フランツ・ウェルザー=メストの録音
ワーグナー:歌劇「リエンツィ」序曲、歌劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲クリ―ヴランド管弦楽団
(クリ―ヴランド、セヴェランス・ホール)オペラに精通したウェルザー=メストだけにクリ―ヴランド管から引き出す響きの豊かさ・息の深さ・旋律の伸びなど申し分なく、まことに聴き応えがするワーグナーです。特に「リエンツィ」序曲は 、緊張感を維持した前半から後半の盛り上がりへの設計が見事で、スケールが大きい演奏に仕上がりました。「ローエングリン」前奏曲はクリ―ヴランド管の高弦の透明なピアニッシモが清浄な雰囲気を盛り上げて、これも素晴らしい出来です。「マイスタージンガー」前奏曲はテンポを速めに取って簡潔に進めるのがちょっと意外でしたが、荘重に重々しく印象に陥るのをこのテンポ設計で意図的に避けたように思われます。この辺は独墺系の指揮者の自意識というところか。若干スケールが小振りな印象がありますが、演奏の密度は高く、オケのダイナミックな表現力が十分に発揮されています。
ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」〜夜明けとジークフリートのラインへの旅、
ジークフリートの葬送行進曲、
ブリュンヒルデの自己犠牲クリスティン・ブリューワー(ソプラノ独唱)
クリーヴランド管弦楽団
(オハイオ、カヤホガ・フォールズ、ブロッサム・ミュージック・センター)普段オペラをやらないコンサート・オケだからという先入観を持っていると吃驚してしまうほどの名演。ワーグナーを熟知したウェルザーーメストが、クリ―ヴランド管と云う優秀なオケを駆使して描き出した名演。オケの響きに深みがあり、息の取り方 、旋律の伸びなどまことに自然でオペラティック、ダイナミックで斬れが良い、まったく文句を付けるところのない雄弁なワーグナーで、これだけ高水準な管弦楽はオペラハウスで は滅多に聴けないと思います。高弦は優美で伸びやか、金管は輝かしく、楽譜に記された音符がその通りに鳴っている感じ。加えてブリューワーのブリュンヒルデも素晴らしい。声に張りがあって発声が明瞭で力強い歌唱で、説得力があって聴き応えがします。
ベートーヴェン:交響曲第4番
クリ―ヴランド管弦楽団
(クリ―ヴランド、セヴェランス・ホール)クリ―ヴランド管の透明な響きをよく生かし、スケールはやや小振りながら、小粋で爽やかな印象がする好演に仕上がっています。第1楽章は快速テンポで滑るように滑らかですが、クリ―ヴランド管の弦が柔らかく暖かいので機能的な印象がまったくなく、音楽の流れがごく自然に心地よく感じられます。第2楽章も、早めのテンポで心地よく流れ、重ったるささを感じさせるところがありません。第3・4楽章でのリズム処理もオケの軽やかな響きがよく生かされており、全奏も強過ぎることがなく、全体的にサスペンションがよく効いた滑らかな音楽の流れを維持しています。
ヨハン・シュトラウスU:ワルツ「山から」、喜歌劇「騎士パズマン」〜チャルダッシュ
ヨゼフ・シュトラウス:ポルカ「とんぼ」
ヨハン・シュトラウスU:キス・ワルツ、喜歌劇「こうもり」序曲クリ―ヴランド管弦楽団
(マイアミ、エイドリアン・アーシュト・センター)とても素晴らしい演奏です。2006年のクリ―ヴランド管とのシュトラウス・ファミリーのプログラムの演奏と比べると、この時には如何にもアメリカ的な派手な音楽でしたが、この歳月にウェルザー・メストとクリ―ヴランド管がどれほどの親密な関係に変化したか、ウェルザー・メストが如何にオケを掌握したか、まざまざと実感されます。これら一連のシュトラウス・ファミリーの演奏はまさにウィーンの音楽そのものです。ウィーン・フィルと比べてもまったく遜色ないほど、時には弦の響きのまろやかさ、 肌理の細かさ、リズムの打ちの軽やかさなどウィーン・フィルより勝るのではないかと思えるほどチャーミングです。「騎士パズマン」のチャルダッシュでもダイナミックなオケの動きを聴かせながら、それが機能的な印象を感じさせることがまったくなく、軽やかで小粋な動きを聴かせます。ワルツでの、クリ―ヴランド管の弦の節回しやちょっとした表情のなかにふっと垣間見せる媚態など、アメリカのオケがここまで出来るのはちょっとした驚きです。喜歌劇「こうもり」序曲でも如何にオペレッタらしい小粋なところを聴かせます。ここではウェルザー・メストのオペラ指揮者としてのセンスもよく生きています。
ドビュッシー:夜想曲〜雲・祭り
クリ―ヴランド管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、クリ―ヴランド管欧州ツアー)クリ―ヴランド管の音色は明るく透明で、楽譜を隅々まで見透したウェルザー=メストの明晰さを感じさせる演奏です。特に弦が斬れていて、「雲」は音楽の表情の細かいところまで描き込んだ実にクリアな印象。「祭り」では一転してオケの機動力の優秀さを見せ付けるかのようです。色彩とリズムが飛び散るが如くで、唖然とするほどダイナミック。しかも一糸の乱れを見せるところがありません。像がクリア過ぎて香気が飛んでしまっている気もしなくはないですが、この 精妙さの前にはそれも大した不満ではありません。
モーツアルト:歌劇「魔笛」序曲、ドビュッシー:夜想曲〜シレーヌ、ホルスト:組曲「惑星」〜火星、ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」〜ジークフリートの葬送行進曲
フランス放送合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ヴェルサイユ、ヴェルサイユ宮殿)どの曲も水準に達して十分満足すべきものですが、ウィーン・フィルの響きは弦がやや粗削りの印象で、そのせいかホルストの「惑星」であるとリズムの重めの刻みが効果を挙げていると言えそうです。しかし、ドビュッシーの夜想曲だともう少し弦のまろやかさが欲しい感じになります。ここではフランス放送の女声合唱団も歌唱の繊細さがやや不足を感じさせます。四曲のなかで一番出来が良いのは「魔笛」序曲で、ここではウェルザー・メストがやや早めのテンポで活気のある表現で聴かせてくれます。ただしやや音楽に勢いが付き過ぎかも知れません。ジークフリートの葬送行進曲は悪くない出来ですが、金管が若干弱くて十分鳴り切っていない印象で、弦もこれがクリ―ヴランド管ならばもっと緊張感がある沈痛な表現が出来るのではないかと思わせるところがあります。