カラヤンの録音(1984年1月〜6月)
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、DGスタジオ録音)カラヤンの数ある「悲愴」の録音のなかで全体の解釈は大きく変化しているわけではありませんが、ウィーン・フィルを起用したこの録音では若干趣が変化して、表現は 温かみのある優美なものになっています。それはもちろんウィーン・フィルを起用したせいもありますが、表現の奥底に微妙な感情の綾が見えるような不思議な輝きを感じ るのです。これは晩年のカラヤンの特徴をよく示しています。このスタジオ録音を聴いていると、 感情がナマに出るような表現をうまくコントロールして繰り返し聴くに耐える・より普遍的な表現を求めようとするカラヤンの理性の 微妙な働きがよく分かります。第1楽章はスケール大きいなかにも繊細な表現ですが、決してメランコリックではありません。第4楽章も実に息の深い表現ですが、絶望に打ちひしがれることはない。どの部分を聞いても旋律は震えるように繊細そのもの、しかし過度に熱くなったり・涙を潤ませて表現が安っぽくなることは決してないのです。晩年のカラヤンはそうした理性のコントロールの箍 (たが)をやや緩める方向に向かっていたと思いますが、ここではそれが絶妙にバランスされて味わい深い名演になりました。
○1984年1月25日、26日、28日、29日
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、DGスタジオ録音)全体の設計の見通しがよく、すみずみまでよく整理された演奏に仕上がりました。ベルリン・フィルの透明感のある響きがしずみずしく、生気のある表現を作り出しています。特に前半が推進力があって素晴らしいと思います。第1楽章はやや早めのテンポですが、スコアに記されたことを十全な形で音にしたような無駄のない表現です。「英雄」のイメージにとらわれることなく・どこかもでも純器楽的な表現なのです。このことは第2楽章でも言えます。葬送行進曲の重さと悲愴感ではなく・音楽は決して重くはならないのですが、sこから透明な情感が湧き上がってきます。第3〜第4楽章はリズム感が良く、オケの流れがスムーズであり、スケール十分な演奏に仕上がっています。
ベートーヴェン:交響曲第1番
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、DGスタジオ録音)録音はホールの響きを多めに取り入れており、大編成オケらしい厚みのあるベルリン・フィルの弦が艶やかに聞こえます。第1楽章序奏はテンポはゆったりと遅めで、ロマン的で優雅な印象がします。展開部も決してテンポを急くことなく、全体にこの曲をハイドン後期の交響曲の系譜上にとらえた感じです。若々しいといよりは成熟した美しさという感じがします。第4楽h層もゆったりとした流れが実に美しく感じられます。
○1984年2月18日・19日-1
ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、DGスタジオ録音)情感のうねりを大きくつかんだ名演です。しかも旧来のワーグナー演奏のようにドロドロせずに、独特の透明感を持ちながら聴き手を巻き込んでいく のです。その熱さは、熱いけれども決して聴き手を焼き尽くすことのない炎のように感じられます。ベルリン・フィルの高弦のしなやかで艶のある響きは魅力的だと思います。旋律を息長くとらえ、ゆったりとしたテンポで聴き手の呼吸を鎮めるかのように静寂のなかに曲を納めるフィナーレは特に印象的です。
ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲とヴェヌスベルクの音楽
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、DGスタジオ録音)後期の「トリスタン」に通じる官能性を感じさせつつ、前期のワーグナーの簡素さ・力強さをしっかりと持っており、オペラの序曲らしいオペラティックな感覚とドラマ性を感じさせます。前半の序曲部分では巡礼の旋律などにしっかりした音楽の歩みが感じられ、後半ヴェヌスベルクの場面においては・一転して色彩的で・ダイナミックなリズムの饗宴となり、その対照の妙が素晴らしいと思います。
ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第3幕への前奏曲
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、DGスタジオ録音)ゆったりしたテンポで、ベルリン・フィルの渋く深い金管の響きが素晴らしく、深い精神的世界に引き込まれていく感じがします。
ベートーヴェン:交響曲第2番
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、DGスタジオ録音)同年1月27日の第1番の録音と同じく・響きをたっぴり録っており、ふっくらした表情が優雅で・ロマン的な印象があります。ベルリン・フィルの弦が艶やかに響きます。テンポはゆったりとしており、テンポは急くことなく・じっくりとした流れを大切にしている感じです。その良さは両端楽章によく出ています。
チャイコフスキー:交響曲第5番
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール、独グラモフォン・スタジオ録音)ベルリン・フィルとの演奏ではカラヤンの手綱さばきがオケを御している感じがありましたが、この録音ではウィーン・フィルの自発性に任せる感じが若干見えます。その分、造形に余裕が出ていて・リズムの取り方にも微妙な揺れが出ているようです。ベルリン・フィルとの演奏では中間2楽章のずっしりとした重みが印象的でしたが、ここでは軽いというのではないですが・テンポをちょっと速めにして・味付けをあっさりさせた感じがします。オケの響きがベルリン・フィルと比べれば明るめで柔らかいことが印象を分けているのかも知れません。
ヴィヴァルディ:合奏協奏曲「四季」
アンネ・ゾフィー・ムター(ヴァイオリン)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ホーフブルク王宮・ツェレモニエン・ザール、EMI・スタジオ録音)録音のせいもあると思いますが・ムターのヴァイオリンを前面に立てた演奏で、普通の「四季」の演奏よりもソリストの個性が強いように思われます。それだけ協奏曲的要素が強くあり、ロマンティックな色合いが強くなります。ムターのヴァイオリンは色彩が濃厚でグラマラスですが、表情を実に細やかに弾き込んでいます。ただ「冬」第2楽章の終わりでテンポを揺らすのはちょっと気になりました。ウィーン・フィルは低弦のよく効いた響きで、「夏」や「秋」の第3楽章などでそれを強く感じます。総じてテンポはオーソドックスですが、「春」や「秋」の第1楽章は若干テンポが早めに感じられます。