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アーノンクールの録音


○1989年1月28日ライヴー1

モーツアルト:交響曲第25番

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場、ザルツブルク・モーツアルト週間)

聴き手に対して挑戦的なモーツアルトです。柔らかさ・滑らかさを拒否した、ゴツゴツの手触りの演奏です。ウィーン・フィルの弦も・いつもとは違う特殊な奏法を要求されているのか・かなりアクセントが強い・きしむような響きの濁った音で、最初から居心地が良くありません。テンポは早めで、リズムはキビキビしていて斬れは良いのですが、モーツアルトの既存のイメージの破壊を目的としているのならば目的は達しているのでしょう。旋律線は輪郭をはっきりとつけていますが、セカセカした感じで歌心があまり感じられません。聴き終わって、なんだか後味が悪い気がします。


○1989年1月28日ライヴー2

モーツアルト:ピアノ協奏曲第23番

マレイ・ペライア(ピアノ独奏)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場、ザルツブルク・モーツアルト週間)

同日の第25番交響曲ほどではありませんが、同じ傾向です。テンポは早めで・リズムが明確に取れているのはいいですが、アクセントが強過ぎで・旋律が歌いださない感じです。特に第1楽章はぺライアのピアノをかき消すようで・ほとんど張り合うような感じです。ペライアのピアノの繊細 なタッチと音楽性をまったく生かせていない伴奏だと思います。第3楽章のようなリズム主体の楽章もセカセカした感じで、どうも音楽を楽しめません。


○1989年1月28日ライヴ−3

ベートーヴェン:交響曲第4番

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場、ザルツブルク・モーツアルト週間)

全体のテンポ設計はカルロス・クライバーの演奏に近いものを感じますが、クライバーと違う点はアーノンクールはリズムの刻みを全面に押し出していることです。そのために一見するとゴツゴツした印象がありますが、リズムはしっかりと打ち込まれてい ます。オケの自発性を十分に生かした演奏で、納得のいく演奏です。しかし、第4楽章のきわめて早いテンポ設定が不自然に感じられるのはクライバーと同様です。しかし、ウィーン・フィルはこのテンポでも指揮者の棒に完全についていって乱れを見せないのは見事です。


○1989年1月29日ライヴー1

ベートーヴェン:序曲「コリオラン」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場、ザルツブルク・モーツアルト週間)

テンポを早めに取り・颯爽としたスピード感のある演奏です。ユニークなアクセントの付け方がここでは生きていて、音楽に陰影を付けています。特に冒頭部がそうです。テンポが早い部分の聴き手をせきたてるような緊迫感も見事ですが、テンポを遅い部分での悲劇的な情感も盛り上げもなかなかのものだと思います。


○1989年1月29日ライヴー2

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲

トーマス・ツェートマイヤー(ヴァイオリン独奏)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場、ザルツブルク・モーツアルト週間)

ツェートマイヤーはザルツブルク出身の38歳の若手ヴァイオリニスト。音色は渋めですが、テクニックはしっかりしていて・安定した音楽を聞かせます。カデンツァは普通はヨアヒムやクライスラーのものを使いますが、ここではべートーヴェンがこの曲をピアノ版に編曲した時に作ったカデンツァをヴァイオリンに直して使用しています。ティンパ二が加わるユニークなものですが、これはアーノンクールの指示によるもののようです。アーノンクールだから特別なことを仕出かすかと思うと、ここでは意外にオーソドックスな行き方です。リズムがしっかり打ち込まれて・音楽が生きています。ベートーヴェンとアーノンクールとの相性が良いのでしょう。特に第2楽章はオケの弱音をよく生かして、ツェートマイヤーの息の深い独奏とともに好演です。ウィーン・フィルはじっくりと厚みのある響きで聞かせます。ツェートマイヤーは指揮者とがっぷり四つに組むとまではいかず・第3楽章にちょっと弱い場面を見せますが、好演と言えましょう。


○1989年1月29日ライヴー3

モーツアルト:交響曲第39番

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場、ザルツブルク・モーツアルト週間)

同日のベートーヴェンでは比較的オーソドックスであった分、モーツアルトでは仕出かしてくれたようで、アーノンクール独特にアクセント・テンポの緩急が随所に見られて、実にユニークなモーツアルトになっています。こうした解釈がスコアから見出されるのか・古楽器演奏の経験から出るのかはよく分かりません。しかし、ウィーン・フィルがこうしたユニークな(ちょっと奇異な)解釈を真剣に受けて熱演しているのですから、ウィーン・フィルのアーノンクールに対する尊敬の度合いも分かろうというものです。第2楽章はその意味でまともで・音楽の流れが美しいと思います。第1楽章と第3楽章は実にユニークです。言ってみれば、音楽の自然な流れ に一石を投じて・聴き手に緊張を与えようとしているかのように感じられますが、まあこれが好みかと聞かれれば否と答えざるを得ません。しかし、普段と違うことをやっているので・オケも自然と緊張するのか、ウィーン・フィルがそれまでのベートーヴェンより引き締まった響きなのがなんとも面白いと思います。


○1991年6月ライヴ

モーツアルト:コンサート・アリア集
「我がいとしの希望よ・・・ああ、お前にはどんな苦しみか分かるまい」K.416、「あなたは忠実な心をお持ちです」K.217、「いえいえ、あなたにはご無理です」K.419、「だが何をしちゃのだ、運命の星よ・・・私は岸辺が近いと思い」K.368、「哀れな私はどこにいるの、ああ、口をきいているのは私ではなく」K.369, 「この胸にさあ、おいでください・・・天があなたを私にお返しくださった今」K.374, 「ああ、できるならあなたにご説明したいものです」K.418, 「ああ、情け深い星々よ、もし天に」K.538

エディタ・グルべローヴァ(ソプラノ)
ヨーロッパ室内管弦楽団
(グラーツ、テルデック・ライヴ録音)

アーノンクールはテンポをしっかり取って、オペラのアリアではないコンサート・アリアの骨格を明らかにしています。つまりドラマティックな流れよりも、感情表現を古典的な枠のなかに収めることを意識しているのです。それにしてもグルべローヴァの歌唱はこの世のものとは思われないほどに美しいものです。高音の伸び・中高音で音色が変わらないこと・声の転がしの見事さなど、言葉では言い尽くせない素晴らしさです。K.416での端正な表現、K.419でのコロラトゥーラの技法の斬れの良さも素晴らしいですが、圧巻はK.418で・ここにはグルべローヴァの高音の 清冽な美しさと・オーボエの響きが絡み合って・陶然とするような至福の瞬間があります。


○1992年7月18日・20日ライヴ

シューマン:ピアノ協奏曲

マルタ・アルゲリッチ(ピアノ独奏)
ヨーロッパ室内管弦楽団
(グラーツ、シュテファニアン・ザール、テルデック・ライヴ録音)

アルゲリッチのピアノ独奏は打鍵が力強く、シューマンのロマンティシズムの気分の揺れをよく表現しています。アルゲリッチの素晴らしい点は、ロマン性に浸るのではなく、しっかり形式感を踏まえていることです。メランコリックな第2楽章にロマン性に酔う感じではなく、理性的に感じられます。そのような枠組みをしっかちサポートしているのがアーノンクールで、ソリストを引き立てた堅実なサポートです。がっちりした古典的な枠組みのなかに、微妙なテンポの揺れ、アクセントの強さが封じ込められてるように感じられます。


○1994年7月2日ライヴー1

ベートーヴェン:劇付随音楽「エグモント」序曲

ヨーロッパ室内管弦楽団
(グラーツ、シュテファ二アン・ザール、シュタイヤー音楽祭)

小編成オケで・木管のよく通る透明な響きが、従来の・重厚なこの曲のイメージとは違うものを与えてくれます。テンポは早めで響きが軽やかなので・骨格が明解に見えてくる感じがします。リズムがよく斬れて・音楽が生き生きしています。しかし、アタックの強い部分においては・大編成オケと同じような重い表現になり、室内オケの必然性が薄くなると思われる部分が若干あります。


○1994年7月2日ライヴー2

シューマン:交響曲第4番(初版稿)

ヨーロッパ室内管弦楽団
(グラーツ、シュテファ二アン・ザール、シュタイヤー音楽祭)

小編成オケによる初版稿による演奏ということで、重厚な改訂版とはまったく異なる、透明度が高く、軽快で爽やかな印象です。アーノンクールはかなりテンポを動かして、ロマン性の濃い解釈のように思われます。ヨーロッパ室内管はアーノンクールの棒によく反応していて 、表現に冴えを感じさせます。大編成オケの厚い響きでは情念の流れのように感じられるものが、ここでは爽やかな清流のように感じられて新鮮に感じられます。逆に第2楽章においてはちょっとテンポが早すぎるせいか 、静けさのなかに沈滞してくロマン性が十分に表現されていない感じがあります。


○1994年7月2日・3日ライヴー3

シューマン:ヴァイオリン協奏曲

ギドン・クレーメル(ヴァイオリン独奏)

ヨーロッパ室内管弦楽団
(グラーツ、シュテファ二アン・ザール、テルデック・ライヴ録音)

アーノンクールは、しっかり音楽の枠組みをとって、引き締まった造形は古典的な印象で、見事なものです。クレーメルのヴァイオリンはテクニックはさずがに見事で、旋律の歌い回しは悪くないですが、やや線が細い神経質的な響きが聴こえるのは、残念なところです。両社の個性のぶつかり合いの面白さは、第3楽章によく出ていたと思います。


〇1995年1月ライヴ

シューマン:交響曲第4番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、テルデック・ライヴ録音)

第2稿による演奏。アーノンクールはヨーロッパ室内管を起用して第1稿の録音もしています。曲に対する姿勢は基本的には変わっていないようですが、ベルリン・フィルとのこの演奏は、心持ちテンポを遅めに取り、両端楽章ではベルリン・フィルの暗めで太い響きをよく生かし、濃厚なロマンティシズムを感じさせて、なかなか聞かせます。逆に第2・3楽章ではやや表現に重さが見られるようで、音楽の流がちょっと滞るような感じがする箇所が見えます。


○1996年3月15日ライヴ

ブラームス:交響曲第2番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

これは素晴らしい演奏。アーノンクールのことなので・また何か仕掛けてくるかと思いきや・まったく正攻法のブラームスで、奇をてらったところは全くありません。リズムがしっかりと打ち込まれて・久しぶりに足が地についたブラームスを聴いた感じで、 じつに聴き応えがします。全体では武骨な印象がしなくもありませんが、伸びやかに旋律を歌うのではなく・じっくり訥々と歌う 感じなのです。ベルリン・フィルはアバドが振る時とはまた違って、低音がよく効いた・重厚な響きで・渋みさえ感じさせて・さすがドイツのオケだと思わせます。全曲構成ががっちりした骨太の作りで・両端楽章が安定感がある仕上がりです。特に第1楽章の朴訥とした味わいは素敵です。中間2楽章もじっくりした深い味わいです。


○1996年12月26日ライヴー1

ブラームス:大学祝典序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

テンポ速めですが・リズムはしっかりと打ち込まれており、一気に聴かせる熱い表現です。ベルリン・フィルは低弦が充実して・響きが重厚でいかにもブラームスらしい響きであり、聴き応えがします。オケが指揮者に必死で喰らいついていく感じがあり・相性の良さを感じさせます。


○1996年12月26日ライヴー2

ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

大学祝典序曲と同様に・これも見事な演奏です。テンポを速めに通して・各変奏を見事に描き分けていて・展開が実にスリリングです。高弦が引き締まっており、無駄なところを削ぎ落としたような表現に感じられます。


○1996年12月26日ライヴー3

ブラームス:交響曲第1番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

3月のベルリン・フィルとの第2番が素晴らしかったので・期待しましたが、これも水準を越えた演奏ではありますが、期待が大き過ぎたせいか・若干の不満を感じました。アーノンクールの志向としてフォルムへの意識が強いのですが、内面の激情がそれにやや余った感じがします。曲自体にやや気負ったところがなくはないのですが・そうした部分にアーノンクールが熱く反応してしまってテンポが微妙に触れて・表現が持って廻ったようなところが第4楽章に見えます。第1楽章は音楽に勢いがあり・密度の高い仕上がりになっており、この線で押して欲しかった気がします。中間楽章はテンポを速めにとって・情感に溺れない演奏に感じられます。


○1997年4月15日ライヴ−1

ブラームス:交響曲第3番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

この第3交響曲も優れた演奏です。第3楽章では物憂げな甘い情感に浸る演奏が少なくないですが、アーノンクールはそのような情感にはまったく無縁の、辛口・硬派のブラームスです。まず感じることは、この交響曲の構成感がしっかりしていること、リズムが深く打ち込まれて、旋律が息深く歌われていることです。表面的にはぶっきら棒に感じられるほど、歌い廻しが骨太で力強い。あまりテンポを揺らさず、インテンポに押していくスケールが大きい。ベルリン・フィルの弦が引き締まって渋い音色が魅力的で、力漲る名演であると思います。両端楽章は特に力演だと思います。ベルリン・フィルがアバドの指揮の時とはまた違った力強さを持つ響きを出しており、オケがこの指揮者に何か触発されるものを感じていることが明らかです。


○1997年4月15日ライヴ−2

ブラームス:交響曲第4番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

第4番も名演だと思います。このブラームス・チクルスを通じて云えることですが、フォルムへの強い意識を感じさせます。交響曲第4番は形式のなかに溢れるようなロマンティシズムを詰め込んで、あまり形式のこだわり過ぎると情感が曲からこぼれ落ちそうで、演奏が難しい曲だとつくづく思いますが、ここではあえて情感の甘さを押し殺して、形式への配慮を強く出していると言えましょうか。ブラ―ムス特有のちょっと湿った物憂げなムードは感じさせず、旋律線をあえて剛直に描き切って、力強い構成感と密度を実現しています。アーノンクールの良い点は、リズムを打ち込みが深いことです。ややゴツゴツした感じもしますが、音楽の内容が実に深いのです。テンポ設定が見事で、特に両端楽章が見事です。第1楽章は甘さを殺した表現ですが、しっかりした足取りのなかに情感を封じ込めることに成功しています。第4楽章パッサカリアの古典的な形式のなかに、情感を見事に凝縮させています。


○1997年5月29日ライヴ

シューベルト:交響曲第9番「ザ・グレート」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン・コンツェルトハウス大ホール、ウィーン芸術週間)

最新の研究成果を取り入れて、最終楽章終結部をフォルテで決めるのではなくデムヌエンドさせるやり方を取り入れたりしています。アーノンクールの演奏はリズムを明確に深く刻んで、音楽をキリッと引き締め、エネルギーを内に凝縮させた密度の高いものになっています。どこかトスカニーニを思い出させる、古典的な印象に仕上がっています。造型に甘さを見せず、旋律を直線的に力強さを保ってします。ウィーン・フィルの弦セクションの力強さは魅力的です。第1楽章はゆったりしたテンポで始まりますが、リズムをしっかり打って構成感を感じさせます。第2楽章はややアクセントを強めに取って、甘目に響くのを敢えて避けている印象があって、造型は厳しく感じられます。第3〜4楽章はキビキビとしたリズムで、ウィーン・フィルの躍動感ある演奏が楽しめます。


○1999年2月9日ライヴ

ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲

チューリッヒ国立歌劇場管弦楽団
(チューリッヒ、チューリッヒ国立歌劇場、全曲上演の一部)

1999年チューリッヒ国立歌劇場での新演出上演の初日の演奏です。アーノンクール独特の、旋律の強めの輪郭・明確なアクセントが良く出た演奏です。音色は明るめで、テンポ早めで、初日の幕開けにふさわしい活気があります。弦は細身ですっきりした造形ですが、リズム感があって、力強さを感じます。冒頭部にドイツ的な重厚さや暗さなどはないけれども、これは求むべくもないことです。


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