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二代目白鸚・初役の松浦公

令和4年9月歌舞伎座:「松浦の太鼓」

二代目松本白鸚(松浦鎮信)、五代目中村歌六(宝井其角)、四代目中村梅玉(大高源吾)

(秀山祭・二代目吉右衛門一周忌追善)


今月(9月)歌舞伎座・秀山祭は、昨年(令和3年)11月28日に亡くなった二代目吉右衛門・「一周忌追善」と銘打たれており、故人所縁の演目が並びます。第2部では、故人の実兄・白鸚が80歳にして松浦公を初役で勤めます。

ところで「松浦の太鼓」ですけど、浅野贔屓で・内蔵助がいつ討ち入りするかとヤキモキしている殿様が、内蔵助が放埓していると聞けば憤慨し、家中で奉公するお縫に対しても浅野家ご縁というだけでついご機嫌が悪くなってしまう、まったく気分屋の殿様ですが・人の好いことは無類で、討ち入りの陣太鼓を聞いてたちまち上機嫌になる、とこう云う芝居です。まあ内容で見せるよりも、役者の仁(ニン)で見せる芝居かと思います。しかし、愛嬌と云うことならば、吉右衛門はもちろん愛嬌がない役者ではなかったけれど、決して愛嬌で売るという感じの松浦公ではなかったと思います。吉右衛門の人柄の良さが、内蔵助の討ち入りを応援する松浦公の無心さ(無邪気さと云っても良いが・いずれにせよそれは純粋な正義感から来ているのです)と自然にオーバーラップしてくるということでしょうか。それと吉右衛門は松浦公の大名としての品格は落とすことはしなかった、これも大事なことです。

白鸚が松浦公をこれまで勤めてこなかったのは、祖父・初代吉右衛門からの芸脈を考えれば意外なことですが、播磨屋系の演目ということで遠慮したのかな。今回(令和4年9月歌舞伎座)白鸚は、弟・二代目吉右衛門とはまたひと味違った松浦公を見せてくれたと思います。白鸚演じる松浦公は、むしろ内省的な印象がします。気分的にハイになり勝ちな箇所を抑えて、色合いとしては渋いくらいです。いつものようにバカバカと言わないのは、ひとつの見識です。陣太鼓を聞くまでは芝居を抑える、できるだけ抑えるという設計だろうと思います。そこは弟との芸風の違いから来るのかも知れませんが、白鸚の松浦公は、人心荒んだ元禄の世を憂い・武士たる者が進むべき道を赤穂義士に示して欲しいと内心を期待しているのに、それがなかなか実現しないことが憤懣やる方ないと云う印象がするのが、興味深いと思いました。ということは、青果の「元禄忠臣蔵・御浜御殿」の徳川綱豊卿にも似た性根に思われるのですね。(ただし白鸚は綱豊卿は演じていませんが。)だから「松浦の太鼓」が史劇みたいな感触になってくる。こういう松浦公は、白鸚にしか出来ませんね。

チラシに「劇中にて追善口上申し上げ候」と記されていたので、どこに口上が挟まるのかと思いましたが、芝居を終えた後での口上であったので、芝居が中断されないで良かったと思います。特に白鸚の、兄としての気持ちのこもった追悼の口上には、胸にジンと来るものがありました。

(R4・10・2)



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