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アバドの録音 (1996年)


○1996年1月14日ライヴ-1

ブルックナー:交響曲第1番(リンツ稿)

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

アバドとブルックナーは比較的縁遠いという感じがしますが、アバドは若い頃(69年)にこの曲をウィーン・フィルと録音していますから、この曲が好きなのでしょう。何と言う爽やかで透明なブルックナーでありましょうか。ウィーン・フィルの弦が透明かつ実に見事なブルックナーです。重厚なブルックナーばかり聞きなれた耳には何とも新鮮な響きです。明るい日差しの下で旋律線をくっきりと浮かび上がらせたこの演奏はイタリア人アバドらしい感性だと思いますが、しかし紛れもないブルックナーなのです。イタリア側からアルプスを見渡せばこう見えるのかという感じです。しかもアバドが素晴らしいと思うのはブルックナーの重層的な構造をしっかり押さえていることです。だから全体に早めのテンポですが、音楽が軽くならず・腰が据わって聞こえるのです。躍動感あってスケールの大きい第3楽章がその好例です。終楽章も早いテンポで一気に駆け抜けるが如くの勢いのある演奏になっています。


○1996年1月14日ライヴー2

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番

マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウィーン、ウィーン楽友協会大ホール)

ピリスのピアノが実に魅力的です。やや小振りですがタッチが粒立っていて、すべての表現が細やかで活き活きしています。この曲の場合には、「モーツアルトみたいな」という表現は悪口にはならないと思います。アバドもそのようなピリスのソロにしっかりと合わせた見事なサポートです。第2楽章はウィーン・フィルの響きに乗ったピアノの音が光り輝くように美しいと思います。第3楽章の軽やかなテンポも実に心地よく、音楽する喜びにあふれています。


○1996年3月30日ライヴ

ヴェルディ:歌劇「オテロ」

プラシド・ドミンゴ(オテロ)/バルバラ・フットーリ(デズデモナ)/ルッジェロ・ライモンディ(イヤーゴ)/サラ・ミンガルド(エミリア)/ビンセント・オムブエーナ(カッシオ)他
ウィーン国立歌劇場合唱団/スロヴァキア・フィル合唱団/南チロル少年合唱団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場、ザルツブルク・イースター音楽祭)

アバドはこれまで「オテロ」を振るのを意識して避けてきたような気がしますが、待望の「オテロ」です。アバドがあるインタヴューで「自分の聴いたオテロの演奏で最高のものはフルトヴェングラーが指揮したもの」と発言していて吃驚したことがありますが、今回の演奏を聴くとなるほどなあと思わせるものがあります。名前を伏して聞かせたらドイツ人指揮者かと思うほどに重く・暗い響きで、とてもアバドの指揮には思えないような仕上がりです。オケがベルリン・フィルということもあるでしょうが、ドラマとしてゲルマン的に重い雰囲気になっています。もちろんオペラにたけたアバドのことですから・全編を貫く緊張感は申し分ありませんし、歌とオケとのバランスも見事です。ドミンゴのオテロは当たり役ですが、だんだん と声質が重くなってきたようです。前半はちょっと抑えた感じで発散し切れませんが、第4幕でのオテロの死では威厳を感じさせる見事な歌唱です。アバドがこの最終場面に音楽をフォーカスしたのは明らか だと思います。一方、ライモンディのイヤーゴには不満が残ります。最近のイヤーゴは見掛け好青年で優男風に描かれることが多いようで、今回もその線かと思います。しかし、舞台で見るならともかく音だけ聞くと彫りの足りなさを感じます。特に第2幕はクレドからフィナーレのオテロとの二重唱までインパクトが弱く、オテロを追い込んでいく迫力が不足の感じです。前半のオテロが弱い感じ に聴こえるのはそのせいもあると思います・フリットーリのデズデモナは声がやや年増風。


○1996年4月ライヴ

チャイコフスキー:幻想序曲「ロミオとジュリエット」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、独グラモフォン・ライヴ録音)

ベルリン・フィルの豊穣で色彩的な響き、アバドの劇的設計が利いて、見事な演奏に仕上がりました。前半のモンタギュー家とキャプレット家の対決の場面のリズムの鋭さ、愛の場面の弦の透明な響きなど、表現の幅が実に大きく、旋律がしなやかに歌われて密度が高い、とても充実した演奏です。


○1996年5月1日ライヴー1

プロコフィエフ:バレエ音楽「ロミオとジュリエット」からの抜粋
(モンタギュー家とキャプレット家、5つのカップルの踊り、百合の花を持った娘の踊り、タイボルトの死)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(サンクト・ペテルブルク、マリインスキー劇場、ヨーロッパ・コンサート)

ベルリン・フィルの重厚な響きと機能性を発揮した演奏で聴かせます。冒頭の「モンタギュー家とキャプレット家」は重低音が効いて、迫力があります。5つのカップルの踊り、百合の花を持った娘の踊りでのリズムの軽やかさで、色彩感も十分。タイボルトの死もダイナミックな表現で、終盤のリズムもよく斬れています。


○1996年5月1日ライヴー2

ラフマニノフ:歌劇「アレコ」〜カヴァティーナ、ベートーヴェン:ロマンス第1番・第2番

アナトリ・コチェルガ(バス独唱・ラフマニノフ)
コリヤ・ブラッハー(ヴァイオリン独奏・ベートーヴェン)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(サンクト・ペテルブルク、マリインスキー劇場、ヨーロッパ・コンサート)

「アレコ」からのカヴァティーナは、コチェルガの深味のある低音が素晴らしく、オペラティックな情感も豊かで、なかなか聴かせます。ベートーヴェンのロマンスは、ベルリンフィル首席のブラッハーの独奏ですが、如何にもオケとよく調和しており、律儀で折り目正しく好感が持てる演奏でまったく不満は感じですが、ソロ・ヴァイオリンとしてはもう少し自己主張しても良いかなというところはあります。アバドは、手堅いサポートを見せます。


○1996年5月1日ライヴー3

ベートーヴェン:交響曲第7番、チャイコフスキー:「くるみ割り人形」〜花のワルツ

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(サンクト・ペテルブルク、マリインスキー劇場、ヨーロッパ・コンサート)

テンポ設定も適切で、四つの楽章の構成がしっかり取れていて、安心して聴ける演奏です。ベルリン・フィルの重厚な響きがここでは生きています。


○1996年5月26日ライヴー1

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番

アルフレート・ブレンデル(ピアノ)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

ベルリン・フィルの響きが同日のドヴォルザークとは全く違って・渋く重厚で・いかにもドイツ風の確信に満ちた響きです。やはりベルリン・フィルはドイツのオケなのだなあということを痛切に感じます。ここでのブレンデルのピアノともども太い剛直なタッチと言うべきで、聞きごたえのある演奏に仕上がっています。特に両者の個性が一体になったかのような第1楽章は見事です。リズムはやや重めながらしっかりと打ち込まれ、旋律の歌い方にも力強さがあります。第3楽章も決して先を急ぐところがなく、淡々としていながら・威厳のある表現になっています。


○1996年5月26日ライヴー2

ドヴォルザーク:序曲「オセロ」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

オセロとデスデモ―ナの愛の葛藤を内面的に追っている曲なので、どうしても渋く地味な印象にはなりますが、ベルリン・フィルの弦が柔らかく艶やかに響き、旋律をじっくり聴かせます。


○1996年5月26日ライヴ−3

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

前半2楽章が実にいい出来です。劇的効果を狙うわけではない・抑えた表現ながらサラリとした味わいとほのかな温かみがあって、第1楽章第主題などいい味を出しています。第2楽章も素晴らしい出来だと思います。後半2楽章はベルリン・フィルの機動力を前面に押し出すでもなく・と言って民族色を出すわけでもなく、アプローチが中途半端な感じがします。ややリズムの刻みが浅く・上滑り気味で、舞曲風リズムの素朴さが生かされていないように思います。


○1996年8月19日ライヴー1

ロッシーニ:歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲

ヨーロッパ室内管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

ロッシーニはアバドの得意であるだけに、透明でスッキリと抜けた明るい響き、生き生きとしたリズムと表情がとても魅力的です。ホールの響きが豊かであrせいか、若干上品な感じに聞こえますが、申し分ない見事な出来です。


○1996年8月19日ライヴー2

ハイドン:交響曲第97番

ヨーロッパ室内管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

感心するのは、ヨーロッパ室内管の弦の響きがふっくらと豊かんで、表情の細部がとてもデリカシーに満ちていることです。ロココ調の優雅で軽やかな雰囲気に満ちあふれています。木管の響きがよく抜けて聴こえるのも、清々しく感じます。両端楽章の軽やかなリズムが心地よく、第2楽章の旋律のゆったりした歌い回しが実に美しく感じられます。


○1996年8月19日ライヴー3

ベートーヴェン:劇付随音楽「エグモント」

ソイエ・イソコスキ(ソプラノ独唱)
ペーター・シュタイン(語り)
ヨーロッパ室内管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

シュタインは演出家でザルツブルク音楽祭の演劇部門監督だそうです。アバドはベルリン・フィルとのジルベスター・コンサートでも「エグモント」を取り上げたことがありますが、今回はテキストとしても更に完全な形を目指したものだそうです。ベルリンで行った時よりも、今回は小編成オケですから響き・リズムが軽やかで、斬れの良い音楽ツ作りになっています。独唱と語りもその線で配置されているようで、ベルリンの時のドラマティックで重めの造りよりも、軽やかで明るめ、エンディングに未来への希望を持たせるる印象です。どちらが良いか感想はそれぞれだと思いますが、この演奏はなかなか聴かせます。シュタインの語りは発声が明確で歯切れが良いものです。序曲でのアバドの指揮は、リズムの斬れがよく、小編成オケの軽みのなかに、ラテン的な明晰さがあって、アバドらしい良さが出ていると思います。


○1996年9月2日ライヴ

ブラームス:交響曲第1番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(フライブルク、コンツェルトハウス)

テンポに余裕を持ったスケールの大きい演奏です。特に前半2楽章が良いと思います。ベルリン・フィルの弦が艶やかで・旋律をゆったりと歌い上げます。オケの表情が実に豊かで・自然で、音楽する喜びに満ちています。なんだかカラヤンの指揮を聞いている錯覚に襲われるほど響きの印象が似てきたようにも思えます。ベルリン・フィルの弱音が生かされた第2楽章はアバドの特長が良く出 ていい出来だと思います。第4楽章は若干テンポの緩急がつき、コーダにいたってややテンポを早めて表情をぐっと引き締めて終わります。現役の指揮者ではもっとも安心して聴けるブラームスです。


○1996年10月17日ライヴ

マーラー:交響曲第2番「復活」

シルヴィア・マクネイヤー(ソプラノ)
マリアンナ・タラーソワ(アルト)
スウェーデン放送合唱団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(東京、サントリー・ホール)

アバド/ベルリン・フィル5年目の成果を実感させる演奏となりました。アバドのもとでベルリン・フィルは各楽団員の自発性を生かして・その名技の集積としてのアンサンブルを聞かせるという風に変化しているようです。同じことはアバドについても言えるようで、表現の角がとれて・まろやかな音楽に変化しているようです。こうしたアバドの良さは第5〜6楽章に至って実感させられます。それとアバドがしきりに褒めていたスウェーデン放送合唱団ですが、これはその通り素晴らしい出来です。第5楽章冒頭のピアニシモはまさに陶然とする美しさ。これに対抗するかのようなベルリン・フィルのピアニシモ。結局、アバドは後半に頂点を持っていくべく前半を抑え気味にしていたのかなと思えます。


〇1996年12月31日ライヴ−1

ブラームス:ハンガリー舞曲第1番、第10番
ブラームス:ジプシーの歌〜第1番「さあ、ジプシーよ」、第2番「高く波立つリマの流れよ」、第3番「知っているかい」、第4番「神様、お分かりですね」、第9番「どこへ行っても」

スウェーデン放送合唱団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ジルベスター・コンサート)

コンサートのテーマは、「ラプソディ&ジプシー」です。冒頭のブラームスのハンガリー舞曲第1曲は、ベルリン・フィルらしい暗めの重厚な音色が冒頭から素晴らしく聴かせます。第10番もオケの弾けるリズムが、素晴らしい。


〇1996年12月31日ライヴ−2

ラヴェル:ツィガーヌ、ブラームス:ハンガリー舞曲第7番

マキシム・ヴェンゲーロフ(ヴァイオリン独奏)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ジルベスター・コンサート)

ヴェンゲーロフのヴァイオリン・ソロの2曲が、聴きものです。前半は低音がよく効いて、旋律の歌い回しに濃厚な粘りと腰があり、曲が持つ情念の強さがよく表現できています。終盤は、テクニックの斬れで聴かせます。ハンガリー舞曲第7番も、緩急自在、自由闊達な名人芸を聴かせ、まるで小協奏曲のような面白さがあります。アバドも、ヴェンゲーロフのソロとよく息が合って、実に見事なサポートとです。


〇1996年12月31日ライヴ−3

ブラームス:ハンガリー舞曲第17番、第21番
ブラームス:「ハープが豊かに鳴り響く」
ブラームス:「愛の歌」抜粋

スウェーデン放送合唱団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ジルベスター・コンサート)

ハンガリー舞曲第17番、第21番は、緩急を大きく付けてダイナミックな演奏に仕上がっています。


〇1996年12月31日ライヴ−4

ラヴェル:「ラ・ヴァルス」
ブラームス:ハンガリー舞曲第5番
ベルリオーズ:「ファウストの劫罰」〜ラコッツィ行進曲


ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ジルベスター・コンサート)

ラ・ヴァルスでは、ベルリン・フィルの音色が暗めでリズムの腰が重めなところが独特の味わいを醸し出しています。ワルツの味わいは濃厚で、そのため構えが大きい、どっしりした古典的な印象が強く感じられます。

 

 

ブラームスとベルリオーズは、アンコールだから仕方ないところもありますが、リラックスした演奏ですが、リズムが逸り気味で勢いの乗った演奏ですけれど、出来としては粗い印象です。


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