長谷川伸作品のヒロインたち
ご存知の通り、長谷川伸作品の主人公の多くは「はぐれ者」です。そのはぐれ者が自分の大事な女性・あるいはそのイメージを必死で守ろうとするのが、長谷川伸作品の非常に重要なテーマなのです。その相手の女性は恋人や妻とは限りません。まだ見ぬ母親(「瞼の母」)であったり・たまたま情けを掛けてくれた女性(「一本刀土俵入」)であったりします。長谷川伸作品の多くが六代目菊五郎によって初演されています。長谷川伸もそれが嬉しくてたまらず、六代目が自分の戯曲をどう料理してくれるか・勝負のつもりで書いたということです。その六代目初演 した長谷川伸作品のヒロインを紹介します。
まず「一本刀土俵入」は昭和6年7月東京劇場での初演。ヒロインお蔦は五代目福助(五代目歌右衛門の長男・現芝翫の父)が勤めました。 福助をお蔦に起用したのは、菊五郎の希望であったようです。福助は上品で美しい女形でしたから、宿場の酌取り女はイメージに合わないというので 最初は心配されたようですが、福助はこれを見事に演じて評判を取りました。福助の新境地を拓いた役で す。
「刺青奇偶」は昭和7年6月歌舞伎座での初演。ヒロインお仲は同じく五代目福助でありました。いかにも薄幸の女性という感じがしてきます。この時期の福助は体調がかなり悪くかったそうですが、序幕で身投げして引き上げられたという設定なので・毎日水をかぶって演じて、周囲から止められても聞かなかったそうです。福助は翌年昭和8年8月に33歳 の若さで亡くなりました。
「暗闇の丑松」は昭和9年6月東京劇場での初演。薄幸のヒロインお米は 多分五代目福助を想定していたものでしょうが、福助は前年に亡くなっておりますので、四代目男女蔵(後の三代目左団次)が演じました。丑松はもちろん六代目菊五郎です。
(H17・8・3)