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五代目玉三郎・14年ぶりの八重垣姫

令和4年10月御園座:「本朝廿四孝〜十種香・狐火」

五代目坂東玉三郎(八重垣姫)、四代目中村橋之助(庭作り蓑作実は武田勝頼)、河合雪之丞(腰元濡衣)、二代目喜多村緑郎(長尾謙信)他


1)八重垣姫の難しさ

御園座で玉三郎が14年ぶりに八重垣姫を演ると聞いたので、名古屋まで見に行って来ました。今回(令和4年10月御園座)の「廿四孝」には新派から、喜多村緑郎が長尾謙信で・河合雪之丞が濡衣で参加しています。演目に「廿四孝」が選ばれた経緯は承知していませんが、新派への応援と云う意味も当然あるでしょう。それは玉三郎さんの男気を示していると思います。イヤ男気と云うと女形に対して色気がない言い方に聞こえるかも知れませんが、ここはやはり男気と言いたい気がしますね。コロナ以後の玉三郎さんの奮闘振りを見れば、そう思います。

ところで歌舞伎データベースで調べると、玉三郎が八重垣姫を演じるのは、今回が4回目になるようです。(「十種香」では他に濡衣を2回演じた記録があります。)八重垣姫は立女形の代表的な役ですし、戦後の記録で見ると、六代目歌右衛門は八重垣姫を21回も演じているほどです。これと比べると、玉三郎の八重垣姫4回は、ホントに異様に少ない数だと思います。そもそも玉三郎は三姫をあまり演じていないようです。雪姫は現時点で5回演じたにすぎず、時姫に至っては未だ演じていません。綺麗な玉三郎を拝めるということからすると、観客のリクエストも多そうなお姫様役(三姫)を玉三郎がこれまであまり演じて来なかったということは、これは逆の視点から玉三郎の芸を考えるヒントになりそうですね。五代目歌右衛門は、

『(八重垣姫は)三姫のなかでは割合に心が要らないだけに楽な方でしょう。(中略)八重垣姫と云う役は、姫らしい品位と高度な色気を見せることが大切で、決して蓮っ葉な真似をしてはいけない、昔から三姫のひとつとまで云われるものだけに、生やさしいものではなく、よほど心して演ずるべきであります。』(五代目歌右衛門:「魁玉夜話」)

と語っています。「八重垣姫は割合に心が要らない役だから楽な方」と言っていますが、これはもちろん五代目歌右衛門が「この役は深い心理描写が不要な薄っぺらい役だ」と言っているのではありません。八重垣姫は、心理的な揺れ動きをあまり出さない(出せない)役なのです。それは表面に見える姫らしい品位とか・美しい形のなかに隠されて、よく見えません。

八重垣姫は政略結婚で武田勝頼の妻になるべく育てられ、「夫となるべき人に従え・夫となるべき人に尽くせ」と教えられて来ました。これが八重垣姫のアイデンティティーです。それ(尽くすべき人)を奪ってしまったら、彼女の存在意義はないわけなのです。芝居の世界では、戦国時代の大名のお姫様に自由意志はないことになっています。政治の取り引きの材料として他家に嫁いで、実家の安泰を保つのが大名の娘の役割です。だから八重垣姫はがんじがらめに身体を縛られたようなもので、自由に身体を動かすことが出来ません。わずかに漏れ出す八重垣姫の意志は姫らしい品位(慎みや恥じらい)のオブラートに包まれて、素直な形では発露しません。それが姫役の「の」の字を書く動きに込められているものです。役者からすると、解釈の取っ掛かりがあまりにも少ない。風情だけで動く役の如く見えるのです。

ですから五代目歌右衛門は芸談で「八重垣姫は割合に心が要らない役だから楽な方」とサラリと言っていますが、これが現代の役者から見れば、トンでもなく難しいことになるのです。五代目歌右衛門の時代には、まだ「四の五の云わずに型の通りに演(や)れ」と云う芸道論がありました。しかし、そう云うのは「痴呆の芸能」と蔑まれてもはや顧みられないところに現代はあります。玉三郎ほどの役者であっても、現代に生きる役者であるならば、心理的解釈から役に入ろうとする方法論から、もはや逃れることは出来ないのです。歌舞伎では「型」が大事だと云うけれど、無条件で型に徹することは、現代ではもはや不可能です。どうしても心理的な裏付けを求めてしまう。だから現代の女形にとって八重垣姫が難しくなるのです。(この稿続く)

(R4・10・5)


2)八重垣姫との相性について

玉三郎が脚本理解力がひときわ優れた役者であることは言うまでもありません。しかし、今回の舞台を見ても、玉三郎を以てしても、やはり「十種香」の八重垣姫は演(や)り難い役なのだなあと云うことを思いますねえ。但し書き付けますが、玉三郎の八重垣姫の出来が良くないと言っているわけではないのです。角々の決めの形はしっかり取れており、とても美しい八重垣姫です。眼福ものだと言って置きます。性根としても、「夫となるべき人に従え・夫となるべき人に尽くせ」というところに間違いがあろうはずありません。しかし、それが性根として観念的に理解するところに留まっている印象がすることも事実です。

これは玉三郎の持ち味と云うことになりますが、玉三郎の当たり役の数々で描かれる女性像は、すべて自分の意志で行動しようとする能動的な女性です。倫理的な制約が多かった江戸期の女性も、現代女性と同じくイキイキした感情を持っていることを玉三郎は教えてくれました。そこに女形・玉三郎の功績があるわけです。

ところが八重垣姫は、自分の感情をストレートに出すことをしないお姫様です。八重垣姫の感情は、一気に迸(ほとばし)ることはありません。ジワジワ滲み出るような出方をするのです。だから感触がネットリと粘る感じになります。結局、八重垣姫は自らの意志を貫き通します。その「思いの強さ」が、狐火の奇蹟を呼び起こすのですが、しかし、それは最後まで、常に慎みと恥じらいを以て、控えめに婉曲に曖昧に表現されるものです。だから五代目歌右衛門が指摘するように、心が要らない・形から入る役の如く見えてしまいます。

ネットリと粘った感触と云うことならば、吉之助はやはり歌右衛門の八重垣姫を真っ先に思い出します。歌右衛門は、動きのタメとでも云うか、決めの形から次の形に移って行く時の「息の詰め」が物凄いのです。じっくりと粘った動きから、やがて次の形が現れます。決めの形よりも、次の形に移行する過程(じっくりとした動き)の方が大事なのです。動きのなかから、八重垣姫の感情がジワジワ滲み出します。これは踊りの振りにも似ていますが、恐らく踊りとはまた違うものでしょう。そのような演技プロセスに玉三郎が挑戦しようとしていることは、長年の玉様ファンとして、吉之助はもちろん理解をしています。しかし、玉三郎にとって八重垣姫はやはりあまり相性が良くない役だなあと云うことも改めて思ってしまうのです。まあここは近松半二のせいだと云うことにして置きましょうか。

「恋の仲立ちをして欲しいなら・まず諏訪法性の御兜を盗め」と散々責められてシクシク泣いた後、濡衣に「ソレ、そこにござる簑作様が御推量に違はず、あれが誠の勝頼様」と押しやられて、八重垣姫は「それ見や」(私が思った通り・この御方が勝頼様だったでしょ)と微笑みます。(ただしこれは歌舞伎の入れ事にて・本文にはありませんが。) ここでの八重垣姫の艶然たる微笑のなかに、玉三郎の魅力がチラリと見えた気がしました。ただし、チラリとだけです。ここから濃厚な色模様が始まるのならば、或いは玉三郎の世界が現出したかも知れません。半二は意地悪ですねえ。ここでの勝頼と八重垣姫はヒシと寄り添う、可愛いくらいのものです。それも奥から聞こえる父謙信の声で直ぐに中断されてしまいます。だから「十種香」一幕だけであると、八重垣姫のドラマは不完全燃焼です。しかし、今回上演では、この後に「奥庭(狐火)」が続きますから有難い。(この稿続く)

(R4・10・9)


3)「狐火」での玉三郎の八重垣姫

六代目歌右衛門は、恐らく体力的な問題から、晩年の八重垣姫は「十種香」のみでの上演でした。したがって吉之助が生(なま)で見た歌右衛門の八重垣姫は「十種香」のみで・「狐火」は生では見ていませんが、その上演記録を見ても歌右衛門も、「十種香」と「狐火(奥庭)」はセットで上演されるのが定型であるべきとしていたと思います。やはり八重垣姫のドラマは「十種香」だけでは完結しません。そこで「狐火」が大事なことになります。

実は吉之助は、玉三郎が久しぶりに八重垣姫を演(や)るのならば、今度の「狐火」は人形振りで演ってくれないかなと思っていたのです。(注:14年前の、平成20年・2008・10月歌舞伎座での、玉三郎の「狐火」は人形振りではありませんでした。)それは平成13年・2001・12月歌舞伎座の「妹背山道行」で玉三郎のお三輪が見せた人形振りが、とても強烈な印象で吉之助の脳裏に残っているからでした。状況にがんじがらめに縛られた八重垣姫の心情を表現するのに、人形振りほど相応しい手法はないと吉之助は考えているのです。しかし、まあそれは吉之助の個人的な願望に過ぎませんが。今回(令和4年10月御園座)の「狐火」では、玉三郎が新しい試み(演出)として、いつもの「狐火」上演では捕り手が二人絡むところ(そもそもこの捕り手が何者なのか不明なのだが)を、二匹の神狐(この人形を扱う黒衣)に置き換えて、八重垣姫が神狐と踊り戯れる形に直しました。これは文楽のやり方に近いものでしょう。

この試みはなかなか興味深いものがありました。許婚・勝頼が恋しい・添い遂げたいとただそれだけを想う、八重垣姫の純な乙女心の実現を、素直に舞台にしたように感じるからです。父謙信が勝頼様を殺そうとしている、この危急の知らせを何とかして勝頼様に知らせたい、翼が欲しい・羽根が欲しい・・そのような八重垣姫の強い思いに諏訪明神が感応して八重垣姫を狐憑きの身に変える、氷の張った諏訪湖を渡る奇蹟が起こると云うことです。二匹の神狐と戯れるのは、八重垣姫の歓喜の爆発的な表現と見ることが出来るでしょう。これは何者なのか分からぬ捕り手と絡むよりも、納得が出来る演出だと思います。

しかし、まあいささかメルヒェン・タッチの感触であるなアとは思いますね。一応「歌舞伎素人講釈」の立場から申し上げれば、吉之助はやはり人形振りの方を望みたいです。歌舞伎としては、その方がバロック的な感覚に仕上がると思うし、半二の意図をより明確に反映できるものと考えます。(吉之助の作品解釈は、別原稿「超自我の奇蹟」を参照ください。)しかし、名作と云うものは、いろんな解釈を許容するものです。世間一般には、八重垣姫は親の指図に背いて・自らの一途な恋を取った情熱的な娘(別の視点からすると反・「廿四孝」の親不孝娘の典型)と思われていますから、この玉三郎のやり方は多くの観客に受け入れられるのではないでしょうか。この「狐火」のおかげで玉三郎の八重垣姫が生きたという感じがしますね。

その他気付いたことを付記しておきます。「十種香」は、勝頼を芯において・上手に八重垣姫・下手に濡衣を配した・シンメトリカルな構図を呈しますが、今回の舞台では、これが平坦な印象に映るのが物足りない。正しい三幅対の印象になって来ないのです。そこは玉三郎のための芝居になっているので仕方のないところがありますが、奥行が乏しい感じがしますね。

橋之助の勝頼は大抜擢に応えて頑張っていますが、台詞を時代に高く張り上げる印象が強いようです。「そこ退き給え」と八重垣姫を払い退ける調子がちょっと強い。ここはもっと情が欲しいのです。柔かさを心掛けることで良くなっていくでしょう。

濡衣は、八重垣姫の陽に対して・濡衣の陰となって初めてシンメトリカルな構図になるのです。雪之丞は色合いが派手めで、役の印象が陰に徹していないと感じます。陰とは「暗い」という意味ではありません。「廿四孝」の濡衣は、幸薄い女性です。濡衣は切腹した偽勝頼の元・恋人であり、これと瓜二つの本物の勝頼を傍で眺めて、彼女は悶々としています。八重垣姫の恋の取り持ちをしながら、その心境は複雑です。そのような心情を内に込めたところで、役の格として見せてもらいたい。それが濡衣の陰ということなのです。

(R4・10・11)



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