セルの録音(60年以前)
J・シュトラウスU:トリッチ・トラッチ・ポルカ、ワルツ「春の声」、ワルツ「美しき青きドナウ」
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)セルの早めのテンポと・折り目の正しいリズムの取り方でポルカはスッキリした造型の楽しい出来に仕上がりました。しかし、ワルツの方はかなりセル臭が強いようで、「春の声」はリズムの打ちが硬く・機械的な感じでいまひとつ楽しめません。それに比べると「美しく青きドナウ」はセルが若干手綱を緩めた感じで・近代的なセンスのなかにも柔らかさがあるようで、ウィーン・フィルの個性を生かした出来になっています。
ブルックナー:交響曲第8番
アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団
(アムステルダム、コンセルトへボウ楽堂)
セルとブルックナーというとやや縁遠い印象がありますが、早めのテンポで、全体をスッキリ見渡した流れの良さ。四つの楽章が緊密に噛み合った充実した演奏です。アムステルダムのオケの弦が素晴らしく、金管も輝かしく、響きが透明で清冷な印象があります。淡々とテンポを刻むブルックナーではなく、スピード感があってシャープな造形のスマートな印象ですが、メカニカルな感じはあったくありません。第4楽章では細かいところでテンポを大きく変化させる小技も見せます。
ショパン:ピアノ協奏曲第2番
クラウディオ・アラウ(ピアノ独奏)
ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)
セルとアラウという珍しい顔合わせ。全体にテンポ速め、イン・テンポに近いようで・セル主導の感が強い演奏ですが、あまりしっくり行っている感じではありません。古典的な構成感のなかにも・ゆったりとした情感を湛えるのがアラウの個性だと思いますが、セルがセカセカと音楽を進めるので・アラウの個性が生きず、調子がいつもより激しい感じに、言い換えればやや粗い感じに聴こえます。それでも第1楽章のソロ主体で進める場面においてはテンポを緩やかに置いて指揮者との押し引きが多少あります。第2楽章ではアラウの情感あるソロが聴けます。しかし、第3楽章でもセルの指揮はデリカシーにやや欠けるようです。
R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」
クリーヴランド管弦楽団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール、米CBS・スタジオ録音)冒頭から快速に疾走して・最初はあれよあれよと曲が進む感じですが、聴き進むにつれて・その整然とした冷たい雰囲気に魅せられてきます。叙情的な旋律においてはその透明さが美しく、しかしサラサラと音楽が進むところにどこか酔い切れない・醒めた雰囲気が感じられます。全体としてとてもクールな演奏という感じがします。ただやはりもう少しテンポが遅い方が良いような気がしますが。
R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」
クリーヴランド管弦楽団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール、米CBS・スタジオ録音)これはセルのR.シュトラウスのなかでも名演。セルのオーケストラ・コントロールの巧さが存分に味わえます。面白く聴かせようという素振りを見せず・淡々とスコアを処理しているように見せて、実にニュアンス豊か・ユーモアたっぷりなのです。クリーヴランド管はダイナミックで俊敏な動きで聴かせます。
R.コルサコフ:スペイン奇想曲
クリーヴランド管弦楽団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール、米CBS・スタジオ録音)民俗色とか言うものにまったく関心がないかのような純音楽的な演奏で・軽快な速度で突っ走るのですが、聴いているうちにその展開する音絵巻の色彩感とリズム感に思わず引き込まれてしまいます。そこにま ぎれもないスペインの強烈な光が見えてきます。リズムが抜群に斬れていて、どんなに早いパッセージでも音型が乱れることがなく・整然としているのが見事です。飛び散るようなリズムと色彩の饗宴にもかかわらず・聴いた印象は実にクールなのです。
ボロディン:歌劇「イーゴリ公」〜だったん人の踊り
クリーヴランド管弦楽団
(クリーヴランド、セヴェランス・ホール、米CBS・スタジオ録音)セルは民俗色とか描写的とかいうことに関心がないようで、純粋に楽譜から得たインスピレーションを虚心に音にしているような感じです。したがってオペラティックな面白さというのはまるでなく・そこが好みの別れるところですが、管弦楽のショー・ピースということならばリズムの斬れと色彩感は素晴らしく、ダイナミックで引き込まれる演奏です。それにしてもこの激しいリズムを息の乱れも見せずに整然と引き切るクリーヴランド管の精度は素晴らしいものです。