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玉三郎の心象風景〜「新版 雪之丞変化」

令和元年8月歌舞伎座・ 「新版 雪之丞変化」

五代目坂東玉三郎(中村雪之丞)、九代目市川中車(中村菊之丞・土部三斎他五役)、二代目中村七之助(秋空星三郎)他


1)玉三郎の心象風景

地球温暖化が進行しているのか、今年の夏は例年になく暑いですねえ。暑いのが大の苦手の吉之助には、この暑さは堪(こた)えます。ところで8月歌舞伎座・納涼歌舞伎・第3部は玉三郎主演による「新版 雪之丞変化」。長谷川一夫主演の映画「雪之丞変化」(市川崑監督・昭和38年)は見たことがあるけれど、ここ数年歌舞伎座では舞踊でお茶を濁して本格的な古典を演じることからやや遠ざかっている感のする玉三郎が、選りによって8月歌舞伎座に初登場して雪之丞を演じるとはどういう意図なのかとは思いましたが、長年の玉様ファンとしてはもちろん興味はあります。そこで歌舞伎座にいそいそ出かけましたが、夏の暑さのせいで吉之助の体調が良くないせいか、仇討ち物だか芸道物だかよく分からぬ痩せたお芝居で、見ていて気分が滅入りました。そんなわけで観劇随想を書くのは気が重いのですが、こう云うサイトを主催する批評家としてはやはり書かねばならぬと思うので、覚え書きとして残しておきたいと思います。「新版 雪之丞変化」を吉之助はエンタテイメントとして楽しめませんでしたが、そこに現在の玉三郎の心象風景を見る気がしました。だから気分が滅入ったのだろうと思います。松竹の「歌舞伎美人」サイトの「玉三郎が語る「新版 雪之丞変化」」という記事のなかで玉三郎がこう語っています。

『敵討ちも、やってしまったら無意味なもの。女方も役者も、消えていくもの。だから、華やかにしていかねばいけないという思いを込めた作品です。敵討ちではないところ、芸道の修行であったり、いろんなところでの修行が主。それで敵討ちをしてしまった後に、雪之丞がそうやって生きてきたけれど、敵討ちとは何だったのかという芝居です。』(坂東玉三郎:サイト「歌舞伎美人」・2019年7月31日のインタビュー記事)

これを読んでフーンと思ったわけですが、揚げ足を取るようで申し訳ないですが、敵討ちも、役者も女方も同じく、消えていくもの・無意味なものと云うことなんですか?「敵討ちは終わってしまえば無意味なもの」というのは、まあ分かる。何年も掛けて乞食に身をやつしながらも敵を追う苦しさ・やがて大願成就となったとしても、そこにただ虚しさだけが残る、近松半二の「伊賀越道中双六」などは、そのようなお芝居です。追う側にも追われる側にも、虚しさがあります。木村錦花の「研辰の討たれ」などは、そのようなお芝居ですね。もう一方の、役者の芸のことですが、舞台の芸というのは、やった瞬間から消えていく。どんな素晴らしい芸でもその場で消えてしまって、見た人の記憶のなかにしか残らない。だからそれは儚(はかな)いもので、そこに或る種の虚しさが付きまとうと云うのは分かります。それは分かるけれども、人生を掛けて芸を追求していくことの虚しさは、敵討ちの虚しさと、それは次元として重なり合うものなのですかねえ。吉之助は何だか釈然としないのですがね。「芸が一時の夢の如きものならば、いっそのこと華やかに消えたいものだねえ」と云うのは理解できますが、華やかな敵討ちというのはどんな敵討ちなのかね。

イヤ玉三郎的には芸の虚しさは敵討ちの虚しさと重なるのかも知れませんねえ。そう云う考え方もあるのかも知れませんが、吉之助には、それは随分とペシミスティックな感覚に思われます。そう云うことを考え始めたら、役者はやっていられないように思うのです。「新版 雪之丞変化」を見て「気分が滅入る」と吉之助がいうのは、そこのところです。そういうペシミスティックな気分が舞台にいっぱい表れているように感じます。歌舞伎座の舞台の奥まで見えるガラーンとした暗くだだっぴろい空間に、ポツーンと簡素な大道具が置かれて、そこで役者がスポットライトに照らされてモゾモゾ動いている。小さい劇場ならそれなりだったのかも知れませんが、歌舞伎座の広い舞台だとこれが何とも寂しい風景に見えて来ます。大スクリーンに映し出される映像がまた虚しいですねえ。映像と云うのは、技術が進歩して・どんなに「らしく」なったとしても、それは所詮「虚像」なのです。劇場というのは本来生身の役者・つまり実像が動き回るべき場所なのであって、そこに映像を掛け合わせることが生身の役者の実像度(リアル度とでも云うか)をより鮮やかに際立たせるのであれば・確かにそれは意味があります。しかし、そうではない場合には、舞台と映像の掛け合わせは、生身の役者の貧弱度・イマジネーションの不足をかえって露呈することになりかねません。現在のCG映像技術全盛の西欧演劇・オペラの舞台では、何のための映像だか分からぬ舞台が少なくありません。残念ながら「新版 雪之丞変化」にも、そう云う気配があります。だから舞台が・役者が貧弱に痩せて見えてくるのです。これが何だか現在の玉三郎の悲しみ・寂しさを見るようで、だから気分が滅入るのです。(この稿つづく)

(R1・8・23)


2)玉三郎の寂しさについて

玉三郎のなかの悲しみ・寂しさのきっかけになったものが何であったか、それは明らかです。「新版 雪之丞変化」には、三上於兎吉の原作にない星三郎と云う役者が登場します。星三郎は雪之丞が慕う先輩の役者で、優れた芸を持ちながら若くして病気で死んでしまうという設定です。この星三郎が、平成24年(2012)12月8日に亡くなった十八代目勘三郎を擬していることは、すぐ分かります。(勘三郎は玉三郎より年下でしたが、そこはそこ。)ところで勘三郎が亡くなってちょうど一年後のことでしたが、吉之助は別稿「五代目玉三郎さんのこと」で、玉三郎のコメントを引用しました。それは次のようなものでした。

『実は中村屋(十八代目勘三郎)さんが亡くなられた去年から、かなり心細い思いが致しまして、今年の初めからは落ち込む思いが激しかったのです。(中略)6月が過ぎまして夏がやってまいりますと、自分の心にひたひたと寂しさが襲って来てしまいました。そして6月末から、7月、8月、9月とかなり落ち込みの日々が続き、心身の不安が募るばかりで、将来のことなど全く考えられない状態でした。やっと11月の金丸座の時から外の空気を吸うことが出来て、だんだんと回復して来たのです。皆様にここで、こんな心許ないことを申しましてもどうしようもないことなのですが、回復して来ました今でこそ打ち明けられる事柄ですし、実際の思いをこのコメントで述べさせて頂きたかったのです。』(坂東玉三郎オフィシャル・サイト:今月のコメント・平成25年(2013)12月、ただし2013年以前のコメントがサイトから削除されているようです。)

今回(令和元年8月歌舞伎座)の「新版 雪之丞変化」を見ながら吉之助が感じることは、あれから7年近くの歳月が経って様相は変化して来たと思いますが、玉三郎のなかで落ち込んだ気分が依然として尾を引いているのだなあと云うことです。ただし前述の「五代目玉三郎さんのこと」でも書いた通り、玉三郎をそのような気分にしたのは、直接的に勘三郎の死だったというのではなく、実はそれは引き金に過ぎないので、そこにはいろんな要素が複合的に絡んでいるだろうと感じます。本稿でそのことを論じるつもりはありませんが、ここ数年の玉三郎の舞台を思い返せば、それは十分察せられることです。別稿「平成歌舞伎の31年」のなかで「(残念ながら平成は)玉三郎の時代にはならなかった」と書きましたが、このことも深く関係します。玉三郎は自ら静かに後ろの方へ引き下がったと思います。

だから玉三郎の気持ちは察するけれども、そのことはしばし置くとして、この「新版 雪之丞変化」は芸道物として十分な出来ではないと思います。星三郎と雪之丞が交わす会話は「あの役がやってみたい」(その度に背後のスクリーンに玉三郎の過去映像が映写されるご親切)とか楽屋オチ程度の他愛ないもので、芸談にすらなっていないものです。雪之丞にとって先輩星三郎の突然の死は確かにショッキングな出来事でしょう。しかし、先輩の死が雪之丞のなかでどのような形で変容し、「我々役者と云うものは本当に世の中の役に立っているのだろうか(それは無意味なものなのでないか)」という疑問が形成されて行ったのか、それが芝居のなかでしっかり描かれていないと、それは唐突なものにしか感じられません。芸道物の体裁を成していないと云うのは、そこのところです。要するにドラマとして突き詰められていないと云うことです。それなら仇討ち物としてはどうかと云えば、この点でも中途半端です。

このことは別稿「芝居におけるドラマティック」でも触れました。悲しい事象を出して・それだけで「これが悲しいドラマであると察せよ」と観客に要求するのは、芝居を作る側の怠慢と云うものです。何だか芝居を作る側と観客との持たれ合いが生じているようで、イヤですねえ。芝居を作る側は、もう少し自己に厳しく在って欲しいと思います。(この稿つづく)

(R1・8・26)


3)大事なのはプロセス

上方の人気女形・中村雪之丞は元々長崎の大店の息子でしたが、両親は長崎奉行・土部三斎(現在は江戸で権勢を振るう)に抜け荷の濡れ衣を着せられ破滅させられてしまいました。天涯孤独の身となった雪之丞を引き取って育てたのが、場末役者の中村菊之丞でした。雪之丞は役者の修行を続けながら、いつかは親の仇を討とうと復讐の炎を燃やし続けます。やがて江戸中村座から出演の申し出を受け、いよいよ雪之丞は敵・三斎がいる江戸に乗り込むと云うのが、三上於兎吉の原作小説の発端です。菊之丞・雪之丞の師弟は、事あるごとに長崎の恨みを反芻し・復讐の炎を絶えず燃え立たせつつ、これをバネに芸に打ち込んで来たように思います。このため雪之丞の芸には壮絶な美しさが感じられて、それが雪之丞の人気をますます煽ったのだろうと想像します。

三斎の娘・浪路が雪之丞の舞台を見て惚れ込んでしまいます。これを手ずるに雪之丞は三斎に近づきますが、雪之丞が三斎を追い詰めていく過程で、非情にも雪之丞は浪路の純な恋心を利用したわけです。しかし、浪路は最後までそのことを知らないまま、雪之丞を信じ・慕いつづけて死んでいきました。敵の娘だとは云え・浪路には何の罪もないのに・ただ利用されただけで、無慈悲なこと・可哀そうなことをしてしまったと、雪之丞が仇討ちと云う行為に初めて疑問を抱くとするならば、原作小説では、この場面以外にはあり得ません。ドラマのなかで主人公が或る感慨を抱くならば、それは主人公の行為のなかから引き出されなければなりません。その感慨を確かなものにするために、正しいプロセス(過程)が必要です。原作小説はそこを外していません。

 一方、今回の「新版 雪之丞変化」を見ると、原作の浪路の件がカットされており、何がきっかけで雪之丞は仇討ちと云う行為に疑問を感じるようになったのか、それが「我々役者は本当に世の中の役に立っているのか」という疑問とどのように重なるのか、そのプロセスが全然見えません。原作に登場しない星三郎の件がその代わりなのでしょうが、これも掘り下げが十分ではない。星三郎の死が、役者そのものへの疑問に即つながらないからです。このため仇討ち物としても・芸道物としても、中途半端な代物となってしまいました。そもそも玉三郎の雪之丞を見ると、まあ確かに優美な女形役者振りではあるけれども、台詞・身のこなしの端々に燃え上がる復讐の念・凄みと云うものが感じられません。これで玉三郎の雪之丞は、仇討ちが貫徹できるのでしょうか。「これは仇討ち物なんだからそこのところ察して」という感じだねえ。(まあそれはそれとして面を利用して三斎を脅して殺す場面は、面白く見ました。吉之助の近くの席の子供さんは怖がってましたね。)

三上於兎吉の原作小説は確かに大衆向けのエンタテイメント読み物に過ぎないかも知れませんが、芸道物としてもなかなか考えて作られています。仇討ちを果たした直後の雪之丞に、次の師走狂言のお役として師・菊之丞が提案したのが、「忠臣蔵」の顔世と勘平です。「滝夜叉であれほど売った菊之丞が初役で勘平をどのように仕こなすかと、暗いうちから、いやもうはち切れるほどの大入りだ」と原作小説にあります。復讐の大仕事を果たして生きる目標を見失ってしまわないように、師が色事師・和事師という新たな課題を女形・雪之丞に与えたと云うことです。三上は歌舞伎を分かって書いていると思いますね。さらに原作小説は、その後の雪之丞のことにも最後に触れています。

 『この物語は茲(ここ)に了る。が、悲しい後話をつたえて置かねばならぬのは、かほど秀れた性格の持主雪之丞は、麗質を天にそねまれてか、後五年、京坂贔屓の熱涙を浴びながら、芳魂を天に帰したことである。あまりに一心に望んだ仕事を果したあとでは、人間は長く生き難いものと見えるのだ。』(三上於兎吉:「雪之丞変化」結末部。)

確かに復讐に凝り固まって生きて来た身にとって、大望を果たした後ではもはや長く生きることが出来ないものであるかも知れません。そこに仇討ちと云う行為の虚しさが、そこはかとなく漂います。なるほど近代の仇討ち小説は、こうあるべきだろうと思います。

一方、今回の「新版 雪之丞変化」では、そこはどうなのでしょうか。幕切れの華やかな舞踊「元禄花見踊」(ちょっと長すぎてダレる)から、復讐の大仕事を果たした後の雪之丞の心境をどう読むべきでしょうか。「役者とは何か、芝居は世の中の役に立っているのか」、その疑問に雪之丞がどういう答えを出したか、そこのところはよく見えないままです。イヤ玉三郎に原作通りに勘平をやれと言っているわけではないですが、しかし、もうちょっと工夫があっても良いのではないでしょうかね。

(R1・8・30)



 

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