追悼・松岡正剛さん
*松岡正剛さんは、令和6年・2024・8月12日死去
昨日(8月21日)報道によれば、著述家(或いは編集者か・定義が難しいけど)の松岡正剛さんが先日(12日)に亡くなったとのことです。1971年のことでしたが、松岡さんは工作舎という出版社を立ち上げて、「遊」という雑誌(〜82年まで)を発行していました。吉之助が松岡さんのことを知ったのはそれから暫く後のこと(吉之助が高校生の時)でしたが、「遊」と云うのは変わった雑誌でしたねえ。何と云いますかねえ、知識・情報が膨大かつ広範囲で、しかもそれらが均等・均質に並んでいるような印象で、例えばプラトンでもニーチェでもサルトルでも、「この人はどれだけ分かってるのかなあ」と驚くほどなのだが、読むと分かりそうな気がして何となくその文章を読んでしまう、しかし読んでもやっぱりよく分からないので、「仕方がないから原本に当たってみるか」ということになる。松岡さんのことを思索家とは呼ばないと思うし・本人もその呼称は辞退するだろうが、そう云うわけで、結局、吉之助は松岡さんから「教わった」と云うよりも・「紹介される」ような恰好で、いろいろ雑多に本を読んだものでした。
このような当時の吉之助の印象は、松岡さんのサイト「千夜一冊」(第1850夜で終わることになりました)をご覧になれば、何となく納得いただけるかと思います。ちなみに「千夜一冊」のなかの伝統芸能関連の記事を纏めた一冊が文庫本で読めます。興味ある方は是非手に取ってみてください。
松岡正剛:「千夜一冊エディション・芸と道」(角川ソフィア文庫)
ところで本サイト「歌舞伎素人講釈」のことですが、一見しても俄かにお分かりいただけないかと思いますが、その編集コンセプトは何となく雑誌「遊」に影響されたようなところがあると、吉之助は自分では思っております。「歌舞伎素人講釈」を読んだ方に、「何だかよく分からんが・奥に何か深いものがありそうな、そうであるならば実際の舞台でも見てみようかな」と思っていただける文章が書けているならば、吉之助は本望ですね。これが松岡さんから吉之助が教わったことです。丸の内丸善での「白川静 漢字の世界観」(平凡社新書・2008年11月)の出版記念サイン会の時に、松岡さん御本人に感謝の意を伝えたことがあります。吉之助と松岡さんとの個人的な接点は、これだけです。ご冥福をお祈りいたします。
(R6・8・22)