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「義経千本桜」

三段目 椎の木・鮓屋 床本


三芳野は、丹後武蔵に大和路や、わけて名高き金峯山(きんぶせん)。蔵王弥勒の御宝物(ほうもつ)、御開帳とて野も山も、賑はふ道の傍らに、茶店構へて出端(でばな)汲む、青前垂(あおまえだれ)の入れ端(ばな)は、女房盛りの器量よし。五つか六つの男の子、傍に付き添ひ、「かゝ様」と、言ふて花香もさめにけれ。
枯れ残る、身はいとどなほ枝折りや、若葉の内侍若君は主馬(しゅめ)の小金吾武里が、嵯峨を遁れて維盛のもしや高野と心ざし、旅の用意の小風呂敷、背(せな)に忍海(おしうみ)吉野なる、下市村に着きけるが。
若君六代疳疾(かんしつ)に悩み給へば幸ひの茶店、
「しばらく床几へお休み」
と内侍を誘ひ、その身も背負ひし包みを下ろし、
「お茶」
と指図に
「あい/\」
と、愛想こぼれて差し出だす。

内侍はつくづく見給ひ、
「こりやこなたも子持ちよの。自らも連れ合ひの忘れ形見を伴ひしに、道より悩みて貯(たくわ)へし、薬を残らず飲み切らし俄かの難儀。子持つた者は相身互ひ、嗜みあらば所望したし」
と、仰せに女房、
「それはまあいかい御難儀。わたしが子は生まれてより腹痛一つおこしませねば、何の用意もござりませぬ」
「ハテそれは気の毒や」 
「イヤ申し、ほんにそれ/\、幸ひこの村の寺の門前に、洞呂川(どろがわ)の陀羅助(だらすけ)を請け売る人がござりますれば、お供の前髪様、つひ一走り」「イヤ/\、身共は当所不案内、大儀ながらその方、調へてくれまいか」
「オヽそれもお易い事、私が調へて来て上げませう。善太留守しや、たゞしは行くか」
「おれも」
と慕ふ子を連れて、器量よければ心まで、尊い寺の門前へ、薬を買ひに急ぎ行く。

「ハテ、心よい女中や」
と、内侍は見やり、
「コレ六代、こゝに大分木(こ)の実があるが、拾(ひら)ふて遊ぶ気はないか。金吾が拾ふが大事ないか」
と、勇めの詞に引き止てられ、
「おれも拾を」
と若君の、病もわやく半分の、起き立ち給へば、内侍も共々、
「サア/\拾を」
「イヤ拙者めが」
と小金吾が、廿(はたち)に近い大前髪、おとなげないも若君の、機嫌取るかや栃(とち)の実を、拾ひ


集むる折からに。若き男の草臥れ足、これも旅立ち風呂敷包み、背負ふてぶら/\茶店を見付け、
「どりや休んで一服」
と、包みをどつかり床几(しょうぎ)に下ろし、
「ヤ御免なりませ、火を一つ」
と、煙草吸ひ付け、
「こりや皆様方は、開帳参りでござりますか。わこ様は道草か。わしらが在所の子供と違ひ、テモマ御綺麗な生まれ付きや」と、誉めても話しかけても、心置く身はそこ/\に、詞数なく拾ひゐる。暫く休んでかの男、
「アヽコレ/\、その落ちた木(こ)の実は虫入りで、見かけがよふても皆ほがら。アレ、木にあるをお取りなされ」
と、言ふに金吾は、
「こな男何を言ふ。二丈余りの高木(こうぼく)、駆け上るけづめは持たぬ」
「サア、それを心安ふ取り様がござります」
「ソリヤ又どふして」
「さらば鍛錬お目にかけふ」
と、小石拾ふて打つ礫、枝に当つてばら/\/\。若君悦び悩みも忘れ、
「小金吾拾(ひら)へ」
の御機嫌に、内侍も嬉しく、
「オヽよい事してもらやつた、過分々々」
と一礼も、冥加に余ると知らざりし、旅の男は自慢顔、
「何と手の内御覧じたか。まそつと打つて進ぜたいが、遠道かゝへお伽(とぎ)申してもゐられず。我等は参る」
と包を背負ひ、
「御縁あらば重ねて」
と、言うてその場を行き過ぐる。

小金吾木の実を拾ひしまひ、
「サアこれで堪忍なされ、てさて、今の男は機転者」
と、見やる床几の風呂敷包み、同じ色でもどこやらが違ふた様なと走り寄り、内改むれば覚えなきしかもこれは張皮籠(はりかわご)、こちは衣類の藤行李(ふじごおり)、
「さては木の実に気を奪はせ、取替へ失せたか、たゞしは麁相か。何にもせよ追駆けて取り返さん」
と駆け出す所へ向ふより、あたふた戻る以前の男、
「アヽ、麁相致した。御免々々」
と、言ひつゝ包み差し出だし、
「日暮れも近し心は急く。同じ色の風呂敷故、重い軽いに気も付かず、取り違へた麁相、道にてふつと心付き、取つて返してお詫び言(こと)。真平御免下され」
と、顔に似合はぬ手摺り体貌(たいぼう)。小金吾は胸落ち付き、
「麁相とあれば言ひ分もをりない。が万一紛失(ふんじつ)の物あると、赦さぬが合点か」
「何がさて、相違あらば台座の別れ、御存分になされませ」
「ムウその一言なら疑ふに及ばねども、中改めて受け取らん」
と包を開き、改め見れば相違もなし、
「げに麁相に極まつた、申し分なし。その方の荷物も持つてお往きやれ」
と、床几に残る風呂敷包み、渡せば受け取り不思議顔、
「この中ぐくりの解けたは」
「イヤ、それは最前変はつた様には思へども、もしやとちよつと見たばかり」
と、言ふ間に開く張皮籠、引きちらけて袷(あわせ)の袖、浴衣の間(あい)を探し見て、恟り仰天箇(こり)うち振ひ、
「こりやどふぢや、コリヤないは/\/\」
ときよろ/\目玉、
「何がない、何見へぬ」
と、傍も気の毒目を配れば、兼ねて工のいがみの男、腕まくりして、
「コレ前髪殿、この皮籠の中に、人に頼まれて高野へ上る祠堂金(しどうきん)、廿両入れておいた。コリヤくすねたな。サア出した/\/\、出しやいの」
と、取つても付かぬ難題に、小金吾むつと反り打ちかけ、
「こいつ下郎め、武士に向つて何がなんと、今一言(いちごん)言つて見よ」
と、吃相(きっそう)変はれどびくともせず、
「ム、ハ、ハヽヽヽヽ、盗人たけだけしいと、その高ゆすり喰はぬ/\はい。赤鰯(あかいわし)を撚(ひね)りかけ、脅してこの場を抜けるのか。ほろうまいそんな事、春永(はるなが)になされ/\。僅か廿両で首綱(くびつな)のかゝらぬ内、四の五の言はずと出した/\、出しやいの」
と、もがりいがみのねだり者、
「モウ堪忍が」
と抜きかけしが、お二方の姿を見て、じつと堪へて胸撫で下ろし、
「ホヽヽヽヽヽコレサ若い人、そりやそこもとの覚へ違ひ。見らるゝ通り、足弱をお供したれば、たとへ何万両落ち散つてあつても、目を掛ける所存はなし。とくとそつちを吟味召され」
「アヽコレその足弱連れたが、盗みする付目じやはい。よもやと思はせしてやるが、当世の流行(はやり)物、何万両はゐらぬ、たつた廿両」
「スリヤどふしても身が盗んだとな」
「ハテ知れたこつちやい」
「シテ、その盗んだ証拠は」
「コヽヽヽコレ、この皮籠(かわご)の中紐なぜ解いたエ。イヤサあり様の荷物に紛失(ふんじつ)があると、許さぬと言ふたでないか。サ理詰ぢやはいの。サア出しやいの/\、エヽ出しやがれ」
と、せり詰められて小金吾も、
「もふこれまで」と抜き放す。内侍はあはて抱きと止め、
「オヽ尤ぢや/\、道理ぢやはいなふ。短気な事をしやつては、わしもこの子も共に難儀。無念にあらふと堪忍して、あの者の言ふ様に、了簡付けてやつてたも。足弱連れたを災難と思ひ、胸を鎮めてたもいの」
と、涙にくれて宣ふにぞ。血気にはやる小金吾も見るに忍びず、
「ハア世が代でごさらふなら、腕も臑もずた/\に試しても飽き足らぬ奴なれども、何を言ふても茅(つばな)の穂にも怖ぢる身の上。御意の通りに致しましよ。ヘエ、口惜しふござりまする」
と、こなたは大事の二方を、お供の身なれば無念を堪へ、奥歯噛む程付け上り、
「廿両といふ金暖まつて置いて、その面(つら)何ぢやい。オヽ怖わ/\、オヽ怖やのハヽヽヽヽヽ。コヽヽこの赤鰯で切るか、この目で威すかい。前髪を一筋づつ抜くぞよ。但しもふ金はふけらしたか。連れの女郎(めろ)から詮索」
と、弱みへかゝるを首筋掴んで引き戻し、用意の路銀言ふ程出して睨み付け、
「大切なお方をお供した故、衒(かた)り取らるゝ廿両。持つて失せい」
と打ち付くれば、衒(かた)りの習ひ金見ると、目に仏なく手ばしかく、拾ひ集めて耳読み揃へ、
「テモ恐しいこの金を、那智若衆めにすつての事、ひぢり取らりよと致した」
とへらず口、
「そのおとがいを」
と、立ち寄る金吾を内侍は押さへ、
「事ない内」と若君引き連れ、立ち出で給へば是非もなく、後に引添ふ小金吾も、無念を堪へ上市の、宿(しゅく)ある方へと急ぎ行く。

「ハヽヽヽヽヽたとへ百度睨まれても、一度が一歩に付きやせまい。うまい仕事」
といがみの権太、金懐に押し入れて、盆屋へ急ぐ向ふへずつと、茶屋の女房が立ち塞がり、「これ権太殿、こりやどこへ」
「ホ小仙かい。わりや店明けてどこへ往た」
「わしや旅人のお頼みで、坂本へ薬を買ひに」
「オそりやよい手筈。われがゐたらまた邪魔しやうに、外してゐたでまし/\」
と、言ふ胸倉を取つて引き据ゑ、
「コレ権太殿、こなたに衒りさす気で外してはゐぬぞや。最前戻りかゝつた所にわつぱさつぱ、差し出たら衒りの正銘(しょうめい)顕はれ、モどんな事にならふも知れぬと、アレあの松影から聞いてゐた。エヽこな様は/\、恐しい工みする人ぢやなう。姿は産めども心は生まぬと、親御は釣瓶鮓屋の弥助の弥左衛門様といふて、この村で口も利くお方。見限られ勘当同然、御所(ごせ)の町にゐた時こそ道も隔たれ、後の月から同じこの下市に住んでも、嫁か孫かとお近付きにもならぬのは、皆こなさんの心から。いがみの権にきぬきせて、衒りの権と言はふぞや。この善太郎は可愛ふないか、博奕(ばくち)の元手が要るならば、この子やわしを売つてなりと、重ねてやめて下さんせ。何の因果でその様な、恐しい気にならしやつた」
と、取り付き嘆けば突き飛ばし、
「エヽ引き裂かれめが。又しても世迷い言ばつかり抜かしやがるはい。コリヤおれが盗み衒りの根源は、皆うぬから起つた事」
「ホこりや大それた事聞かねばならぬ。そりや又どふして」
「どふしてとは覚へがあらふ。おりや十五の年元服(げんぶく)して、親父の言ひ付けで御所の町へ鮓商ひ、隠し女(びり)の中におのれが振袖、見込んだが鯱(しゃちほこ)、鱶(ふか)程寝入る仏師たちの、臍くりを盗み出し、店の溜り得意先、身代半分仕廻ふてやつたナ、聞へたかえ。ところで親父が、放(ほ)り出した、アヽ無理なわろの。その時因果とこの餓鬼が腹にけつかつて、親方はねだる、年貢米を盗んで立て銀。その尻が来て首が飛ぶのを、庄屋の阿呆が年賦(ねんぶ)にして、毎日の催促。その金済まそで博奕にかゝり、出世して小ゆすり衒り、この中も親父の所の家尻を切つて見たれど、妹のお里めと、内の男めと夜通しの鼻声でとんとまんが損ねた。が又今日のまんのよさ。この勢ひに母者の鼻毛をゆすりかけ、二三貫目ゑじめて来る。酒買ふて待つてをれ。コリヤ善太よ、日の暮から寝おんない。夜通しせねばおれが商売は譲られぬ」
と、言ひつゝ立てば女房取り付き、
「まだこの上に親御の物まで騙し取ろとは勿体ない。マア内へ戻つて下され」
と、縋れど聞かず刎ね飛ばすを、
「こりややい善太よ、留めてくれ」
と、母の教へに利口者、
「父ノウ内へ、サアござれ」
と、手にまとひ付く蔦かづら、子が後追へば悪者は、小手縛りとてうたてがる。しかも血筋の糸縄で、
「エヽきびたが悪い、出直そ」
と、鬼でも子には引かさるゝ、
「テモマア冷たいほでぢや」
と手を引いて、女房

小金吾討死の段

諸共立ち帰る。夕陽(せきよう)西へ入る折から、主馬の小金吾武里は上市村にて朝方が追手の人数(にんず)に取り巻かれ、数ケ所(すかしょ)の疵を負ひながら内侍若君御供申し、ひとまづ都へ立ち帰るを、後に続いて数百人、遁さぬやらぬと追駆けたり。
「サア仕負せし、嬉しや」
と、思ふ心のたるみにや、『うん』とその身も倒れ伏す。

「ノウ悲しや」
と内侍、若君、いたはり抱(かか)へ抱(だ)き起こし、
「コレノウ金吾々々いのふ、気をはつきりと持つてたも。そなたが死んで自らやこの子は何となるものぞ。情なや悲しや」
と泣き入り給ふ御声の、耳に通つて顔をふり上げ、
「オヽ、内侍様、六代様、諦めて下さりませ。心は弥猛(やたけ)にはやれども、もふ叶はぬ。コレ申し若君様、今際(いまわ)に金吾めが申すこと、ようお聞き遊ばせや。わが君維盛様は兼ねて御出家の御望み。熊野浦にて逢ひ奉りしと言ふ者ある故、高野山へと志し御二方をお供したれど、なかなかこの傷では一足(ひとあし)も行かれず。お前様は、御台様を伴ひ神谷の宿といふ所に内侍様を残し置き、人を頼んで山へ登り、とゝ様のお名は言はれぬ、今道心の御出家と、尋ねてお逢い遊ばせ。西も東も敵の中、平家の御公達と悟られぬ様、お命めでたう御成人の後、憚りながら金吾めが事思し召し出されなば、一滴の水一枝(いっし)の花、それが即ち冥途へ御知行、御成長待つてをります。チエヽお名残り惜しいお別れ」
と、言ふもせつなき息づかひ、六代君は取り縋り、
「死んでくれな小金吾。そちが死ぬると父様に逢ふ事がならぬは」
と、泣き入り給へば内侍はせき上げ、
「あれ聞いてたも子心でも、そなた一人を力にする。維盛様に逢ふまでは、死ぬまいぞ/\と、なぜ思ふてはたもらぬ。御一門残らず亡び、広い世界を敵に持ち、いつまで存(ながら)へ居られふぞ。共に殺してたもいの」
と嘆き給へば理(ことわ)りと、手負はいとゞ涙にくれ、
「先君小松の重盛様は日本の聖人、若君はその孫君。諸神諸菩薩の恵みのない事はごさりますまい。末頼みに思し召して、必ず短気をお出しなされな。アレ/\向ふへ提灯の火影、又も追手の来るも知れず、若様伴ひこの場を早く/\」
「イヤ/\、深手のそなたを見捨て置いて、いづくを当てに行くものぞ。死なば共に」
と座し給えば、
「チエヽ腑甲斐(ふがい)ない。六代様は大事にないか、この傷で死ぬる金吾めではござりませぬ。聞き入れなければすぐに切腹」
「アヽコレ待つてたも。それ程にまで思やるなら、成程先へ落ちませう。必ず死んでたもるなや」
「お気遣ひ遊ばすな。運に叶ひ後より参ろ」
「必ず待つてゐるぞや」
と、言ふ間に近づく提灯の、火影に恐れぜ是非くも、若君連れて落ち給ふ、御心根のいたはしさ。

手負は御後見送り/\、
「死なぬと申せしは偽り。三千世界の運借つても、なんのこの傷で生きられませふ。内侍様、六代様、これがこの世のお別れでござります」
と、思ふ心も断末魔、知死期も六つの暮過ぎて、朝(あした)の露と消へにける。

程なく来たる提灯はこの村の五人組、何やらざわ/\話し合ひ、山坂の別れ途(と)に庄屋作が立ち留まり、
「コレ弥助の弥左衛門殿、貴様は鮓商売ゆえ、念押す上に押しかける。今言ひ付けた鎌倉の侍は聞き及んだ蚰蜒(けぢけぢ)。何やらこなたの耳をねぶつてはげる程言ひ付けたら、『畏つた/\』と、滅多無性に請け合うふが、なんと覚へのあることかや」
「ハテ知れたこと、こなた衆も常からおれが性根を知らぬか。血を分けた伜でも、見限つたら門端(かどばた)も踏まさぬ弥左衛門、膝ぶしが砕けても、畏つたら痺(しび)りも切らさぬ。シタが後からの言ひ付けがもつけの幸ひ、嵯峨の奥から逃げて来た子を連れた女と大前髪、この村へ入り込んだと追手からの知らせ。ところで蚰(けぢ)殿がねぶりかけて、捕へたら褒美とある。コリヤまた格別よい仕事、皆も油断をせまいぞや」
「オヽソレ/\、こんな時こなたの息子の、いがみの権太郎さんを頼んで置かふ」
と五人組、山道行けば弥左衛門、坂へ下りしも行く先の、手負にばつたり行き当たり、『ハツ』と飛び退き気味悪ながら、提灯振り上げそろ/\立ち寄り、
「テモマアむごたらしう切つたは/\。旅人そふなが、追剥(おいはぎ)の仕業(しわざ)ならば丸裸にしそふなもの。路銀を当てに悪者の仕業か」
と、悪い子を持つ親の身は、案じ過して、
「コレ/\手負殿々々々」
と、呼ぶも答へもなき骸(から)に、
「さてはもはや息絶えたか。いとしやいづくの人なるぞ。見ればふけた角前髪。袖振り合ふも他生の縁。南無阿弥陀仏々々々々々々」
と回向して、『とかく浮き世は老少不定、哀れを見るも仏の異見。人は歪(いが)まず真直ぐに、後生(ごしょう)の種が大事ぞ』と、思ひ続けて行き過ぎしが、何思いけん立ち止り、取つゝ置いつの俄かの思案。

わが家をさして

すしやの段

春は来ねども花咲かす、娘が漬けた鮓ならば、なれがよかろと買ひにくる。
風味も吉野、下市に売り広めたる所の名物、釣瓶鮓屋の弥左衛門、留守のうちにも商売に、抜け目も内儀がはや漬に、娘お里が片襷(だすき)、裾に前垂ほや/\と、愛に愛持つ鮎(あゆ)の酢、押さへてしめてなれさする、うまい盛りの振紬が、釣瓶鮓とはものらしゝ。
締木に栓を打ち込んで、桶片付けて、
「申し母様、昨日父様の言はしやるには、明日の晩には内の弥助と祝言さす程に、世間晴れて女夫になれと仰つたが、日が暮れてもお帰りないは嘘かいなア」
「オヽあの言やることはいの。なんの嘘であろぞ。器量のよいを見込みに熊野参りから連れて戻つて、気も心も知ると弥助といふわが名を譲り、主(ぬし)は弥左衛門と改めて内の事任せて置かしやるは、そなたと娶(め)あはす兼ねての心。今日は俄に役所から親父殿を呼びに来て思はぬ隙入り。もふ迎ひにやろにも人はなし」
「サイナア、折悪ふ弥助殿も方々から鮓の誂(あつら)へ、仕込みの桶が足るまいと、明桶(あきおけ)取りに往かれましたが、もふ戻らるゝでござんしよ」
と、噂半ばへ明桶荷ひ戻る男のとりなりも、利口で伊達で色も香も知る人ぞ知る優男(やさおのこ)、娘が好いた厚鬢(あつびん)に冠(かむり)着せても憎からず。


内へ入る間も待ち兼ねて、お里は嬉しく、
「アレ弥助様の戻らんした。待ち兼ねた遅かつた。もしやどこぞへ寄つてかと、気が廻つた案じた」と、女房顔して言ふて見る、さすが鮓屋の娘とて、早い馴れとぞ見えにける。

母はにこ/\笑ひを含み、
「弥助殿、気にかけて下さんな。この吉野郷は弁財天の教へによつて、夫を神とも仏とも戴いて鋳とある天女の掟(おきて)。その代はり程悋気(りんき)も深い。また有様(ありよう)は親の孫(そん)、瓜(うり)の蔓(つる)にではござらぬ」
と、言ひくろむれば、
「これはまあ却つて迷惑。段々お世話の上大切なお娘御まで下され、お礼の申し様もござりませぬ。さりながらとかくお前には弥助殿々々々と、殿付をなされてさりとては気の毒。やつぱり弥助、どふせい、かふせいとお心安う、ナ申し」
「イヤ/\それは赦して下され」
「ソリヤまたなぜでござります」
「さればいの。弥助といぶ名はこれまで連れ合ひの呼名。殿付けせずにどふせいかふせいとは、勿体なふて言ひ難い。言ひ馴れた通り殿付けさして下され」
と、げに夫をば大切に、思ふ掟を幸ひに、娘へこれを聞けがしの母の慈悲とぞ聞こえける。

お里、弥助は明桶を板間へ並べてゐる所へ、この家の惣領いがみの権太、門口より乙声(おつごえ)で、
「母者人々々々」
と、言ひつゝ入ればお里はびつくり、
「また兄様か、よふお出で」
と揉み手する、
「エヽきよときよとしい、その面なんぢやい。よふ来たがびつくりか。わりやアノ弥助とへヽうまい事してゐるさふなが、コリヤ弥助もよふ開け。今追い出れてゐても、釜の下の灰までおれが物ぢや。今日親父の毛虫が役所へ往たと聞いたによつて、ちと母者人に言ふ事があつて来た。二人なから奥へ失せふ」
と、睨み廻されうぢ/\と、
「これに」
と言ふて立つ弥助、娘も後に引添ふて、一間へこそは入りにけれ。

後に母親溜息つぎ、
「コリヤまた留守を考へ無心に来たか。性懲りもない腕白(わんばく)者、そのおのれが心から、嫁子があつても足踏み一つさす事ならぬ。聞きやこの村へ来てゐるげなが、互ひに知らねば摺れ合ふても、嫁姑の明き盲目(めくら)、眼(まなこ)潰れと人々に言はれるが面目ない。エヽ不孝者め」
と目に角を、立て変はつたる機嫌にぐんにやり、直(すぐ)ではいかぬといがみの権、思案しかへて、
「申し母老人。今晩参つたは無心ではござりませぬ。お暇乞ひに参りました」
「ソリヤなんで」
「私は遠い所へ参ります程に、親父様もお前にも、随分おまめでおまめでと、しほれかければ母は驚き、
「遠い所とはそりやどこへ、どふした訳で何しに行く」
と、根問(ねどい)は親の騙され小口、
「サアしてやつた」
と目をしばたゝき、
「親の物は子の物と、お前へこそ無心申せ、つひに人の物箸片端(かたし)、歪(いが)んだ事も致しませぬに、不孝の罰か、夜前私は大盗人(おおぬすびと)に遭ひました」
「ヒヤア」
「その中に代官所へ上げる年貢銀(がね)、三貫目といふもの盗み取られ、言ひ訳もなく仕様もなく、お仕置きに合はふよりはと、覚悟極めてをりまする。情ない目に遭ひました」
と、かます袖をば顔に当て、しやくり上げても出ぬ涙、鼻が邪魔して目の縁へ、届かぬ舌ぞ恨めしき。

甘い中にも分けて母親、誠と思ひ共に目を摺り、
「鬼神(きじん)に横道(おうどう)なしと年貢の銀を盗まれ、死なふと覚悟はまだ出かした。災難に遭ふも親の罰、コリヤよふ思ひ知れよ」
「アイ/\、思ひ知つてはをりますけれど、どふで死なねばなりますまい」
「コリヤやい」
「あい、あい」
「常のおのれが性根故、これも衒りか知らねども、しやうぶ分けにと思ふた銀、親父殿に隠してやろ。これでほつとり根性直せ」
と、そろ/\戸棚へ子の蔭で、親も盗みをする母の、甘い錠さへ明け兼ねる、
「エヽつひ雁首で、こち/\がよござりまする」
と仕馴れたる、おのが手業(てわざ)を教ゆる不孝、親はわが子が可愛さに地獄の種の三貫目、後をくろめて持つて出で、
「なんぞに包んでやりたいが」
と、限りない程甘い親、
「うまいわろぢや」
といがみの権、鮓のあ明桶よい入れ物、
「これへ/\」
と親子して、銀を漬けたる黄金鮓、蓋閉め栓締め
「サアよいは、これで目立たぬ提げて去ね」
と、親子が工合の最中へ、苦い父親弥左衝門これも疵持つ足の裏、あたふたとして門口を、「戻った明けい」
とうち叩く、
「南無三、親父」
と内には転倒(てんどう)うろたへ廻り、
「その桶を、こゝへ/\」
と明桶と共に並べて親子はひそ/\、奥と口とへ引き別れ、息を詰めてぞ入りにける。

「エヽなぜ開けぬ、開けぬ」
、頻(しき)りに叩けば奥より弥助、走り出でて戸を開くる。内入り悪く辺りを見廻し、
「エヽコリヤまたどいつも寝てをるのか。言ひ付けた鮓どもは、仕込んであるか」
と鮓桶を、下げたり明けたりがつたがた、
「ム、コリヤ思ふ程仕事が出来ぬ。女房共やお里めはなにしてをるぞ」
アヽイヤ、只今奥へ呼びましよ」
と行く弥助をば引き止め、内外見廻し表を閉め、上座へ直し手をつかへ、
「君の親御、小松の内府(だいふ)重盛公の御恩を請けたる某、何卒御子維盛卿の御行方をと、思ふ折から熊野浦にて出合ひ、御月代を勧めこの家へお供申したれども、人目を憚り下部の奉公。余りと申せば勿体なさ。女房ばかりに子細を語り今宵祝言と申すも、心は娘をお宮仕へ。弥助々々と賎しきわが名をお譲り申したも、いよ/\助くるといふ文字の縁起。人は知らじと存ぜしに、今日鎌倉より梶原平三景時来つて、維盛卿を匿へあると退引(のっぴき)させぬ詮議。烏を鷺と言ひ抜けては帰れども、邪智深い梶原、もしや吟味に参ろも知れずと、心工みは致して置けども、サア油断は怪我の元、明日からでもわが隠居上市村へお越しあれ」
と、申し上ぐれば維盛卿、
「父重盛の厚恩を請けたる者は幾万人、数限りなきその中に、おことが様な者あらふか。昔は如何なる者なるぞ」
と尋ね給へば、
「ハヽア、私めは平家御代盛りの折から、唐土育王山(いおうさん)へ祠堂金(しどうきん)お渡しなさるゝ時、音戸の瀬戸にて舶乗りすゑ、三千両の金分け取りに致した船頭。御詮議あらば忽ち命を取られんに、ハヽアありがたいは重盛様、「日本の金(かね)唐土へ渡すわれこそは、日の本の盗賊」と、御身の上を悔み給ひ、重ねてなんの詮議もなく、この山家(やまが)へ参り鮓商売。今日を安楽に暮せども、親の悪事が子に報ひ、伜権太郎めが盗み衒(かたり)。人に言はねど心では思ひ知つたる身の懺悔(さんげ)。お恥づかしうござります」
と、語るにつけて維盛も、栄華の昔父の事、思ひ出だされ御膝に、落つる涙ぞいたはしき。

娘お里は今宵待つ、月の桂の殿まふけ、寝道具抱へ立ち出づれば、主は『ハツ』と泣く目を隠し、
「コリヤ弥助、今言ひ聞かした通り、上市村へ行く事を必ず/\忘れまいぞ。今宵はお里とこゝにゆるり。かゝとおれとは離れ座敷、遠いが花の香がなふて、気楽にあらふ」
と打ち笑ひ、奥へ行くのも娘は嬉しく、
「テモ粋な父様、離れ座敷は隣知らず、餅(あも)つきせふとホヽをかし、こちらはこゝに天井抜け、寝て花やろ」
と蒲団敷く。維盛卿はつくづくと、身の上または都の空、若葉の内侍や若君の事のみ思ひ出されて、心も済まず気も浮かず、打ち萎れ給ひしを、思はせぶりとお里は立ち寄り、
「コレイナア、オヽしんき。何初心な、案じてぞ、コレ、二世も三世も固めの枕、二つ並べたこちや寝よ」
と、先にころりと転寝(うたたね)は、恋の罠(わな)とぞ見へにける。

維盛枕に寄り添ひ給ひ、
「これまでこそ仮の情け、夫婦となれば二世の緑。結ぶに辛き一つの言ひ訳。何を隠さふ某は、国に残せし妻子あり、貞女両夫(りょうふ)に見(まみ)へずの、掟は夫も同じ事。二世の固めは赦して」
と、さすがに小松の嫡子とて解けたやうでもどこやらに、親御の気風残りける。

神ならず仏ならねばそれぞとも知らぬ道をば行き迷ふ、若葉の内侍は若君を宿ある方へ預け置き、『手負のことも頼まん』と思ひ寄る身も緑の端、この家を見かけ戸を打ち叩き、
「一夜の宿」
と乞ひ給へば、維盛はよい退きしほと表の方、叩く枢(とぼそ)に声を寄せ、
「この内は鮓商売、宿屋ではござらぬ」
と、愛想のないが愛想となり。
「イヤこれ申し、稚きを連れた旅の女、是非に一夜」
と宣ふにぞ、
「断り言ふて帰さん」
と戸を押し開き月影に、見れば内侍と六代君、『ハツ』と戸を鎖(さ)し内の様子、娘の手前もいぶかしく、そろ/\立ち寄り見給へば、早くも結ぶ夢の体(てい)、表に内侍は不思議の思ひ、
「今のはどふやらわが夫に、似たと思へど形容(なりかたち)、つむりも青き下男、よもや」
と思ひ給ふ内、戸を押し開いて維盛卿、
「若葉の内侍か、六代か」
と、宣ふ声に、
「ヒヤア、さてはわが夫(つま)」
「父様か」
「ノウなつかしや」
と取り縋り、詞はなくて三人は、泣くより他の事ぞなき。
「まづまづ内へ」と密かに伴ひ、
「今宵は取り分け都の事、思ひ暮してゐたりしが、親子共に息災で不思議の対面、さりながら某この家にゐる事を、誰が知らせしぞ殊にまた、遙々の旅の空、供連れぬも心得ず」
と、尋ね給へば若葉の君、
「都でお別れ申してより、須磨や八島の軍(いくさ)を案じ、一門残らず討死と聞く悲しさも嵯峨の奥、泣いてばつかり暮らせしに、高野とやらんにおはするといふ者のある故に、小金吾召し連れお行方を心ざす道追手に出合ひ、可愛や金吾は深手の別れ、頼みも力もない中に、廻り逢ふたは嬉しいが、三位中将維盛様がこのお姿は何事ぞ。袖のないこの羽織に、このおつむりは」と取り付いて、咽び絶へ入り給ふにぞ。面目なさに維盛も、額に手を当て袖を当て、伏し沈みてぞおはします。

涙の内にも若葉の君、伏したる娘に目を付け給ひ、
「若い女中の寝入端(ねいりばな)、殊に枕も二つあり、定めてお伽の人ならん。かくゆるかしきお暮らしなら、都の事も思し召し、風の便りもあるべきに、打ち捨て給ふは胴慾」
と恨み給へば、
「ホヽオそれも心にかゝりしかど、文の落ち散る恐れあり。わけてこの家の弥左衛門、父重盛の恩報じと、われを助けてこれまでに、重々厚き夫婦が情け。何がな一礼返礼と思ふ折柄娘の恋路、つれなく言はゞ過ちあらん。かへつて恩が仇なりと、仮の契りは結べども、女は嫉妬に大事も洩すと、弥左衛門にも口留して、わが身の上は明さず、仇な枕も親共へ、義理にこれまで契りし」
と、語り給へば伏したる娘、堪へ兼ねしか声上げて、
「わつ」
とばかりに泣き出す。
「コハなに故」
と驚く内侍、若君引き連れ逃げ退かんとし給へば、
「ノウこれお待ち下され」
と、内侍と共にお里は駆け寄り、
「まづ/\これへ」と内侍若君上座(しょうざ)へ直し、「私は里と申してこの家の娘。いたづら者憎い奴と、思ひ召されん申し訳。過ぎつる春の頃、色珍しい草中へ、絵にある様な殿御のお出で、維盛様とは露知らず女の浅い心から、可愛らしいいとしらしいと思ひ染めたが恋のもと。父も聞こえず母様も、夢にも知らして下さつたら、たとへ焦がれて死ぬればとて、雲居に近き御方へ、鮓屋の娘が惚れられふか。一生連れ添ふ殿御ぢやと、思ひ込んでゐるものを、二世の固めは叶はぬ、親への義理に契つたとは、情ないお情に預かりました」
とどうどと伏し、身を震はして泣きければ。維盛卿は気の毒の、内侍も道理の詫び涙、乾く間もなき折からに。

村の役人駆け来たり戸を叩いて、
「アヽコレ/\、こゝへ梶原様が見へまする。内掃除しておかれい」
と言ひ捨てゝ立ち帰る。人々『ハツ』と泣く目も晴れ、
「いかゞはせん」
と俄かの仰天、お里は早速(さそく)に心付き、
「まづ/\親の隠居屋敷上市村へ」
と気をあせる、
「げにその事は弥左衛門、われにも教へ置きしかど、最早や開かぬ平家の運命、検使を引き受け潔ふ腹掻き切らん」
と身拵へ、内侍は悲しく、
「コレ、この若のいたいけ盛けを思し召し、ひとまづこゝを」
と無理矢理に引立て給へば維盛も、子に引かさるゝ後ろ髪、是非なくその場を落ち給ふ、御運の程ぞ危ふけれ。


様子を聞いたかいがみの権太、勝手口より躍り出で、
「お触れのあつた内侍六代、維盛弥助めせしめてくれん」
と尻引つからげ駆け出すを、
「コレ待つて」
とお里は取り付き、
「兄様、これは一生の私が願ひ、見赦して下され」
と、頼めど聞かず刎ね飛ばし、
「大金(おおがね)になる大仕事、邪魔ひろぐな」
と縋るを蹴倒し張り飛ばし、最前置きし銀(かね)の鮓桶、

「これ忘れては」と引提げて跡を慕ふて、迫ふて行く。

「ノウとゝ様、かゝ様」
とお里が呼ぶ声弥左衛門、母も駆け出で、
「何事」
と問へば娘は、
「コレ/\/\、都から維盛様の御台若君、尋ねさ迷ひお出であり。積もる話のその中へ詮議に来ると知らせを聞き、三人連れで上市へ落としましたを情ない。兄様が開いてゐて討ち取るか生け捕つて」
と、言ふよりびつくり弥左衛門、
「ソレ一大事」
と嗜みの、朱鞘の脇差腰にぼつ込み駆け出す向ふへ、
「ハイ/\/\」
と矢筈(やはず)の提灯梶原平三景時、家米数多(あまた)に十手(じってい)持たせ、道を塞いで、
「ヤア老ぼれめ、いづくへ行く。逃ぐるとて逃がさふか」
と、追取り巻かれて『ハツ』と吐胸、「先も気遣ひ、こゝも遁れず」七転八倒心は早鐘(はやがね)、時に時つく如くなり。

「ヤアこいつ横道者。おのれに今日(こんにち)維盛が事詮議すれば、存ぜぬ知らぬと言ひ抜ける。そのまゝにして帰せしは、思ひ寄らず踏込まふため。この家に維盛匿ひある事、所の者より地頭へ訴へ、早速(さっそく)鎌倉へ早打ち、取る物も取り敢へず来たれども、油断の体はおのれを取り逃すまいため。サア首討つて渡すか、たゞし違背に及ぶか、返答せい」
と責めつけられ、叶はぬ所と胸を据ゑ、
「成程、一旦は匿ひないとは申したれども、あまり御詮議強き故、隠しても隠されず、はや先達て首討つたり。御覧に入れん、お通り」
と、伴ひ入れば母娘、
「どふなること」
と気遣ふ内、鮓桶引提げ弥左衛門、しづ/\出でて向ふに直し、
「三位維盛の首、御受け取り下されよ」
と、蓋を取らんとする所を女房駆け寄りちやつと押さへ、
「コレ親父殿、この桶の中にはわしがちつと大事の物を入れて置いた。こなさん明けてどふするぞ」
「オ、われは知るまい。この桶の中には、最前維盛卿のお首を入れ置いた」
「イヤ/\この桶にはこなたに見せぬ物がある」
と、引き寄すれば引き戻し、
「エヽおのれが何も知らぬ故」
「イヤこなたが知らぬ故」
と、妻は銀(かね)と心得て、争ひ果てねば梶原平三、
「さてはこいつら言ひ合はせ、縛れ、括れ」
と下知の下、「捕つた/\と取り巻く所に、
「維盛夫婦餓鬼めまで、いがみの権太が生け捕つたり、討ち取つたり」と呼ばはる声、『ハツ』とばかりに弥左衛門、女房娘も気は狂乱、いがみの権太はいかめしく、若君内侍を猿縛り、宙に引立て目通りにどつかと引き据ゑ、
「親父の売僧(まいす)が三位維盛を熊野浦より連れ帰り、道にて頭(あたま)を剃りこぼち、青二才にして弥助と名を替へ、この間はイヤモほてくろしき聟詮索(むこぜんさく)。生け捕つて面恥と存じたに、思ひの他手強(てごわ)い奴。村の者の手を借つて漸々と討ち取り、首にして持参。イザ御実検」
と差し出だす、
「ムヽ成程々々。剃りこぼち弥助といふは存じながら、先達て言はぬは弥左衛門めに、思ひ違ひをさそふため、聞き及んだいがみの権太。悪者と聞いたがお上へ対しては忠義の者、オヽ出かいた/\。内侍、六代、生け捕つたな。ハテよい器量。夢野の鹿で思はずも、女鹿子鹿の手に入るはあつぱれの働き。褒美には親の弥左衛門めが命赦してくれふ」
「アヽイヤ/\申し、親の命位を赦して貰をと思ふて、この働きは致しませぬはい」
「スリヤ親の命は取られても、褒美が欲しいか」
「ハテ、あのわろの命はあのわろと相対(あいたい)。私にはとかくお銀(かね)」と願へば梶原、「ハヽヽヽヽヽハテ小気味のよい奴。褒美くれん」と着せし羽織、脱いで渡せば仏頂面、「アヽコリヤ/\、その羽織は忝なくも頼朝公のお召し替(が)へ。何時(なんどき)でも鎌倉へ持ち来たらば、金銀と釣り換へ、嘱託(そくたく)の合紋(あいもん)」
と聞くより戴き、
「出来た/\。当世衒りが流行(はや)るによつて、二重取りをさせぬ分別。よふしたもの」
と引き換へに、縄付き渡せば受け取つて、首を器(うつわ)に納めさせ、
「コリヤ権太、弥左衛門一家(いっけ)の奴等、暫く汝に預くるぞ」
「イヤモ、お気遣ひなされますな。貧乏ゆるぎもさせませぬはい」
「ハテさて健気な男め」
と、誉めそやして梶原平三、縄付き引立て、立ち帰る。

「アヽこれ/\、そのついでに褒美の銀(かね)、忘れまいぞ」
と見送る隙間、油断見合はせ弥左衛門、惜さも憎しとひん抱へ、ぐつと突込む恨みの刃、『うん』とのつけに反りかへる、見るに親子は『ハア、ハツ』と、憎いながらも悲しさの、母は思はず駆け寄つて、
「コリヤ天命知れや不孝の罪、思ひ知れや」
と言ひながら、先立つものは涙にて、伏し沈みてぞ泣きゐたる。

弥左衛門歯噛みをなし、
「ヤア泣くな女房何吠えるのぢや。不憫なの可愛いのと言ふて、こんな奴を生けて置くは、世界の人の大きな難儀ぢやはい。門端(かどばた)も踏ますなと言ひつけ置いたに内へ引き入れ、大事の大事の維盛様を殺し、内侍様や若君をよふ鎌倉へ渡したな。モヽヽヽもふ腹が立つて腹が立つて、涙がこぼれて胸が裂くるわい。三千世界に子を殺す、親といふのはおればつかり、あつぱれ手柄の因果者に、よふしをつた」
と抜き身の柄(つか)、砕くるばかりに握り詰め、ゑぐりかけるも心は涙、いがみにいがみし権太郎、刃物押さへて、
「コレ親父殿」
「エヽなんじやれ」
「こなたの刀で維盛を助ける事は、叶はぬ/\」
「コリヤ言ふなやい言ふなやい。今日幸ひと別れ道の傍らに手負の死人、よい身代りと首討つて戻り、この中に隠し置く。コリヤこれを見をれ」
と、鮓桶取つて打ち明くれば、がらりと出でたる三貫目、
「ヒヤア、こりや金ぢゃ、こりやどふぢや」
と、呆れ果てたるばかりなり。


手負は顔を打ち眺め、
「おいとしや親父様、私が性根が悪さに御相談の相手もなく、前髪の首を総髪(そうがみ)にして渡さふとは、了簡違ひの危ない所。梶原程の侍が、弥助といふて青二才の男に仕立てあることを、知らいで討手に来ませふか。それと言はぬはあつちも工み。維盛様御夫婦の路銀(ろぎん)にせんと盗んだ金、重いを証拠に取り違へた鮓桶、明けてみたれば中には首、『ハツ』と思へどこれ幸ひ、月代(さかやき)剃つて突き付けたは、やつぱりお前の仕込みの首」
「ム、そのまた根性で、御台若君に縄を掛け、なぜ鎌倉へ渡したぞ」
「ホヽそのお二人と見へたのは、この権太が女房、伜」
「ヤア、シテ/\維盛様御夫婦、若君はいづくに」
「オヽ逢はせませふ/\」
と、袖より出だす一文笛、吹き立つれば、折よしと維盛卿内侍は茶汲みの姿となり、若君連れて駆け付け給ひ、
「弥左術門夫婦の衆、権太郎へ一札を。ヤア手を負ふたか」
と驚くも、
「お変りないか」
とびつくりも、一度に興をぞさましける。

母は悲しさ手負に取り付き、
「かほど正しき性根にて、人に疎まれ譏(そし)らるゝ、身持ちはなぜにしてくれた。常が常なら連れ合ひが、むさと手疵も負はせまい、むごい事を」
とせき上げて、悔み嘆けば権太郎、
「ヤレそのお悔み無用々々。常が常なら梶原が、身代り喰ふては帰りませぬ。まだそれさへも疑ふて、親の命を褒美にくれふ、忝ないと言ふと早や、詮議に詮議をかける所存。いがみと見た故油断して、一杯喰ふて帰りしは、禍(わざわい)も三年と、悪い性根の年(ねん)の明き時。生まれついて諸勝負(しょしょうぶ)に魂奪はれ、今日もあなたを廿両、騙り取つたる荷物の内に、うや/\しき高位の絵姿、弥助が顔に生き写し。合点がいかぬと母人へ、金の無心を囮(おとり)に入り込み、忍んで開けば維盛脚。御身に迫る難儀の段々、この度根性改めずば、いつ親人の御機嫌に預る時節もあるまいと、打つてかへたる悪事の裏。維盛様の首はあつても、内侍若君の代りに立つ人もなく、途方にくれし折からに。女房小仙が伜を連れ、「親御の勘当、古主(こしゅう)へ忠義、何うろたへる事がある。私と善太をコレかう」と、手を廻すれば伜めも、「母様と一緒に」と、共に廻して縛り縄、掛けても掛けても手が外れ、結んだ縄もしやら解け、いがんだおれが直(すぐ)な子を、持つたは何の因果ぢやと、思ふては泣き、締めては泣き、後ろ手にしたその時の、心は鬼でも蛇心でも、堪へ兼ねたる血の涙、可愛や不憫や女房も、わつと一声(ひとこえ)その時に、コレ血を吐きました」
と語るにぞ、力み返つて弥左衛門、
「エヽ聞こえぬぞよ/\権太郎。孫めに縄を掛ける時、血を吐く程の悲しさを、常に持つてはなぜくれぬか。広い世界に嫁一人(ひとり)、孫といふのもあいつ一人ぢやはい。子供が大勢遊んでゐれば、親の顔を目印に、苦味の走つた子があるかと、尋ねて見ては、「コレ/\子供衆、権太が息子はゐませぬか」と、問へど子供は、「どの権太、家名(いえな)はなんと」と尋ねられ、おれが口から満更に、いがみの権、とは得言はず、悪者の子ぢや故に、はね出されてをるであらふと、思ふ程猶そちが憎さ、今直る根性が半年前に直つたら、ノウ婆」
「親父殿、嫁女(よめんじょ)や孫の顔見覚へて置かふのに」
「オヽおれもそればつかり」
とむせ返り、
「わつ」
とばかり伏し沈む、心ぞ思ひやられたり。

内侍は始終御涙、維盛卿は身に迫るいとゞ思ひにかきくれ給ひ、
「弥左衛門が嘆きさることなれども、逢ふて別れ逢はで死ぬるも皆因縁、汝が討つて帰りたる首は主馬の小金吾とて、内侍が供せし譜代の家来。生きて尽くせし忠義は薄く、死して身代る忠勤厚し。これも不思議の因縁」
と、語り給へば、
「テモさても、そんならこれも鎌倉の追手の奴等が皆仕業(しわざ)」
「ホゝオ言ふにや及ぶ、右大将頼朝が威勢にはぴこる無得心、一太刀恨みぬ残念」
と、怒りに交じる御涙、
「げにお道理
」と弥左術門、梶原が預けたる陣羽織を取り出だし、
「これは頼朝が着替へとて、褒美の合紋に残し置きし。ずた/\に引き裂いても、御一門の数には足らねど、一裂(ひとさき)づつの御手向け。サア遊ばせ」
と差し出だす、
「ナニ頼朝が着替へとや、晋(しん)の予譲(よじょう)が例(ためし)を引き、衣を裂いて一門の恨みを晴らさん、思ひ知れ」と、御佩刀(ぱかせ)に手を掛けて、羽織を取つて引き上げ給へば、裏に模様か歌の下の句、「内や床しき、内ぞ床しき、と二つ並べて書いたるは、アラ心得ず。この歌は小町が詠歌、『雲の上は、ありし昔にかはらねど、見し玉簾(たまだれ)の内や床しき』とありけるを、その返しとて人も知つたるこの歌を、物々しう書いたは不思議。殊に梶原は和歌に心を寄せし武士(もののふ)、内や床しきはこの羽織の縫目の内ぞ床しき」
と、襟際(えりぎわ)附際(つけぎわ)切り解き、見れば内には袈裟衣、数珠まで添へて入れ置いたは、
「ヤア、コリヤどふぢや」
「コハいかに」
と、呆れる人々維盛卿、
「ホヽオさもそふずさもあらん。保元(ほうげん)平治(へいじ)のその昔、わが父小松の重盛、池の禅尼(ぜんに)と言ひ合はせ、死罪に極まる頼朝を命助けて伊東へ流人。その思報じに維盛を助けて出家させよとの、鸚鵡(おうむ)返しか、恩返しか。ハア敵ながらも頼朝はあつぱれの大将、見し玉簾の内よりも心の内の床しや」
と、衣を取つて、
「これとても、父重盛の御蔭」
と、戴き給ふぞ道理なる。

人々『ハツ』と悦び涙、手負の権太這ひ出で摺り寄り、
「及ばぬ智恵で梶原を、謀(たばか)つたと思ふたが、あつちがなんにも皆合点。思へばこれまで衒(かた)つたも、後は命を衒(かた)らるゝ種と知らざる、浅まし」
と、悔みに近き終り際(ぎわ)、維盛卿も、
「これまでは仏を衒(かた)つて輪廻を離れず、離るゝ時は今この時」と、髻(もとどり)ふつゝと切り給へば、内侍若君お里は縋り、
「共に尼とも姿を変へ、御宮仕へを赦して」
と、願へど叶はず打ち払ひ/\、
「内侍は高雄の文覚(もんがく)へ、六代が事頼まれよ。お里は兄になり代り、親へ孝行肝要(かんよう)」
と、立ち出で給へば、
「女中の供は年寄の役」と諸共旅用意、手負を労はる母親が、
「ノウ、これつれない親父殿、権太郎が最期も近し、死目に逢ふて下され」
と、留むるにせき上げ弥左衛門、
「エヽ、現在血を分けた伜を手に掛け、どふ死目に逢はれふぞ。死んだを見ては一足(ひとあし)も歩かるゝものかいの。息ある内は叶はぬまでも、助かる事もあらふかと、思ふがせめての力草、留めるそなたが胴慾」
と、言ふて泣き出す父親(てておや)に、母は取り分け娘は猶、
「不憫々々」
と維盛の、首には輪袈裟(わげさ)手に衣、手向けの文(ぶん)も阿耨多羅(あのくだら)、三藐(さんみゃく)三菩提の門出、高雄(たかお)高野(たかの)へ引き分くる夫婦の別れに親子の名残り、手負は見送る顔と顔、思ひはいづれ大和路や、吉野に残る名物に、維盛弥助といふ鮓屋、今に栄ふる花の里、その名も高く顕はせり


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