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アバドの録音 (1997年)


○1997年8月28日ライヴー1

メンデルスゾーン:劇付随音楽「真夏の夜の夢」

クリスティーネ・シェーファー(ソプラノ独唱)
ユリアーネ・ヴァンゼ(ソプラノ独唱)
エディット・クレバー(語り)
ブラチスラバ・スロバキア合唱団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

語り入りの上演なのは興味深いですが、音楽だけの場合とは耳への入り具合が異なります。言葉が媒介されると音楽はどうしても従になってしまう、と云うか、雰囲気醸成という感じになってしまいます。音楽が主体的にドラマを語るという印象が弱くなるのは否めないようです。アバドはオケを前面に出すことをせず、強引な音楽作りをしないのが好ましいですが、冒頭の序曲ではベルリン・フィルをよく鳴らしています。響きが芳醇で低音が効いてロマンティックな雰囲気が立ち込めて良い演奏です。結婚行進曲も華やかでスケール大きい表現になっています。


○1997年8月28日ライヴー2

メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

同日の「真夏の夜の夢」ではオケが若干抑えられていた感じがありましたが、この「イタリア」ではオケがフラストレーションを一気に発散したかのような素晴らしい演奏に仕上がりました。四つの楽章のバランスがとても良くて、第1楽章はテンポを若干遅めにとって、ふくよかで香り立つような生気を感じさせる演奏。第2楽章はゆったりしたテンポで旋律を息深く歌い上げ、この中間楽章の扱いがよく効いてきます。第4楽章は均整がとれ、古典美のなかにも生き生きとした表情があって、まことにフィナーレにふさわしい出来です。ベルリン・フィルは豊穣な響きのなかに濃厚な色合いがあって、派手さはないですが、充実した音楽になっています。


○1997年9月

シューマン:ピアノ協奏曲

マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ独奏)
ヨーロッパ室内管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・イエス・キリスト教会、独グラモフォン・スタジオ録音)

モーツアルト的感性で捉えたシューマンと云えるかも知れません。全体のスケールが小振りで、古典的で落ち着いた佇まいを見せていません。言い換えれば、シューマンのフォルムであるメランコリックな感性の揺らぎが取り払われた感じで、その意味でとても個性的で主張のある演奏であると思います。ほとんど別の曲を聴く心持ちがします。だから、この演奏の評価はそこで大きく分かれると思いますが、心惹かれる場面もあって捨て難いですが、まあ別格参考ということにしたいと思います。ピリスのピアノは第1楽章冒頭からしっとり細やかな表情で、テンポをあまり動かさず、スケールとしてはこじんまりとした感じです。シューマンのアジタートなフォルムが全然聴こえません。アバドのサポートは、ソリストの個性に合わせた感じです。響きが軽く抜けが良く、第3楽章などゆっくりした実に淡々とした足取りで音楽を進めており、けっしてソリストを威嚇するところがありません。良いサポートですが、これも濃厚なロマン性は感じられず、とても淡白な印象です。


○1997年9月28日ライヴ

マーラー:交響曲第2番「復活」

クリスティアーネ・エルツェ(ソプラノ)
マリアナ・リポヴシェク(アルト)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
スウェーデン放送合唱団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ベルリン芸術週間)

躁の要素と鬱の要素を切れ味鋭く描き分けるのではなく、このごった煮交響曲を大きな視点から掴み取ったという感じの、構えの大きい演奏だと感じます。もちろんスケールが大きいのですが、それよりアバドという指揮者の度量の大きさを感じます。悪く言えばおっとり構えているという表現もできるかも知れませんが、斬れよりもコクを重視した演奏なのです。全体としてテンポは遅めで、テンポをあまり動かさず・淡々としたなかに 、色の変化でふたつの気質を描き出していきます。ベルリン・フィルの響きは豊穣で、金管もけばけばしくなく重厚に聞かせます。第2楽章は 清冽というよりは・暖かい慰めを感じさせて印象的です。第4〜5楽章もじっくりとした足取りでスケールが大きく、合唱も優秀です。聴き終わってじっくりと腹ごたえがする充実した演奏です。


○1997年11月9日ライヴ−1

シューベルト:交響曲第5番

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

全体のテンポを早めに取り、冒頭からウィーン・フィルの軽やかさと暖かい響きが魅力的です。特に弦がニュアンス豊かなことは特筆すべき、ゲミュートリッヒな世界がここにあります。第1楽章が何と言っても良いですが、第2楽手もしみじみした音楽を聴かせます。後半2楽章もオケの動きが大き過ぎず・重すぎず、生き生きした音楽を作ります。聴き終わって、いい音楽を聴いたという充実感が残る好演だと思います。


○1997年11月9日ライヴ−2

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」〜前奏曲と愛の死

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

ウィーン・フィルの弦の響きは透明で色彩感もあり、明るいラテン的感性を感じさせます。それは良いのですが、前奏曲冒頭の弦の揺らぎがやがて形を採って高揚していくと若干テンポが早くなっていく感じがします。そのために情感が薄っぺらになって・音楽が熱くなり切れない感じがします。こういう高揚した場面こそテンポをしっかり締めて欲しいと思うのですが、響きの透明感が素晴らしいだけに余計にその不満を覚えます。


○1997年11月9日ライヴ−3

R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

響きは色彩的で豊穣ですが、何だか音楽が重い感じで、曲のユーモア感覚が生きてこない不満があります。この曲の乾いたユーモアはもっと軽めの響きで出ると思いますが、どこか真面目な感じなのです。オケは上手いしスケールも大きい演奏なのですが、R.シュトラウスはアバドと相性が良くないのでありましょうか。アバドならもう少し巧くやれるという気がしますが。


○1997年12月7日ライヴ−1

R・シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

ベルリン・フィルの機動力をよく生かし、色彩的かつスケールの大きさがある演奏に仕上がりました。スコアの音符を十分に鳴らし切った感がり、曲の場面の変化を雄弁に描いています。ただし乾いたユーモア感はいまひとつですが、とにかくイメージが外に開放する感じで、ダイナミックで楽しめます。特にベルリン・フィルの金管が素晴らしい。


○1997年12月7日ライヴ−2

マーラー:歌曲集「さすらう若人の歌」

ロマン・トレケル(バリトン)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

トレケルは声に深みがあって、声が良く響いて美しいと思います。特に第1曲「恋人の婚礼の時」、第2曲「朝の野を歩けば」が若々しさを感じさせて、素晴らしい。歌詞を大事にして、子音が明瞭であり、オペラティックな歌唱に陥らず、素直な歌唱です。アバドの指揮も各曲の性格をよく描き分けて、適格なサポートです。


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