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小沢征爾の録音(2000年〜)


○2000年1月2日ライヴ

マーラー:交響曲第2番「復活」

菅英三子(S)
ナタリー・シュトゥッツマン(Ms)
晋友会合唱団
サイトウキネン・オーケストラ
(東京、東京文化会館)

響きが透明で・美しく流麗なマーラーです。響きがこれ以上はないほどに磨き上げられていて、オケの水準は素晴らしいと思います。しかし、何と日本的なマーラーかと思います。マーラーの音楽のなかにある悩み・苦しみ・葛藤などのドロドロした要素はすべてキレイに浄化されて「許されてしまう」のです。旋律は情感たっぷりに歌われていて・どこにもケチつける要素はないのですが、ピリピリした緊張が感じられず・代わりに仏様のような柔和な微笑が感じられます。それで良しとする方にはこれでいいのですが、 何とも物足りない感じがします。一番物足りないのは第1楽章で重低音とリズムの斬れがなく、響きに血が飛び散るようなナマな感情が感じられません。第3楽章も同様で、この交響曲の転換点たるアイロニカルな意味を体現できていないと感じられます。第2楽章はひたすら美しいのですが、どこかムーディです。第4〜5楽章はその意味で日本的マーラーの世界です。すべての苦しみは死して許され・救われるという感じです。それも尊いと思いますが、マーラーの音楽はここには聞こえてこないようです。


○2001年3月5日ライヴー1

べートーヴェン:交響曲第2番

水戸室内管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

テンポが早くて・颯爽として斬れが良い演奏ですが、心に引っ掛かるところがありません。音楽がサラサラして・あれよあれよと言う間に音楽が先に行く感じです。オケは技術的には精度は高いですが、響きに潤いのないのは困り物です。高弦は力強いですが・響きは痩せていて、空虚な音の振動を聞いているような感じです。これはリズムの打ち込みが浅いせいでしょう。第1楽章冒頭から颯爽としていますが、早いテンポでたたみ掛ける感覚はスポーツ的な爽やかさです。第4楽章も同様に感じられます。


○2001年3月5日ライヴー2

ラヴェル:マ・メール・ロア

水戸室内管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

蒸留水のような無味無臭の音楽です。確かに響きは透明で・色彩感もありますが、香気がないのです。メルヒェン的なムードが乏しくて・ラヴェルのレントゲン写真を見ているようです。テンポは全体的に早めで・サラサラと音楽が進み、鳥の鳴き声などもリズムがピッタリ音楽にはまってしまって面白みなし。「パゴダの女王レドロネット」でもオリエンタルなムードもなく、サラッとしたものです。機械的に楽譜通りに音にして見ました・ように感じられます。旋律をもっと息深く歌ってもらいたいのです。


○2001年3月5日ライヴー3

プロコフィエフ:古典交響曲

水戸室内管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

この日の演奏会の曲目では・オケと曲との相性が良いのか・前の2曲と比べると見違えるような出来栄えです。前半テンポは心持ち遅め。ただし、リズムをしっかり打って・旋律をよく歌っており、音楽が生き生きしています。強いて言えば弦にもう少し柔らかさと艶が欲しいところです。第1楽章はちょっと遅めのリズム処理のなかに武骨でユーモラスな味があるのが面白く感じられました。第2楽章もゆっくりとしたテンポで旋律をよく歌っています。第3楽章のリズム処理も面白く感じられます。第4楽章は早めのテンポで見事に駆け抜けますが、ちょっとテンポが早過ぎで・音楽より技術先行の地が出た感じです。


○2001年9月10日ライヴー1

バッハ(マーラー編曲):管弦楽組曲第3番〜アリア

サイトウ・キネン・オーケストラ
(松本、松本市文化会館)

サイトウ・キネンの楽員の一人の追悼を込めて演奏されたということです。ゆっくりしたテンポでよく歌っていますが、艶めかしいほどレガートの掛かった滑らかな演奏です。多少ムーディに過ぎるところはありますが、追悼にはふさわしいかも知れません。


○2001年9月10日ライヴー2

ベートーヴェン:レオノーレ序曲第1番

サイトウ・キネン・オーケストラ
(松本、松本市文化会館)

日本のオケはベートーヴェンだと表情が引き締まる感じ。キビキビしたリズムと、トスカニーニ的な者シャープな造形で密度が高い演奏に仕上がりました。


○2001年9月10日ライヴー3

ベートーヴェン:交響曲第4番

サイトウ・キネン・オーケストラ
(松本、松本市文化会館)

シャープな造形で一気に走り抜けるといった感じの演奏です。C・クライバーが馬で駆け抜けるという感じならば、こちらはリニア・モーターカーという感じでしょうか。汗をかかずにスーッと走る感じです。気になるのはテンポの速さではなく、リズムの内が浅くて表情が硬いことです。サラサラと無味無臭の音楽に聴こえます。第1楽章展開部など弦の斬れの良さ・リズムの鋭さが耳につきますが、音楽にじっくり浸れる感じではありません。第2楽章はリズムのアタックが強過ぎます。この楽章でこれほど威圧感があり、醒めた印象の演奏を聴いたことがありません。第3・4楽章はリズム感があって活気があると言えるかも知れないですが、機能主義的な感じが鼻につきます。


○2001年9月10日ライヴー4

ベートーヴェン:交響曲第8番

サイトウ・キネン・オーケストラ
(松本、松本市文化会館)

第8番がリズム主体の交響曲であるとしても、この演奏はリズムの刻みが鋭過ぎる感じがします。全体にセカセカと急き立てられる世話しなさがつきまとい、ゆったり音楽を聴く気分にさせてくれません。早いテンポでシャープな造形はトスカニーニを想わせますが、トスカニーニはリズムをしっかりと打って、セカセカした感じはなかったと思います。第2楽章など機械の刻む律動を聞いているようです。後半・第3・4楽章もアクセントが強く、表情が硬く機能主義的な印象です。このオケにはどうも馴染めません。


○2002年1月1日ライヴ

ヨハン・シュトラウスU:行進曲「乾杯」、ワルツ「謝肉祭の使者」、ヨゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「おしゃべり女」、ヨハン・シュトラウスU:ワルツ「芸術家の生活」、ヨハン・シュトラウスT:「お気に入りのアンネン・ポルカ」、ヨゼフ・シュトラウス:ポルカ「前へ」、ヨハン・シュトラウスU:喜歌劇「こうもり」序曲、ヨゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「手に手を取って」、ワルツ「水彩画」、ポルカ・マズルカ「とんぼ」、ポルカ「おしゃべりなかわいい口」、ヨハン・シュトラウスU:常動曲、ヘルメスベルガー:悪魔の踊り、ヨハン・シュトラウスU:エリーゼ・ポルカ、ワルツ「ウィーン気質」、チック・タック・ポルカ、ヨゼフ・シュトラウス:ポルカ「飛ぶように急いで」、ヨハン・シュトラウスU:ワルツ「美しく青きドナウ」、ヨハン・シュトラウスT:ラデツキー行進曲

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

小沢はリズムを正確に取って・基本をしっかり守った指揮をしており、その真面目な態度が好感を持って受けとめられたと思います。現地での新聞評も概ね好評であったようです。ウィーン・フィルの響きもまろやかで、小沢のやや線の強い・シャープなリズム感も中和されたと思いますし、小沢も強引なドライヴをしないで・よくオケにまかせていたので、良い出来のコンサートになったと思います。ワルツはちょっとテンポ早めで・線の強い感じですが、これは小沢の個性として好意的に受けとめられたと思います。小沢の良さは早いテンポの行進曲やポルカに出ていたと思います。最初の行進曲「乾杯」はリズムが生き生きしていてなかなか良い出来です。ワルツ「謝肉祭の使者」は珍しい曲ですが、ウィーン・フィルの柔らかい弦の響きを生かして・伸びやかに旋律を歌わせていて・これも魅力的です。ワルツ「芸術家の生活」はちょっとシンフォニックに聴こえます。有名な曲ですから耳につくせいもありますが、若干線がきついようです。ワルツの旋律を回想する場面などはもっと切なさが欲しいと思うのです。ヨハン・シュトラウス父の「アンネン・ポルカ」は愛らしい出来。しっかりとしたリズムと、柔らかい響きがうまくミックスしています。ポルカ「前へ」もリズム感がありますが、小沢の若干線のきつい作りも曲に合っているようです。「こうもり」序曲はシンフォニックで・活気のある演奏です。しかし、線はきつめなので・小粋さとはちょっと異なる感じではあります。ワルツ「水彩画」はリズムはキビキビしていますが、やや線が強い感じです。「とんぼ」はユーモア感あってなかなか面白い出来。「おしゃべりなかわいい口」は活気のあるリズムで楽しい出来。常動曲もリズム感あって楽しいですが、ただ終わり方はもう少し工夫ある方がよろしいのでは。「悪魔の踊り」はヘルメスベルガーの珍しい曲ですが、シンフォニックかつダイナミックなオケの動きが楽しめて、今回のコンサートではこれが一番の出来でしょう。ワルツ「ウィーン気質」と「美しく青きドナウ」はテンポ早めで・線が強く・ちょっとシンフォニックな感じがします。


○2003年6月29日ライヴ−1

ガーシュイン:パリのアメリカ人

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ヴァルトビューネ野外音楽堂、)

「ガーシュイン・ナイト」と題されたコンサート。ベルリン・フィルのジャズのスイング感を期待することはないですから・そう思って聴けば、響きはゴージャス・柔らかくて・色彩は淡く、実に上品でソフィスティケートなガーシュインです。小沢はベルリン・フィルの個性をよく生かして・無理な要求はぜず、それがいいのです。とても楽しめる演奏になっていると思います。


○2003年6月29日ライヴ−2

ガーシュイン:ラプソディー・イン・ブルー(マーカス・ロバーツ編曲)

マーカス・ロバーツ・トリオ
マーカス・ロバーツ(ピアノ)
ローランド・ゲリン(ベース)
ジェイソン・マルサリス(ドラム)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ヴァルトビューネ野外音楽堂、)

マーカス・ロバーツガピアノ・パートを中心に意欲的なジャズ・セッションを挿入しています。ベルリン・フィルについては同日の「パリのアメリカ人」と同じことが言えますが、この柔らかい趣味の良いオケの響きに、マーカス・ロバーツ・トリオの斬れの良い自由自在のジャズの動きが重なると、その色合いのギャップが現代音楽的な面白さを生んで・不思議なマッチングを示します。これも出過ぎることなくソロを前面に立てた小沢のサポートの巧さというところでしょう。


○2003年9月10日ライヴ

ブルックナー:交響曲第7番(ノヴァーク版)

サイトウ・キネン・オーケストラ
(松本、松本市文化会館)

サイトウ・キネンのブルックナーというとメカニックな硬さが前面に出ないかと危惧しましたが、大違いでした。これは小澤とサイトウ・キネンの演奏のなかでも最も良い演奏ではないかと思います。いつもは硬くで潤いのないサイトウ・キネンの高弦がこれほど澄み切って聴こえたことはなかったような気がします。流れ出る音楽が 清冽な小川のように透明で自然に感じられます。テンポ設定はどことなく小澤の師であるカラヤンを想わせます。特に第1楽章がそういう感じがするのは、音楽の進行につれて響きの色合いが微妙に変化していくことで・これこそカラヤンのブルックナーの真髄でありました。これを小澤は完全にものにしています。第2楽章は透明な響きでゆったりと息深い表現を作っています。サイトウ・キネンは低音があまり強くない感じで・これは全体的には良い方に作用していると思いますが、第3楽章スケルツオはその分軽めになった感じ がします。


○2003年12月5日ライヴ

ワーグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」

ニーナ・シュテンメ(ゼンタ)、フランツ・ハブラタ(ダーラント)
ハルク・シュトルクマン(オランダ人)、トルステン・ケルル(エリック)
ウィーン国立歌劇場管弦楽団・合唱団
(ウィーン、ウィーン国立歌劇場)

ウィーン歌劇場音楽監督である小沢のプレミエ公演。一幕形式の上演です。足取りが確かで・リズムをしっかりと刻んで、素朴な力強さが感じられる音楽です。旋律が流麗ではなく・訥々と歌われる幹事に小沢の人柄が出ているようでもあります。オケの響きは全体的に明るめで、旋律が大事にされているという印象です。一方、低音は抑え気味で暗い情念が渦巻くという感じのワーグナーではないようです。ハブラタのダーラントが力強い声の響きでなかなか聞かせます。


○2004年2月15日ライヴー1

R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

古典的にしっかりと規格を守ったR.シュトラウスで、手堅く・申し分ない出来だと思います。響きをあまり厚くせず・木管の抜けが良い軽い響きであるのが成功しています。その分スケール感は小さくなったかも知れませんが、構成は引き締まったと思います。中間部の静かな叙情的な場面においても、あまり耽美的にのめり込むことなく・客観性を保った感じであるのも良いと思います。


○2004年2月15日ライヴー2

マーラー:リュッケルトの詩による5つの歌曲

トーマス・クヴァストホフ(バリトン)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

クヴァストホフは声量豊かで声がよく伸びて聴かせます。ちょっとオペラチックな感じもしますが、その爽やかで明るい声質は前半の三曲(ほのかな香りを・美しさを愛するなら・私の歌を覗き見しないで)で生きています。一方、後半の2曲(真夜中に・私はこの世に忘れられ)では若干歌い過ぎるようで、楽観的な感じがします。沈痛で厭世的な印象が弱く、深みがいまひとつです。小澤のサポートは手堅く、オケの響きが重くならないのが良いと思います。


○2004年2月15日ライヴー3

シェーンベルク:交響詩「ペレアスとメリザンド」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

響きの色合いより線を重視した演奏に思えます。その意味では聴き易く、世紀末的な揺らぎ・不安定さをあまり感じさせず・むしろ古典的な佇まいを見せるのはそのせいかと思います。ウィーン・フィルの響きがあまり重くならず・色彩がよく分離して軽い味わいになっているところに、小沢の意図がよく出ていると思います。


○2006年9月11日ライヴー1

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」

内田光子(ピアノ独奏)
サイトウ・キネン・オーケストラ
(松本市、松本文化会館)

内田光子のピアノは打鍵が力強く、ダイナミックで、特に第1楽章ではベートーヴェンの意志的な強さがよく表現できていて感嘆させられます。第2楽章の涼やかな抒情性の表現も見事です。全体の出来としてはこの2楽章がとても良いと思います。小澤はオケを鳴らし過ぎで、ソロと張り合うような感じが時々ありますが、特に第3楽章は、勢いにまかせてせっかくのピアノを押さえつける感じになっています。いつもながらサイトウ・キネンはリズムは斬れますが、響きにコクがなく、特に高弦が強過ぎなのが気になります。


○2006年9月11日ライヴー2

ショスタコービッチ:交響曲第5番

サイトウ・キネン・オーケストラ
(松本市、松本文化会館)

サイトウ・キネンの線が強い機能主義的なオケにはショスタコービッチは似合うかと思いましたが、第1楽章や第4楽章でリズムの斬れにその片鱗は見せますが、全体的に響が神経質的に痩せて聴こえて、キンキン響いて、居心地があまり良くありません。第2楽章スケルツオも小沢ならば、マーラ―のパロディとしての諧謔味がもっと出せそうに思いますが、真面目過ぎて面白くありません。第3楽章ラルゴでは、サイトウ・キネンの高弦の強い響きが青白い光を放つようで、唯一このオケの良さが出ているようです。第4楽章に入って音楽にリズムが前面に出て来ると、俄然勢い付くのもこのオケらしいところですが、もう少し手綱を引き締めた方が良いかも。


○2008年1月23日ライヴ

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ヘルベルト・フォン・カラヤン生誕100年記念演奏会)

カラヤンと小沢との師弟関係については改めて触れるまでもないですが、ベルリン・フィルとのカラヤン生誕100年記念演奏会を任されるのは小沢にとっても名誉あることだと思います。演奏はさすが素晴らしい出来ですが、それだけでなく・これまでの小沢の演奏ともちょっと違う熱っぽさと粘っこい印象を感じさせたのは、あるいはカラヤンという要素が 指揮者にもオケにも作用しているのかも知れません。テンポを遅めにとって、特にテンポが遅い場面・第1楽章の第2主題や・第2楽章あるいは第4楽章において旋律をじっくりと・まるで慈しむように弾いていくところ、さらに旋律が高まっていくところで熱いうねりの力を感じさせるところなど、ハッと思わせるところがあります。そういう意味で深 い味わいがある第2楽章が特に素晴らしいと思いました。これに続く第3楽章はテンポを押さえて渋く取って、ともすれば機能全開になるところをグッと手綱を引いたのも正解であると思います。この 重みのある中間2楽章がよく効いて、全体が聞き応えのする演奏に仕上がっています。これは小沢にとっても記念碑的な演奏のように思われます。ベルリン・フィルもいつになく気が入った熱い演奏を展開しています。


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