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如何にして日本の伝統・文化を守るか


○如何にして日本の伝統・文化を守るか・その1

表題は重めですが、別に結論を付けるつもりはありませんので、たらたらと進めます。最近は歌舞伎座関連の経済記事で「開場効果の反動か・景気横ばい続く」ということがよく云われます。これは実感で分かることで、三年前(平成25年4月)の第5期・歌舞伎座再開場 の時には前売切符を確保するのも大変だったのに、最近はそうでもなくなって、歌舞伎座に行ってみると空席を結構見掛けるようになりました。代わりにここ2年ほど目立って増えて来たのが、円安効果のおかげで海外からいらっしゃる外国人観光客です。これを差し引いて日本人観客だけを見れば、実数はかなり落ちているのではないか。これで円高だったら歌舞伎座の客席は大変なことなのではないかと心配になってきます。吉之助などは、昭和50年代前半の歌舞伎座ガラガラ状態が脳裏にチラッとよぎります。お若い方は想像できないと思いますが、ちょっと前にそんな時代があったのですよ。そう考えると、日本の若者の伝統芸能への啓蒙が大切なのは もちろんですが、ますます急務になるのが、如何にコンスタントに海外からのお客さんを歌舞伎座に呼び込むかということです。

そんなことを考えたのは、「国宝消滅〜イギリス人アナリストが警告する文化と経済の危機」(デービット・アトキンソン著・東洋経済新報社)という本を読んだからです。「国宝消滅」とはショッキングなタイトルですが、このくらいのタイトルでないと日本人は耳を傾けないだろうということなのでしょう。日本の文化財を如何にして守り・伝統を継承していくかを真摯に議論した本だと思います。アトキンソン氏は外資系証券会社で役員を勤め、日本で裏千家の師範を取り、その後、日本の文化財修復を手がける小西美術工藝社の社長に請われて転職 したという異色の経歴の方です。ご参考にこのサイトの記事「歌舞伎を見ないとビジネスマンが損すること」をご覧ください。吉之助自身は歌舞伎を見たことでビジネス面で徳したかどうかはよく分かりませんけれども、吉之助もこの記事でアトキンソン氏のことを知ったのです。

デービット・アトキンソン:国宝消滅―イギリス人アナリストが警告する「文化」と「経済」の危機

アトキンソン氏は経済アナリストの立場から、日本の文化財存続の危機と、日本を観光立国にすることで危機を乗り越えることを提言しています。文化財を観光財源に しようという提言は、「そんなことは国の補助金でやれば良いことだ、何でもかんでも経済合理性だけで割り切る態度は好きじゃない」と反発する方も たくさん居そうです。しかし、確かに何をするにも何かしらの金が要る。仇討するにも金が要るというのは「仮名手本忠臣蔵」も教えるところで、経済的な観点から文化財保護の現状を見てみると色々問題があぶり出されて来ます。アトキンソン氏はアナリストらしくこれらのことをデータ(実例)で教えてくれます。言われてみれば確かにその通りなのですねえ。

大事なことは、GDP(国内総生産額)は労働人口の動向に大きく関与するということです。戦後の日本の急激な経済成長は労働人口増加によるところが多いわけで、いったん人口が減少に転じ始めると経済の良好な回転が維持できなくなる、生産性を上げるだけではその問題は解決しないということなのです。ですからこの本はたまたま文化財保護のことを話題にしていますが、これは現在盛んに云われている待機児童の問題であるとか、年金・健保の問題もまったく同じ経済の歪みから発しているわけで、これが解決を難しくしているわけです。これは吉之助も、アトキンソン氏が主張する通り、「観光立国しか日本の生きる道はない」ということはどうやら正しいというか・致し方ないことなのだなあという気がしてきました。(この稿つづく)

(H28・4・26)


○如何にして日本の伝統・文化を守るか・その2

アトキンソン氏は、日本は長年培ってきた伝統の遺産で観光大国になれる潜在能力が十分にあると言います。その潜在能力を活かす為に、観光客 (外国の方だけとは限りません・日本の方も含む)に伝統文化を体感させる様々な工夫が必要 です。ただ観光客に建築や工芸品を拝観させるだけでなく、これらの事物を通して、もっと日本の伝統の精神的なものに触れる経験をしてもらって、彼らをリピーターに仕立てなければなりません。日本ではこうした工夫と努力が足りないというのです。もちろんそうした努力をするのには更にコストが掛かります。だから入場料 を二千円でも三千円でも値上げすれば良い、それに見合う価値のある「伝統文化」を提供できれば良いのです。文化財の保存を補助金だけに期待しても到底無理です。だからアトキン ソン氏は、民間も意識を転換して補助金に頼らないようにせねばならない、日本を観光立国にして文化財保存のための財源を自ら生み出す、そうすれば結果として伝統文化の保存も 出来る、これが日本を再活性化する唯一の道だと言うのです。イギリスやフランスなどはいち早くそうしたことに気付いて観光立国化の努力を続けているそうです。アトキン ソン氏の主張には耳を傾ける価値がありそうです。

この本「国宝消滅」はアトキンソン氏の経験で書かれていますから、文化財保護・主として建築工藝のこと、いわば観光立国のハードウェアの側面から、この問題を論じています。 一方、吉之助はこの本を読みながら、ずっとソフトウェアのことを考えていました。もちろん歌舞伎・文楽・能狂言などの伝統芸能のことです。生ものとしての伝統文化の保存継承には、背景がまったく異なる複雑な問題が付きまといます。しかし、歌舞伎は、兎にも角にもまだまだ興行として十分成り立 っている(商売になる)伝統芸能ですから、日本の観光立国化ということになると、外国人観光客を日本に呼び込む旗振り役として、これから歌舞伎が果たす役割は、結構重要な鍵になるなあと思うわけです。浅草や京都に行ってから歌舞伎を見る、歌舞伎を見てから浅草や京都に行く、順番はそのどちらでも宜しい ですが、ハードとソフトの両方から観光客を伝統文化体験へ引き込んでいく、そのような循環回路が出来るのが望ましいだろうと思います。現在は歌舞伎座でも英語のイアホンガイドがありますが、 さらに歌舞伎もいろいろ工夫を凝らさなければなりません。まずは歌舞伎役者さんには良い芝居をすることで貢献をお願いしたいと思います。

(H29・4・29)


 

 

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