ブーレーズの録音 (2001年− )
ブルックナー:交響曲第9番
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)全体として早めのテンポで旋律線が明確で響きがスッキリ聴こえるブルックナーで、そこにブーレーズらしい所が出ていると思いますが・特に個性的というわけでもなく、よく聴くとテンポは結構緩急をつけてかなりオケ主導の印象を受けます。ウィーン・フィルの弦はよく歌っており、第1楽章などよくまとまっていて・なかなか良い演奏だと思います。しかし、何故ブーレーズがこの曲を取り上げたかという問いに対する解答は見えにくいところです。スケルツオのリズムなどもっと刻みを深くして・悪魔的なところを聴かせても良かったかなという気もしますが。
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
パリ管弦楽団
(パリ、シャトレ劇場)ブーレーズらしい整理の行き届いた演奏です。さすがフランスのオケの響きは透明感と軽さがあって・楽譜の音符がすべて見通せるような明晰さにあふれています。実に客観性を持った音楽に聞こえます。終局などテンポ早くせきたてるようなリズムも実に精妙に描き分けています。反面、見事な設計図を見せられているような気がします。形はよく整っていて・鳴るべき音はちゃんとそのように鳴っているのですが、曲のなかに潜むくらい情念やピリピリとした神経の震えなどはあまり感じられないのです。ブーレーズはテンポを速めに・客観性を保って・サラサラと曲を進めます。「忘れられた間奏曲」などでもサラリと淡くて・あまり思い入れを入れないのです。
バルトーク:弦楽のためのディヴェルティメント
パリ管弦楽団
(パリ、シャトレ劇場)鋭敏なピリピリとした感受性を感じさせるところがなくて、音楽を冷静に理知的に整理されて・古典的で落ち着いた佇まいを感じさせて・とても聴きやすい演奏です。リズムを前面に出して・弦の動的な絡み合いが面白く聴けます。パリ管の弦の響きは暖かく・音楽がニューマンな印象に仕上がっています。
バルトーク:ピアノ協奏曲第1番
パリ管弦楽団
(パリ、シャトレ劇場)ベートーヴェンでもブラームスでも見事な演奏を聴かせるポリー二の打鍵は重く、バルトークのこの曲には重いような感じがしますが、ここではその重い響きが強い意志の塊りのように感じられます。特に第1楽章でそれを強く感じさせます。ポリー二のアプローチも古典的だと思いますが、ブーレーズとの組み合わせはなかなか相性が良いようです。パリ管の響きは暖かく、そのしっかりした構成を以ったアプローチが生きているようです。第2楽章の繊細な味わいも良いですが、第3楽章のリズムの機能的な処理も巧いと思います。
バルトーク:ピアノ協奏曲第1番
マウリツィオ・ポリリー二(ピアノ独奏)
ロンドン交響楽団
(東京、東京文化会館大ホール)実にシャープな出来で、ブーレーズの精妙なリズム処理が聴き物です。ポリー二のピアノは渋く重量感のある響きでとてもオーソドックスで古典的な印象があります。これがクリスタルな軽めの響きであるとピアノが打楽器的な印象を持ってくるのですが、このポリー二の暖かで量感のある響きがブーレーズのシャープなサポートととても面白い対照を見せます。ひとつひとつの音がしっかりした表情と意味を持っているように聞こえます。
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」
ロンドン交響楽団
(東京、東京文化会館大ホール)ロンドン響の響きは明るく透明で・爽やかな感じです。低音が効いていない分・響きがふんわりと軽い感じで、それが火の鳥の登場の場面での浮遊感にもつながっています。旋律線がシャープで・リズムが抜群に斬れています。極彩色のアニメーションを見ているような気分にさせられます。「カスチェィ一党の凶悪な踊り」などは重量感は不足ですが、リズムの斬れで聴かせます。「子守唄」は透明な抒情に包まれて・これも美しい。フィナーレはまぶしいほどの輝きに満ちています。テンポを速めに取って・表情が生き生きとしており、ブーレーズとロンドン響の相性の良さを痛感します。
ストラヴィンスキー:花火
ロンドン交響楽団
(東京、東京文化会館大ホール)当日のアンコール曲目。ロンドン響の透明で軽い・色彩的な響きがとても魅力的です。ブーレーズのリズム処理が素晴らしく、明滅する音の輝きがそのまま音の絵です。
マーラー:交響曲第6番「悲劇的」
グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団
(東京、サントリー・ホール)若い楽団員で構成されているオケはそれなりのテクニックは持っていますが、これだけの難曲となるとさらに微妙なニュアンスを描き分けるセンスが欲しいところです。ブーレーズの要求によく応えていると思いますが、楽譜の忠実に定規を以って音にしましたという以上の演奏に思えません。ニュアンス不足で・蒸留水のように無味無臭の感じです。特に不満を感じるのは第3楽章です。サラサラと綺麗に流れる音楽は何も訴えてこない感じです。これはオケだけのせいではなく、ブーレーズにもかなり責任があると思います。作品に対する共感が感じられないのです。リズムが激しく・オケががなり立てる楽章ではあまり不満は感じないですが・基本的には同じで、音響的に迫力があっても・ここにマーラーの狂おしい姿は あまり浮かんで来ません。
ラヴェル:クープランの墓
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(リスボン、ジェロニモス修道院、ベルリン・フィル・ヨーロッパ・コンサート)ベルリン・フィルの響きが暗めで濃厚であるので・メランコリックな雰囲気が加わって、フランスのオケのラテン的な明晰なラヴェルとは違った・ちょっと面白い出来に仕上がりました。ブーレーズは4曲のテンポ設計も良くて・しっかりした構成感を感じます。第1曲「前奏曲」冒頭の木管のソロから柔らかなロマンティックな分指揮が漂います。第4曲「リゴードン」のリズムも生き生きしています。
モーツアルト:ピアノ協奏曲第20番
マリア・ジョアン・ピレシュ(ピアノ独奏)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(リスボン、ジェロニモス修道院、ベルリン・フィル・ヨーロッパ・コンサート)珍しいブーレーズのモーツアルトで興味津々でしたが、リズムを正確に取って・そっけないほど楽譜忠実に定規を引いて決めましたというような・ドライな指揮でした。旋律が直線的でリズムの打ちが強く鋭角的です。違和感を感じるほどのこともないが、面白いというほどのものではありません。ある意味で予想通りということですが、ベルリン・フィルがそこのところをカバーして柔らか味というか・ニュアンスを付加しても良さそうに思いますが 、全然そうでないのが興味深いところです。というのは同日のラヴェルやバルトークではベルリン・フィルの個性が演奏にふっくらとした柔らか味を与えていると感じるからで、モーツアルトでそうならないというのは・ブーレーズの指示というか・結局曲に対する共感が薄いということなのでしょう。このドライな伴奏に乗って演奏するピレシュはいささか気の毒に感じられます。第2楽章の早めのテンポのサラリとしたなかに独特の甘さがあるところにピレシュの良さが出ていると思いますが、第3楽章ではオケに引っ張られたのか 、いささか打鍵が粗くなってしまいました。
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(リスボン、ジェロニモス修道院、ベルリン・フィル・ヨーロッパ・コンサート)線の太い重量感のあるバルトークです。ブーレーズのこの曲の解釈は設計図を見せられているような・客観的で対象を突き放したような気配がしなくもないですが、その辺はベルリン・フィルの個性がカバーしている感じです。腕利き揃いのベルリン・フィルだけに・余裕さえ感じられる演奏に仕上がっています。「忘れられた間奏曲」にはロマンティックな情感が漂っていますし、終曲のダイナミックなオケの動きも聞かせます。オケの技巧を楽しませてくれる点では申し分ないですが、この曲が本質的に持つ感性のきしみ・引き裂かれた要素においては若干物足りないところがあるのもまた事実です。
ドビュッシー:夜想曲〜祭り
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(リスボン、ジェロニモス修道院、ベルリン・フィル・ヨーロッパ・コンサート)ベルリン・フィルのリズムが重めなので・やや大きい図体をもてあましたような感じがあり、軽快感に欠けるところがあります。ラテン的な陽光が射すよな明晰さはないですが、ダイナミックで重量感のあるオケの動きで聴かせます。
マーラー:交響曲第3番
ミカエル・デ・ユング(アルト)
ベルリン国立歌劇場女性合唱団
アウレリウス児童合唱団
ベルリン国立管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、フェスト・ターゲ)ブーレーズらしく・冷静に楽譜通りの音を客観的に引き出そうとしているかのような姿勢は変わらず。確かに鳴るべきものはその通り鳴っており、透明で冷ややかな味わいはブーレーズの味わいであるのも分かりますが、曲を突き放したような感じがあるのは事実で 、そこが評価の分かれるところでしょう。第2楽章はその透明な流れが実に美しいのですが・やるせない情感はなし。第3楽章は諧謔的なユーモア感はない。その辺がやはり物足りないところです。第4楽章以降もスッキリとした透明な美しさが見事で・ブーレーズの客観姿勢がよく出ていますが、冷ややかで硬い印象がして・感動はいまひとつです。