ヤンソンスの録音
ロッシーニ:歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)品が良く・嫌味のない出来です。リズムを威勢よく鳴らすでもなく・テンポを速めに元気良くするでもなく、ベルリン・フィルのグラマラスな響きを生かして自分なりの音楽を作っているという感じです。もちろんリズムをがもっとピチピチ跳ねるような感じがないとロッシーニ的とは言えないですが、ここで仕出かしてやろうという気負いもなく・表情が自然で伸び伸びしているところがヤンソンスの美点だと思います。その意味で中間部の伸びやかな表情にヤンソンスの良さが出ていると思います。
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
サラ・チャン(ヴァイオリン独奏)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)サラ・チャンはフィラデルフィア生まれの韓国人ヴァイオリニスト、1980年生まれの16歳ということですが、年齢を感じさせない成熟した音楽を聞かせています。聞きものは両端楽章で音楽の器がとても大きいと感じます。音色に艶があり・高音はよく伸びるし・低音も十分で・テクニック的にも十分ですが、旋律を息長く歌わせる呼吸が天才と思わせるところです。第1楽章の情感溢れる旋律の息の長い歌いまわし、第3楽章の斬れ味の良いボウイングなど今後が楽しみな素材です。ヤンソンスの伴奏もチャンのスケールの大きな独奏を受け止めて、がっぷりと四つに組んだ熱い演奏を聴かせてくれます。
ベルリオーズ:幻想交響曲
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)前半3楽章はこの仕掛けいっぱいの交響曲にしてむしろ抑えたというか・品が良いというか・あっけないほど手練手管を感じさせない演奏です。そういう意味ではもの足りないという感想も出てきそうです。第2楽章などベルリン・フィルの滑らかな弦を生かして優美な雰囲気を出している辺りにヤンソンスの美点が出ているようです。しかし、後半4・5楽章になるとリズム処理にちょっと個性的なところが見えて、ベルリン・フィルの機動力を生かしたスケールの大きい演奏を聞かせてくれます。願わくばこの線で全曲を通してくれないものかと思いますが、全体に淡い印象があるのはベルリン・フィルの威力ある低音をむしろ抑え気味にしているせいで 、これもヤンソンスの個性なのかも知れません。
ドビュッシー:交響詩「海」
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)透明でキラキラしたフランス的感性ではなく、如何にもウィーン・フィルらしく、その響きが柔らかでまろやかなこと。響きがまざりあって、靄がかかったように、輪郭がぼかされていること。ウィーン・フィルの個性をよく生かして、自然な音楽の流れを作り上げ、特に第1部・「海の夜明けから真昼まで」は、木管の柔らかい響きと、弦のまろやかな響きがとても美しく感じられます。
ショスタコービッチ:交響曲第5番
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)これもウィーン・フィルの個性をよく生かしたショスタコービッチであると思います。この曲が持つ感性の軋み、不安な感情が聴き手に鋭く突き刺さってくるという演奏ではなく、それがまるで過ぎ去った思い出のように湿った感じで伝わってきます。冷戦終結後のショスタコービッチと云うべきかも知れません。昔はこうした曲をウィーン・フィルがやると、如何にも慣れてない曲を必死で食らいつくように弾く印象がしたものですが、この演奏では余裕さえ感じられて、そこに隔絶した歳月を感じたりもします。それにしてもこの演奏はヤンソンスが上手く整理していると云うか、特に両端楽章がなかなかの出来です。ウィーン・フィルは重量感ある、なかなかダイナミックな演奏を展開していますが、疾走するテンポの第4楽章にしても、しっかし手綱を引き締めて音楽に急くところがないのが、ヤンソンスの美点だろうと思います。良い意味において、中庸で大人しい印象があります。一方、第2楽章はマーラー的な、アイロニカルな味わいを出してはいますが、表現に若干抑えたような大人しい印象がするのは、ヤンソンスとマーラーの相性がどうかなと思わせるところはあります。
オネゲル:交響曲第3番「礼拝」
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)
誠実な姿勢で曲に向かい合った演奏で、そこにヤンソンスの人柄がにじみ出ています。典礼の儀式のイメージに基づき作曲された曲ですから、厳粛な雰囲気がよく出ているのはもちろんですが、曲の時代背景に秘められた不安感が、とげとげしい形ではなくて、マイルドに古典化された形で提示されています。ややおとなしい感じもありますが、これがしっとりと古典的な佇まいにまとめたところがヤンソンスの手腕です。第1楽章においてはリズムの角が取れて、どこかまろやかで柔らかい印象いなっていますが、これが続く第2楽章の祈り・慰めの表現に生かされていると思います。
ラヴェル:ラ・ヴァルス
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)ベルリン・フィルの弦が柔らかく、極上の滑らかさです。リズム感を強調することなく、ゆったりと旋律を歌わせて、ベルリン・フィルのグラマラスな響きを生かした上品な演奏に仕上がりました。ヤンソンスの温厚な人柄がよく出た演奏だと思います。その一方で、ダイナミックさに欠けるという感は否めず、特に終盤ではリズムを遅めに抑えて手堅さが優っている印象もなくはありませんが、特にベルリン・フィルの場合、リズムの重量感が前面に出勝ちなところをよく押さえこんだとも云えそうで、これが上品さを感じさせる良い方向に作用していると思います。
ショーソン:ソプラノとオーケストラのための「愛と海の詩」
ワルトラウト・マイヤー(ソプラノ)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)ドラマティックな歌唱ですが、イゾルデやジークリンデを歌うバイロイトの女王が歌うと音楽は若干重めになり、味付けは濃厚になります。オケも同様で、R.シュトラウスでは似合うベルリン・フィルの響きが、ショーソンでは重ったるくなります。もう少しサラリとした透明感を持った響きが本来だなあと感じます。ちょっと濃厚でカロリー過多ですね。
R.シュトラウス:アルプス交響曲
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)
ベルリン・フィルの豊穣で色彩的な響きをよく生かした演奏ですが、特徴的なのは、旋律線を明確に作っていくといよりも、響きのブレンドの具合を楽しませるという感じの演奏であることです。線よりも色彩の音楽であり、ベームやカラヤンのように生前のR.シュトラウスをよく知っている世代が古典的にスッキリした造形を見せるのとは異なり、豊穣な色彩感で空間を満たすという感じになりますが、これはこれで悪くありません。ベルリン・フィルを朗々と鳴らし切る上手さにヤンソンスの手腕を感じます。ただし響きの変化で聴かせるので、構成感というところではいまひとつですが。
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)
いわゆるドヴォルザークの民俗性にこだわらず、純音楽的な方向で自然な流れを大事にした演奏と言えるでしょうか。テンポの取り方もとても適切です。演奏は特に前半の2楽章が良いと思います。第1学h層は序奏から展開部への移り変わりの上手さ、中間部の表情が生き生きしています。表現が自在で、そこにヤンソンスのコントロールが光ります。第2楽章もゆったりしたテンポのなかに、抒情性がそこはかとなく湧き上がってくる良い演奏です。後半は活気がある演奏ですが、ややリズムの打ち方がきつすぎて、特に第3楽章は少々煩い感じがします。民族舞曲的なリズム表現にこだわりすぎか?
ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)ウィーン・フィルの柔らかな音色を生かした好演です。ウィーン・フィルはいわゆるラテン的な明晰さを持つ非響きではありませんが、靄のかかったような湿り気のある・暖かい響きのラヴェルになっています。「夜明け」でもゆったりとした落ち着いた気分に満ちていて・ウィーン・フィルの弦の魅力が生きています。したがって「全員の踊り」もリズムを鋭角的に出すのではないので・ダイナミックな興奮には欠けるのは否めませんが、強引なドライヴを掛けないところがヤンソンスらしいうまさと言えるでしょう。
R・シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)ヤンソンスはウィーン・フィルを強引にドライヴすることなく・無理なく自然にその自発性を発揮させる点において・このオケとの相性が非常に良いようです。この演奏でもウィーン・フィルはよく鳴っていて・冒頭序奏部もスケールが大きいと思います。旋律をよく歌って・無理な力がかかっている感じがしません。それでいて押さえるべきところはしっかり押さえているのです。「大いなる憧れについて」の叙情的な表現も見事で、派手さはないけれど・手堅い出来であると思います。ただしヴァイオリンソロは実直に過ぎて・もう少し音色に工夫ありたいところです。
ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)
表情がとても自然で、小細工をしない演奏で好感が持てます。ウィーン・フィルの柔らかな響きを活かして、この曲のメルヒェン的な情感をうまく引き出しています。テンポも適切でせかせかしたところがまったくなく、テンポが速い場面においても手綱を締めてオケの動きが威圧的になることがない、実に適切なコントロールです。
ドヴォルザーク:交響曲第8番
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)
ヤンソンスの誠実な人柄と折り目の正しさを感じさせる演奏です。オケを強引にドライヴしようとせず、自然で伸びやかな音楽を引き出しています。この演奏でも、ドヴォルザークの旋律美を堪能させてくれます。テンポを揺らして聴き手を急きたてるようなところがなく、第3楽章でも流麗さよりも素朴さ・健康的な美しさを感じます。ウィーン・フィルがヤンソンスを高く評価する理由がよく分かります。特に両端楽章の表情の変化の妙が聴かせますが、欲を云えばもう少し木管の音色を活かしてほしかったところがあります。