トスカニーニの録音(1954年)
R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」
NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)早めのテンポで引き締まった表現で、フォルムへの意識があり・官能の表現にもキリッとしたところがあるせいか・どこか禁欲的な雰囲気があるのが面白いところです。NBC響は特に弦の動きは激しいなかにも・整然とした力強さが保たれていて素晴らしいと思います。音楽に推進力があり、緊張感がとぎれることなく・最後まで聴き手をつかんで離しません。
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」
NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)冒頭からNBC響の弦のみずみずしい響きと、リズム感の良さに耳を奪われます。「イタリア」というイメージそのままの、太陽に燦々と照らされた風景に鮮烈な印象を残します。この第1楽章の印象があまりに鮮烈なために、それ以降の楽章がやや地味に聴こえるのがこの曲の難 なところかも知れませんが、トスカニーニは全体を速めのテンポで通して、引き締まった端正な造形で、古典的印象で締めるのはさすがというところです。特に第3楽章を速めのテンポで粘らずに、すっきりした抒情性を浮かび上がらせたところが、味噌かと思います。第4楽章は重量感ある表現で締めます。
ボイート:歌劇「メフィストーフェレ」〜天上のプロローグ
二コラ・モスコーナ(メフィスト―フェレ、バス独唱)
ロバート・ショウ合唱団、コロンブス少年合唱団
NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)これは名演です。NBC響の金管の壮麗な響きが広々とした世界観を想わせてとても印象的です。トスカニー二にしては随分とテンポをゆったり取った感じがしますが、旋律にしなりがあり、リズムがしっかり踏まれて、天上のプロローグというタイトルに相応しいスケール感を呈しています。モスコーナのメフィストーフェレは軽快な悪魔の囁きを聴かせてくれます。合唱も力演で、素晴らしい演奏になりました。
ワーグナー:歌劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲
NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)トスカニーニの公での最後のコンサートのプログラムです。このロマンティックな曲をドイツ人指揮者が振るよりもかなり速いテンポで振ります。いわゆるワーグナーの毒にはほど遠い感じで・これを人によってはドライと言うかも知れませんが、旋律線を浮き上がらせることでこの曲の構造がはっきり見えてくる気がします。ロマンティックではないけれども、透明なリリシズムを感じさせる演奏であると言えます。
ワーグナー:楽劇「ジークフリート」〜森のささやき
NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)トスカニーニの描く森の風景は、ドイツの森の暗く・じめじめとした雰囲気とはちょっと異なります。薄日が差してきて・朝もやがかかったような・さわやかな森の雰囲気です。そのなかで小鳥のさえずりが生き生きとして印象に残ります。
ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」〜夜明けとジークフリートのラインへの旅
NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)テンポを速めに、夜明けの静かさからジークフリートの雄雄しい旅へと連なる流れをドラマティックに描き出した見事な設計です。夜明けの場面の弦のゆっくりとした動き・木管なけだるい歌いまわしは特に印象に残ります。ラインの旅でのオーケストラの荒々しい動きは見事な出来です。
ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲とバッカナール
NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)トスカニーニはこの曲のバッカナールの部分で指揮棒をとり落として、それがきっかけで限界を感じて現役引退を決意したと言われていますが、この録音は修正されているようでほとんど乱れらしきものは感じられません。演奏はテンポを速めにとった緊張感のあるもので、巡礼の合唱の部分のスケール感、ヴェヌスベルクの場面のリズム感・色彩感も申し分なく、見事な演奏であると思います。
ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)トスカニーニは「タンホイザー序曲」での指揮中断にショックを受けて、しばらく指揮台に戻りませんでしたが、気を取り直して指揮したこの演奏が、トスカニーニの公での最後の演奏となります。トスカニーニの演奏はテンポが速く、透明な響きで旋律線を浮かび上がらせることでワーグナーの管弦楽の手法を際立たせて、緊張感ある演奏に仕上げています。歯切れが良く、さわやかな感じさえします。