カラヤンの録音(1982年1月〜6月)
1982年4月30日:ベルリン・フィル創立100周年記念コンサートを指揮。曲目はモーツアルト:交響曲第41番「ジュピター」、ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」。
R.シュトラウス:交響詩「死と変容」
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、DGスタジオ録音)カラヤンの表現は実に素晴らしいと思います。造形がシェープされていて、前半の抑えた表現から中盤の盛り上げに持っていく設計の巧さ、ダイナミクス大きさなども申し分ないと思います。 カラヤンのR.シュトラウスの演奏は響きを空間に満たすといよりも、旋律線を大事にして・音楽の骨格がスッキリと見えてくる音楽作りです。テンポはやや速めに取って・音楽は決して粘らないのですが、その訴えかけるものは重いと感じられます。ベルリン・フィルの響きは十分に練り上げられて、実に素晴らしいと思います。終盤のピアニシモも余韻が感じられ て・強い感銘を与えます。
ハイドン:交響曲第94番「驚愕」
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、DGスタジオ録音)モダン・オーケストラによるカラヤンのハイドンは厚みのある響きと柔らかい節回しで、ロマンティックな優雅な香りを漂わせています。音楽が暖かく息付いていて・安心して身を任せられる心地良さがあります。第2楽章を聞くと、カラヤンはよく言われるハイドンのユーモアや機知というような要素より・後のロマン派につながる音楽的要素に視点を置いているように思われます。しかし、この曲はもともとロマン的解釈に向く曲のように思うので、この演奏もふくらとしてロマン的には聞こえますが・決して重ったるい感じはありません。第1楽章の序奏アダージョでの重い感じにカラヤンのハイドン観がよく出ているように思いますが、主部に入ると音楽は心地よく躍動して・その重さが効いて来ます。第3楽章メヌエットもモダン・オーケストラではとかくリズムが重くなり勝ちですが、ここでのベルリン・フィルはあくまで優雅で軽やかです。
○1982年1月4日・2月16日
ハイドン:交響曲第104番「ロンドン」
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、DGスタジオ録音)大編成オケによるハイドンだけに響きが厚くて、低弦がよく効いています。作品本来の味よりは多少ロマンティックに感じられるのはそのせいでしょう。優雅で・ちょっとモーツァルト的にも思えますが作品の性格からかそんなに違和感はありません。しかし、第1楽章序奏はちょっと重々しい表現です。展開部に入ってからの弦のレガートはカラヤン独特の粘りがあって艶かしく美し く感じます。第2楽章のメヌエットはゆったりしたテンポで実に優雅です。全体的にリズムがやや重い感じで、もう少しリズムを軽めにサラリとした方がハイドンらしい感じがするという気 もしますが。
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール)これは素晴らしい名演。全盛期のカラヤン/ベルリン・フィルの演奏だけにオケの技量は申し分はなく、ソリスト達の力量が十二分に発揮されて実に素晴らしい演奏です。情感豊な歌い回しが生きて いて、冷たいメカニカルな印象を全く感じさせません。特に第1曲(序章)の緊張感・時代への恐怖と不安を感じさせる・震えるような高弦の鋭敏な響き、第4曲(中断された間奏曲)のどこか慰め・安らぎを感じさせる弦と・木管のユーモラスな歌い回しの対照、第5曲(終曲)での一糸の乱れも感じさせないダイナミズムと・オケの鋭いリズム感覚など、聴き所を挙げれば 多く挙げることができます。しかも、カラヤンは全体のトーンを暗めに抑えて、極彩色の派手な演奏になるのを避けてバルトークの民族性にも十分に気が配られているのです。まさに作曲者への共感に裏打ちされた演奏であると 思います。
プッチーニ:歌劇「トスカ」(演奏会形式)
カーティア・リッチャレルリ(トスカ)、ホセ・カレラス(カヴァラドッシ)、ルッジェロ・ライモンディ(スカルピア)
ゴットフリート・ホーニック(アンジェロッティ)、ハインツ・ツェドニク(スポレッタ)
リアス室内合唱団
シェーネベルク少年合唱団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)カラヤンがベルリン・フィルを用いて・色彩感と重量感あるスペクタクル音楽ドラマを展開しました。表現が若干思いのは事実ですが、極彩色のワイド・スクリーンの映画を見るような感覚はカラヤンならではで、実際オーケストラがオペラでこれほど繊細かつダイナミックなニュアンスを音楽に与えているケースは少ないのではないかと思わせます。ここぞという時にテンポを落として・ぐっと引っ張っていく表現がドラマに重量感を与えています。こういうところがカラヤンの巧さです。しかも歌付き交響曲のような感じになっておらず・これは間違いなくオペラなのです。歌手も素晴らしく、リッチャレルリのトスカは第2幕「歌に生き愛に生き」のアリアなど繊細に聞かせました。カレラスも「永遠なる調和」・「星も光りぬ」など名アリアをヒロイックに歌い上げて素晴らしい出来です。ライモンディのスカルピアは声が明るめで・ゴッビのようないかにも腹に一物ありそうな悪役ぶりとはちょっと違ったスカルピア像を作っています。第1幕フィナーレ・テ・デウムの壮麗さ、第3幕のドラマ性などカラヤンはオペラにおける管弦楽の可能性を極限まで引き出していると思います。
モーツアルト:交響曲第41番「ジュピター」
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ベルリン・フィル創立100年記念コンサート)スケールの大きな・いかにも「ジュピター」の名にふさわしい壮麗な演奏になっています。しかも、決して構えの大きいだけの演奏ではなくて・モーツアルトのスタイルをしっかり押さえているのです。テンポは心持ち早めですが、リズムが斬れていてカラヤンらしい流麗な音楽が心地よく響きます。表現が生き生きしているのです。スケールの大きい第1楽章が特に素晴らしいと思いますが、第2楽章の落ちついた表現も心に残ります。大編成オケを使用した演奏として完成された表現だと思います。
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ベルリン・フィル創立100年記念コンサート)スケール大きく・滋味あふれる名演です。ベルリン・フィルの音色は重過ぎず・特に弦は深みのある柔らかい響きで魅力的です。リズムの刻みを前面に押し出しているわけではありませんが、音楽にしっかりした推進力があり・現代のベートーヴェンの表現として完成された表現であると思います。特に前半の出来が素晴らしいと思います。第1楽章は冒頭和音からしてタメが効いた実にいい表現です。心持ち早めのテンポを取り、若々しい引き締まった演奏になっています。つづく第2楽章葬送行進曲はテンポに余裕を持たせ、ベルリン・フィルの金管の咆哮も渋く・味わいが深い表現です。沈痛ではなく・静かな心の底から湧き上がるような悲しみの表現なのです。第3楽章のリズムの取り方も鋭角的な感じではなく・マイルドなものになっています。第3楽章までカラヤンはほぼインテンポで通していますが、第4楽章中間部でちょっとテンポを落とすのは意外でした。私の好みから言うとここはインテンポで通して火欲しいところでしたが、スケールの大きい表現になっています。コーダがテンポを早めに取ってスケール大きく締めます。