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初代壱太郎と二代目右近による新版「曽根崎心中」

令和8年3月京都南座:「曽根崎心中物語」

初代中村壱太郎(天満屋お初)、二代目尾上右近(平野屋徳兵衛)(以上桜プロ)
二代目尾上右近(天満屋お初)、初代中村壱太郎(平野屋徳兵衛)(以上松プロ)

初代片岡松十郎(油屋九平次)、初代片岡仁三郎(天満屋惣兵衛)、初代尾上菊三呂(天満屋内儀お紋)他

*この原稿は未完です。


『自分を「信じている」者だけが、他人にたいして誠実になれる。なぜなら、自分に信念をもっている者だけが、「自分は将来も現在と同じだろう、したがって自分が予想しているとおりに感じ、行動するだろう」という確信をもてるからだ。自身にたいする信念は、他人にたいして約束が出来るための必須条件である。(中略)愛に関していえば、重要なのは自分の愛にたいする信念である。つまり、自分の愛は信頼に値するものであり、他人のなかに愛を生むことができる、と「信じる」ことである。(中略)他人を「信じる」ということを突きつめていけば、人類を「信じる」ということになる。』(エーリッヒ・フロム:「愛するということ」〜「愛の習練」・紀伊国屋書店)


1)壱太郎・右近による新版「曽根崎心中」

本稿は令和8年3月京都南座での、壱太郎・右近のコンビによる「曽根崎心中物語」の観劇随想です。壱太郎・右近がそれぞれお初・徳兵衛の役を桜プロ・松プロで交互に取り換えっこして勤めます。現在もヒット中の新作映画「国宝」人気の便乗企画には違いありませんが、上演するからには・本家本元の歌舞伎ならではのものを見せて貰わねばなりませんね。

  

*桜プロ(壱太郎のお初・右近の徳兵衛)、松プロ(右近のお初・壱太郎の徳兵衛)

誰でもまず思い浮かぶのは、「・・物語」とは何だろうと云う疑問だと思います。宇野信夫脚本の「曽根崎心中」は昭和28年(1953)8月に初演されて戦後歌舞伎のエポックメイキングな作品であるし、壱太郎の祖父・四代目藤十郎が初演以来一貫してお初を演じ続けて通算1,400回を超えているわけで、成駒家の家の芸として、或る意味で「神聖」な・アンタッチャブルな位置付けであろうと思います。だから宇野版脚本に手を加えることはせず、タイトルに「・・物語」を付して・別のアプローチからまったく新しい「曽根崎心中」を創ろうと云う意図であろうと理解しました。その「別のアプローチ」が一体どんなものになるか、伝統的かつ穏便な行き方で済ますか・それとも歌舞伎のフォルムを崩すような大胆な行き方を取るか、いずれにしても壱太郎・右近という才気煥発な若手役者の身体を借りて「曽根崎」が令和の新作として蘇る、そこが興味の焦点になると思います。

もうひとつの興味は、折しも本年5月末に大阪松竹座が閉場するという厳しい状況下ですが、今後の上方歌舞伎がどういう方向に向かうかと云うことです。壱太郎がこれを牽引する役割であるのは確かなことですが、芝居は一人では出来ないわけだから相手役・協力者が要ります。その最有力候補の一人が東京の役者である右近です。一昨年(令和6年)2月大阪松竹座で右近は「曽根崎」(宇野版)の徳兵衛を鴈治郎の指導により経験しました。吉之助はこの時の舞台を見ているので、今回の舞台は(少なくとも桜プロは)察しが付かないことはないのだが、あれから2年が経過して壱太郎・右近がどのような芸の進境を見せるか、この点も見どころになると思います。

それではまずは作品周辺を逍遥するところから始めたいと思います。今回(令和8年3月京都南座)公演のヴィジュアル(上掲)を見れば大方の想像が付きますが、壱太郎も・右近も、「曽根崎心中」をお初と徳兵衛の「愛の物語」であると、ロマンティックに・甘美な色合いで理解していると思いますね。まあ一言で括るならばそう云うことになるのは分かる。現世では許されない恋をした二人があの世で結ばれる、確かに「曽根崎」の筋を一言で括ればそう云う芝居です。それは全然間違っていません。しかし、芝居を観終わった後、ここで考えねばならないことがあると思います。それはお初徳兵衛の愛が成就した時、つまり二人が心中した時と云うことですが、芝居のなかで二人の死がどのようなメッセージを放つことになるのかと云うことです。「二人の愛が成就して良かったですねえ」で終わりではない。「曽根崎」ではここから先が大事なのです。二人から放たれるメッセージをしっかと受け止めねばなりません。今回公演ではそれが何だかよく見えないようですねえ。(この稿つづく)

(R8・3・14)


 


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