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1959年録音


○1959年

チャイコフスキー:交響曲第5番

ルドルフ・ケンペ指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、EMI・スタジオ録音)

この時期のベルリン・フィルの響きは暗めで渋いドイツのオケそのもの。それに加えてケンペの取るリズムが粘るように遅くて、独特の湿り気を持つ・全くドイツ風のチャイコフスキーであると感じます。メランコリックと言うのともちょっと違って、人生に深刻に思い悩む哲学的な深刻さがあるようです。特に第1楽章はそういう感じが強いようです。中間楽章は全体にテンポ遅めのなかでは・比較的軽めに感じられますが、これはこの演奏のバランスを良くしていると同時に・第4楽章への布石にもなっています。第4楽章はぐっと遅めのテンポで、リズムで聴き手を煽る行き方とは全く対照的に・じっくりとしたテンポで聴き手をクライマックスまで押さえ込んでいくような感じであり、独特の緊張感と味わいを持っています。狂おしい闘争といういう感じでありましょうか。


○1959年3月7日ライヴ

ラヴェル:組曲「クープランの墓」

ピエール・モントゥー指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)

ニューヨーク・フィルの響きが厚ぼったく、明晰さと軽やかさに欠けるのが、本曲にふさわしくないように思われます。第1曲「プレリュード」は若干もつれた印象さえします。いわゆるフランス音楽的な愉しさには欠けますが、どこか靄がかかったような、ややメロウなムードが漂うのが特徴だと言えるかも知れません。モントゥ―とニューヨーク・フィルの組み合わせは珍しいと思いますが、この演奏だけでは相性は判断できませんが、曲が合っていないのかも。


○1959年9月17日〜23日

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

フェレンツ・フリチャイ指揮
ベルリン放送交響楽団
(ベルリン、ダーレム、イエス・キリスト教会、独グラモフォン・スタジオ録音)

白血病のために長期療養を余儀なくされていたフリチャイがベルリン放送響の指揮台に復帰したのは1959年9月27日のことで、この録音はそれに先立って録音されたものです。死に直面したフリチャイの心境がこの「悲愴」の演奏に影を投げかけていると聴き手がそう思って聴くせいもありますが、特に第1楽章冒頭はじつに重苦しく 、低音がうめくように響く深刻な雰囲気で、また第4楽章終結部でもテンポをグッと遅く取って・消え入るようま弱音のなかに緊張感を極限まで持続させていきます。その全体を貫くその緊張感は尋常ではありません。そのことが50分を超える演奏時間の長さにも現れていますが、しかし、これは思い入れ過剰な演奏ではなく 、むしろきっちりとフォルムを意識した演奏なのです。かなり遅めのテンポを取っていますが、あまりテンポを動かさず・ベルリン放送響の硬質な響きをうまく使って旋律の歌い方もどちらかといえば直線的であり、感傷的な表現を拒否しているように感じられます。第1楽章はフリチャイが録り直しを考えたようですが、やや深刻になり過ぎで・重い印象を後に引きずっているように感じられますから、そのことをフリチャイは気にしたのでしょう。印象に残るのは中間楽章で、キビキビと引き締まった造形とオケの整然とした動きが生命への輝かしい讃歌のように聴こえることです。特に第3楽章でのベルリン放送響の重量感と迫力は数ある「悲愴」の演奏でも抜きん出たものです。


 

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