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十五代目仁左衛門の由良助〜京都南座の「七段目」

令和元年12月京都南座:「仮名手本忠臣蔵〜七段目」

十五代目片岡仁左衛門(大星由良助)、初代片岡孝太郎(遊女お軽)、八代目中村芝翫(寺岡平右衛門)他


京都南座顔見世で十五代目仁左衛門の由良助による「七段目」の舞台を見てきました。仁左衛門が七段目の由良助を演じるのは、同じく南座での平成24年12月以来のことなので五年ぶりのことです。祇園一力茶屋はここから歩いて1・2分のところにあるわけで、南座顔見世で見る「七段目」はまた格別なものですね。仁左衛門の由良助は、優美でカッコいい。或る意味において、近代自然主義のリアルな行き方でしょうかね。型としては、いつも見る東京の役者の由良助とそう異なるわけでもないですが、落ちていた簪を拾い・お軽を二階から段梯子で下してじゃらじゃらやりあう最中に・由良助がその簪を自分の髪に差しているのは文楽から来た型だそうですが、色気があって・これは素敵なやり方だと思いますねえ。また用済みの九ツ梯子を縁の下に潜む九太夫の逃げ道を塞ぐのに使うのではなく、九太夫に気取られぬように・そのまま元あった場所に戻してしまうのは、これもこちらの方が良さそうに思います。

それにしても「俺は遊びたくて遊んでいるわけではなく、実は俺には深い考えがあるのだよ」と云うところをはっきり押し出した理性的な由良助だと感じます。花道で力弥の報告を聞く場面など酔いがすっかり醒めて目付き鋭く、本性(討ち入りの意志)に立ち戻った由良助でした。段梯子に乗ったお軽とじゃら付き合う場面においても、そこに由良助の(お軽を殺そうという)意図が見て取れます。七段目前半は遊興三昧の風体の背後に隠されたシリアスな感情を如何に垣間見せるかに心を砕いた由良助だと云えます。嘘と正気の切り替えに仁左衛門が抜かりがあろうはずがありません。観客は塩治浪士が討ち入りした未来を承知していますから、もちろんこれは解釈として十分に納得できるところですが、吉之助には嘘と正気の切り替えがデジタル的にちょっと鮮やか過ぎたように感じられました。遊興三昧の柔和な気分から正気の鋭さがチラチラと見えるというよりは、演技が瞬間的にカッと正気に切り替わった如くに感じるのです。このため前半の由良助が本性の方に寄った印象が強く残ります。この点では仁左衛門が演じる大蔵卿なども似た印象がしますが、この行き方だと白黒がはっきり付いて・確かに理解しやすくなります。観客は由良助の信念に揺るぎのないことを知っていますから、「ああは言っているけど実は本心はそうではないんだよ」と云うところで仁左衛門の由良助の演技の細部まで余裕を以て味わうことが出来ます。その意味においては確かに上手いのです。だから悪いと言っているのではないですが、前半で由良助が早々と底を割ったようにも見えるのです。と云うか、ドラマが由良助の思惑通りに運んでいく感じがしますねえ。もちろんこれも七段目のひとつの在り方を示すものではありますが。

しかし、祇園のお茶屋遊びも慣れていらっしゃる仁左衛門さんのことだから、「由良助の遊興三昧は嘘か真か・どちらかよく分からぬ」という高等数学に挑戦してくれても良かったのではないか、それが出来ない仁左衛門さんでもなかろうに・・・と思ってしまいますがねえ。七段目の由良助がとりわけ難しいとされるのは、そこのところなのでしょう。前半の由良助についてはもう少し嘘か真の狭間にゆらゆら揺れている方が面白く出来るのではないでしょうか。その方が歌舞伎らしい行き方であろうと思います。こういう点、仁左衛門の由良助は意外と理詰めなところがあると思いますねえ。仇討ちの意志をはっきり表明した幕切れの由良助については、性根が据わってもちろん申し分ない出来です。

孝太郎のお軽は華やかさに欠けるところがなくはないですが、逆にお軽の女性としての真実味が浮き上がって見えたところを興味深く思います。だから夫・勘平を失った哀しみが素直に伝わって来ます。恐らくこれは仁左衛門の由良助の行き方とも照応したもので、今回(令和元年12月京都南座)の「七段目」がリアルで安定した印象がするのはそのせいもあるでしょう。

それと比べると芝翫の平右衛門は時代に寄った重ったるい印象で、まあそう悪い出来でもないですが、仁左衛門・孝太郎の行き方とは微妙な齟齬があるように感じます。先月(11月)歌舞伎座の「菊畑」の鬼一法眼も同様でしたが、台詞が表面的に「歌舞伎らしい感じ」に頼った印象で、もう少し内面から出る感情から発しないと、形容が大きいだけのメタボ気味の印象になってしまいます。もう少し突き抜けたところが欲しい。二人のリアルな行き方に合わせるならば、もう少し台詞に緩急強弱を付けて感触を世話に砕く工夫を心掛けてもらいたいですねえ。

(R1・12・14)




 

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