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義太夫狂言の「足取り」のこと〜「義経千本桜・川連法眼館」

令和7年5月・浅草公会堂:「神谷町小歌舞伎」

                「弥生の春浅草祭り」・「義経千本桜・川連法眼館〜奥庭」

四代目中村橋之助(悪玉)、三代目中村福之助(善玉)他(以上「弥生の春浅草祭り」)

四代目中村歌之助(佐藤忠信実は源九郎狐)、四代目中村橋之助(静御前・横川覚範)、三代目中村福之助(源義経)他(以上「義経千本桜・川連法眼館〜奥庭」)


GW中の浅草は外国人観光客でごった返して・一体ここはどこの国か?と思うほどでしたが、ちょっと脇へ入れば・そこはやはり日本、浅草公会堂での成駒屋3兄弟の自主公演・「神谷町小歌舞伎」を見てきました。芝居を観てると、街中の喧噪をしばし忘れてホッとしますね。演目は、橋之助と福之助他による舞踊「弥生の花浅草祭」と、歌之助の狐忠信に橋之助の静御前と福之助の義経が付き合った「義経千本桜・川連法眼館〜奥庭」です。若い方々が一生懸命に舞台を勤める姿は清々しいものです。

「弥生の花浅草祭」は本来は2人の踊り手で四つの場面を通して踊り分ける趣向ですが、今回はメインの「三社祭」を橋之助(悪玉)と福之助(善玉)で勤め、他の踊りは一門のお弟子さんに役を割り振っています。まあ感触がガチャガチャしてしまうのは仕方ないところだけれど、一門みんなで力を合わせて舞台を作り上げていくと云うことで、こういう試みは宜しいのじゃないですかね。橋之助と福之助の「三社祭」は、振りを大きく掴んでダイナミックに踊れていて・なかなか楽しめました。洒脱な味わいはこれから踊り込んで行ってのお愉しみです。

「川連法眼館」(四の切)は父芝翫は音羽屋型でしたが、今回の歌之助の狐忠信は本人のたっての希望で沢瀉屋型で勤めます。(今回は宙乗りはなく、幕外花道での狐六法での引っ込みでした。)沢瀉屋型は「子狐の可愛らしさ」の表出を旨とします。歌之助はキビキビした動きと明瞭な発声で源九郎狐の親思いの気持ちを分かりやすく表現していたと思います。台詞のテンポが若干早かった(早過ぎた)こと、テンポの緩急の差を意識的に大きく付けていたのが特徴であったでしょうか。

まあそれと裏腹みたいなことになりますが、今後のためにちょっと注文付けておきたいと思います。「四の切」は義太夫狂言でありますから、役者の台詞と竹本が作り出す芝居の流れとが全然無関係にあるわけではないのです。台詞がそれが単独で切り出されても、全体の流れのなかで一つの欠片(ピース)としてはめ込まれた時にぴったり嵌まる感覚でなければなりません。その役が固有に持つ「足取り」と云うものがあるのです。「足取り」というのは速度(テンポ)だけのことを指すのではなく、歩く時のその人の雰囲気・風格までも包括した概念です。「足取り」というものが、役が持っている「格」を決めるのです。「格」がしっかり決まってさえいれば、それだけで義太夫狂言のなかでぴったり納まった感覚に見える、義太夫味とはそんなものだと吉之助は思っています。

歌之助は子狐の可愛らしさを生き生きと表現出来ていますが、これは他の演劇ジャンルであればこれでも宜しいのですが、義太夫狂言の一役として見た場合、これでは役が持つ「足取り」が見えて来ないことになるのです。芝居のなかで狐忠信が浮いて・ぴったり嵌っていない感じです。先ほど「台詞のテンポが早い・緩急の差が大きい」と書きましたが、そのことがここで問題になってくるわけです。「足取り」が正しく意識されてこそ・たまに使う緩急の差が生きて来るのです。「足取り」が意識されていなければ、緩急の差はただ様式を壊すだけのことになってしまいます。歌之助の場合は、まだまだ生(なま)な表現意欲が勝ち過ぎると云うことですね。そこを抑えて芝居のなかの欠片(ピース)としての役の役割をしっかり見極めることが出来れば、「足取り」は自ずと決まって来ます。そうすると台詞のテンポは自然に落ち着いたものになって行く、緩急の差も無暗やたらに付けられないことも分かってくるのです。

歌之助の狐忠信が悪いと云っているのではないので・誤解がないようにしてください。可愛い子狐に十分なっていました。役を生き生き演じることは正しいことなのです。それが出来なければ始まりません。今の段階に於いてはこれで十分です。次の段階はそれを様式のなかに落とし込んでいくことです。それが出来れば、狐忠信だけでなく、義太夫狂言の他の役の感触も変わって来ます。そのためには義太夫をよく聞き込むことです。本稿は歌之助を例に書きましたけれど、同様の課題は橋之助(静御前)と福之助(義経)にも云えることです。

「奥庭」は今回向けにアレンジがされたものですが、成駒屋一門が勢揃いしての追い出しで、気持ちよく劇場を後にすることが出来ました。

(R7・5・2)


 


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