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歴史その儘と歴史離れ

令和3年12月歌舞伎座:「ぢいさんばあさん」

六代目中村勘九郎(美濃部伊織)、五代目尾上菊之助(伊織るん)、九代目坂東彦三郎(下嶋甚右衛門)、四代目中村歌昇(宮重久右衛門)、二代目尾上右近(宮重久弥)、二代目中村鶴松(久弥妻きく)他


宇野信夫の「ぢいさんばあさん」は佳品ですが、調べると初演(昭和26年・1951・7月)から現在まで40回の上演を重ねているそうですから、戦後の新作物のなかでは飛び抜けた人気作です。初演は何と東京・大阪での同時初演で、東京(歌舞伎座)は二代目猿之助と三代目時蔵、大阪(大阪歌舞伎座)は十三代目仁左衛門と二代目鴈治郎の組み合わせでした。どういう経緯でそうなったのかは知りませんが、多分前評判が高かったのでしょう。原作は森鴎外の同名短篇(大正4年・1915・7月)であることはよく知られています。本作は出来事を淡々とした筆致で連ねており・静謐な読後感のせいがありますが、同じ鴎外の作でも・例えば「安部一族」とか「堺事件」みたいに・腹にグッと来る強烈なメッセージを感じさせるものではありません。その昔・吉之助が初めて本作を読んだ時には、「どういう意図で鴎外はこの題材を小説にしようと思ったのかなあ?」と不思議に感じたことを思い出します。しかし、これも鴎外の歴史小説なんですよねえ。良く云えば、程よく力が抜けたところで構えたところがなく、名もない一庶民の人生の機微をさりげなく描き出したということでしょうか。

鴎外の歴史短篇「ぢいさんばあさん」は、太田南畝の随筆集「一話一言」巻23の、「黒田奥女中書簡写」及び「美濃部伊織伝並留武始末書付」を典拠としています。明和8年(1771)夏、美濃部伊織は赴任地の京都で同僚を喧嘩沙汰で殺してしまい、このため越前国へお預けの身となりますが、文化6年(1809)春に赦されて江戸へ戻り、38年間離れ離れになった妻るんと再会しました。年老いた夫婦の仲の良さは無類で、近所の者たちは、「もしあれが若い男女のものであったならば、どうも平気で見ていることが出来まいなあ」と噂するほど巷の評判であったそうで、これを南畝が採話したものです。この実話を南畝が記録していなければ、多分そのまま埋もれてしまったに違いない、名もない一庶民の「ちょっといい話」であったわけです。

ところで鴎外には「歴史其儘と歴史離れ」(大正4年・1915・1月)という随筆があって、この随筆は、その後・近代日本文学の歴史小説の祖と呼ばれることになる鴎外の、歴史小説に対する自らの心構えを吐露した文献として重要視されているようです。すなわち歴史小説を書くに当たって、小説家は史実(史料)に対してどれくらい忠実であるべきか(歴史其儘)、或いは自らの歴史観・想像力を活かして・どのくらい史実から逸脱して良いものか(歴史離れ)、両者のバランスを如何に取るかというところに歴史小説を書く者(小説家)の姿勢が問われると、まあそんな観点から、この随筆が引用される機会がとても多いようです。しかし、吉之助がこの随筆を読んだ印象では、タイトル「歴史其儘と歴史離れ」から想像するほどには、両者のバランスを鴎外が大上段に振りかぶって論じている様子は伺われないように思いますがねえ。例えば、

『わたくしの近頃書いた、歴史上の人物を取り扱つた作品は、小説だとか、小説でないとか云つて、友人間にも議論がある。しかし所謂 normativ な美学を奉じて、小説はかうなくてはならぬと云ふ学者の少くなつた時代には、此判断はなか/\むづかしい。(中略)わたくしの前に言つた類の作品は、誰の小説とも違ふ。これは小説には、事実を自由に取捨して、纏まりを附けた迹がある習であるに、あの類の作品にはそれがないからである。(中略)なぜさうしたかと云ふと、其動機は簡単である。わたくしは史料を調べて見て、其中に窺はれる「自然」を尊重する念を発した。そしてそれを猥に変更するのが厭になつた。これが一つである。わたくしは又現存の人が自家の生活をありの儘に書くのを見て、現在がありの儘に書いて好いなら、過去も(ありの儘に)書いて好い筈だと思つた。これが二つである。わたくしのあの類の作品が、他の物と違ふ点は、巧拙は別として種々あらうが、其中核は右に陳べた点にあると、わたくしは思ふ。』(森鴎外:「歴史其儘と歴史離れ」(大正4年・1915・1月))

上記の引用箇所などは、当世(明治末頃から大正期)巷で流行している自然主義小説が「出来事をありのままに・そのまま自然に描写するならば・それで小説が出来る」と主張するならば、それならば「史実をありのままに・自然に描写すれば、それでそのまま小説になる」のじゃなかろうか、そこで自分はこんなことをやってみたのだが・・・と鴎外は書いているに過ぎないと思うのです。鴎外は歴史小説を書くための信条めいた・肩に力が入ったことを全然書いてはおらぬと思います。

「歴史其儘と歴史離れ」をそのように軽い感覚で受け取るならば、例えば鴎外の「ぢいさんばあさん」などは、程良く力が抜けたところで、「この話を読んで何かあなたの心に感じるところがあるならば、それが歴史があなたに直に語り掛けたところのメッセージなのだよ」と言っている如くに聞こえて、あたかも歴史自然小説の如き趣きが醸し出されているようです。世話物のような軽い感覚です。もちろんそれは題材に拠るところが大きいのでしょうねえ。御大層なメッセージでなくても、ごく当たり前の・ありふれたことであったって、それで良いわけです。歴史上の偉人傑物でもないのですから、美濃部伊織が・るんがどのような人物であったか、そこに書かれたことが史実通りであるかどうかなんて誰もそう気にすることはありません。ただよんどころない事情から夫婦が38年も引き裂かれ、やがて再会して、再び仲良く暮らし始める「夫婦愛」が分かれば、それで良いのです。離れ離れになった時に二人にそれぞれいろんな喜怒哀楽があったであろう、恨みつらみもあったであろうが、そういうものもすべて忘れ去ったところで、再び「夫婦愛」を取り戻すことの美しさ(もののあはれ)を感じ取れば、それで結構なのです。歴史というものは、実はそういう庶民の喜怒哀楽の集積のなかにあるものなのです。

そのような視点から「安部一族」(大正2年・1913))とか「堺事件」(大正3年・1914)などを読み返すならば、先ほど書いた通り・こちらは強烈なメッセージが腹にグッと来る重い読後感ですが、これも鴎外の「歴史其儘と歴史離れ」の姿勢の違いから来ると云うよりも、むしろそれは素材(題材)から来るものだと思います。鴎外の執筆の姿勢からすれば、「ぢいさんばあさん」の時と、何ら変わりがないと思えるのです。ちなみに鴎外の「ぢいさんばあさん」について云うと、史料を見ると、伊織が越前にお預けとなった後、独りで残されたるんは困窮に陥り相当な苦労を強いられたようです。その経緯を省いて・鴎外が「(るんが)一生武家奉公をしようと思ひたつて」黒田家に出仕したとだけ簡単に済ませたところに鴎外の「歴史離れ」を見るという批判も目にしましたが、本作の視点が「夫婦愛」の美しさを描くところにあるとするならば、吉之助にはそれは些細なことのように思われます。

そこで翻って、宇野信夫の芝居版「ぢいさんばあさん」を見ると、原作の時系列を根本的に整理し直す必要があるし、このままでは芝居にならぬところが原作には沢山あります。例えば芝居では考え事をする時に伊織が鼻を触る癖が印象的に使われているわけですが、原作にはそういうところはない。ここでも「原作其儘と原作離れ」みたいなことが起きてくるわけです。それにしても、原作と引き比べてみると、宇野信夫の作劇の巧みさがホントに良く分かります。自然主義小説が「出来事をありのままに・そのまま自然に描写するならば・それで小説が出来る」と主張するならば、「良い原作の筋をありのままに・自然に芝居化するならば、それでそのまま良い芝居に出来てしまう」と云うところを、宇野信夫が実践しているようにさえ思いますねえ。小説を芝居に仕立てるためにいろんな入れ事をしているわけですが、それさえも原作其儘にやっているように見える。大きな原作離れをしたようには、全然見えません。もちろんそのように自然体に見せることは実は並大抵の技量ではないわけですが、それは鴎外の原作のなかにある・歴史に対する姿勢の取り方が、宇野信夫の作劇姿勢にも何らかの影響を及ぼしたと、そう考えることは出来ないでしょうかね。

ところで芝居の「ぢいさんばあさん」では、夫婦を若手花形が演じる(老年夫婦に早替りするようなところに興味が出る)場合と・ベテラン役者が演じる場合と二通りあるわけです。どちらにもそれぞれ面白さがありますが、吉之助にとっては、ベテラン役者が演じる方がより好ましく感じます。吉之助が今でもありありと思い出すのは、昭和55年(1980)1月歌舞伎座での、二代目鴈治郎のるんですねえ。(この時の伊織は十三代目仁左衛門でした。初演と同じ顔合わせでしたね。)第三幕・文化6年春・もとの美濃部邸の場で、年老いたるんが夫を発見する場面で、るんが一瞬にして若妻に戻ったように・全身がボッと赤く染まったように見えました。それは周囲のご婦人客から「カワイイッ」と歓声が挙がったほどでした。38年独りで残されたるんにも喜怒哀楽いろいろあったでしょうが、そういうものが一切消し飛んだ瞬間でしたねえ。あの時の鴈治郎のるんの表情は、忘れられません。

そこで今回(令和3年12月歌舞伎座)の「ぢいさんばあさん」の舞台ですが、これは勘九郎・菊之助と、夫婦を若手花形が演じる形ですが、客に媚びたところがない素直な出来です。この芝居の原作其儘の印象をよく保ったと思いますね。右近・鶴松の若夫婦もよく出来ました。

(R3・12・21)



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