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「伊賀越道中双六・岡崎」床本


岡崎の段


 急ぎ行く。世の中の、苦は色かゆる松風の、音も淋しき冬空や、霰交りに降り積る、軒もまばらの離れ家は、岡崎の宿はづれ、百姓ながら一理屈、主は山田幸兵衛と人も心を奥口の、障子隔てゝ女房が紡ぐ車の夜職歌。いとし殿御を三河の沢よ、恋の掛け橋杜若、更けて忍ばば夜は八つ橋の、水も洩らさぬお手枕、鄙も都も小娘の、誰が教へねど恋草を、見初め惚れ初め打ちつけに、雪の夜道の気散じは互ひに手先持ち添ゆる。傘の志津馬に縺れ合ふ、ぢやらくら話いつの間に、戻るお袖がわが家の戸口。

「オヽ辛気。いつもは遠ふ覚へたに、意地悪ふ今夜の早さ。まだ話が残つてある、後へ戻つて下さんせぬか」
「さりとては訳もない、日は暮れる草臥れ足、後へも先へも雪の段、鉢の木の焚火より、暖かなそもじの肌で、暖めて貰ふが御馳走」
とぢやれた詞にどふ言ふて、よいか悪いか白歯の娘、声聞きつけて、
「誰ぢや、誰ぢや」
「アイアイ母様、わたしぢやわいな」
「オヽお袖としたことが、この寒いのに何してゐやる。戻りが遅さに待ち兼ねた、サ早ふ這入りや」
と母親の、詞を機会に内へ入り、
「とふ帰らふと思ふたけれど道連れのお方があつて、それで思はず夜に入りました」
「ムヽ、道連れのお方とは」
「アイ、行き暮らした旅のお方、それはそれはきつい御難儀。今宵一夜はこちらの内に泊めて上げて下さんせ。申し苦しうございませぬ、こちへお這入り遊ばせ」
と、呼ばれて志津馬はおづおづと、小腰屈めて、
「御赦されませ。独り旅の浪人者、日は暮れる足は患ふ。詮方尽きてこのお頼み、近頃わりないことながら、一夜のお宿を御無心」
と、言ふも心に荷物の葛籠、お袖は見るより
「申し母様、父様の旅葛籠、あそこに戻つてあるからは」
「オヽ、親父殿も今日暮前帰らしやつた、ガ旅草臥れで寝てぢやわいの」
「エヽ、遅ふても大事ないに、早いことや」
とその後は、言はぬ色目を見て取る母、
「日頃から二親がちよつと出ても戻りを案じる孝行なそなた。どうやら不興な顔持ちは、堅い父御の気質ゆゑ折角お宿を貸しませふと、お供しやつた道連様へ約束が違ふかと、案じ過ぎてのことであらふ。たとへ父御は得心でも、この母が不得心、サなぜと言や。今こそ茶店の娘。去年までは鎌倉のお屋敷方へ腰元奉公、御主人様のお差図で、さる武家方へ末々は縁につけふと堅い約束。その許嫁の夫を嫌ひ、無理暇貰ふて親の内へ戻つて、間もなふみだらがあつては、以前のお主ばかりぢやない、顔は知らねど約束した婿殿へ、どの面さげて言訳せふ。サア、かう言ふは言ふものゝそなたに限り、そふしたことはあるまいけれど、時分の来た若い娘のある内へ若い男。一夜は愚か半時でも、一つ所に寝臥せば、戸は立てられぬ人の口。その上連合幸兵衛殿。国守よりのお目がねにて、新関の下投を勤めさつしやる今の身分。常の百姓とは達ふて、物事を正しうするも役柄ゆゑ、必ず悪ふ聞けやんなや」
と、言はれてなんと返事さへ、お袖が異見の相伴に、志津馬も手持ち投げ首を、見る気の毒さ母様も、
『さのみはいかゞ』
と何気なふ、
「この様に異見するも転ばぬ先の杖とやら。イヤ申し御浪人様、御心にさへられて下さりますな、泊めますことはならずともせめて、お茶なと入れ端を、一つ上げふ」
と尻軽に、勝手へ


 行く間、待ち兼ねて、娘はおづおづ志津馬が傍、
「サ、誰も来ぬ間に言ひ残した、話の後を納戸で」
と、取る手をすげなく振り放し、
「見る影もない旅の者に、関所での情といひ、道すがらもあた嬉しい、詞を誠と思ひのほか、許嫁があるからは、主ある花に落花狼籍。密男などと重ねておいて、ムもう四つには間もあるまい。夜の更けぬうち宿取つて、寝て花やろ」
と立上る、袂に鎚り、
「コレ申し、あつて過ぎたる縁定め、今更とやかう母様の、今の詞がお心に障つて私へ当て言を、無理とはさ更々思はねど、恥かしながら今日までも、殿御に惚れたといふことは、知らぬあどない不束な、在所育ちのこの身でも、結ぶの神の御利生で、お顔見るから思ひ初め、どふぞ女夫になりたいと、胸はしがらむ藤川の、関は越へても越へかぬる、恋の峠の新枕、交はさぬ中に胴欲な、つれないことを言ふ手間で、つい可愛いと一口に、言はれぬかいな」
と縋り寄り、しども涙に託ちごと。岩木ならねば流石にも、振り捨てがたき恋の罠。かゝる折から門口へ、いきせき来かゝる蛇の目の眼八。お袖は目早く一間の内、無理に志津馬を忍ばせて、何気ない顔、入り口から、差し覗いて、
「ヤ、ヤアヤアヤア、うまいぞうまいぞ、ハヽヽヽヽ。毛虫の親仁や母者はゐず、お娘一人はない図な首尾」と、這入るや否や後ろから、帯際はふと引だかへ、「オウオウお娘お娘お娘、これはどうぞいのどうぞいの、常から目顔で知らしてもぴんしやんぴんしやんと跳ね回る、馬より俺が太鼓のぶち、立場で講釈見つけた様に、さんばい仕兼ねてゐるはいのハヽヽヽヽ。コレ嫌かいの、嫌かいの、イヤナーイヤー風にもヨ、ア靡かんせなヨ、とけつかるわいハヽヽヽヽ。オヽ、否応なしに、つひちよこちよことつるんでおくれ」
と、しなだれかゝれば。
「エヽ汚い、うるさい、嫌らしい」
と、突付けられても押し強く、
「誰でも初めはいやと口では言ふが、ふぐ汁と色事は、味覚えてからヤモ止められるものぢやないて。ガそれともいやなら俺も意地ぢや。今夜藤川の関所を破つて、忍び道を通つた奴、召し捕らよふと岡崎中は上を下へと詮議のどう中、胡散な奴との相合傘、ちらつとつないだこの眼八、灰汁で洗ふた蛇の目の詮議ぢや。ほえ面かゝしてこまそふ」
と、駆け入る向ふへ立ち塞がる、お袖を突退け立て切りし、障子引き明け見てびつくり、『コリヤ違うた』と狼狽へ眼、駆け出す蛇の目が利き腕捻ぢ上げ、立ち出づる主の幸兵衛、

「百姓なれども新関の下役をも相勤むる身共が居間へ、泥脚を切り込む狼籍奴、了簡ならぬところなれど、所存あるゆゑ赦してくれる。この以後きつと嗜みおらふ」
と、投げ付けらるゝと思ひの外、突き放したる手強さに、底気味悪くうぢうぢもぢもぢ、見るにお袖が嬉しさと、いとしい人の納りを、心一つにとやかくと案じいや増す思ひなり。弱みを見せぬ悪者根性、お家にどつさり上股打ち、
「オウ親仁殿、親仁殿、ヤコ親仁、役目々々と言はゝるが、その大切な関所を抜けた村人を吟味する最中に、こゝの娘が連れて戻つた旅の侍、引込んで置きながら、詮議するこの眼八。なぜしめ上げて手ごめにしたのぢやい」
「ムヽ、娘が連れ立ち帰つたとは、その侍は何処に居る」
「ヤア、確かさつきに」
「ヤア黙りをらふ。お袖にうつぽれ最前より法外のあり条、承引せぬゆゑ無法の当て推。よしまたその侍とやらんがこの内へ来たにもせよ、鎌倉通行の東海道、数限りなき旅人の往来、これぞといふべき証拠もなく、侍とされ吋へば、悉く引捕へ関破りと言ふべきか。勿論汝は当所の馬追、誰が許しての詮議呼ばはり。長居ひろがば括し上げ、御地頭へ引立てふか」
「アヽ申し、申し申し、さりとては気の短い、お気の短い、コレ気の短い。ヤモ商売が馬方だけ、豆から起つたいざこざで、親仁様の寝所まで、踏馬御免」
とへらず口、後をも見ずして逃げ帰れば。後見送りて落ちつく娘、忍ぶ志津馬も一間を立ち出で、
「覚えなき身に関破りと、今の危難を免れしは、御亭主の御厚志ゆゑ、忝なし」
と手をつかへ、礼の詞に、
「ヤこれはこれは痛み入る。まづまづお手上げられい、平に平に。承れば御浪人とな。定めて仕官のお望みで上方へござるのか」「イヤイヤ、様子あつて世を忍ぶ一人旅。すなはち当所岡崎にて、山田幸兵衛殿方へ密かに参る浪人者」
と、聞いて不審の眉に皺、
「その山田幸兵衛とは身共がこと。シテ其元はいづかたから」
「ムヽ、スリヤ貴殿が幸兵衛殿とな。拙者は鎌倉の昵近武士、沢井城五郎殿に縁ある者、委細はこれに」
と藤川にて、手に入る一通手に渡せば、封押切つて老眼に、つぶつぶ読むも口の内、様子知らねば気遣ふお袖、幸兵衛とくとく読み終り、
「ムヽ、某が性根を見込み、和田行家を討つて立退く沢井股五郎が力となつてくれとおるお頼みの書面。シテこの使ひを勤めらるゝ其元は、城五郎殿の御家来か」
と、尋ぬる詞は敵の手筋、『これ幸ひ』と気色を正し、
「ハア幸兵衛殿の徹懇切。承る上からは何をか隠さん。某こそ刀の遺恨止むことを得ず、和田行家を手にかけし沢井股五郎と申す者」
「スリヤアノ御自分が股五郎殿、か」
「いかにも」
「これはこれは存じ寄らぬ。これまで互ひに御意得ねば、双方とも知らぬ同士。コリヤ娘、許嫁の婿殿ぢやわやい」
「エヽ、そんなら私が鎌倉へ御奉公のその中に」
「オヽサ、約束致いた花婿殿。よふこそ尋ねて下さつた」
と、悦ぶ声の魂れ聞へ、母も立ち出で。
「ヤレヤレ思ひがけない、こな様が婿殿であつたかいのふ。したが気にはさへて下さんな。許嫁はありながら股五郎といふ名を嫌ふて今まで娘が不得心。それ故疎遠に打ち過ぎました。が聞いたと違ふてオヽ好い男。ヤアコレお袖や、この様な婿殿でも、そなたはやつぱり嫌かいのふ」
「オヽ勿体ないこと言はしやんす。許嫁の殿御ぢやと、今の今まで知らいでさへ、添ひたふてならぬもの、何の私が嫌ひませふ。二世も三世も変らぬ夫。もふもふいつまでもこゝにゐて、アノ可愛がつて下さんせ」
と、心に思ふありたけを言はで思ひを押し包む、お袖が嬉しさ二親も、共にはたはた悦び顔。
「ソレ女房、娘、稀の珍客、何はなくとも盃の用意しやれ」
「アヽイヤイヤ、そのお心遣ひ却つて迷惑」
「ハテ婿殿の他人がましい、舅入やら婿入やら祝言もごつちや煮の在所料理。みしり肴の舟盛より外に馳走は手入らずの、娘のお袖が初物一種でオホヽヽヽ」
「アハヽヽヽ」
「ホヽヽヽ」
「ハヽヽ」
「ホヽ」
「ハヽ」
「ホヽ。ホヽ。ホヽヽヽ」
「ハヽヽヽヽ、いかさま祖母の言やる通り、敵持の婿殿に七十五日生き延びるとは、これも吉左右、めでたい、めでたい。ドレドレ案内致さう」
と、おどけ交りに先に立つ、親の手前を恥ぢらひて、赤らむ顔の色直し、とけて見せても下心、許さぬ志津馬が肌刀、胸に寝刃を相の間の、襖


 引き立て入りにける。すでにその夜もしんしんと、遠山寺に告げ渡る、はや九つのかねてより、内の案内は知つたる眼八、裏から忍んで納戸口、思はず躓く明きがらの、駄荷の葛籠を幸ひと、あたふた押し明け忍び込み、鼻息もせず窺ひゐる、かくとは人も白雪の、道も厭はぬ政右衛門、心も関の忍び道、逃れて急ぐ後よりも、数多の捕手が見へ隠れ、慕ふ足跡気転の唐木、両腰そつと道端の、雪掻き集め押し隠す。隙もあらせずばらばらばら、「腕を廻せ」と追取り巻く。
「ヤア子細も言はず理不尽に、縄かゝるべき覚へはない」
と、言はせも果てず双方より、
「捕つた」
とかゝるを引つ外し、苦もなく首筋筋一掴み、一振ふつて右左、弱腰蹴すえて狗投げ。隙間を得たりと二番手が腕がらみを振り解き、ほぐれを取つて真逆様、頭転胴骨雪道に打ちつけられて『叶はじ』と、入り替つたる三番手、打込む十手かい潜り脾腹を丁ど真の当て、激しき手練にさしもの組子、左右なくも寄りつかず、後じさりするばかりなり。見兼ねて駆け寄る捕手の小頭、「ヤア上意によつて向ひし我々。手向ひなすは関破りの浪人者に相違はない。腕を廻せ」
と詰めかくれば、
「ヤレ粗忽なりお役人。急用あつてこの如く夜道を急ぐ旅の者。丸腰の某を、関所を破りし浪人とは、身に取つて覚えぬ難題。外を御詮議なされよ」
と、ちつとも恐れぬ丈夫の振舞ひ。始終を見届け幸兵衛は、戸口を駆け出で押し隔て、
「憚りながらお役人へ申し上ぐる。関破りの御詮議半ば、深夜に一人歩行の旅人、御疑ひは御尤も。しかし、この者は鎌倉飛脚。子細あつてこの幸兵衛、よつく存じまかりあれば、慮外の段はご容赦あり。無難にお通し下さらばありがたき仕合せ」
と、庇ふ詞に政右衛門、
「ムウ、さ言ふこなたは何人」
と言ふを打ち消し、
「イヤサコリヤ。身に覚へないにもせよ、お役人に慮外の手向ひ、アヽ不屈至極」
と叱りつけ、しづしづと歩み寄り、倒れ伏したる組子共、引起こして死活のいけ、
「いづれも、御心確かにござるか。お役目御苦労千万」
と、苦い挨拶、気のつく捕手。幸兵衛なほも威儀を正し、
「奉れば関所を破りし科人は帯刀の浪人者、彼は町人、この丸腰。憚りながらコリヤ人違へ。かやうな儀に隙取るうち、かの曲者を取り逃さば、詮なきこと。早々お手当なされよ」
と、言はれて
「実にも」
と捕手の小頭、
「ムウその方が存ぜしと申す詞に相違もあるまい。これよりは山手へかゝり、かの曲者を詮議せん。家来参れ」
と引き連れて、元来し道へ引返す。

影見送つて政右衛門、
「ハヽア、危き場所を逃れしも全く貴公の御厚志ゆゑ。ガ御礼は重ねて。心も急けば失礼ながらお暇申す」
と立ち上るを
「暫し」
と留め、
「昨今なれど折入つてお尋ね申す子細もあれば、見苦しけれど拙者が宅へ、暫時ながら」
と老人の、詞に是非なく政右衛門、
「しからば、御免」
と打ち通れば。門の戸引立て主の幸兵衛、傍近く差寄つて、
「多勢を相手に今の働き感心の余り、役人を欺き帰し、難儀を救ふは身共が寸志。それにつけても訝しきは貴殿の柔術。正しく拙者が流儀に同じき真影の極意。手練せられし旅人は」
と訝る色目、こなたも不審、
「ムヽ、真影流の極意なりと、見極められし御老人。テ心憎し」
と双方が、ためつすがめつ見合はす顔、
「ムヽ、お別れ申して十年余り、相好は変られしが、生国勢州山田にて、武術の御指南下されし、要様ではござりませぬか」
「オヽ、その詞で思ひ出したハヽヽヽヽ。我れ勢州に在りし節、幼少より育て上げし庄太郎であらうがな」
「成程々々。しからばあなたが」
「その方が。ヤ、これはハヽヽヽ」
「これは」
と手を打つて、尽きぬ師弟の遠州行燈、掻き立て掻き立て打ち眺め、
「オヽ、稚な顔に見覚えある庄太郎に相違ない。テすこやかに生立ちしな」
「ハア、先生にも御健勝で」
「オヽサ、オヽサ、無事の対面互ひに満足。さりながら、アヽ思ひ回せば過ぎ行く月日、その方は山田の神職荒木田宮内が倅なれども、幼少の砌父母に離れ孤児となる不便さに、手塩にかけて育つるところ、幼な立ちより武芸を好むは末頼もしく思ふより、門弟共へ稽古の序で、一手二手と教ゆるうち、一を聞いて十を知る、頓知といひ器用といひ、十五以下にて槍術、剣術、鎖鎌、体術、柔に至るまで、諸歴々の弟子を追抜き、真影の奥義を極むる無双の達人。何卒大家へ仕官致させ、親の氏をも継がせんと、心頼みに思ふうち、未熟の師匠と見限りしか、家出致して十五年。便りなければ折に触れ、この庄太郎はいかゞなりしと、雨につけ風につけ、思ひ出さぬこともなく、夫婦打寄りそちが噂。シテ只今の住所はいづく、ありつきとてもあらざるか」
と師匠の慈愛に政右衛門、思はず
「ハツ」
と手をつかへ、
「親にも勝る大恩の、師匠を見限り家出せしと、御疑ひはさることなれど、常々武術の御講釈。小耳に覚ゆるその中に、一派に心を凝らさんより、諸流に渡り修行をなすこそ、この道の心がけとの御教訓。心魂に染み渡り十五歳にて国を出で、普く諸国を遍歴し、武術を磨く武者修行。天運に叶ひ、しかるべき主取も致せしかど、生れついたる好色者、乱酒に主人の機嫌を損じ、只今元の浪人、頼るべき方もなければ、もし上方にありつきもやと、志して参るところ、思ひがけなく先生に面目もなき対面」
と、迂闊にそれと身の上を、言はぬ底意は白髪の母、様子聞いてや一間を立ち出で、
「オヽ庄太郎か、テモ成人しやつたの。連合の目がねに違はぬ武芸の上達、器量を見込んで頼みたい、子細がある」
と声をひそめ、
「そなたの家出した時は三つ子のあのお袖、もう十七になるわいの。縁あつて許嫁のその婿殿を親の敵、サア親の敵と付け狙ふ者があるゆゑ、まさかの時の後ろ楯、力になつて下さらば、余の人千人万人にも、勝つて嬉しう思ひます」
「オヽ如何にも如何にも、庄太郎と知らぬ先、難儀を見兼ね救ひしも、その儀を頼まん下心」
と師匠の詞、聞きもあへず、政右衛門摺り寄つて、
「ムウ、シテその付け狙う敵の仮名は」
「オヽ、婿といふは上杉の家来、沢井股五郎といふ侍。付け狙ふは和田志津馬、と聞いたばかり。面体は知らねども、たかで知れたる若輩者。この幸兵衛が片腕にも足らぬ相手へヽヽヽヽ。がこゝに一つの難儀といふはきやつが姉婿、唐木政右衛門といふ奴。音に聞こへし武術の達人。たとへ五十人百人加勢ありとて政右衛門にはヤヽヽ及ばぬ、及ばぬ。まだしも唐木に立合はんは、その方ならで外にはない。何卒婿に力を添へ、助太刀頼む、庄太郎」
と、余儀なき頼みに、政右衛門、
「先生に内縁ある股五郎殿に力を添ゆれば、少しは師恩を報ずる理り。如何にも助太刀仕らふ。サヽこの上は沢井殿の隠れ家へ御案内」
と、せき立つ唐木、忍びの眼八、董押明けて差覗く、影をちらりと見つける幸兵衛、心付かねば、
「ヤレヤレ嬉しや。庄太郎の今の詞聞いたからは千人力、ドレ婿殿へ」
と立ち上るを、
「ハテさていらざる女の差出。股五郎殿の行方は知らぬ、ハテ壁に耳ある世の諺。それと確かに知らねども、言ひ聞かすには折があらふ。迂闊にそれと明かされぬ。話の蓋は取らぬが秘密」
と、どこやら一物、歩きの小助、門の戸叩ひて、
「申し申し、庄屋殿から急な御用、只今御出」
ととんきよ声、
「また関破りの詮議であらふ。いやと言はれぬ役目の不祥」
と、言ひつゝ羽織引つかけて、嗜む大太刀差しこなす、腰もかゞみし海老錠を、葛籠にしつかと、
「コリヤ女房、今も言うた話の蓋、戻つて来るまで明けぬ様、心に下ろしたこの錠前、ナ、合点か」
と詞の謎、聞く女房も解けやらぬ、雪道厭はぬ高足駄、さす傘の骨組も人に勝れし頑丈作り、歩きを先に幸兵衛は、心を残して出でて行く。

「戻らしやるまで寝られもせまい。糸紡ぎながら話しませう」
「マア今に御上根なこと。マア火にお当りなされませ。私もこれから下男同然に、お遣ひなされて下さりませ」
「なんのいの、こな様は大事のお客。マア煙草呑んでゆるりつと、寝転んだがよいわいの」
「アヽイエイエ勿体ない師匠の内。ホンニこの煙草は、どこから参つた」「ソリヤ親父殿が旅戻りに、貰うてござつた上方煙草」
「ハア、あなたのお口に合ふのなら、服部か国分か。この天気にかうして置いたら湿りましよ。留守ごとに刻んで見ませう。幸ひこゝに切台庖T」
底に剣の刃拵へ、敵を聞き出す煙草の小口、葉巻、手早くきりきりと、大の体を小廻りの、奉公振りも哀れなり。外は音せで降る雪に、無惨や肌も郡山の、国に残りし女房の、思ひの種の生れ子を、抱いて遙々海山を、辿り辿りて岡崎の、宿より先に日は暮れて、いづくを宿と定めなく、がはと転れば『わつ』と泣く、子をすかす手も冷え凍る、雪の蒲団に添乳の枕、「いんのこ、いんのこ、いんのこ」に友誘ふ犬の声々、夜廻りの番が見つける小提灯、
「ヤイヤイヤイ。軒下になんで寝るのぢやい、きりきり往け」
と叱られて、
「ハイハイハイ、私は秩父坂東廻る順礼。癪でお腹を痛めまする、ちつとの間置かしてやつて」
「順礼でも幽霊でも在の中に寝さすことはならぬ、ならぬ。意地張るはなほ胡散者、棒戴くな」
と提灯突きつけ、見る褄外れの尋常さ、睨んだ眼うつかりと、細目に明くる戸の隙間、内から覗く夫婦の縁、思ひがけなき女房お谷、『ハツ』とびつくり差し合はせ、包むわが名の顕れ口、悪いところへ切りかけた煙草の刃金、胸を刻むと人知らず。
「フウ、見たところが、小盗する風俗とも見へぬ。この雪に乳呑子抱へ、難儀ぢやあろのう。どこぞ後生気な所を頼んで、泊めて貰はしやれ。エヽ、見れば見る程、ころあひな好い女房。一人寝さすは残念なれど、この方も寒気に閉ぢられ、痩畑の鬼灯で、あつたらものを見逃すこと」
と、つぶやき帰るも頼みなき。人の詞もせめての頼み、火影を力、戸口に這ひ寄り、
「幼い者を連れた順礼でござります。お情に今宵一夜さ、お庭の端に」
とばかりにて、癪に苦しむ息切れの。声に主は涙もろく、
「いとしや癪持ちそふな。門中に寝てはたまるまい。泊めてしんじよ」
と立つて行く、『南無三宝』と裾引き留め、
「アヽこれはまた御粗相千万。このお触れの厳しい中、殊ににお役柄のこの内、どこの者やら知れもせぬに、滅多に引き入れ後の難儀はドドどふなさるゝ、きつと止しになされませ。夜中に一人歩く女、碌な者ぢやござりませぬ。戸を明けずと、ぼいいなしたがよござります」
「いかさまのふ。親父殿の留守のうちは用心が肝心。コレコレ旅人、いとしけれど一人旅を泊るは御法度。御城下の内は軒下に寝ることはならぬ程に、宿外れの森の中へ、往て寝やしやれ」
と、柔らかに、言ふて引き出す糸車。来いといふたとて行かれる道か、道は四十五里波の上。
「ハア、どこへ往ても一人旅は泊てくれふ様もなし。遙々の海山も、この子の顔を旦那殿に見せたいと思ふ精力で、産み落すからこの巳之助、漸々忌も明くや明かず、国を立つてつひに一夜さ、家の下で寝たことがなけりや、身はならはしと山寺の、鐘がなれば寝ることにして、星の光を燈火と、思ふて寝入れど、今夜の暗さ。氷の様なこの肌で、寝苦しいは道理ぢや、道理ぢや、道理ぢやわいの。殊更癪で乳は張らず、雪に凍へ雨に打たるゝ、辛さは骨に堪ゆれども、旦那殿や弟が、敵を尋ねる辛抱は、まだまだまだこんなことではあるまいに、その艱難に比べては、雪は愚か剣の上にも寝るのがせめて女房の役。気は張り詰めてもこの癪の、重るにつけては二人の身に、疲れの病ひが起りはせぬか、万一悲しい便りなど聞いたら、わしや、わしや、何とせふぞいの。頼み上げるは観音様、弟夫の武運長久。わが子の命息災延命。未練なことぢやが私も、この子を夫に渡すまでは生きていたい、生きていたい、死にともない」
と、傍に夫のあるぞとも知らぬ不憫さ喰ひしばる、喉に熱湯内外に、水火の責苦雪霙、子を濡らさじと抱きしめ抱きしめ、天道哀れ白雪の、積り重なる旅労れ、癪と寒気に閉じられて、『アツ』と一声気を失ひ、どうど倒れし物音は、肝に堪へて、『南無阿弥陀南無阿弥陀、南無阿弥陀仏』も口の内、
「今のはなんぞ」
と主の母、戸を引き明くればばつたりと、身は濡れ鷺の目はどみたり、
「こりや眩暈が来たのぢやわいの。エヽいぢらしやどうせうぞ。それよ、幸ひこの気付」
と、とつかは文庫に用意の薬、
「アヽ申し、そりや御無用になされませ」
「なぜにいの。こりや親仁殿の道中で、持たしやつた結構な気付」
「サアその結構な気付を、非人同然の者に呑まして、それでも気の付かぬ時は、かゝり合いになりますぞへ。このまゝにして放り出して、お仕舞ひなされませ」
「ぢやといふてどふ見捨てになるもの。アレ可愛や乳を捜して泣くわいの。せめてこの子を殺さぬ様に、奥の炬燵で温めてやりませう。風に当てじ」
と寝衣の襦袢、赤の他人は慈悲深く、比翼と交はす女房を、惨ふ引出し戸を引立て。奥口見廻し差し足し、勝手は見置く釜の前、付木の明り見咎めて、人は何とかいひ柴を、そつと隠して門の口、伏したる妻に気をつくる、柴の焚火の暖まり。噛みしめる歯を押し割つて、雪にうるほす気付の一滴、耳に口寄せ、『お谷、お谷やあい』と言ふも憚りて、心の内で呼び生ける。夫の誠通じてや『うん』と一声、
「気がついたか、コリヤ女房、女房やーい」
「ハア、ムヽヽヽヽ、政右衛門殿」
「コリヤなんにも言ふな。敵の在所手がゝりに取り付いたぞ。この屋の内へ身共が本名、けぶらいでも知らされぬ大事のところ、そちがゐては大の妨げ、苦しくとも堪へて一丁南の辻堂まで、這ふてなりとも往てくれい。吉左右を知らすまで気をしつかりと張り詰めて、必ず死ぬるな。サア早ふ行けく」
と、夫の詞は千人力、
「観音様の御引き合はせ。お前に逢ふたは人参熊胆。忝ない忝ない。坊はどこへ」
「コリヤ気遣ひすな、坊主は奥で寝さして置いた。アヽアレアレ、向ふへ来る提灯、見つけられな、早ふ早ふ」
とせき立つれど、この年月の悲しさと嬉しさ高じて足立たず、杖を力に立ち兼ぬる、とやせん側に脱ぎ捨てし、薦に積りし雪のまゝ着せて、


 人目を暗き夜を。ほかほか戻る達者親仁、
「オヽ、お帰りなされましたか」
「オヽ庄太郎、寒いに門になにしてゐる」
「イヤ、お帰りが遅いゆゑ、お迎ひに出かけるところ」
「ナンノ迎ひには及ばぬ。こりや門口に柴の燃えさし、非人どもが業であろ、不用心な」
と見廻す提灯、
「イヤ私が」
と取る拍子、わざとばつたり、
「コリヤ粗相」
「だんない、だんない。きつい風ですでに道に取られふとした。まだも好いところで火が消へた」
と、言ふもこたへる庇持つ足、天気も大方上り口。庭から足拭く下駄直す、師匠思ひに機嫌顔。
「イヤモ馴染程結構なものはない。これから緩りと夜と共に話そふ。ガいよいよ最前頼んだこと、異変はないの」
「これは又、お師匠とも覚へぬくどいお尋ね、心許なふ思し召すなら、なまくらでない魂を只今金打」
「アヽコレ、なんのそれに及ぶこと」
「及ばぬ仰しやつても、お頼みなさるゝ本人の股五郎殿の所在、御存知ないとおつしやるは、お師匠の詞に鞘があろかと存じられ、頼まれるに力がない。ナント左様ぢやござりませぬか」
と、探る心の奥より女房、稚児抱き走り出で、
「コレ親父殿、最前行倒れの巡礼が、抱いてゐたこの乳呑子。今肌を明けて見れば、守りの中にこの書付、『和州郡山唐木政右衛門子。巳之助』と書いてあるわいの」
と言ふに幸兵衛立ち寄つて、
「誠に誠に、シヤよいものが手に入つたぞ。敵の倅を人質に取つて置けば、この方に六分の強み。敵に八分の弱みあり。股五郎殿の運の強さ。その餓鬼随分大事にかけ、乳母を取つて育つるが計略の奥の手」
と悦び勇めば。政右衛門ずつと寄つて稚児引き寄せ、喉笛貫く小柄の切先、幸兵衛驚き、
「コリヤ庄太郎。大事の人質ナヽヽヽヽなぜ殺した」
「ム、ハヽヽヽヽヽ。この倅を留め置き、敵の鉾先を挫かふと思召す先生の御思案、お年の加減かこりやちと撚が戻りましたな。武士と武士との晴れ業に人質取つて勝負する卑怯者と、後々まで人の嘲り笑ひ草。少分ながら股五郎殿のお力になるこの庄太郎、人質を便りには仕らぬ。目指す相手、政右衛門とやらいふ奴。その片割れのこの小倅、血祭に刺し殺したが頼まれた拙者が金打」
と、死骸を庭へ、投げ捨てたり。幸兵衛手を打ち、
「ハヽア尤も。その丈夫な魂を見届けたれば、何をか隠そふ、股五郎は奥へ来てゐるはいの。祖母婿殿を起こしておぢや。アヽコレ股五郎殿の片腕になる頼もしい人が来たと言ふて、こゝへ呼んでおぢや」
「スリヤ沢井股五郎殿はこの内にゐさつしやるか。シテ、外に連れの衆でもござるかな」
「イヤイヤ供もなし、たつた一人。奥底なふ話してたも」
と打明け語るは思ふ壺、『何条知れたる股五郎、手取りにするは易かりなん』と、手ぐすね引いて待つ大胆、志津馬は女房が案内に『股五郎が片腕とは、何奴なりともたゞ一討ち』と、鯉口くつろげ居合腰、気配り、目配り、互ひにきつと、
「ヤアこなたは」
「こなたは」
と一度の仰天、幸兵衛むんずと居直り、
「唐木政右衛門、和田志津馬、不思議の対面満足であらふな」
と、先かけられし二人より、思ひがけなき女房が、心どぎまぎ不審顔。
「ナント、老人の目利よもや違いはせまいがの。今宵沢井股五郎と名乗り来る年配恰好、聞き及びしとは抜群の相違、さては却つて付け狙ふ志津馬かたゞし余類の者か、何にもせよ肌赦させて詮議せんと、わざと一ぱばい喰ふた顔。三寸まな板見抜いたれど、わが弟子の庄太郎が政右衛門といふことを知つたは漸々たつた今。骨柄といひ手練といひ、天晴れ股五郎が片腕にせんものと、頼めば早速承知しながら、股五郎があり家を根を押して聞きたがるは心得ずと思ひしが、子を一抉りに刺し殺し、立派に言ひ放した目の内に、一滴浮む涙の色は隠しても隠されぬ。肉親の恩愛に初めてそれと、悟りしぞよ。沢井にさせる恩はなけれど、娘のお袖を城五郎方へ奉公に遣つた時、『筋目ある人の娘、末々はわが一身の股五郎と娶合はせん』『オヽ、いかにもお頼み申す』と、つひ言ふた一言が、今更引かれぬ因果の縁。その後娘は奉公引いて帰りしかど、今落目になつた股五郎、見放されぬは侍の義理。匿まふ幸兵衛狙ふはわが弟子。悪人に与してくれと頼むに引かれず、現在わが子をひと思ひに殺したは、剣術無双の政右衛門。手ほどきのこの師匠への言訳、ヤモさりとては過分なぞや。その志に感じ入り、敵の肩持つ片意地も、もはやこれ限り、たゞの百姓。町人も侍も、変らぬものは子の可愛さ、こなたは男の諦めもあらふ。最前ちらりと思ひ合はす順礼の母親の、心が察しやらるゝ」
と、悔めば門に堪へ兼紬て『わつ』と泣く声内よりも明くる戸すぐに転び入り、あへなき骸を抱き上げ、
「コレイノウ巳之助、物言ふてたも、母ぢやわいの。ゆうべまでも今朝までも、憂い辛いその中にも、てうちしたり芸尽し、父御によふ似た顔見せて自慢せふと楽しんだもの。逢ふとそのまゝ刺し殺す、惨たらしい父様を恨むるにも恨まれぬ。前生にどんな罪をして侍の子には生れしぞ。こんなことならさつきの時、母が死んだら憂目は見まい。仏のお慈悲のあるならば、今一度生き返り、乳房を吸ふてくれよかし」
と、庭に転びつ這ひ廻り、抱きしめたるわれが身も雪と消ゆべき風情なり。志津馬涙を押拭ひ、
「この上は包まん様なし。とてものことに真実の、敵のあり所を」
「ム、なにがさて、この方も隠しはせぬ。あり様はこの幸兵衛、最前庄屋へ呼ばれた時、股五郎に逢ふて来た」
「ヤヽ、すりや敵は庄屋の方に、心得たり」
と駆け出だすを、政右衛門引きとゞめ、
「愚か愚か、我々こゝにあると聞いて、暫時もこの地に足を留めふ様がない。はや五六里も行き過ぎて、もふこゝらに敵はゐぬ。この行先も用心して、海道筋へはよも行くまい。道を変へて落ちたと見ゆる。親仁様、なんと左様でござらふがな」
「したり、黒星その通り。とても非道の股五郎、天道の御罰にてどうで討たるゝ者なれども、この岡崎にて勝負さすれば、肩持たねばならぬ幸兵衛。薬師堂の山越へに中仙道へ落したは、城五郎へ一旦の情け、股五郎との縁もこれまで。思はぬ手段が縁になり、志津馬殿と言ひ交した娘が身の果て、不憫や」
と、見ればまがきの小陰より、思ひ切髪黒染の、袈裟に変りしそぎ尼姿、
「お袖か、出かしやつた。悪人の股五郎に、仮にも女房と名の付いた、その間違いがそなたの不運、可愛や盛りの黒髪を」
「アヽコレ申し、もうなんにも申しませぬ。顔は見ねど許嫁の男持つのがうるさゝに、屋敷を戻つたその時から、尼になる気で袈裟衣。今日一日に気が変り、染め違ふたる鉄漿付を、元の自歯と墨染に、染め直しても剥がしても思ひ染めた煩悩の、心がはげぬ仏様、御赦されて」
と身を背け、泣かぬ気を泣く親心、
「股五郎にも志津馬にも縁を離れたお袖道心、袖振り合ふも他生の、子に別れた順礼に菩堤のためのよい道連れ。関役人のわが娘、関所々々も切手ゐらず。中仙道への案内者、勝手に連れて行かれよ」
と、娘に敵の道引を、さすが子ゆゑに踏み迷ふ、未来の契り鉦撞木、涙で渡す父母の、恵みも深き観世音、
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀」
わが子は冥途の道しるべ。志津馬唐木も恥ぢ合ふて、萎れぬ表武士の礼。師弟は内証敵同士、
「このまゝ帰るは卑怯者、返せ」
と一声切りつくる、
「得たり」
と受ける半蓋に、馬子の胴切り重ね切り、
「まつその通りの手柄を待つぞ」
「まだお手の内は狂ひませぬな」
「ハヽヽヽヽ、やがて吉左右」
「吉左右」
と、笑ふて祝ふ出立は、侍なりける次第なり。

 


 

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