デュトワの録音(2000年以前)
ラロ:スペイン交響曲
チョン・キョン・ファ(ヴァイオリン独奏)
モントリオール交響楽団
(モントリオール、聖ユスターシュ教会、英デッカ録音)チョン・キョン・ファの独奏は高音は素晴らしいのですが、低音の量感がちょっと不足気味です。しかたがって彼女の得意の高音を生かして叙情性 のある演奏を心掛けているようです。情筒的で奔放なスペイン的な演奏ではなく・女性らしい細やかな感性を感じます。デュトワはそのようなキョン・ファの個性をよく生かして、オケを抑えて威圧的なところがなく・ソリストにぴったりと寄りそうようなサポートであるのには感心します。第2楽章や第4楽章はソリストの弱音を生かした持ち味がよく生きています。
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ独奏)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)第1楽章冒頭からアルゲリッチのピアノが自由奔放と言うか・野生的と言うか、ミスタッチをものともせず・叩きつけるような強い打鍵で・ダイナミックな音楽を聴かせます。音が煌めいて・リズムがピチピチと飛び跳ねるようで実に魅力的です。聴き物は当然両端楽章ということになりますが、第2楽章の透明さもなかなかのものです。デュトワ(当時はアルゲリッチと夫婦でした)の指揮はソロとぴったりと息が合ったサポート振り。と言うよりもアルゲリッチの解釈を立てて・その魅力を最大に引き出すことに徹しているということか。かなりテンポに緩急をつけていますが、その解釈にわざとらしさは感じられず・若々しいフレッシュな感覚に溢れています。
レスピーギ:交響詩「ローマの祭り」
モントリオール交響楽団
(モントリオール、聖ユスターシュ教会、英デッカ録音)構成としてはなかなか難のある曲だと思いますが・四つの部分にそれぞれ聴かせ所があり、デュトワが手堅くまとめています。モントリオール響が実に巧くて第1曲「チルチェンセス」・第4曲「主顕祭」ではキラキラと輝くリズムの饗宴が楽しめて、デュトワのリズム処理が楽しめます。
R.コルサコフ:スペイン奇想曲
リチャード・ロバーツ(ヴァイオリン独奏)
モントリオール交響楽団
(モントリオール、聖ユスターシュ教会、英デッカ録音)スペインの陽光を思わせる明るい響きと、金管の輝きが魅力的です。ラテン的な色彩感のある抜けの良い響きですが、やや軽めの印象で、もう少し重量感が欲しい気がします。響きは爽やかで後味は決して悪くないのですが、もう少しリズムを重めにして低音を聴かせた方が表現に張りが出るように思います。
ドビュッシー:夜想曲
モントリオール交響楽団・合唱団
(モントリオール、聖ユスターシュ教会、英デッカ録音)これは名演。ドビュッシーの透明な響きと色彩の混ざり具合と、光の煌めきの微妙な味わいを十二分に表現しています。まさに印象派ドビュッシーのイメージ通りの響きだと思います。祭りなどは、ともすればラヴェル的な線の強い表現になりそうなところですが、ここではオケのダイナミックな力感を感じさせつつ、ラヴェルとはまったく違う線の柔らかさと香気を感じさせて、まったく感嘆するできばえです。雲での微妙な味わいと云い、シレーヌの女声合唱の繊細な味わいと云い、まったく自由自在というところです。
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
フランス国立管弦楽団
(パリ、シャンゼリゼ劇場)これはドビュッシー演奏のお手本みたいな演奏です。テンポはやや早めで、造形はむしろあっさりして・甘みはない感じですが、響きは透明で・曲が明るい光で隅々まで照らされたような感じがします。爽やかな風が吹き抜けるようなラテン的感性に満ちています。デュトワはドビュッシーとの相性がとても良く、明晰な音楽作りが自然にそのままドビュッシーです。
ラヴェル:スペイン狂詩曲
フランス国立管弦楽団
(パリ、シャンゼリゼ劇場)ややリズムを重めに取って、線を強めに引いた感じのラヴェルであり、思いの外濃厚な味わいです。もちろんフランスのオケだから色彩感は十分です。ここでは第1曲・夜の前奏曲から緊張感ある演奏、第4曲・丸理でのリズム処理にデュトワの巧さが光ります。
ラロ:スペイン交響曲
サラ・チャン(ヴァイオリン独奏)
フランス国立管弦楽団
(パリ、シャンゼリゼ劇場)
天才少女サラ・チャンはこの時14歳。この日のコンサートで初めて大人用のヴァイオリンをコンサートで用いたとのことです。響きはやや硬質で線が細く、もう少し音にふくよかさが欲しいところですが、テクニックは十分です。旋律を息長く歌えることは得難い長所であり、将来伸びる素材であることを証明しています。その良さが出て斬るのが、第2・3楽章で、旋律を伸びやかに歌わせて、スペインの明るい太陽を思わせます。しかし、第1・5楽章においては、まだ音量が十分ではないこと、低音が効かないために表現が硬くなっていますが、それでも音楽は溌剌としています。フランス国立管は色彩感を発揮し、デュトワはツボを押さえたサポートを見せます。
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」
フランス国立管弦楽団
(パリ、シャンゼリゼ劇場)リズムをやや重めに正確に取っており、几帳面な印象に聴こえます。フランス国立管は弦の音色が暗めで、フランスのオケのイメージにある透明感からすると、意外と濃厚で重い響きですが、聴き終ってどっしりした聴き応えを感じます。したがってカスチェイの凶暴な踊りや、終曲のダイナミックなオケの動きや重量感の表出は聴きどころです。反面、火の鳥の登場の場面では、もう少し軽やかさが欲しい感じもしますが。
ラヴェル:スペイン狂詩曲
モントリオール交響楽団
(モントリオール、プラスデザール・サルウィルフレッド・ペレティエ)デュトワのドビュッシーは素晴らしいですが、ラヴェルの場合はもちろん第1級のラヴェルではあるのですが・正確なリズムがどこか耳について・几帳面な印象が残り・自在な感じがもうひとつという感じがします。例えば第1曲・夜への前奏曲ですが、不満とまではいきませんが・色彩の微妙な移ろいにちょっと感触が異なる感じがします。そこら辺がラヴェルとドビュッシーの違いでありましょうか。
R.シュトラウス:交響詩「死と変容」
モントリオール交響楽団
(モントリオール、プラスデザール・サルウィルフレッド・ペレティエ)モントリオール響の透明な響きと・デュトワの設計の見事な明晰な指揮振りが組み合わさって見事な演奏に仕上がりました。特に前半が叙情性の優った美しい出来だと思いますが、後半のオケのダイナミックな動きも聴かせます。旋律の歌い廻しは粘り気をもたせず・サラリとした感じですが、この曲には似合っていると感じられます。
R.シュトラウス:組曲「薔薇の騎士」
モントリオール交響楽団
(モントリオール、プラスデザール・サルウィルフレッド・ペレティエ)モントリオール響の色彩的な響きを生かした華麗な演奏です。オックスのワルツはちょっとリズムが強くて・ジンタ調になっているようなことは言えますが、そういうことはあまり気になりません。こうした曲はオペラのハイライトとしてでなく、オーケストラ・ピースとして聴けばよろしいことだと思います。ただし、華麗さが過ぎる感じがするのは・すでに曲自体がそういうものなのですが、味付けを意識的にもっとあっさりした方がシュトラウスらしくなるかなと思います。
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番
エマニュエル・アックス(ピアノ独奏)
モントリオール交響楽団
(モントリオール、プラスデザール・サルウィルフレッド・ペレティエ)アックスのピアノはタッチが粒立ち、癖のない素直な音楽性が好感をもてます。その温厚な音楽作りは第4番に似合っていて、第1楽章はとても良い出来です。デュトワもソリストによく合わせていて、室内楽的に・相手の音を耳を澄ませながら・協調して音楽を作っていくような安心感がその演奏から漂ってきます。第3楽章はちょっとこじんまりした感じで・もう少し仕出かしてもらいたい気もしますが、まあこれはないものねだりでしょう。
コルンゴルト:前奏曲とセレナード
モントリオール交響楽団
(モントリオール、プラスデザール・サルウィルフレッド・ペレティエ)擬ロマン主義的なさくひんですが・ムード音楽的な感じもします。こういう曲はゆっくりしたテンポで濃厚に歌い上げた方が似合う気もしますが、デュトワはテンポを速めに取って・サラリとまとめています。情緒的に流れることを避けて・古典主義的な趣に仕上げたと言えそうで、そこにデュトワの健康的なセンスを感じます。
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲
ヨー・ヨー・マ(チェロ独奏)
モントリオール交響楽団
(モントリオール、プラスデザール・サルウィルフレッド・ペレティエ)デュトワはテンポを速めに保ち、モントリオール響の透明で軽い響きを生かして・あまり民族臭にこだわていない点が新鮮に感じられます。マのチェロは叙情的な旋律に重きを置いた感じなのは・いつも通りですが、いつも第2主題でぐっとテンポを落とて濃厚に歌うところを今回はあまり極端に落としていないようで、その分感触がサラリとしているようです。全体的にはこの方がよろしいようです。特に第2楽章以後はデュトワとの息もあって・インテンポを基調にした演奏になっています。第3楽章も小気味良いリズムで楽しめます。
バルトーク:バレエ音楽「中国の不思議な役人」
フランス国立管弦楽団
(東京、サントリー・ホール)フランス国立管の色彩的な響きをよく生かしています。リズムはちょっと重めに感じられますが、このことは演奏の欠点にはなっていません。
ドビュッシー:交響詩「海」
フランス国立管弦楽団
(東京、サントリー・ホール)デュトワの得意曲でもあり・オケにとってもお国物で安心して聴けます。色彩感が素晴らしく、音色が濁らず・透明です。テンポを心持ち早めに取り、表現が引き締まって無駄なところがありません。表現に安定感があるのはデュトワの棒の上手さです。ただリズムはちょっと重めに感じられて・この点にさらに磨きが掛かればとも思いますが、表現に安定感があるので・まったく不満には感じられます。
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
フランス国立管弦楽団
(東京、サントリー・ホール)フランス国立管と曲との相性もあると思いますが・「海」ではあまり気にならなかったリズムの斬れの重さが「春の祭典」ではちょっと不満に感じられます。この欠点が第1部終曲や第2部いけにえの踊りなどで、オケの動きが粘り気味になって出てしまう感じがします。色彩感では素晴らしいものを持っているオケだけに残念です。もうひとつはデュトワの感じ方にも拠ると思いますが、全体の響きのなかに各楽器が埋没してしまって・響きが淡くなってしまったような印象を受けます。そのためにこの曲の先鋭的な要素が弱められてしまった感じがします。これをシックなフランス的表現と言えば・そう言えるような気もしますが、擦りガラスを通して舞台を見ているような不満がちょっと感じられます。
グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
フランス国立管弦楽団
(東京、サントリー・ホール)当日のアンコール曲ですが、やや表現は重めで・疾走するような躍動感よりも・旋律を十分歌いこむ方に重点を置いた演奏です。オケの個性を考えれば納得がいく表現です。
グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
モントリオール交響楽団
(東京、サントリー・ホール)あまりテンポを速く取らずに・しっかりとリズムを取って・旋律を十分に歌いこんでします。フランス国立管を振った時よりも・オケにリズムの斬れがあって・表現はシャープに感じられます。
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
野島稔(ピアノ独奏)
モントリオール交響楽団
(東京、サントリー・ホール)野島稔のピアノの響きは硬質で・テクニックは十分です。ややリズムは重い感じで・第3楽章はちょっと腰が重い感じですが、几帳面で手堅い印象を受けます。デュトワの指揮も野島のソロをしっかりとサポートしており、自由奔放なアルゲリッチとの共演の時とはガラリと印象が異なるのは当然とは言え、こちらも手堅い印象です。フィナーレでテンポを上げて聴衆をあおるような所もありません。何よりもリズムを正確に打ち込むことで演奏に安定感があるのが良いと思います。
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ぺトルーシュカ」
モントリオール交響楽団
(東京、サントリー・ホール)まず良い点はリズムが十分に打ち込まれていて・鋭さと言うよりも安定感があることです。表現がしっかり練れている印象があり、スタンダードな表現で・古典的な風格さえあります。モントリオール響の色彩感は素晴らしく、リズムもなかなか斬れています。ロシア舞曲や謝肉祭の場でも飛び散るようなリズムと色彩は見事なものです。デュトワの指揮が実に明解で、複雑なテンポの変化を的確に描き分けています。
ラヴェル:ボレロ
モントリオール交響楽団
(東京、サントリー・ホール)リズムを明確に取るデュトワの几帳面さが生きています。曲が進むにつれて・オケが高揚していく動的な感覚には乏しいところがありますが、各楽器の役割が楽譜通りに的確に描き分けられていると感じます。オケの色彩感も素晴らしいと思います。
ラヴェル:ラ・ヴァルス
モントリオール交響楽団
(東京、サントリー・ホール)テンポはやや遅めです。デュトワで特徴的なのはリズムを明確に取って、全体の造りが端正な佇まいを感じさせることです。ワルツに入っても・媚態やウイットを示すよりも・旋律の歌い方が硬いというでもないのにどこか真面目な風なのです。明るい陽光に照らされて靄が消え去ったような感じです。過ぎ去った日々を懐かしむような風情が欲しいところですが、そこまで聴衆を酔わせてくれないようです。しかし、オケは色彩的で、終盤のダイナミックな動きは見事です。
プロコフィエフ:バレエ音楽「ロミオとジュリエット」からの音楽
フランス国立管弦楽団
(ルツェルン、クンスト・ハウス)オケの響きはフランスのオケにしては暗め・渋めに感じられます。もう少し色彩的なところを求めたい気もしますが、曲が進むにつれてそれも気にならなくなります。デュトワは各曲の性格をよく描き分け、手堅いところを見せます。
サン・サーンス:ピアノ協奏曲第2番
セシル・ウーセ(ピアノ独奏)
フランス国立管弦楽団
(ルツェルン、クンスト・ハウス)フランスの女流ピアニスト・ウーセの独奏が素晴らしいと思います。ピアノのタッチがよく揃って・しっとりと深みがあって、気品と香気を感じさせます。特に第2楽章が煌めく感じが実に美しく感じられます。デュトワのサポートも手堅く、ソリストと息が合ったところを見せます。第3楽章でも生き生きした表情が魅力的です。
ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
フランス国立管弦楽団
(ルツェルン、クンスト・ハウス)フランス国立管を振る時のデュトワは、モントリオール響を振る時よりもリズムを明確に取って・情感を的確に描くことを心掛けているようで・その分遊びが少なく・生真面目な感じになっている感じがします。オケの音色もフランスのオケならもう少し色彩的で透明な響きを聴かせてもよいような気がします。この「展覧会の絵」でも各曲の性格を的確に描き分け・その点に不足はないのですが、フランス的なエスプリが欲しいような気がします。
ショパン:ピアノ協奏曲第1番
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ独奏)
NHK交響楽団
(東京、NHKホール)
アルゲリッチらしい強烈な打鍵と斬れるリズムで豪胆なショパンという感じがしますが、若干力で押しまくる傾向がないではないようです。ショパンの音楽のイメージと若干違うかなと思えるのは、ちょっとした繊細な箇所でもう少しリズムに緩急つけるところが欲しいとか、表現の幅がやや狭いと思えるところです。それでやや一本調子が感じがします。それにしても、この曲の場合ソロが押され気味に不満を感じることが多いものですが、アルゲリッチの場合はソロがオケと対等に渡り合ってヴィルトゥオーゾ・コンチェルトという感じがするのはさすがと言うところです。デュトワはさすがにサポートが巧く、アルゲリッチの良いところを十分に引き出しています。しっかりとテンポを取った枠組みのなかでソロが自由闊達に動き回っている感じがします。
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ独奏)
モントリオール交響楽団
(モントリオール、プラスデザール内、サル・ウィルフレッド・ペレティエ)アルゲリッチは、リズムの斬れが良く、クリスタルで硬質な冷たいタッチが実に素晴らしい。デュトワ指揮のモントリオール響の出来も抜群で、聴き手を急き立てるリズムを難なくこなし、アルゲリッチとぴったり息があったところを聴かせます。
ラヴェル:ピアノ協奏曲
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ独奏)
モントリオール交響楽団
(モントリオール、プラスデザール内、サル・ウィルフレッド・ペレティエ)精妙なリズム処理で、音が粒立ち、ピチピチと飛び跳ねるような感じです。音楽が実にみずみずしく・生き生きとしています。構成な隅々なで見渡せるような明晰さと同時に、音楽が今まさに生まれ出たような生気に満ち溢れています。モントリオール響は実にラヴェルの音楽にふさわしいラテン的香気を感じさせるだけでなく、ジャズ的な即興のフィーリングの見事です。全体のテンポは速めで、聴き手をリズムの洪水に巻き込んでくれます。アルゲリッチのピアノにも同様のことが言えますが、オケとの一体感には感嘆させられます。特に第1楽章は息もつかせない妙技の連続。第2楽章の透明で冷たい雰囲気も見事。第3楽章もリズム感が素晴らしいと思います。
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第1番
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ独奏)
モントリオール交響楽団
(モントリオール、プラスデザール内、サル・ウィルフレッド・ペレティエ)アルゲリッチは硬質な冷たいタッチで、自由奔放に弾きまくって、息もつかせないスリリングな展開を見せます。デュトワ指揮モントリオール響も、造形がシャープかつ響が透明で、音楽が決して重くなることがありません。特に両端楽章の出来が素晴らしいと思います。