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九代目幸四郎のサリエリ〜「アマデウス」

平成23年11月ル・テアトル銀座:「アマデウス」

九代目松本幸四郎(二代目松本白鸚)(サリエリ)、武田真治(モーツアルト)、内山理名(コンスタンツェ)


1)幸四郎のサリエリ

吉之助が音楽を聴き始めた頃(1970年前後)はモーツアルトで定評があったのは大編成オケで演奏したブルーノ・ワルターでした。吉之助より上の世代のクラシック・ファンは大抵そうだと思います。例えば「アイネ・クライネ・ナハトムジーク K.525」で言えば、吉之助が愛聴していたのは、ワルターがコロンビア響を振ったステレオ録音(1954年)ですが、年輩の世代ならばウィーン・フィルを振ったSP録音(1936年)を挙げることでしょう。どちらもとても素敵な演奏です。これらはいわゆる「神童モーツアルト」のイメージに沿ったもので、ゆったりと微笑を絶やさないロココ調の優美で暖かいモーツアルトです。

しかし、その後・神童モーツアルト像の見直しの動きが音楽界に始まりました。75年頃であったか・「レコード芸術」誌に連載された石井宏氏の「素顔のモーツアルト」などはその奔りであったかも知れません。オシッコ・ウンコなど下品な言葉を連発して笑い転げるモーツアルト。従妹ベーズレとの乱痴気騒ぎのエピソードなどはショックでしたねえ。アロイジアへの失恋の手紙は泣けますが、モーツアルトは今度は一転してその妹コンスタンツェに鞍替えします。この辺も本気で惚れてたのかと思うところもありますが、モーツアルトはその時々においていつも真剣だったと思いたいですね。それにしても生臭い人間モーツアルト像は、当時の吉之助にはえらいショックであって、作品を考えさせるきっかけになったとは思います。

そうなると今度はワルターの演奏が何だか生ぬるくて・物足りなく感じられるようになってきて、吉之助はワルターのモーツアルトとかなり長い間疎遠になってしまいました。加えて80年代に入ると小編成オケや古楽器オケでのモーツアルト演奏が盛んになってきて、それで大編成モダンオーケストラのモーツアルトは時代遅れみたいな感覚になってきました。この流れは今も続いており、吉之助も一時期はそちらへ関心が寄ったのですが、この歳になると・やっぱりワルターの暖かいモーツアルトが一番だと思うようになりました。やっぱり吉之助にとってモーツアルトは神童であったのです。

まあモーツアルトのような天才がオシッコ・ウンコを連発して下品なことを言うのは何だか「人間的」な感じでもあり、神童よりも近づき易いのかも知れません。そういうなかに名曲の秘密が何かあるのか・・・あるのかも知れませんねえ。しかし、長く音楽を聴いていれば結局そういうことは曲がすべて教えてくれるもので、「人間的なエピソード」は芸術作品を味わうことに直接的にさほど役立たないことも分かってきます。(全然役立たないということでもないのですが、吉之助の経験では当たりが少ない感じですねえ。)吉之助もそういう真理に至るまで20年ちょっと掛かりました。寄り道をしたようですが、もちろん吉之助はそういう過程を教えてもらったことでも石井宏氏の本には大変感謝しています。

同じことはモーツアルトをテーマにしたピーター・シェーファーの戯曲「アマデウス」(1979年ロンドン初演)を見ても分かります。主人公である宮廷楽師サリエリが憤慨して神に怒りの言葉をぶつけるのは「あんな下品な男があんなに美しい音楽を書く」ということでした。サリエリは人生のすべてを神に捧げるように・ひたすら努力を積んで音楽を書いてきました。ところがあの男は下品な笑い声を上げながら、サリエリが驚嘆するような美しい旋律をサラサラと書くのです。神はどうしてこういうことをするのか、自分を嘲笑うためにモーツアルトを寄越したのかと言って、サリエリは怒るわけです。しかし、途中でサリエリは気が付くのです。モーツアルトがまさしく「アマデウス(神に祝福されし)」存在であることに気が付くのです。そこからサリエリは奇妙に捻れた行動に走ることになります。芝居をご覧になればサリエリの行動の裏にあるのはモーツアルトへの無限の愛であることがお分かりになるはずです。ですからシェーファーの「アマデウス」の目的は神童モーツアルト伝説の解体にあるのではなく、まったくその逆です。もちろん石井氏の「素顔のモーツアルト」もそうです。しかし、世間の興味はともすればオシッコ・ウンコ連発のモーツアルトの方に行き勝ちです。

ところで吉之助は戯曲「アマデウス」日本初演を見ました。それは1982年(昭和57年)6月池袋サンシャイン劇場でのことで、初演の配役はサリエリ:松本幸四郎、モーツアルト:江守徹、コンスタンツェ:藤真利子でありました。これはとても素晴らしい舞台で今でも忘れられません。以来幸四郎はサリエリを400回以上も舞台で演じており、弁慶、ドン・キホーテと並んで、サリエリは俳優松本幸四郎を語る時に欠かせぬ重要な役となっています。初演から本年(平成23年・2011)、ほぼ30年近い歳月が経って幸四郎の「アマデウス」の舞台を再び見たわけです。幸四郎も歳月を重ねましたし、もちろん吉之助も同じだけ歳を取りました。

   

上左は1982年(昭和57年)6月池袋サンシャイン劇場・「アマデウス」日本初演のチラシ
上右は翌年1983年(昭和58年)5〜
6月池袋サンシャイン劇場での再演のチラシ

それにしても興味深かったのは、約30年の歳月の間に吉之助のなかで戯曲「アマデウス」の印象が変化していたことに気が付いたことです。初演当時(82年)の吉之助はちょうど前述の神童モーツアルト像崩壊の時期に当たっていて、サリエリの神への怒りを生(なま)な感じで然りと受け止めたものでした。サリエリの怒りは神と人間の対立という風にも読めます。しかし、現在の吉之助は30年経って神童モーツアルト像の方に回帰していますから、久しぶりに舞台を見て「アレッ、初演はこうだったかなあ」という感じたところが所々ありました。それは今回の(幸四郎による)演出が初演と違っていたということではなくて、よくよく考えて見ると、どうやら吉之助のなかでのモーツアルトのイメージが変化していたせいでした。もうひとつ大事なことですが、この30年の間に1984年に制作され・翌年に日本で公開された映画「アマデウス」(ミロシュ・フォアマン監督)が挟まります。この映画の脚本は戯曲と同じシェーファーにより書かれました。戯曲「アマデウス」解釈において映画の存在は無視できません。シェーファー自身にも戯曲と映画に5年ほどの歳月があったわけで、ここにも微妙な印象の変化があることが見えてきます。

(H23・11・26)


2)捻った神への賛美

シェーファーの戯曲「アマデウス」は、神にその才能を愛でられたモーツアルトと・そうでないサリエリという対立構図、あるいはサリエリの立場からすると「フェアでない」神に対する抗議という風に読まれることが多いように思います。サリエリは禁欲的・かつ献身的に努力して神への賛美の曲を書き続けてきました。ところがモーツアルトの方は人格的には下品な礼儀知らずの人物で、それにもかかわらず完璧な美そのものの音楽を苦もなく書き散らす才能に恵まれた人間です。サリエリとモーツアルトと、そのどちらを神が愛しているのか、その答えはサリエリには明らかです。サリエリはモーツアルトに嫉妬とも憎しみともつかぬ感情を抱きます。そして遂にサリエリは神との戦い、アマデウスと呼ばれた男・モーツアルトを通しての戦いを宣言します。「すべての名もなき人々よ、私はお前たちすべてを赦そう、アーメン」というサリエリの最後の台詞は、平凡な・才能のない・神に愛でられることのない人々の側に私(サリエリ)は立つという宣言のようにも聞こえます。不公平な神への抗議・気まぐれな神への不審ということでしょうか。「神が死んだ」時代の近現代ヨーロッパ精神状況にふさわしい主題のようにも思われます。まあ、確かにそのような見方も出来るかなと思います。思い返してみれば、82年初演当時の吉之助も似たような見方であったかと思います。しかし、吉之助の場合は30年の時を経て初演の時の記憶が内部変化してしまいました。

はっきり言うと、吉之助は戯曲「アマデウス」を、神と人間の対立、あるいは才能のある者と才能がない者と云う二元構図で割り切りたくないのです。サリエリは、モーツアルトに対して、正確に言えばモーツアルトの音楽に対して、表現できないほどの感動と愛情を感じています。しかし、サリエリはその感動を素直に表現できないのです。そこにはサリエリの生い立ちやら社会的立場やら、いろいろな要素が複雑に絡みます。モーツアルトの音楽はサリエリに嫉妬とも憎しみにも似た感情・いらだちを感じさせます。サリエリはそのような相反した気持ちを制御できずもがき苦しみます。人間サリエリを通して、モーツアルトの音楽の真の美しさが浮き彫りにされています。だから吉之助にとっては戯曲「アマデウス」は、神童モーツアルト像の破壊ではなく・真のモーツアルト讃歌でなくてはならないと思うわけです。これが82年初演当時の記憶を30年寝かせたところの吉之助の結論です。ワインでもウイスキーでも30年物はなかなか深い味わいだそうです。残念ながら吉之助は下戸で・その味わいは分かりませんが、良い芝居の記憶というものはお酒と同じで30年経っても静かに発酵を続けるものであるようです。

戯曲「アマデウス」はモーツアルト讃歌であると云う吉之助の根拠が何から来るかと言えば、それはもちろんモーツアルトの音楽 からです。モーツアルトは「音楽はどんなときでも決して人に不快感を与えずにやはり楽しませてくれるもの、つまり、いつも音楽でなければなりません」と手紙に書きました。嬉しい時でも悲しい時でも、そのような生(なま)な感情を掬(すく)い上げて昇華させて、音楽は常に美しく鳴り響かねばなりません。この戯曲の主題がもし本当に神への抗議・神への不審であるならば、シェーファーはそのタイトルを「サリエリ」とすべきでした。しかし、この戯曲のタイトルは「アマデウス」なのですから、作品が描くところはモーツアルト讃歌、つまりこれは捻(ひね)ったところの神への賛美に他ならないと吉之助は考えます。

「すべての名もなき人々よ、今いる者も、やがて生まれる者も、私はお前たちすべてを赦そう(Mediocrities everywhere, now and to come, I absolve you all.)

Mediocrityという言葉は比較する対象が傍にある場合は才能がない者・劣る者というニュアンスに使われることも確かにあるようですが、一般的には、可もなく不可もない者・平凡な普通の人という意味であると思います。モーツアルトが名もない平凡なウィーン市民として死んで、どこに葬られたのかも分からない・墓碑銘もないという事実を思い出して下さい。(ただし穴を掘ってそこに複数の遺体を埋めるのは葬送規定に則ったもので、これが当時の最も一般的な埋葬方法だったそうです。十字架や墓石を立てる習慣もありませんでした。)「すべての名もなき人々(Mediocrities)」と云う時にはそのなかにモーツアルトも含まれると吉之助は考えたいわけです。モーツアルトの名前は世に知れ渡っているじゃないかって?それは生前にヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトと呼ばれた男が書いた音楽の名前ではないでしょうか。かつてモーツアルトと呼ばれた男は名もなき人間に戻って死んだと思います。

もちろん戯曲「アマデウス」台本を読むと、吉之助が言う事は違うという根拠になりそうな箇所は沢山見付かると思います。サリエリの台詞をそのまま字面通り受け取れば、最後までサリエリは神への抗議を続けていると読めると思います。そのような解釈を吉之助は決して否定はしませんが、音楽を聴く人間には・モーツアルトの音楽を愛する人間にはその解釈は受け入れられませんねえ。サリエリは素直でないのです。やはりサリエリは錯乱していると思います。サリエリはそのような捻じ曲がった形でしかサリエリはモーツアルトの音楽への強烈過ぎる愛を表現できなかったのです。モーツアルトの音楽は残って・サリエリの音楽は忘れられた、だからモーツアルトは優れており・サリエリは劣る、神はモーツアルトを愛し・サリエリを愛さないなんてことは、神は全然言っていません。そういうことを言っているのはサリエリ本人だけなのです。ドラマはサリエリの心のなかで書かれ、サリエリはそれをひとりで演じ、そしてひとりでもがき苦しんでいるわけです。

(H23・12・4)


3)シェーファーの「アマデウス」映画版のこと

シェーファーの戯曲「アマデウス」(1979年ロンドン初演)と映画脚本「アマデウス」(ミロシュ・フォアマン監督、1984年制作)は、舞台と映画だから構成など違って当然ですが、あるいはその数年の時間差がシェーファーのなかにイメージの変化を生んだのであろうかと思える箇所があります。そのひとつは映画のなかのモーツアルトの死の直前、まだ未完成の「レクイエム ニ短調K.626」の作曲をモーツアルトがなおも続けようとするのをサリエリが手伝うという場面です。これは史実としてはあり得ないことですが、映画のなかで強烈に印象に残る場面です。もはやペンを持つ力が残っていないモーツアルトはうわごとのように旋律を口走り、サリエリはその音階を聴き取り必死で楽譜に記していきます。サリエリはそのような確かな音楽的技量を持っているのです。しかし、モーツアルトの音楽が刻むリズム・旋律の展開・和声の変化はサリエリの理解をはるかに飛び越えます。「えっ、この音程は何だ?分からない!」とサリエリは叫び、頭を掻きむしり・汗を流しながら、必死でモーツアルトに付いていきます。夜遅くなって疲れ果てたモーツアルトが眠りに付く前にボソッとこう言います。「僕はあなたを誤解していた。あなたは僕のことが嫌いだと思っていた。・・御免なさい。」

以上は映画にあって戯曲の方には無い場面です。戯曲「アマデウス」を神と人間の対立で読もうとする方は、映画のこの場面を見たら多分混乱することでしょう。モーツアルトを介して神に戦いを挑むと宣言したはずのサリエリがモーツアルトの作曲に協力するというのでは、その人物像が正反対じゃないかと感じると思います。この場面でサリエリはモーツアルトと一緒に、迫り来る死の運命に対して・つまり無慈悲な神に立ち向かっています。これは戯曲のサリエリのなかに明確に存在する要素であって、数年の時を経てシェーファーのなかのサリエリのイメージがより明確になってきたという風に考えるならば十分納得が行くことだと思います。したがって吉之助はその方向で戯曲を読みたいのです。

逆に言うならば、戯曲の方はそこの詰めがまだ 十分でないのかも知れません。戯曲で言えば、上記映画のレクイエムの場面に対応する場面、第2幕第15場のことです。黒服に仮面を着けた謎の男がモーツアルトの元を訪ねますが、やがてそれが変装したサリエリであったことが分かります。仮面を取り・正体を現したサリエリは「死ぬのだ、アマデウス、私をほっておいてくれ、構わないでくれ」と叫びます。錯乱したモーツアルトが突然「お父さーん」と叫びます。サリエリは凍りつきます。モーツアルトはまったく子供の態になってしまって「お父さん、抱っこしてよ、ねえ、一緒に歌おうよ」と言ってサリエリに抱きつきます。

戯曲のこの場面はとても衝撃的です。しかし、初演の時もそう感じ・今回の「アマデウス」再演を見てもやはりそう感じましたけれども、吉之助は戯曲のこの場面に少し手を入れたい気がして仕方がありません。ここでのサリエリは印象が ちょっと弱いようです。吉之助ならば抱きついてくる赤子みたいなモーツアルトをサリエリが思わず強く抱きしめてしまう、そのような無言の演技をサリエリにさせたいと思います。サリエリのモーツアルトへの歪んだ愛を表現できるところはここしかないと思います。もうひとつ、次の場面でコンスタンツェが戻ってきて死ぬ寸前のモーツアルトを抱きしめますが、そこでモーツアルトが「サリエリが・・・サリエリが僕を殺したんだ」とうわごとで言うのもドラマ的に誤解を生む感じで、吉之助はここも手を入れたいと思いますねえ。吉之助は、ここは「お父さんが僕を殺したんだ・・・」と修正したいのです。この場面でドン・ジョヴァン二の音楽にモーツアルトに強く圧し掛かる父レオポルドの 大きな影が濃厚に重ねられれば、そしてサリエリがその間にモーツアルトを守るかのように立つならば、それまでモーツアルトに対立していた劇中のサリエリの印象を一気に転回できたのになあ・・・と、そこのところをちょっと残念に思います。どうも戯曲の方は、シェーファーのなかで神と人間の二元構図が完全に消化されていないように感じられます。数年後の映画ではそこが巧く行っており、ある意味においてこれは シェーファーの神童モーツアルト像への回帰と言えると思います。戯曲をご覧になられた方は映画も併せて見ることをお薦めしたいと思います。

平成23年11月ル・テアトル銀座での「アマデウス」の舞台は、吉之助にとっては約30年ぶりくらいでしたが、昭和57年初演のことを懐かしく思い出しました。幸四郎のサリエリは初演の時は溌剌とした印象を感じましたが、今回の舞台ではより練れたというか・人物の描線がより太くなって・特に第1幕で神との対決を宣言するまで息をつかせぬ見事な出来栄えでした。武田真治(モーツアルト)、内山理名(コンスタンツェ)も良い意味で今風でフレッシュで、それが幸四郎のサリエリの重厚さと良い対称を示しており、バランス的にもとても良かったと思います。

(H23・12・6)


 

 

 

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