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悪婆の愛嬌

平成19年1月・歌舞伎座・「処女翫浮名横櫛(切られお富)」

九代目中村福助(切られお富)


1)世話の女武道

『切られお富の薩埵峠の場の台詞に「お家のためなら愛嬌捨て憎まれ口も利かざあなるまい」というのがある。この台詞は女形のある特性を現していると思う。』 (折口信夫:「役者の一生」・昭和17年)

折口信夫が「役者の一生」という四代目源之助についての評論のなかでこんなことを書いています。 折口は「もともと歌舞伎芝居は女形の演じる女を悪人として扱っていない・立女形や娘役には昔から悪人が少ない・昔の見物は悪人の女を見ようとしなかったのである」と言います。古い時代の歌舞伎の女性は類型化されたもので、本質的に善人でありました。しかし、だんだん役の性格が複雑になって くると・悪の要素を持つ女性も歌舞伎に少しづつ登場して来ます。これが「女武道」の成立に繋がっていくのです。「女武道」と言うと「ひらかな盛衰記」のお筆・「毛谷村」のお園のような役どころです。性根として正義の役どころですが、芝居の正義というのは道徳的な正義とはちょっと違っていて、どこか鬱屈した押さえつけられているような気分・陰湿な気分(女形という役柄はどこかにそうした気分がつきまとうものなのです)を振り払う華々しいスカッとしたものが正義になるのです。

*折口信夫:「役者の一生」はかぶき讃 (中公文庫)に収録

江戸末期になって成立した「毒婦・悪婆」も実は同じ要素を持っています。悪婆はいわば世話の女武道です。切られお富の科白に「お家のためなら愛嬌捨て憎まれ口も利かざあなるまい」というのは、女形としてあるまじき事(伝法な真似)をするのも忠義のためだから仕方ないと断りをすることで、「女形本来の性質である善人に立ち返っている」のだと折口は言います。そういう断りを入れることで、スカッとすることの正当性を主張しているのです。

これは女形という役どころが鬱屈した・陰湿な気分を演じる者(女形)に強いるということと無関係ではありません。だから逆にスカッとしたものが求められるということです。 別稿「女形の哀しみ」でも触れましたが、大体女形という存在自体が男が女の真似をするという・本来不自然で恥ずかしいことであるので、これが演者の心理に特異なストレスを日常的に与えているということがあります。あくまで一般論ですが・女形には人柄の悪いのが多い・女形には酒癖の悪いのが多いなどということが昔はよく言われたものですが、 それもまあそんなところが背景です。

悪婆物と言えば小芝居の演し物でして・最近はあまり上演されることがありません。「悪婆」と言うと・濃厚な色気の年増女を想像するかも知れませんが、ホントは婚期を逃したという程でもない若い娘で して、小悪魔的なピチピチした魅力を持った姐御肌の女性といったところです。年頃の娘が男のような言葉遣いをして・わざと下品に振舞うなんてことがあるようです。「女は優しくおしとやかに」なんて押し付けのイメージへの反発があるのでしょう。「アタイはお人形じゃないんダヨ」という感じかと思います。歌舞伎の悪婆が持つものも・まあそれに似たものと考えて良いですが、しかし、悪婆の場合・演技の表出はもう少し屈折したところがあるようです。

2)悪婆の愛嬌について

平成19年1月歌舞伎座の「切られお富」でお富を演じた福助のことですが、吉之助は時々福助は女形という役どころが好きではないのかな・本当は立役がやりたかったのかなと思ったりします。聞くところでは お酒の方が過ぎるようですが、その辺のストレスもあるかなとお察しをします。彼が十代の頃には投げやりの舞台を何度か見たものでした。役者というのは・根っからの芝居好きもいますが・そういうのは実は少なくて、生まれた時から役者になることを運命付けられて・遊びたい盛りに芸のお稽古を無理矢理やらさせられて、自分はどうしてこんな家に生まれたのかと悩み苦しみながら・役者になっていくという過程を辿ることが多いようです。福助に役者としての自覚が出てきたのは、福助が猿之助劇団の立女形として「小栗判官」の照手姫を演じた(昭和58年) 前後からだろうと思います。

まあそうしたところを察すれば・福助が「加賀鳶」のおさすりお兼や切られお富をやりたがる心理は分かるような気がします。傾城や赤姫などやるとどうにもストレスが溜まって・「たまにはスカッとしたいぜ」ということかも知れません。「将来の歌右衛門がこんな下品な役をやって・・」というファンのお嘆きの声も聞こえてきそうです。福助にして見ればそういう声を聞くのもまた快感なのかも知れません。ただし福助の切られお富を見ていると、演技に屈折したところが あまり感じられないようです。陽気にスカッと割り切ってしまっているところがある。悪く言えば露悪趣味に留まっている。悪婆と言うのは露悪的なところがあるように見えるかも知れませんが、それだと本質にまだ半分しか迫っていないのだな。悪婆の露悪趣味はその表出の仕方が捻じ曲がっていて・もう少し屈折したものだと思います。溜まっているものを一気にパーッと明るく発散するものではないのです。福助の発散の仕方は現代女性の振る舞いにも似て・その意味では現代を写しているのかも知れませんが。

福助のお富は、例えば薩埵峠の一つ家で与三郎に対する時に声を高く細く取り、そうでない時・つまり悪婆の地を出す時には声を低く太く取るという・声色を鮮やかに仕分けている辺りに根本的な誤解があるようです。悪婆の演技を太く伝法に見せようと思うからこういう小細工に走るのでしょうが、変化物ではないのですからごく自然にやれば良ろしいことです。悪婆の台詞術として地声をどう生かすかということは大事なことですが、福助の場合は悪婆の声を意識して目一杯太くこしらえようとしてして いて・悪婆をかえって不自然な作り物にしています。

悪婆の「たまにはスカッとしたいぜ」という心理は、深層心理学的に見れば女形役者の本来性への回帰願望とも言えるものです。悪婆の場合は男に返るということではないですが・そこに本来性に回帰するのに近いリラックスした感覚があるはずです。つまり、それは感触として世話に近いものになります。先代国太郎の「切られお富」の良い映像が残っていますから、これを見て参考にしてもらいたいと思います。福助の悪婆の場合はそれが作為的なものであることが強く感じられます。演技が不自然に太く・時代物的に感じられます。福助の悪婆に露悪趣味の印象が強くなるのはそのせいです。(それにしても福助に限らないですが・この舞台に出ている役者はみんな世話の感触が乏しくて、黙阿弥の世話になっていないのは非常に気になります。)

無惨に傷をつけられた顔を与三郎に見せて「・・こんな顔になりました」という台詞には恋しい男に傷の付いた顔を見られて恥ずかしくて情けなくていたたまれないという風情が欲しいところです。この台詞はお富の性根を語る大事な台詞なのです。ここで与三郎に対して女形の善の要素をしっかり見せておくから、「お家のためなら愛嬌捨て憎まれ口も利かざあなるまい」という後の台詞が意味を持ってくるのです。お富は「お家のためなら愛嬌捨て憎まれ口も・あ〜あ・利かざあなるまい」と・台詞の間で「あ〜あ」と大きな伸びをします。いかにも悪婆らしい下品な仕草ですが、福助の仕草を見ると寝起き直後の伸びみたいで、「さあ一丁やったるかあ」という感じに見えますねえ。これは「あ〜あ難儀で・しんどいことだねえ・いやだいやだ」という感じで伸びをやるのが本来の悪婆の感触です。ホントはこんなことはやりたくないんですよ・やりたくないんだけど・愛する与三郎の為だから仕方ないのよ・・と言う風に屈折した形で下品な仕草が出る・そこに女形の媚態があり・これが悪婆の愛嬌になるのです。

3)女形の「誣いる要素」

別稿「和事芸の起源」において・ 「「誣(し)い物語」であることの言い訳(逃げ)は滑稽味・諧謔味という形をとることが多い」という折口信夫の説を取り上げました。哀れを表現しなければならないシリアスな役どころ においてこそ滑稽味が必要になる・それが「誣いる要素」を中和する働きをするからです。それが和事芸の背景にある滑稽味の正体なのですが、悪婆の愛嬌も同じように考えられます。なぜならば女形というものが・それ自体「誣いる存在」であるからです。

男が女を演じるという不自然な存在である女形は、平素において善人のイメージをまとうことにより身を守っています。折口信夫が「昔の見物は悪人の女を見ようとしなかったのである」と言っています。これは昔の観客が「生(なま)な女」は見たくない・お芝居で見るのはパターン化した作り物の善人の綺麗なお人形の女で十分だと思っていたということです。つまり昔の観客は女形にそれ以上の表現をはなから期待していなかったということです。そうすることで・観客は女形が「誣いる存在」であることから無意識的に目を背けるのです。そこに当時の女形芸の限界があり、本来は写実を目指したところの歌舞伎芝居の表現の限界もあったわけです。これが恐らく初代富十郎以前の・つまり内輪歩きなどの女形の技法が確立される以前の状況であったと思います。

しかし、初代富十郎により女形芸発展の端緒が拓かれ、役の性格描写が次第に複雑化してきて・定型化した演技では処理できない役も出てきます。また一方で綺麗で善人の女形のイメージが役者に恒常的なストレスを強いているということがあります。「たまにはスカッとしたいぜ」という女形役者の心理が世話の女武道である悪婆の背景にあることは先に述べた通りですが、それは同時に女形が押し着せられた「善人の女形」のイメージを脱ぎ捨て・自らが「誣いる存在」であることを意識することでもあるのです。この時に「誣いる要素」を中和するために女形の愛嬌が必要になるのです。それが悪婆を演じることの申し訳になっているのです。「お家のためなら愛嬌捨て憎まれ口も利かざあなるまい」という切られお富の台詞には・そうした女形の心理が裏にあるわけです。ホントはこんなことはやりたくないんですよ・やりたくないんだけど・愛する与三郎の為だから仕方ないのよ・・と言うのが悪婆の媚態であり・愛嬌なのです。 その辺が分かってくれば福助の悪婆も変わってくると思います。

(H19・12・9)

(追記)別稿「源之助の弁天小僧を想像する」もご参照ください。


 

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