の新・幸四郎の弁慶は荒事へ回帰したと云うべきですが、荒事の力強さ或いは粗暴さを強く意識した結果、線が太く、力感はあるけれども、若干粗い印象の弁慶になっていたかも知れません。こういう印象は読み上げ・問答だけでなく、後半の、詰め寄り・或は延年の舞においても見えました。全体的に太目の描写を心掛けた弁慶で、これはこれで襲名の舞台にふさわしいものとなっています。ただ前回の弁慶の方が、もう少し端正な印象があったように思いました。この時は染五郎として弁慶の初演ということで慎重に役に対した結果であったと思います。今回は襲名披露であり、「幸四郎」の名前を強く意識した為、太い豪快なイメージにこだわらなければならなかったということで、そうならざるを得ない気持ちはよく理解できます。

前述の通り、吉之助が思い描く高麗屋の「勧進帳」のイメージは、理智的なものです。荒々しい古の荒事の心を呼び起こす弁慶と云うよりも、どんな困難にも心を動ぜず沈着冷静に事を運ぶ弁慶で、感触としては端正なものになります。これはどちらが良いとか悪いとかではないのですが、しかし、新・幸四郎の芸質を考えるならば、やはり後者の行き方の方が似合っていると吉之助には思えるのです。今回の弁慶を見て、吉之助の目にちょっと力が入り気味に映るのは、そのせいです。どこかで新・幸四郎が無理してる感じがするのです。もう少し力を抜いて端正な史劇的な弁慶を志向 した方が、それが例え線が細く繊細になったとしても、新・幸四郎芸質との折り合いも付くし、本来の高麗屋の「勧進帳」のイメージにも沿うものであろうと考えます。例え線が細く繊細な弁慶であっても良いじゃないか、無理して荒事のイメージを追う必要はないと吉之助は思います。あの永遠の二枚目役者・十五代目羽左衛門も弁慶を演じたことがあります。もちろん吉之助は写真でしか知りませんが、これはどんな弁慶であったでしょうねえ。 そういうことを想像してみたいのです。今後繰り返し弁慶を演じてくことで、おのずと焦点は定まって来るでしょう。熱さを肚の内にグッと秘めた冷静な弁慶が見たいなあと思います。

最後に八代目を襲名する新・染五郎にも触れておきますが、能の子方のような透明な雰囲気があるのは、この年代ならではですが、新・染五郎の素材の良さを示しています。声変わりの時期ゆえ割り引く必要はありますが、台詞廻しが間伸び気味なのが気にはなりますけれど、今後の修業を期待したいですね。

(H30・1・15)




  
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