トスカニーニの録音(1937年)
○1937年7月16日ライヴ(一部を10月21日、22日に録り直し)
ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」
BBC交響楽団
(ロンドン、クイーンズ・ホール)「田園」を標題音楽としてロマンチックに捉えるのではなく、純粋器楽として捉えなおそうと試みたような演奏です。確かに第2楽章や第3楽章などでは情景描写を心掛けた演奏を聴き慣れた耳にはちょっとサラッと流しすぎでそっけなく聴こえるところがあ ります。しかし、それは決して無味乾燥だということではなく、むしろこの曲を捉える視点が定まっていて、その解釈に完全な確信があるから出来ることです。だから演奏に説得力があり、聴いた後にはさわやかささえ感じられます。全体を早めのテンポで通していますが、情景描写を意味ありげに気をもたせるようなところは一切なくて、スコアを淡々と音化していきます。その結果、「音によるドラマ」というような時間的な流れではなく、まるで絵画を見るようにベートーヴェンの心のなかの自然へのめぐみへの感謝を凝縮して聴衆に提示しているかのように感じられます。この演奏が当時の聴衆に与えた新鮮な感動を想像することができます。
モーツアルト:歌劇「魔笛」序曲
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭劇場、全曲上演の抜粋)37年のトスカニーニの「魔笛」上演は・そのテンポの早さが当時は話題になったそうですが、今聴くとそんなに驚くほどでもないような気もしますが。むしろインテンポに近い(しかし完全なインテンポではない)・その近代的な解釈が聴衆にショックを与えたということでありましょうか。むしろ38年のBBC響との「魔笛」序曲の演奏の方がテンポが早くて・刺激的のように感じられます。このウィーン・フィルとの演奏はむしろオーソドックスに聞こえますが、オケのまろやかな響きと・トスカニーニの快適なリズムで・幕が開くのが待ちどうしくなる魅力的な演奏です。
ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭劇場、全曲上演の抜粋)やや早めのテンポを取っていて・重苦しいろころがまったくなくて・爽やかな味わいです。ウィーン・フィルのまろやかな音色と・トスカニーニの個性がマッチして、オーソドックスな印象のなかに・独特な透明感があります。完全なインテンポではなく・テンポは柔軟性を持っています。スケールとしてはちょっとこじんまりしたところがありますが、今聴いても実に新鮮な魅力を感じます。
ブラームス:悲劇的序曲
BBC交響楽団
(ロンドン、クイーンズ・ホール)緊張感みなぎる・引き締まった厳しい造形です。BBC響の音色は明晰で・ドイツ的な重い暗い響きではありませんが、しかし、その強靭な響きから聴こえてくるのはまぎれもないブラームスです。精神主義に寄りかからず・スコアに書いてある音そのものにドラマを語らしむところがあり、当時からするとそのショックは如何ばかりであったろうと思います。早いテンポのなかにも無駄のない・完成された表現です。オケはじつに素晴らしく、後年のNBC響との演奏に優るとも劣りません。
ベートーヴェン:交響曲第1番
BBC交響楽団
(ロンドン、クイーンズ・ホール)第1楽章はキビキビした早めのテンポで整然と進み、一糸の乱れも見せません。リズムが斬れたストレートな表現で、人によってはもう少し余韻が欲しいと言う人もいるかも知れませんが、近代的でフレッシュな感覚に満ち溢れており、ここまで徹底しているとお見事と言うほかありません。第2楽章はゆうくりしたテンポで優雅に聴かせますが、後半の2楽章は一転して快速で突き進みます。トスカニーニはこの第1交響曲は相性がピッタリのように思います。オケの水準はきわめて高く、トスカニーニの意図を完全に表現しています。
ブラームス:交響曲第1番
NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H、NBC響との第1回演奏会)NBC響との記念すべき第1回演奏会だけに気合いが入っていますが、まだアンサンブルが固まっていないようで・弦の響きなどに音が荒削りな感じが若干あります。しかし、30年代のトスカニーニの棒は力が漲っています。ブラームスの第1番はトスカニーニの得意曲ですが、その解釈はすでに完成されたものに思われます。ちょっと意外に感じたのは勘所でテンポに緩急付ける場面が見られることで、後年の演奏よりもテンポが揺れる感じがあることです。いずれぬせよテンポ早めでシェープされた造型は、ドイツ的なブラームス解釈とは一線を画すものです。