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ラトルの録音(2005年ー2009年)


○2005年9月24日ライヴ

R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

ベルリン・フィルはもちろん技術的には見事なもので・取り立てて大きな不満はあるわけではないですが、全体的に薄味で・あっさりとした印象で・聞き終わって何だか物足りない感じは否めません。旋律の微妙な歌いまわしに不満が残ります。旋律の勘所でゆったりと息深く歌わせる べきところでロマン的情感が立ち昇らないのです。それは結局、微妙な息遣いが不足のせいです。ラトルは曲に醒めた態度で客観的に対していて・感情ののめり込みが少ない印象に思います。これはR.シュトラウスとしては不満な点にな るかと思います。


○2007年ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

低音を抑え気味にして・全体的に軽めの響き。ドイツ的な重厚さに敢て背を向けて、曲に対して客観的に距離を置いているようで、両端楽章はある種の見通しの良さがありますが、あまり熱さが感じられないようです。これもひとつの見識と認めないわけではないですが、もう少しリズムに推進力を持ってもらいたい気がします。ところどころ表情が緩く感じ られる場面がありますが、この不満は中間の2楽章に特に出ています。高弦の旋律の歌い廻しにしなりの強さがもう少し欲しい気がします。


○2007年6月17日ライヴー1

シャブリエ:狂詩曲「スペイン」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン郊外、ワルトビューネ野外音楽堂、ベルリン・フィル・ピクニック・コンサート)

恒例のベルリン・フィル・ピクニック・コンサートの今年のテーマは「ラプソディー(狂詩曲)」ということです。シャブリエのこの曲は、次々と繰り出されるリズムの饗宴と色彩の洪水が魅力ということかと思います。ベルリン・フィルの響きは豊穣ですが・持ち味としては色調が重く、本曲にはあまり相性が良くないのが正直なところです。ですから重めの演奏になるのはまあそれは致し方ないところなので、ベルリン・フィルらしいシャブリエが楽しめればそれで十分なのですが、不満を感じるのはラトルのリズム処理です。微妙に刻々と変化するシャブリエのリズムをインテンポ風に処理するのはもう少し工夫が欲しいと思います。テンポ早めで勢いがあれば良いというものではないでしょう。


○2007年6月17日ライヴー2

ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲

ステファン・ヒュー(ピアノ独奏) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン郊外、ワルトビューネ野外音楽堂、ベルリン・フィル・ピクニック・コンサート)

全体としては前のシャブリエと同じことが言え、響きは豊穣で・表現としては重めのラフマニノフです。本来はもう少し響きは軽やかな感じがイメージの曲かも知れません。しかし、ここでは曲想の質感ともマッチしてか・その重さがグッと迫る場面があるようです。特に前半においてはラフマニノフの曲想の虚無的なところをよく表出して面白く聴けます。またクライマックスでの甘い旋律でもベルリン・フィルの響きの豊穣さがよく生きています。ヒューのピアノは響きはやや暗めですが・技術的には十分で、音の粒が揃っていて・これはラフマニノフのフォルムをよく掴んでいます。両者の個性が合致していて、なかなか聴き応えのある演奏に仕上がりました。


○2007年6月17日ライヴー3

ドヴォルザーク:スラヴ狂詩曲・作品45−第1番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン郊外、ワルトビューネ野外音楽堂、ベルリン・フィル・ピクニック・コンサート)

ベルリン・フィルのやや暗めで湿った色調が曲にマッチして文句なく素晴らしい出来です。やはりベルリン・フィルの相性はこういうところにあると思わせます。 重厚でシリアスなタッチで聴かせます。


○2007年6月17日ライヴー4

ドビュッシー:クラリネットと管弦楽のための狂詩曲

ヴェンツェル・フックス(クラリネット)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン郊外、ワルトビューネ野外音楽堂、ベルリン・フィル・ピクニック・コンサート)

フックスのクラリネットは一生懸命やっていて愉しい演奏に仕上がりましたが、この曲のクネリネットはジャズ的な遊びの要素を意図しているので、もっと羽目をはずして スイングしても良いのに思いました。まだまだ真面目な印象が残っているのは致し方ないところです。そういう意味では古典的な演奏に仕上がったということかと思います。


○2007年6月17日ライヴー5

エネスコ:ルーマニア狂詩曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン郊外、ワルトビューネ野外音楽堂、ベルリン・フィル・ピクニック・コンサート)

ベルリン・フィルのやや暗めで湿った色調が曲にマッチしてこれも素晴らしい出来です。ラトルの指揮も生きいきとしています。やはりベルリン・フィルには東欧系の曲がよく似合います。


○2007年6月17日ライヴー6

プロコフィエフ:組曲「三つのオレンジへの恋」〜王子と王女、行進曲
リンケ:ベルリンの風

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン郊外、ワルトビューネ野外音楽堂、ベルリン・フィル・ピクニック・コンサート)

当日のアンコール曲目。プロコフィエフの行進曲はリズミカルで小気味の良い演奏。リンケはピクニック・コンサートの締めの定番で、ベルリン市のテーマソング的な曲で・目くじら立てるのも野暮ですが、ラトルの取るリズムはドイツ行進曲 風の4拍目にアクセントを置くリズムになっていないので、サラサラの感じがします。これは何とかならぬかなあと思います。


○2007年8月31日ライヴ

マーラー:交響曲第9番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ルツェルン、ルツェルン・コンサート・ホール)

これは名演。これまでラトルのマーラーにはちょっと食い足りない面を感じてきましたが、この演奏でラトルはベルリン・フィルをついに掌握したなあという印象を持ちました。特に素晴らしいと感じるのはデリケートな弦の扱い です。両端楽章ではテンポを遅めにとって・息深く、各楽器の旋律をじっくりと絡み合わせていくなかに、マーラーの感性の軋みが感じられます。一転して中間2楽章ではリズムの斬れが鋭く、彫りの深い造形でオケのダイナミックな動きが楽しめます。この静と動の対比が際立っています。


○2007年12月16日ライヴ

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

ウィーン・フィルの弦は透明で美しいと思いますが、どこか対象と突き放したように客観的な印象があります。テンポについては緩急をかなり大きくつける工夫が意識的にされていますが、官能性と情感の熱いうねりが感じられません。その理由を考えるに、音符を長く引き伸ばす時に音量を均質に引っぱるために旋律に息遣いの変化を感じさせない・それが機械的な印象をもたらす点にあるように思われます。この曲の演奏に慣れているウィーン・フィルにこのような弾き方をさせるのはラトルの意識的な指示だと思いますが、そのために音楽の息が浅くなって・意識が深いところに沈んでいかないように思います。ラトルはこの曲に愛の不毛でも感じているのでしょうかね。まあそれならば分からないことはないですが、ともあれワーグナーの干し物のように感じられる演奏です。


○2008年6月30日ライヴー1

ブラームス:交響曲第3番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(エクス・アン・プロヴァンス、プロヴァンス大劇場)

重厚な音色はブラームスにふさわしいのですが、どこか黒光りの艶がある高級感のある豊穣な響きでもあり、そこに若干の違和感というか・居心地の悪さがあります。ベルリン・フィルのブラームスのこういう感じはアバド時代にもあり・もしかしたらこのオケの特性かも知れませんが、カラヤン時代にはあまりネガティヴに感じなかった要素です。これはラトルの演奏が叙情性の方に強く傾いているせいかも知れぬと感じます。それを強く感じのは中間2楽章で、旋律の歌い方が若干重めで粘りがあり・響きの情感に頼り過ぎに感じられます。ロマンティックと云えば・確かにそのように言えますが、どこかムーディです。特に第3楽章は美しく滑らかに歌われますが、ムード音楽的に感じられます。リズムが前面に出る両端楽章での印象はそこまで行きませんが、叙情性に傾き過ぎの印象は否めません。もう少し響きを引き締める方向にオケを導けば印象はぐっと良くなる気がしますが。


○2008年6月30日ライヴー2

ドヴォルザーク:ピアノ協奏曲

アンドラーシュ・シフ(ピアノ独奏)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(エクス・アン・プロヴァンス、プロヴァンス大劇場)

ロマン派ピアノ協奏曲としてみると渋い印象の曲ですが、オケの響きが豊穣なので・この曲の本来あるべき姿からすると、若干柄が大きい感じがします。特に第1楽章でそれを感じますが、シフのピアノが素晴らしく・ピアノがオケに飲み込まれる感じがないので、なかなか面白く聴けました。シフのピアノは音のタッチをしっかり取って・音楽を締めているので、曲ががっちりした構成に感じられて・それが古典的な印象を生んでいるようです。ラトルの指揮もシフをよく引き立てて、息が合ったところを聴かせてくれます。


○2008年6月30日ライヴー3

バルトーク:舞台音楽「中国の不思議な役人」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(エクス・アン・プロヴァンス、プロヴァンス大劇場)

ラトルの指揮は複雑なスコアをよく整理して・さすがに手馴れたものです。ベルリン・フィルの響きは豊穣で、不協和音でさえ美しく響かせるというか、その分衝撃度は弱まっていることは確かでしょうが、古典的でまとまった印象が生まれています。


○2008年11月6日ライヴー1

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番

ラース・ヴォクト(ピアノ独奏)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

オケの分厚い響きでピアノ付き交響曲にするのではなく、響きを明るめに透明にして・オケがピアノを圧倒することなく・ピアノを浮き上がらせた印象です。ヴォクトのピアノは力強いタッチで・太目の音楽を作っており、なかなかの出来です。これがラトルの引き締まった伴奏によく似合っています。ラトルのサポートの良さが第2楽章の叙情的な場面によく出ています。リズムが前面に出る第3楽章に斬れの良さを聴かせますが、響きが軽めのせいで重厚さよりも軽快さの方が耳に付くようです。


○2008年11月6日ライヴ−2

ブラームス:交響曲第2番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

明るく叙情的な要素が強いこの交響曲はラトルには相性が良いようです。特に前半の2楽章がなかなか良い出来です。スッキリした流れのなかにブラームスのロマンティシズムが重くなく・適度に感じられ、明晰な感性が息づいています。後半の2楽章はそれに比べるとややリズムが前面に出た感じになっており、重厚さというか音楽の粘りがもう少し欲しいところですが、 もっともそれは明晰さを持ち味とするラトルの解釈の目指すところではないかも知れません。その意味では終楽章は躍動感があってなかなかの出来だと思います。


○2008年11月14日ライヴ−1

ブラームス:交響曲第3番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

音楽が流麗で・響きは豊穣で・立派な出来であると思いますが、聴き終わってどこか物足りない感じが残ります。表現の彫りがもう少し欲しいところです。特に中間2楽章でそれを感じます。スッキリした流麗な流れで・響きは美しいのですが、いまひとつ捉えどころがない・音楽が心に響いてこない もどかしさがあります。それはリズムの打ち込みが浅い・旋律の息深い歌い込みが若干不足しているからだろうと思います。両端楽章の活気のある表現はなかなかのものですが、ブラームスでは腹にずしっとくる重みがもっと欲しいと思います。


○2008年11月14日ライヴー2

ブラームス:交響曲第4番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

前半と後半で印象がやや異なるようです。前半2楽章は思いのほかロマンティックな情感が濃いように感じられます。ゆったりしたテンポで音楽に余裕を持たせていますが、特に高弦の旋律歌い回しにメランコリックな心情の高まりがあります。ただし音楽の線がやや細い感じがしなくもありません。後半2楽章は一転してリズムが前面に出る感じで活気のある表現ですが、今度は情感の表出が弱くなって・客観性が強くなってくる感じです。第4楽章パッサカリアでは形式への意識が強くなると思いますが、そのなかに濃厚なロマン性をどう封じ込めるかという課題にまだラトルは理想のバランスを見出していないように感じられます。


○2009年1月6日ライヴー1

ドヴォルザーク:スラヴ舞曲第8番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、デジタル・コンサート・ホール・第1回中継)

ベルリン・フィルハーモニー・ホールでの演奏をインターネットで全世界に配信するという画期的な試みの第1回中継の特別演奏会です。冒頭のドヴォルザークは活気があって・いかにもリラックスした演奏です。流麗さが際立ったインターナショナルな演奏で・ひなびた民族色が乏しいのは仕方のないところかも知れませんが、テンポの遅い部分での木管の旋律はもう少し哀愁を込めて粘らせても良いのではないかと思いました。


○2009年1月6日ライヴー2

ブラームス:交響曲第1番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、デジタル・コンサート・ホール・第1回中継)

やや早めのテンポで流麗な印象が際立つ演奏です。ラトルの良さは叙情的な第2楽章に出ていると思います。響きも透明で軽い感じなので、ドイツ的な重厚な響きのブラームスを期待していると若干肩透かしのところがあります。両端楽章では低弦を効かせて重量感を効かせてくれないとベルリン・フィルでこの曲を聴く意味がないという不満は依然として残 らないわけではないですが、形式感覚よりも・動的な流動感を意識しているようで・旋律線の絡み合いのなかに陽光に照らされたような明晰さを感じさせる演奏はラトルとベルリン・フィルの今後の方向を示していると思います。ただし客観的で醒めた感じがどこかにあって・表現としてまだ発展途上という感じがするのも事実です。


○2009年2月13日ライヴー1

シューマン:ピアノ協奏曲

内田光子(ピアノ独奏)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

全体としてインテンポに近い感じで・あまりテンポを揺らすところがなく、オケの響きも淡い感じで・古典的な趣が強くなりました。その分、メランコリックな濃厚なロマン性が乏しいと感じられます。 この解釈にどちらが主導権を持っているのかは分かりませんが、内田光子もラトルもシューマンのロマン性を音の強弱で表現しようとしているように感じられます。確かにかっきりした印象 がありますが、鬱な気質に乏しいようで・音楽にもう少し粘りっ気が欲しいと思います。内田光子のピアノはタッチが力強く・クリスタルな粒立った音楽を聴かせますが、第2楽章など音楽の線がクリアなことが必ずしもシューマンのロマン性 にマッチしていないように感じられます。もっと揺れる感覚が欲しいところです。やはりシューマンには微妙なリズムの揺れが必要であると思います。第3楽章など構えの立派な演奏ですが、 若干古典的に重いようで・もう少し遊びが欲しいところです。


○2009年2月13日ライヴー2

シューマン:交響曲第4番(初版稿)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

その個性からしてもラトルが初版稿を採るのは十分納得できるところで、テンポをしっかり取った古典的な佇まいのなかに・ほのかに日差しが差し込むような明晰さ、ラトルの響きの軽やかさ・リズムの斬れが良い方に作用していて楽しめる出来になりました。全体に早めのテンポですが、中間楽章の瞑想的な旋律もメランコリックな情感のなかに沈んでいくのではなく・淡い光のなかに揺らめいて流れていくようでなかなか美しいですし、ここでちょっとテンポを落とすのも効いています。


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