メータの録音 (1991年〜 )
ベートーヴェン:エグモント序曲
ニューヨーク・フィルハーモニック
(ニューヨーク、カーネギー・ホール、カーネギー・ホール100周年記念コンサート)テンポ遅めで恰幅はいいけれど、響きが薄いと感じられます。冒頭から締まらない、タメのない響きです。特に高弦は音が硬くてキンキンして聴こえます。表現は流麗ですが、内から突き上げてくるものがあまり感じられないようで、テンポの速い部分と遅い部分が交錯するのに表現の変化がついておらず 、ダラダラと音楽が流れるようです。
チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲
ムスティラフ・ロストロポービッチ(チェロ独奏)
ニューヨーク・フィルハーモニック
(ニューヨーク、カーネギー・ホール、カーネギー・ホール100周年記念コンサート)ロストロポービッチの独奏は実に見事で、哀愁を帯びた旋律を訥々と歌い上げ、その真摯な感じがとても心を打ちます。メータの伴奏もロストロポービッチに巧く合わせており、独奏チェロとの旋律の絡み合いが息が合って・素晴らしい出来になりました。
モーツアルト:ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲〜第1楽章
五嶋みどり(ヴァイオリン独奏)
ピンカス・ズーカーマン(ヴィオラ独奏)
ニューヨーク・フィルハーモニック
(ニューヨーク、カーネギー・ホール、カーネギー・ホール100周年記念コンサート)
五嶋みどりのヴァイオリンが硬い。旋律の歌いまわしにしなやかさと、もっとニュアンスが欲しいと思います。豊かな響きのズーカーマンのヴィオラと絡み合う面白さがなく、自分だけで弾いているような感じで、これでは音楽も愉しさは生まれてきません。メータの指揮するオケがこれまた響きが硬くて粗く 、いただけませせん。
ブラームス:ヴァイオリンとチェロの為の二重協奏曲〜第1楽章
アイザック・スターン(ヴァイオリン独奏)
ヨー・ヨー・マ(チェロ独奏)
ニューヨーク・フィルハーモニック
(ニューヨーク、カーネギー・ホール、カーネギー・ホール100周年記念コンサート)
ソロふたりはやや旋律の歌い方が直線的で硬い感じがしますが、音のぶつかり合いはさずがに気合いが入っているようです。全体にオケの響き・特に高弦が硬い感じで、ブラームスのぶ厚い響きが聴けないのは不満に思えます。同じ日なのにレヴァインが振っている時よりメータのが振る時にオケがキンキンして聴こえるのは、メータにかなり問題がありそうです。
オルフ:世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」
スミ・ジョー(ソプラノ)、ヨッヘン・コワルスキー(アルト)、ボー・スコウフス(バリトン)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
ロンドン・フィルハーモニー合唱団、サウスエンド少年合唱団
(ロンドン郊外・スネイプ・モールティングス、米テルデック・スタジオ録音)中世民衆の詩を借りた擬古典的な作品ですが、この曲が現代音楽である所以はやはりその鋭敏なリズム感覚、ダイナミックな音響スペクタクルにあるのでしょう。メータのリズム処理は角がとれて滑らかで、後味は良いのですが・この曲本来の猥雑で粗野な感じが遠のいてしまっている感じがします。合唱は第1曲・第3曲など中世ドイツ語の子音の発声に鋭さを欠き、品がよろし過ぎて・この曲の生命力が失われてしまっているようです。独唱陣は粒が揃っていますが、特にスミ・ジョーの伸びやかで・さわやかな歌唱は魅力的です。
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
五嶋みどり(ヴァイオリン独奏)イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団(テル・アヴィヴ、フレデリック・R・マン・オーディトリアム、ソニー・クラシカル・スタジオ録音)
五嶋みどりのヴァイオリンはテクニックは十分ですが、やや線が細くて、スケールがこじんまりとしてしまった感あり。第1楽章の主題などもう少し旋律の歌いまわしに膨らみを持たせて欲しいと思います。しかし、リズムカルな第3楽章になるとそのテクニックは一段と冴えてきます。メータの指揮は可もなく不可もなしと言ったところ。恰幅の良さはあるのですが、もう少し表現に締まりが欲しいところです。北欧の冷たい空気・震えるようなロマンティシムズを感じさせるには至っていません。
ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」序曲
ベルリン・フィル・ヨーロッパ・コンサートの冒頭プロです。テンポを遅めにとったオーソドックスで安心して聴ける演奏です。残響が長めのこのホールでは、このような遅めのテンポが良く合います。ベルリン・フィルはいかにもドイツのオケらしい重厚な響きですが、細部の表現にはもう少し冴えが欲しいところです。
モーツアルト:交響曲第40番
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
(ケルン、フィルハーモニー・ホール)テンポをゆったりとって・セカセカしたところがなく、構えに余裕が感じられる大家の芸という感じのするモーツアルトです。安心して聴ける、いわゆる神童イメージのモーツアルトです。まずオーケストラの弦が柔らかく、全体の響きが暖かなのは魅力的です。テンポは心持ち遅めですが、この曲の翳りのある哀しみ・あるいは厳しさというよりも、ちょっと甘めのロマンティックな感じがします。スタイルとしてはやや古めかしさを感じなくもありませんが、じっくりと熟成した音楽の時間を感じさせます。その意味で前半2楽章が素敵な出来だと思います。
チャイコフスキー:交響曲第5番
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
(ケルン、フィルハーモニー・ホール)同日のモーツアルトはなかなか良い出来でしたが、こちらはいただけません。チェリビダッケ(当時存命)に染まりきった超遅めのテンポで、ねっとりと濃厚に描く音絵巻がまるでチャイコフスキーではないと思います。第1楽章冒頭から旋律が歌い出さず・観念だけが停滞したような感じ。深刻には聴こえますが、かなり独善的な表現です。オーケストラはチェリビダッケの遅いテンポに慣れているのか 、このテンポにも緊張感を保っているのはさすがです。高弦のつややかで澄んだ響きに美しさを感じさせますが、上辺だけの奇麗さのような印象があります。その意味で前半の2楽章はかなり不満が残ります。少しテンポが早めになる後半はまだしもですが、やはりテンポが遅くて楽しめません。
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(フィレンツェ、ヴェッキオ宮殿・1500年代の間)若い頃の溌剌としたメータと違って、近年のメータは丸くなって芸風が巨匠風になってきて、鋭さがなくなって・物足りなさを感じさせることが多いようです。この「ペトルーシュカ」でもどこか角が取れた口当りで、もう少し刺激的なリズムと色彩が欲しいような気がします。ベルリン・フィルは若干リズムが重めで反応が鈍くて、ところどころアンサンブルが乱れる感じなのも珍しいことです。「謝肉祭の市場」などリズムと色彩の洪水というよりは、やや渋い色調の絵を見る感じです。やはりベルリン・フィルはドイツのオケだなと変なところで感心させます。残響が長めで・本来がコンサート用とは言えないこの宮殿で、この曲はちょっと似合わないのではないでしょうか。
ドヴォルザーク:スラブ舞曲・ト短調・作品46−8
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(フィレンツェ、ヴェッキオ宮殿・1500年代の間)当日のアンコール曲目。民族色豊かとは言えませんが、冒頭部はリズムが斬れていてなかなか聴かせます。本プロのストラヴィンスキーから一転して、このドヴォルザークではベルリン・フィルの響きがよく似合うのが面白いところです。中間部のテンポにもうすこし緩急をつけて、いまひとつ哀愁がこもればいい演奏になったと思います。
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
ギル・シャハム(ヴァイオリン独奏)
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ベルリン芸術週間)
ギル・シャハムのヴァイオリンはやや線が細く、中低音にふくらみが欠けるのが難ですが、テクニックが十分で、高音に張りがあるのが魅力ですが、どちらかと云えば現代曲向きかもしれません。ぶラムスであると、音楽がやややせて聴こえる感じです。もう少しテンポを遅くしても、息を長く保って旋律を歌い上げる技術が必要でしょう。テンポをやや速めに取った第1楽章は、その点でメータのサポートを生かせておらず、十分なスケール感を表出できていませんし、第2楽章はさらに不満を感じます。メータの指揮は構えの大きいサポートで、オケを余裕を以て鳴らしています。その点は良いのですが、リズムの打ち込みの不足に原因があると思いますが、もうちょっと表情にピリッとした締りが欲しい気がします。
ブラームス:交響曲第2番
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ベルリン芸術週間)
メータは全体のテンポを遅めに取って、構えの大きな演奏をしています。一聴して巨匠風と云うか、オペをゆったりとドライヴしており、泰然としたスケールの大きさが備わっているところが、まず良い点です。しかし、聴いていてあまりワクワクしてこないのです。全体に表情に締りが欲しい。音楽の内的な推進力に乏しく、構えの大きさに頼っている感じなのです。つまりはリズムの打ち込みの不足に不満があるということです。テンポが微妙に伸縮すること自体は悪いことではないですが、テンポが遅くなった時に緊張感が弱まり、浅いロマンティシズムに墜したようなところが散見されます。その意味において第1楽章は、この曲のパストラルな明るい風情が出ていて良いと云えますが、第4楽章などはもう少し表情に冴えが欲しいと思います。
ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ベルリン芸術週間)
当日のアンコール曲目。ブラームスで感じられた不満が、旋律の直截的な力の爆発が必要なヴェルディでは露わになる感じです。構えの大きさばかりを気にして、カンタービレに力感がなく、オペラティクな感興い乏しい演奏です。
マーラー:交響曲第3番
フローレンス・クイヴァー(アルト)
エルンスト・ゼンフ合唱団
ベルリン放送児童合唱団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)タップリとしたテンポで、スケール大きくマーラーの世界を描き出し、近年のメータの成熟を納得させる名演になりました。このところのメータは、外面的なスケールは大きくグラマラスで恰幅の良い演奏はするものの、内面的な充実について不満を覚えることが多かったのですが、このマーラーの3番はメータの得意曲でもあるし、見事な出来だと思います。旋律を息長く歌って、自然と音楽のゆったりした大きさが出ています。その点で第2・3楽章は量感たっぷりで出色の出来です。まだ第1・6楽章においては、ともすれば構成が散漫になりかねないこの交響曲を手堅く引き締めています。ある意味においてはメータの解釈は健康的で、マーラーの精神の軋みを感じさせないということは云えるかも知れませんが、これだけ重量感があって聴き応えすると、そういう不満はとりえあず横に置きたくなります。ベルリン・フィルは全力でメータの棒に応えており、ベルリン・フィルがこれだけ思い切り鳴るのもそうあることではないと思います。
ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)「夜明け」はテンポを遅めに取り・じっくりと旋律を歌い上げます。ラヴェルらしからぬ濃厚な粘りがあるのが面白いところですが、そこがウィーン・フィルならではでしょう。ラテン的な香気が立ち上るのではなく、明るく柔らかい光がほのかに差し込んでくる感じ、これも悪くありません。「全員の踊り」はリズムの立ち上がりが遅いオケなので、ダイナミックな動感の点でいまひとつなのは仕方がないところ。
モーツアルト:交響曲第38番「プラハ」
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)テンポ設定が無理なく、自然と音楽の器の大きさがにじみ出てくる感じで、優雅さのなかにもゆったりとした恰幅の大きさがある演奏です。メータの成熟を感じさせる出来です。第3楽章はちょっとリズム重めで軽やかさに欠ける面がありますが、ウィーン・フィルの豊かな響きが魅力的です。第1楽章が特に良い出来です。テンポは遅めですが旋律が息深く歌われていて、スケールが大きく・しかも表情が優雅です。
モーツアルト:フルート協奏曲第1番
ヴォルフガング・シュルツ(フルート独奏)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)ショルツのフルートは温かい音色で優雅なソロを聴かせてくれます。テンポはゆったりと遅めで、ウィーン・フィルの柔らかな響きをよく生かして、気品ある音楽に仕上がっています。
ドビュッシー:夜想曲〜雲・祭り
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)「雲」はテンポを遅めにとって、ウィーン・フィルの柔らかい響きをよく生かしていて、興味深い出来です。「祭り」はリズムが重めなので・ダイナミックなオケの動きという点では仕方ないところはありますが、重量感があります。
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番
エフゲニー・キーシン(ピアノ独奏)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモ二ー・ホール)全体にテンポを遅めにとって・旋律をゆったりと歌わせて、その哀愁を込めた歌い方のなかに独特の粘りと重みが感じられます。実は第3番はヴィルトゥオーゾ・コンチェルトという印象が強かったのですが、この演奏を聴きますと第2番と共通したメランコリックな要素が強いのであるなあと改めて思いました。キーシンは打鍵が強いのは良いのですが・若干音に濁りが感じられるようで 、もう少し響きがクリスタルだと味わいが増すと思いますが、テクニック的には十分です。キーシンの良さはロシア的な哀愁に満ちた第1楽章に生きていたと思います。メータの指揮はキーシンを巧くサポートして・スケール大きくまとめました。第3楽章も独特の重みと粘りを持っており、フィナーレもじっくりとテンポを抑えた余韻を含んだ終わり方はなかなか良いと思いました。
ブルックナー:交響曲第8番(ノヴァーク版)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(東京、サントリー・ホール)ウィーン・フィルをそつなくまとめた手堅い出来です。ウィーン・フィルの響きは透明で明るく、全体に柔らかい無理のない表情を引き出していることに好感が持てます。旋律線を重視した・音楽の流れが良い演奏で、重い印象を与えないのは良いと思います。メータは無理にテンポを揺り動かすようなことをせず、ごく自然にウィーン・フィルの自発性を引き出しているのもメータの手腕を感じさせます。ただ第3楽章だけはややテンポが遅めで・響きに頼りすぎのような感じがあり、オケが流れを持ち切れない場面があるのが残念です。しかし、両端楽章ではオケを十二分に鳴らしきっており、スケールの大きい演奏になっています。
R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)特に前半が素晴らしく、テンポ早めに颯爽とした印象は、如何にもシュトラウスの魅力たっぷりという感じです。愛の情景の場面は、ウィーン・フィルの弦の柔らかさが魅力的です。しかし、後半はややテンポが落ちて微妙に伸縮する場面があって、緊張感が緩む感じがします。後半にはもう少し寂寥感が欲しいと思います。
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
マキシム・ヴェンゲーロフ(ヴァイオリン独奏)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)ヴェンゲーロフは硬質の音色で、テンポをやや速めにとってキビキビした表現で、緊張感もあって良い演奏だと思いますが、小振りにまとめたような感じがあるのは、伴奏のメータとの間に丁々発止といった火花散る場面が少ないせいでしょう。逆に云えば、それだけ指揮者とソリストの息が合っているということなのでしょうか。出来は、引き締まった表現の第3楽章が良い。第2楽章はちょっと音楽がもたれる印象があります。
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)バルトークのこの曲ももうすっかり古典化したなあという感慨を呼び起こすような演奏です。先鋭的な印象は後退して、かと言ってオケの名人芸を展開する機能主義的な演奏でもなく、ゆったりと丸みを帯びた、構えの大きい落ち着いた演奏に仕上がって言います。如何にもウィーン・フィルのオケ・コンという感じは別に悪いことではないかも知れませんが、いささか手慣れた感じが前面に出過ぎて、この曲のザラザラした感覚は削げ落ちてしまって、問題意識に欠ける演奏だと思います。その点が物足りなく感じます。抒情的な「忘れられた間奏曲」は郷愁を帯びて響き、ウィーン・フィルの美点が出ていると思います。
モーツアルト:オーボエ協奏曲
マルティン・ガブリエル(オーボエ)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)メータはモーツアルトを柔らかく・優雅に歌わせるツボをよく心得ているようです。リズムの刻みが軽やか・かつ柔らかで、旋律がゆったりと伸びやかに歌われています。ウィーン・フィルが実に心地よく音楽を奏でているように思われます。こうしたモーツアルトは昨今は古いタイプのモーツアルトなのかも知れませんが、安心して聞けるモーツアルトなのです。ソロのガブリエルはウィーン・フィル団員ですが、いかにも家庭的な雰囲気なのもここでは良しです。
マーラー:交響曲第1番「巨人」
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)メータは若き日の颯爽としたイメージとは違って、構えの大きな巨匠風の芸風に変化しており、モーツアルトでは感心しましが・マーラーではもう少し表現に冴えが欲しいと思うところがあります。良い点はゆったりとした器の大きさがある点で、オケを自発的に大きく歌わせていることです。ワルターのマーラーに近い感じで、音楽が丸いのです。第1楽章冒頭は暖かい朝靄もかかった森の情景を思わせます。しかし、その一方で森の奥に潜んで・うごめいている暗黒世界を垣間見させるところにまでは至りません。第2・第3楽章などではどこか歪んだ感情が見えると思いますが、そういうところも暖かくまろやかなものになってしまっているようで、そこがちょっと物足りないところです。しかし、第4楽章中間部の叙情的な表現などやすらぎを感じさせる実に美しい表現だと思います。
ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」
マルティン・ガントナー(オットーカール:バリトン)
アルフレート・クーン(クーノー:バス)
ペトラ・マリア・シュニッツァー(アガーテ:ソプラノ)
ドロテア・レシュマン(エンヒェン、ソプラノ)
エッケハルト・ウラシア(カスパール、バリトン)
ペーター・ザイフェルト(マックス、テノール)他
バイエルン国立歌劇場管弦楽団・合唱団
(ミュンヘン、バイエルン国立歌劇場、1998年シーズン・オープニング)1998年よりバイエルン国立歌劇場音楽監督に就任したメータのオープニング公演です。当初はアガーテにチェリル・スチューダーが予定されていました。ドイツ民族オペラの先駆である本作をオープニングに選んだことにもメータの意気込みを感じさせるものがあります。メータはテンポに余裕が出て・ゆったりと恰幅の良い音楽を奏でるようになってきていますが、ここでの演奏も良く言えば巨匠風、悪く言えばちょっと丸い感じです。序曲ではまだエンジンが温まっていない感じがあって・遅めのテンポをオケが持ち切れていないようなところがありますが、ドラマが進むにつれて音楽が熱くなっていきます。メータの音楽はスケールが大きく 、ドイツの暗い森を想像させる奥行きの深さをよく出しています。狼谷の場面は遅いテンポで緊迫感をよく出しています。歌手は粒揃いですが、急遽抜擢のシュニッツァーのアガーテは爽やかな印象で好演。
ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第2番
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)さすがメータとウィーン・フィルと云うべきか、実にベートーヴェンらしい響きがしています。重いというのではなく、やや暗めでしっとりとした艶のある響きです。最近はこういう響きのベートーヴェンになかなか出合いません。特に前半の緊張感のある抑えた表現が秀逸。弦の暗めの響きのなかに浮き上がる木管が実に美しい。後半はオケを一気に開放して、スケールを大きく締めます。安心して聴ける、まさに巨匠の芸。
ヒンデミット:交響曲「画家マチス」
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)骨太い印象がする聴きごたえのある演奏です。がっちりとした構成力を感じさせ、古典的な重い印象を聴き手に与えます。第1楽章「天使の合奏」はウィーン・フィルの落ち着きある色調が生きています。第3楽章「聖アントニウスの誘惑」でもリズムの打ちを重くして、どっしりした印象がして、なかなかのものです。
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
ダニエル・バレンボイム(ピアノ独奏)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)
バレンボイムは渋い音色で打鍵が力強く聴かせますが、このところ指揮に時間が取られているせいか、全体に演奏が粗い感じがします。ミスタッチも散見されるし、それよりも気になるのは響きに濁りが感じられて、透明感が乏しいと思われる点です。これはかなり気になります。しかし、バレンボイムは長年メータとは仲が良く、共演も多いですから(ただしウィーン・フィルでの共演は初めてのようです)、息はぴったり合っており、がっちり四つに組んだ時の熱気はさすがです。テンポを若干お染にとっており、メータの伴奏は骨太いスケールが大きい見事なものです。伴奏はウィーン・フィルからブラームスらしい重厚な響きを引き出して、文句の付けようのない出来です。第1楽章ではピアノ付き交響曲の風格が感じられます。圧巻は第3楽章で、バレンボイムの独奏と相まって火花が飛び散るような迫力のある演奏を聴かせます。
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)
メータらしく、テンポに余裕を持たせてオケをたっぷり鳴らせた演奏です。時に表現にシャープさが欲しい箇所もあるが、リズムを主体にした曲であるし、同日の第2交響曲のような重ったるい演奏にはなっていません。分厚い響きでスケールが大きい演奏に仕上がっています。
ブラームス:交響曲第2番
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)
全体にテンポを遅めに取って、ゆったりと旋律を歌わせて行きます。低音の充実したブラームスらしい響きであり、ベルリン・フィルを余裕を以て歌わせ、巨匠風のスケールの大きい演奏に仕上がっていますが、現在のメータの特質の良さも悪さも出ている演奏だと思います。大きな身体をもてあましている感じで、リズムの重さを深い息を以て持ちきれていない。表現にもっと冴えが欲しい。特に前半の2楽章が重い印象で、旋律が伸びた感じで緊張感がいまひとつです。後半はリズムが乗って来て、調子を持ち直します。乗ってくるとさすがにメータの表現はスケールが大きく聴かせます。第4楽章はオケを鳴らし切った良い表現になっており、この調子で前半も行って欲しかったと思います。