初代鷹之資と八代目染五郎の「棒しばり」
令和7年1月浅草公会堂:「棒しばり」
初代中村鷹之資(次郎冠者)、八代目市川染五郎(太郎冠者)、四代目中村橋之助(曽根松兵衛)
本稿は令和7年1月浅草公会堂での新春浅草歌舞伎の第2部、鷹之資の次郎冠者・染五郎の太郎冠者・橋之助の松兵衛による「棒しばり」の観劇随想です。鷹之資・染五郎は共に初役であると思います。
「棒しばり」と云うと、吉之助にとっては五代目富十郎(次郎冠者)と十八代目勘三郎(太郎冠者・当時は五代目勘九郎)とのコンビによる舞台が思い出されます。富十郎の次郎冠者が良かったのは、踊りが上手いのは今更言うまでもないことですが、かつきりと折り目正しい芸で・観客をくすぐるようなところが全然ないのに・狂言ダネのユーモアが自然と滲み出てくることでした。狂言のおかしみと云うものは、演者の方から笑いを仕掛けて行くものではなく、舞台を見る観客の口元が思わずほころぶという類の笑いです。富十郎の次郎冠者には「本行に対するリスペクト」があったと思います。
しかし、近頃の松羽目舞踊では観客に受けようとする下心がミエミエの舞台をしばしば見受けます。そのような風潮がはびこるなか、今回(令和7年1月浅草公会堂)の「棒しばり」は、舞台にかける三人の若者の一生懸命さが伝わって、清々しい思いがしますね。役を演じることが楽しくって仕方ないという気分が、「本行の大らかな笑い」とどこかで重なっていたと云うことでしょうか。この初心をいつまでも忘れないで欲しいと思いますね。おかげで久しぶりにいい気分で劇場を後にすることが出来ました。
ところで狂言「棒縛」を見ると、歌舞伎の「棒しばり」にはない場面があるようです。主人(狂言では名前がありません)が帰ってきて・二人が盗んだ酒に酔ってうかれ騒いでいるのを見付けますが、この時に酒の盃に主人の顔が映るのです。これを見て次郎冠者(シテ)が、
シテ 「やい、あれを見よ。頼うだ人の影が盃の中へ映る。不思議な事の。身共の存るは、しわい人じゃによつて、此やうに縛っておいてもまだ酒を盗んで飲むかと思はるゝ執心が是へ映る物であろ。」
太 「そうであろ。」
シテ 「いざ此様子を謡に謡はう。」
太 「一段よかろ。」と言って・また騒ぎ出すので、これが主人をますます怒らせることになります。「しわい人」とは、しみったれな人・ケチな人という意味。ここに見えるのは、勝手気儘に振る舞う家来と・これに手を焼く主人との関係です。この時代(中世)はまだ後の世のように厳格な主従関係ではなかったようです。「棒しばり」は酒絡みの大らかな笑劇という感じになりやすいものだけれども(まあそれもひとつの側面であるに違いないが)、そのような社会的視点をちょっと加えて考えてみるのも面白そうな気がします。
鷹之資(次郎冠者)の踊りの才は承知していますが、キレの良い動きは父・富十郎を彷彿とさせます。染五郎(太郎冠者)は長身小顔のバランスなので、見る前には鷹之資を横にするとどんな感じに見えるかなと思いましたが、肩が揺れない・軸がブレない踊りで、鷹之資に十分拮抗していたと思います。この二人の組み合わせは意外と良いかも知れません。いつか二人の「三社祭」でも見てみたいものです。
(R7・2・24)