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カラヤンの録音(1966年)

1966年4月:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を率いて来日公演。


○1966年1月

モーツアルト:ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」

ユーディ・メニューイン(ヴァイオリン独奏)
ウィーン交響楽団
(ウィーン、ローゼルヒューゲン、コスモテル映像)

メニューインのヴァイオリンはやや音が硬くて・金属音なのが難ですが、足取りしっかり取って旋律を歌っているのはさすがです。これをサポートするカラヤンの指揮も端正な音楽作りを聴かせます。テンポ設定が良くて、流麗さよりも古典的な品の良い味わいを感じさせます。特に第1楽章が良い出来です。 アンリ=ジョルジョ・クルーゾ監督による映像作品。


○1966年1月・2月

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ユニオン・スタジオ・アトリエ、コスモテル映像)

四つの楽章が緊密にかみ合って・交響曲らしい骨太い構成が感じられる演奏です。派手さとか躍動感よりも、ちょっと渋く感じられるほど真摯に音楽に向き合っていると感じられます。ベルリン・フィルの渋めの音色もその解釈によく似合っています。テンポが実に適切で、音楽に安定感があります。第1楽章は郷愁をそこはかとなく感じさせ、第2楽章もじっくりとした味わい。後半のリズム感・オケの重量感はさすがカラヤンとベルリン・フィルだけに聴き物です。 アンリ=ジョルジョ・クルーゾ監督による映像作品。


○1966年3月14日・17日・19日

ラヴェル:ボレロ

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音)

60年代のちょっと渋めの音色で・テンポを遅めに描いたラヴェルは、フランスのオケが演奏するラヴェルより濃厚で重い感じがします。これがカラヤンのボレロの特徴で曲が進むにつれて・低弦の威力が次第に増していって、ついにクライマックスに達する・そのダイナミック・レンジの広さがまさにカラヤン魔術なのです。まさに音の絵巻という感じです。


○1966年3月15日〜19日

ブルックナー:交響曲第9番(原点版)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音)

この時代のカラヤン/ベルリン・フィルらしい高弦の力強さ・豪放とも言える金管の咆哮などダイナミックで素晴らしい演奏に仕上がっています。テンポはやや早めでキビキビとして・引き締まった象権で、流れるようなスマートさがあります。その特徴は第1楽章によく出ていると思います。第2楽章はそのリズムの荒々しいほどの刻み・オケのダイナミックな動きが素晴らしいと思います。第3楽章も次々と展開していく光景が実にスリリングです。カラヤン晩年のブルックナーの熟成した宗教的な深みに達していると言い難いところもありますが、それでも旋律の歌い方の深い息遣いなどカラヤンのブルックナーが卓越していることは・この時期のカラヤンにおいても歴然としています。


○1966年8月25日〜9月・12月30日まで

ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」〜ワルキューレの騎行

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音・全曲録音からの抜粋)

室内楽的といわれたカラヤン/ベルリン・フィルのワーグナーの素晴らしさの一端が味わえます。そのリズムの斬れとシェープされた造形の素晴らしさは言うまでもありませんが、音楽が響きの透明さを保ちつつ・決して重くならずに・歌がかき消されることがありません。


○1966年10月6日

チャイコフスキー:弦楽セレナード

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音)

ベルリン・フィルの高弦の硬めの響き・低弦の重量感が素晴らしいと思います。旋律の歌い方に余計な思い入れを入れない簡潔さがあるのですが、曲自体の持つ詩情が濃厚なロマンティシズムになって湧き上がります。 第1楽章の弦のダイナミックな動きが魅力的です。第2楽章ワルツは優美で・実にさりげない表情なのですが、実に息深く歌いこまれているのです。第3楽章もゆっくりしたリズムのなかに低弦の効いたじっくりした歌いこみはさすがカラヤンです。この中間楽章が両端楽章の活気のあるリズムを引き立てて、まるで交響曲のような緊密な構成で聴き手を 飽きさせません。第4楽章は物憂げな表情から活気のあるリズムに展開していく中に生きる悦びを謳歌する活力を感じさせます。


1966年10月7・8・15日

チャイコフスキー:交響曲第4番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音)

ダイナミクスの大きい色彩的な演奏で、リズムが斬れていて躍動感が素晴らしいと思います。情熱のほとばしりを外に向けて力いっぱい解放したようなスケールの大きさを感じさせ ます。ベルリン・フィルの鋼のような強い弦の動きと、金管の輝かしい響きには魅了されます。両端楽章のスケールの大きさにも圧倒されますが、特に第2楽章の安らぎのある表現 ・第3楽章のベルリン・フィルのピチカートのリズム感の良さなどが印象に残ります。全曲を通して4つの楽章が緊密に連携がとれており、 テンポ配分がじつに見事です。華やかななかにも内容は深く、チャイコフスキーのスコアに秘められたメランコリーな情念を見事に描き出していると思います。


○1966年10月12日

チャイコフスキー:スラヴ行進曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音)

冒頭の哀愁を持ったスラヴ民謡風の主題からロシア国歌「神よ、皇帝を護り給え目」まで表現の幅が大きい曲ですが・次々と展開されていく旋律が有機的に結びつき・クライマックスを作っていく設計が見事にされています。行進曲というより・ほとんど交響詩と言うべきスケールの大きさです。


1966年10月13日

チャイコフスキー:イタリア奇想曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音)

これはカラヤンの本曲の唯一の録音です。全体に腰の重い・渋い音色のチャイコフスキーなのが意外ではあります。もちろん、カラヤン/ベルリン・フィルのことで すからリズム感が悪いとか・色彩感に乏しいということではないのですが、カラリと晴れ渡ったイタリアの空というよりは、憂愁に満ちたロシア人が見つめたイタリアの空といった 印象が強くなります。特に序奏が重々しくて、曲が進んでリズムが乗ってくると段々そうした感じは薄れてくるのですが、全体はメランコリーな憂鬱に支配されている感じで す。この曲は一貫したまとめ方が難しくて・構成がバラバラになりそうな心配がありそうですが、カラヤンの場合はその点に如才はありません。交響詩のような重い表現になっているの はそのせいかも知れ ません。


○1966年10月13日−2

チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音)

ベルリン・フィルの暗めの音色を生かした演奏で、早めのテンポで始める序奏からして・華やかさを抑えた重厚な印象です。第1主題のオケの動きは重量感あってさすがにダイナミックですが、それよりも第2主題に重きを置いた感じがします。しかもその旋律は甘く切なく歌わせるよりも、甘味を殺して・渋めの色調で力強く直線的なのです。弱音に神経を配った演奏で、遅いテンポのなかでも緊張感が失われていません。劇的構成のしっかりした密度の高い演奏です。

 


○1966年10月13日、22日

チャイコフスキー:バレエ組曲「くるみ割り人形」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音)

基本的な解釈は62年のウィーン・フィルとの録音と変わっていないと思います。ただベルリン・フィルの場合はリズムの斬れと音の立ち上がりの鋭さがありますから、メルヘン的なふんわりした雰囲気よりは旋律線のクッキリとした造形の演奏になっています。「序曲」や「行進曲」はウィーン・フィルとの演奏よりスケールが大きい感じですが、重い感じがないのはリズムが斬れているからです。各曲ともベルリン・フィル奏者の名人芸が楽しめます。特に「花のワルツ」はスケールの大きい豪華絢爛の音絵巻になっています。


1966年10月13日・12月29日

チャイコフスキー:大序曲「1812年」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音)

フィナーレに大砲や鐘の音を重ねて効果を上げるのは他の指揮者もやっていることですが、本来は弦楽で行なう序奏部分をドン・コサック合唱団に歌わせた着想が実に素晴らしい と思います。ロシアの大地に根ざした心情が見えてくるような歌声、それが断ち切られるようにオケが鳴り出す瞬間は、鳥肌が立つようです。カラヤンの演奏はテンポを早めにとって劇的に締めた演奏で素晴らしい と思います。


○1966年11月28日〜30日

ショスタコービッチ:交響曲第10番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音)

この時代のベルリン・フィルの鋼鉄のような強い暗い弦の響きが、この曲にとても良くマッチしています。後年81年の録音が響きが柔らかい慰めにも似た印象が強いのに対して、この演奏では線が強く・明滅する管の響きが聴き手に挑戦的に響き、聴き手に迫ってくる直接的な強さが感じられます。これは時代をよく表しているような気がします。第2楽章での速いテンポでのオケのドライヴ感は凄いと思います。それでいてカラヤンらしい洗練された感覚があって、複雑な四つの楽章が関連性を以ってとても聴きやすいと思います。


○1966年11月30日〜12月1日

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番

クリストフ・エッシェンバッハ(ピアノ独奏)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音)

エッシェンバッハはどこか昔風のピアノの響きを意識したよう打鍵の使い方です。響きは強いですが、やや濁りを感じさせるのも意識的にそうしているようです。そういう 響きを意識的に使って・旋律を角張らせて・男性的なゴツゴツした感触を出そうとしているように思われます。優美さ・滑らかさに意識的に背を向けた行き方なのです。カラヤンの伴奏もそれに合わせた感じで、予想以上にタッチが太い・渋めの男性的な曲作りです。ここではベルリン・フィルの弦の力強さ、特に低弦の威力が効いています。第1楽章のリズムを明確に打った歩みは素晴らしいと思います。第2楽章は流れより瞑想的な情感を重視しているように思われますが、その分若干重い感じがします。第3楽章は軽めのタッチで勢い良く飛ばす演奏が多いですが、ここでのカラヤンは手綱を緩めず・しっかりしたリズムで押しています。全体的には若書きの作品というより・後期に近い感じのやや重い演奏になったのは否めないところです・


○1966年12月28日、29日

ヨハン・シュトラウスU:喜歌劇「こうもり」序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・イエス・キリスト教会、DGスタジオ録音)

ウィーン・フィルとの演奏とテンポなど基本的に変わっているところはないのですが、どこかキリッと目元涼しげな美人という感じがするのは、やはりベルリン・フィルの個性なのでしょう。立派な演奏なのですが、チャルダッシュやワルツのリズムの微妙なところでウィーン・フィルが見せるような媚態が見られず・生真面目な感じなのは致し方ないところです。


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