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「稲瀬川・百本杭」はなぜ可笑しい

〜「十六夜清心」のもうひとつの読み方


1)「いやになっちゃう(笑)」

三島由紀夫の「鰯売恋曳網」は昭和29年11月の初演。十七代目勘三郎の猿源氏と六代目歌右衛門の傾城の、その舞台は好評でしたが、三島本人としては「芙蓉露大内実記」(昭和30年11月初演)の方が自信作であったらしくて、座談会で「『鰯売』を褒められたのには、くすぐったくて、ほんとにいやになっちゃったな。」とにが笑いしています。(雑誌「演劇界」での座談会:「三島由紀夫の実験歌舞伎」・昭和32年5月号)三島は「鰯売」をわざと擬古典的な文体を駆使して脚本を書いていますが、脚本でイメージしている天明歌舞伎のような古風な味わいを、今風に軽いタッチで処理されてしまったことに三島ご本人はどうもご不満であったようです。この座談会でも評論家利倉幸一氏が「今の歌舞伎には大らかさというものがないですね。」と言うと、三島はこう返しています。

「ばかなところがないな。ばかになりたくない一心なんだね、逆に。(笑)僕がつくづく思うのは、ぼくらはすっかり近代人的生活をしてるから、僕がいくら擬古典主義的なことをやっても、新しいところが出て来る。最大限度の努力を払ってもそれがどうしても出てくる。それで、そいつを隠してくれるのが役者だと思っていたんですよ。ところが向こうは逆に考えているんですね。いやになっちゃう。(笑)ここは隠してほしいというところが逆に彼らにとっての手掛かりになるんだな。」

さて本稿では「色街模様薊色縫」(十六夜清心)について考えたいと思います。この序幕「稲瀬川」の場は、清元をバックにした江戸情緒纏綿とした絵面の舞台と言われています。清心は大正以来、十五代目羽左衛門に代表される二枚目の役として洗練されてきて、戦後は十一代目団十郎・今ならば十五代目仁左衛門 ・あるいは七代目菊五郎の役と言えましょうか。

ところで「稲瀬川百本杭」の場面で、十六夜とともに稲瀬川の飛び込んだはずの清心が、死にきれずに百本杭にしがみつき、ずぶ濡れの姿で陸に上がってきます。その後、誤って求女を殺してしまう件あって、再び清心は死のうとして刀を腹に構えるのですが、この時、月が出て清心の気持ちが変わります。「・・・しかし、待てよ。」

芝居を見ていると、この瞬間に今の観客は笑います。大事な場面だと思うのですが、大抵そうです。決して観客が黙阿弥を馬鹿にしているとは思いませんが、「これだからお芝居は・・・・」という感じはあるのではないでしょうか。こういう悪への変心のシーンを息を詰めてじっと見入っているというのはちょっと「恥ずかしい」、それで「笑ってごまかす」という感じです。

しかし、この場面は「十六夜清心」の核心の場面なのではありませんか。なよなとしていた優男の所化清心が、その瞬間にふてぶてしい表情に変わり・目付きがぐっと鋭くなって、「・・・しかし、待てよ。今日十六夜が身を投げたも、またこの若衆の金を取り殺したことを知ったのは、お月様と俺ばかり・・・」というのは、ゾクゾクするような悪の魅力・変心の妙を見せる場面だと想像します。四代目小団次の芸が冴えたのではないでしょうか。しかし現行の歌舞伎の舞台では、残念ながらそうはなりません。「・・させてもらえない」と言った方が正しいかも知れません。

現行の「稲瀬川・百本杭」の舞台を見る限り、喜劇的にコミカルに処理される傾向があるようです。どうしてそうなってしまうのでしょうか。泉下の黙阿弥はこの舞台を見たら、多分、三島由紀夫と同じように苦笑いしながらこう言うだろうと思います。「いやになっちゃう(笑)」


2)「稲瀬川・百本杭」はなぜ可笑しい

現行の歌舞伎の舞台では、「稲瀬川・百本杭」はまずずぶ濡れになった清心が陸に上がってくるところからして可笑しい。どうしてそれが可笑しい?清心は下総行徳の生まれで幼い時から水練の心得があるというのに、「川に飛び込んで死のう」などというのだから可笑しい。それなのに、小石を拾い集めて袂に入れて、また川に飛び込もうなどというのだから、また可笑しい。死のうと決意している割には、傍で賑やかな騒ぎ唄が聴こえるだけで、またジタバタと懊悩しているのが坊主らしくなくて、またまた可笑しい。・・・なるほど。

求女が登場して癪を起して苦しみだすと、また可笑しい。どうして可笑しい?今死のうとしている清心が他人を介抱しようなどという気を起すのが可笑しい。それが求女の懐の五十両に手が触れて、坊主のくせに急に娑婆気を出すというのがまた可笑しい。金をくれと言って求女と揉みあい・求女を殺しておいて、「事はきれたか、やややや」いうのはないだろうと、また可笑しい。「殺して取ったこの金が(十六夜の)何の供養になろうぞい」とは何を言っているのか、とまたまた可笑しい。おまけに、自分が殺した求女に手を合せて拝む、とんだ坊主だ、とまたまた可笑しい。そして求女の脇差を取ってまた死のうとするのが、これがまた可笑しい。おまけに、刀を腹にちょっと突いてみて、「アイタタタ・・」は、また可笑しい。そのあげくに、「・・・・ちょっと待てよ」では、これが笑わずにはいらりょうか。・・・なるほど。

しかし、「百本杭」というのは本当にそのようなコミカルな喜劇なのでしょうか。

恐らく清心にとってこの日は日取りが悪かったのです。おみくじもバイオリズムも星占いでも四柱推命学でも運勢は最悪だったのでありましょう。やること・為すことがすべて悪い方へ行く、あせればあせるほど悪い方へ行く、多分そういう日であったのです。そういう日が誰でも思い当たりませんか。

真面目で気の弱い坊主(と言っても女といちゃついているのだから大した坊主ではある)が、死のうとする瞬間に騒ぎ唄を聴いて迷います。本当に死のうとする人間がそういう瞬間に迷うものかは分かりませんが、しかし、迷う姿はそれなりに人間的だと思うし、あちらでは金にまかせて勝手放題やっていると思えばうらやみ・ねたみもするのは理解できる気がします。

清心が求女を殺してしまったのも成り行きなので、清心としてみればただ「金が欲しかった」だけのことです。それが求女に騒がれてこんなことになってしまった・こんなはずじゃなかった・ 殺すつもりはなかった、というのが清心の気持ちです。身勝手な論理ではありますが、案外、犯罪なんてものはその程度のことで起こるものなので、裁判所で議論するような「立派な動機」だけで起こるものでもないのです。普通の人と犯罪者というのは、もしかしたら紙一重なのではありますまいか。

だから腹に刀を構えた清心が月を見上げて「・・・しかし、待てよ。」と言った時は、ふらふらと善心と悪心の間に揺ら揺らしていた心の針が一気に悪の方へ大きく振れた瞬間です。もしかしたら「月の光」の魔力のせいであるのかも知れません。その瞬間に舞台に戦慄が走ります。「待ってました!」 四代目小団次の清心になら、そういう掛け声が間違いなく飛んだと思います。絶対に笑い声は起きなかったと信じます。その後の科白こそ、幕末(安政6年:1859)の江戸の観客が身震いした科白なのですから。

「人間わずか五十年、首尾よくいって十年か二十年が関の山。つづれを纏う身の上でも金さえあれば出きる楽しみ」というのは、その通りではないでしょうか。「同じことならあのように騒いで暮らすが人の徳」、その通りだ、俺もやれるものならしてみてえ、江戸の観客もそう思ったのではないでしょうか。観客の心がうずきます。

「一人殺すも千人殺すも、取られる首はたったひとつ」、これは物凄い科白ではないでしょうか。虚無的で開き直った悪党の科白ですが、考えてみればその通りです。「一人殺せば犯罪者だが、千人殺せば英雄だ」というチャップリンの「殺人狂時代」の名科白さえ連想させるではありませんか。そこにはこの世への絶望から掴み取った生へのあくなき執着があります。

そして「こいつァめったに死なれぬわえ」と小団次の清心が言い切った時、江戸の観客は快哉を叫んだのに違いありません。明日も見えない・閉塞感のなかで「何も変わらない・何も変えられない」江戸の民衆でありましたが、この瞬間だけは「この俺にも何かできる」というものを感じたのに違いありません。


3)黙阿弥と真正面に向き合う

それでは現代の「百本杭」での清心の演技はどうして喜劇タッチになってしまうのでしょうか。優男の二枚目坊主(注:初演の四代目小団次自身は決して二枚目と言える風貌ではありませんでした)が悪党に墜ちる場面ですから、その変化の落差を鮮やかに見せたいということを、当然役者は考えることでしょう。

芝居というのは絵空事・慰みでありますから、坊主が善へ悪へとふらふらする様を演技で見せますが、そうした心理の内面的な揺れ・変化を舞台の演技として見せるのはなかなか難しいことです。リアルな心理主義的演技の考え方からすると、揺れ動く人間の二面性を演技として「矛盾なく」描からければならないわけですから、どうしてもそこに齟齬・矛盾が生じてきます。それを隠してくれるのは役者の仕事のはずなのです。

「ところが向こうは逆に考えているんですね。いやになっちゃう。(笑)ここは隠してほしいというところが逆に彼らにとっての手掛かりになるんだな。」

黙阿弥がここは隠して欲しいと思っているところが、現代の役者にとっては逆に手掛かりになってしまっています。黙阿弥が隠して欲しいと思っている心理的な齟齬を、現代の役者は逆にあからさまにして見せてしまいます。そして茶化してしまう。それで「百本杭」は自然と喜劇タッチになってしまうのです。

「ばかなところがないな。ばかになりたくない一心なんだね、逆に。(笑)」

茶化しているのは多分、役者の「照れ」なのです。「百本杭」を喜劇に仕立ててしまうことで逆に役者は楽にできるのです。そして、照れているのは観客にとっても同じなのでしょう。役者にも観客にも現代人には、こういう芝居に正面切って付き合うのは「ちょっと恥ずかしい」という感じがあるのです。「白蓮本宅」におけるゆすり場も同様です。白蓮が清吉(=清心)の実の兄と知れ、清心の殺した求女がおさよ(=十六夜)の実の弟と知れる。そのような因果の物語に触れると、現代の我々は正面に向き合うことを避けて、ちよっと気をそらして「アハハ・・」と笑い飛ばしてしまって済ませようとします。

泉下の黙阿弥にして見れば、そこの部分の齟齬は現代の観客の目からは隠してもらいたいところなのです。そして笑わないでもっと見るべきところを見てもらいたい、と思っていることでしょう。「いやになっちゃう。(笑)」と、黙阿弥は苦笑いしていることでしょう。しかし、お芝居から人間のドラマを真剣に読み取ろうとするならば、黙阿弥のドラマと真正面から向き合わねばなりません。我が「歌舞伎素人講釈」はこれからもこのように黙阿弥と付き合っていきたいと思います。

(H14・5・12)



 

 

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