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東山魁夷の旅


音楽や演劇と比べれば、吉之助の場合は絵画の方の関心がやや薄いということは確かかも知れません。音楽や演劇の場合は向こうからこちらへ訴えかけてくるわけですから、姿勢として受身でも鑑賞が可能ということがあります。絵画でも向こうから訴えるものは当然あるわけですが、鑑賞者の方から対象のなかへ入っていかねば掴まえられぬ要素があるようです。そこのスタンスの取り方が吉之助には難しいのかも知れませんねえ。

ところで日本画の巨匠・東山魁夷は、吉之助は長野県信濃美術館東山魁夷館(長野市)や千葉県市川市東山魁夷記念館などでその作品は見知ってはいましたが、これまでさほど興味なかったというのが 正直なところでした。何と言いますかねえ、東山魁夷の絵については、静けさとか安らぎとか、あるいは昔どこかで見たような・子供の頃の記憶を呼び覚ますような懐かしさというような感想が一般的に多いようですが、そこのところがかぶき的心情バロック論の吉之助からすると、古典的に収まり過ぎている感じでどうも面白くないということでした。

ところが、昨年ふと東山魁夷記念館に再び立ち寄って見てその絵がとても気になったということがあって、忙しさに紛れてそのことをしばらく忘れていましたが、先月 (2012年6月)・NHKのドキュメンタリー「極上美の競演・東山魁夷の旅・三回シリーズ」という番組があって・これを見ていて、なるほど吉之助が何となく気になっていたのは東山のなかの内面の激しいバロック的な感情であったのだなあということに、初めて気が付きました。しかし、このことは静けさとか安らぎとか・そのような世間での東山の評価が間違いだと言っているわけでは決してないのです。東山が日本風景画の大家として不動の地位を築いたのはまさにそれ故なのですから、そのことは大事なことなのです。このような内面のバロック性を封じ込めて・全体にこのような静寂感・古典性を与えることに成功していることに、改めてこの画家の凄さ・深さを感じるということですかねえ。

芸術作品の鑑賞法に定石があるわけではなく 、名作はどんな見方も許すものです。吉之助の場合はやはりかぶき的心情やバロック的感情ということを切り口に見ることになります。だから東山魁夷に対する見方も、静けさとか安らぎとか懐かしさという要素はどこか遠くなってしまうようです。 以下は番組のなかでの解説とはまったく異なる吉之助の感想であって、それが作者の意図に沿うものであるのかは・よく分かりませんけれども、例えば第1回・「再生のドイツ」でメインで取り上げられた「みずうみ」(1961年)ですが、これは南ドイツのベルヒテスガーデン国立公園にあるケー二ヒス湖畔を写生した風景画ですが、ここで用いられている倒影という技法・緑の山並みを湖面に逆さに映すという構図については、画面(湖という題材や青緑の色合い)からもたらされる静けさとか安らぎという印象とはまったくかけはなれたものを、吉之助は内面に感じます。東山は「みずうみ」画面の下部分の約3分の2を湖面に映る逆さの山並みにしてい ますが、吉之助には湖面のなかに自分が引き込まれそうに感じられます。これはちょっと危うい感覚を孕みます。吉之助がここで連想するのはハウプトマンの「沈鐘」であるとか・メーリケのヴァイラの歌などのイメージです。恐らく東山の場合もそういう連想があるに違いないと思うのです。しかし、東山の場合は風景画家という彼の本分のなかで、その浪漫的感情を風景のなかに封じ込めている、そのように感じます。

第2回・「挑戦の京都」でメインに取り上げられた「年暮る」(1968年)ですが、雪が静かに降り積もるなかに年越しの除夜の鐘が鳴るという京都東山の風景を描写したものです。これも画面からもたらされる静けさとか安らぎという印象とまったくかけはなれたものを、吉之助は内面に感じます。この風景には人の気配が感じられませんねえ。それは家のほのかな灯かりによって暗示されているだけです。人の営みは風景のなかに溶けてしまっている。これもちょっと異様な感じを吉之助は受けるわけです。例えばこのようなことを考えます。百年ほど前の写真撮影は とても長い露光時間が必要であったわけですが、そのような昔のカメラで昼間の渋谷の繁華街を写真に撮りますと、動く人間の姿は消えてしまって・動かない物体の像だけが残り、画面に現実にあり得ない真昼の無人の繁華街が現出するのです。 このような異様な感覚が「年暮る」にはあると吉之助は感じます。つまり、この一年の人々の嬉しいこと・悲しいこと・すべての思いは、風景のなかに封じ込められるということでしょうかね。第1回・「再生のドイツ」に出てきた「ローテンブルクの門」・あるいはリューベックを描いた「霧の門」(いずれも1961年か?)も同様に感じます。

第3回・「祈りの山河」でメインに取り上げられた「光昏」(1955年)は、長野県野尻湖での風景を描いたものですが、番組では実は「光昏」は画面の一部に箱根姥子温泉でのスケッチを組み合わせたものだということを明かしています。光線の向きも異なり、つまり現実にはあり得ない合成風景だということです。これも激しくバロック的な発想です。創作の過程に非常に激しい感情が渦巻いている、そのように感じます。「光昏」画面中央にある野尻湖湖面の・まるで画面を 上下に引き裂くかのような黒・それはグロテスクなほど底知れぬ感情を秘めた黒です。しかし、「みずうみ」も「年暮る」も「光昏」もそうなのですが、全体から見る印象はそのような内面のバロック的な激しい感情 ・さまざまな葛藤や試行錯誤の苦しみなどは飛んでしまって・それはとても落ち着いて見えて、静けさとか安らぎとか懐かしさという印象になるのです。東山は日本画という彼の本分においてそのことを実現しているわけです。吉之助はそこのところが非常に興味深いと思うのです。

本サイトは「歌舞伎素人講釈」ですから、ここで伝統芸能に立ち返るわけですが、このことは、能でも歌舞伎でもそうですが、内面に湧き上がる激しいバロック的な感情(かぶき的心情)を如何にして古典的な印象に仕上げるかという問題として吉之助のなかに深く関連してくるわけです。

(H23・7・10)


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