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ジョン・バルビローリの録音 


〇1935年7月8日

ショパン:ピアノ協奏曲第2番

アルフレッド・コルトー(ピアノ独奏)
管弦楽団(名称不詳、実体はロンドン・フィル?)
(ロンドン、アビーロード・スタジオ第1、英HMVスタジオ録音)

録音状態が非常に貧しく、オケが引っ込み気味でオーケストラが控えめに聴こえます。ピアノの響きがかなり強く録られて、ピアノの繊細なタッチが捉えられていません。だから頭のなかで補正する必要がありますが、コルトーのピアノは素晴らしいと思います。響きがクリスタルで粒が揃っており、速いテンポでも崩れることはなく、音楽が生き生きしています。ただし全体的にテンポが早すぎる感じがあり、もう少し音楽をじっくり味わいたい不満がありますが、テンポが遅い第2楽章はなかなか良いと思います。


○1936年6月

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲

フリッツ・クライスラー(ヴァイオリン独奏)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
(ロンドン、英EMIスタジオ録音)

クライスラーのヴァイオリン独奏は同じ月のベートーヴェンの録音よりも、このブラームスでは自由度が増した印象があるのは、曲のせいがあるのかも知れません。ベートーヴェンの時には、けっして畏まったという意味ではなく、曲の形式感を意識しているところがあったと思います。このブラームスでは、ロマン主義的感性を外に開放していく感じで、旋律が実に伸びやかに歌われます。特に素晴らしいのは、第2楽章。クライスラーは旋律を息深く歌い上げ、そのしみじみとした節回しが心に沁み通るように響きます。クライスラーの表現の幅の広さと、その節回し・音色の魅力を十二分に堪能できる見事な演奏であると覆います。第1楽章では、バルビローリのオケがクライスラーの伸びやかなソロを余裕を以てサポートしており、暖かくスケールの大きい演奏に仕上がりました。第3楽章も活気があって、見事です。録音もSP録音ながら優秀で、ダイナミックレンジの狭さも気になりません。


○1936年6月16日

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲

フリッツ・クライスラー(ヴァイオリン独奏)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
(ロンドン、英EMIスタジオ録音)

クライスラーのヴァイオリン独奏は息遣いが深くて、派手なところはないけれど、音楽の構えが実に大きいと感じます。音楽性が深くて、暖かいのです。さすがに大家の芸だなあと感嘆させられます。しかし、リズムが正確に取れてイン・テンポを基調にしているので、古典的な形式感が維持されていて安定感があります。まったく表現に古さを感じさせるところがありません。がっしりした骨太い作りのなかに、豊かな情感を封じ込めた音楽作りです。バルビローリの指揮もクライスラーを見事にサポートした堅実なものです。特に第1楽章が時が経っても決して色褪せることのない安定した名演。第3楽章も決して急くことがなく、しっかりした足取りで旋律を歌い上げた素晴らしい演奏です。


○1964年1月10日、11日、14日、18日

マーラー:交響曲第9番

ベルリンリン、イエス・・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルキリスト教会、EMI・スタジオ録音)

バルビローリとの演奏会での共演に感激したベルリン・フィル楽団員の強い希望で実現した録音だということですが、さすがに均整の取れた見事な演奏であると思います。スッキリとして・アクの強くないのが特徴であると言えます。いわゆる毒気のあるマーラーではないところが、イギリス人らしい趣味の良さを感じさせます。適度に抑制された表現で・過度に激さないのも良いと思います。第2・第3楽章などはオケの機能性がよく発揮されています。のめり込みは強くないですが、フォルムはきちんと押さえられていて・聴きごたえがします。ベルリン・フィルの楽団員が感激したのはよく分かる気がします。素晴らしいのは、スッキリして・抑制の効いた両端楽章ですが、そこから叙情性がほぼかに浮かび上がります。後のカラヤンとベルリン・フィルとの演奏ではより色彩感が増して・スケールが大きくなっていますが、しかし、方向性としては共通したものを感じさせます。そこにベルリン・フィルならではの個性があるのかも知れません。


○1965年

ディーリアス:夜明け前の歌、川の上の夏の夜、春初めてのカッコーを聞いて

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、EMI・スタジオ録音)

旋律線よりも響きの色合いを重視する行き方はディーリアスの音楽の本質をよく捉えていると思います。明滅する淡い色彩の交錯が織り成すファンタジーと言う感じです。ウィーン・フィルの響きはほのかな温かみが感じられて、水彩画の美しさのなかに香りをほんのりと与えているようです。


○1967年

ブラームス:交響曲第4番

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、EMI・スタジオ録音)

テンポはかなり遅くて・旋律をいつくしむように歌い、淡い色調で・表情が穏やかなブラームスです。ウィーン・フィルの弦の優美さを生かしており、滑らかと言うか・甘ったるい感じがするほどです。一方でオケのダイナミックな動き・活気やリズム感という点において物足りない感じであり、旋律がゆったりしすぎで・生気に不足した印象があります。特に第2楽章は全体のバランスから見てもテンポが遅く、音楽の流れが停滞した感じなしとしません。第1楽章や第4楽章でもリズムが前面に出ようとするのを意識的に抑えて・表情を柔和に持っていこうとしているかに思えます。フォルム感覚において弱いのは、ブラームスとしては不満に思います。しかし、第4楽章中間部のホルンと木管のからみは実に耽美的な美しさです。


○1968年

ドビュッシー:夜想曲

フランス放送局女性合唱団
パリ管弦楽団
(パリ、EMI・スタジオ録音)

誤解恐れずに言えば・ディーリアス的なドビュッシーです。テンポが遅く・ゆったりとした感じがあって、旋律線よりも明滅する色彩のファンタジーという感じです。「祭り」においてもリズムの刻みを前面に出すことを意識的にせず、淡い感触を残している点にバルビローリらしいところがあるのかも知れません。しかし、「雲」や「シレーヌ」においては響きのなかに情感が埋没する感じがなきにしもあらず。


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