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絵本「夢の江戸歌舞伎」


素敵な絵本が出ましたので紹介します。一ノ関圭絵・服部幸雄監修による絵本「夢の江戸歌舞伎」(岩波書店・2600円)という本です。服部先生には歌舞伎を学ぶ者はいつもお世話になっております。その著書「大いなる小屋ー江戸歌舞伎の祝祭空間」(平凡社)などで、江戸時代の劇場空間の魅力を考証・紹介されておられます。一ノ関圭さんは「茶箱広重」など江戸・明治の画家を主人公にした漫画などをお描きの方だそうです。

絵本 夢の江戸歌舞伎

この絵本はふたりが協力して、場所は江戸の堺町の中村座・時代は文化文政期の初期と設定して、服部先生の「江戸歌舞伎の祝祭空間」のイメージを絵本に視覚的に再現しようという試みです。いや、とっても素敵な仕上がりになっています。さっとひと通り絵をながめてから、巻末の服部先生の解説を読みなからもう一度、絵の細部を見直していくとその面白さは一層です。これは歌舞伎が初めての方でも楽しめると思います。

歌舞伎に限りませんが、「劇場」というのは非日常的な空間で、日常生活の感情の一面を増幅・昂揚させ、あるいは癒してくれる「祝祭空間」なのです。当時の芝居見物は朝早くに始まり、日が暮れれば終る一日掛かりでした。人々は芝居の前日になるとソワソワ・ワクワクして、日が昇る前には起きていそいそと芝居に出かける仕度をしたものでしょう。そうした観客のドキドキする気分がこの絵本には感じられます。

そして観客に「夢」を提供し「今度はどうやって驚かせてやろうか」と工夫と趣向をこらす狂言作者・役者・あるいは大道具・小道具・床山などの裏方にいたるまで、細部にわたって綿密な考証のもとに絵が描きおろされています。歌舞伎がどうやって出来上がっていくのか、その興行の裏側を見る楽しみもこの本にあります。そのためには服部先生の丁寧な解説が役に立つでしょう。じっくりと見ないと気が付かないところに絵の工夫が凝らされています。

文化文政期といえば、作者では鶴屋南北・役者ならば五代目幸四郎・三代目菊五郎・五代目半四郎の活躍した時代であります。江戸町人文化がもっとも爛熟し多くの才人を輩出した時代、そして江戸歌舞伎がもっとも熱かった時代でもありました。

「これより大道具大仕掛けにてご覧にいれまする」という頭取の口上で、客席の平土間から何本もの橋脚があがり、するすると東西の桟敷に橋板がかかり、あっと言う間に橋が出来上がる。その橋を赤い衣装のお姫様と腰元連中がにぎやかな鳴り物に合わせてゆっくりと豪勢に渡っていきます。観客は口を大きく開けたまま、上を見上げています。ここには舞台と客席の区別なんてものはありません。こういう華麗な演出が江戸の劇場で実際に行なわれた記録があるということです。

ここに江戸庶民の驚くべきエネルギーと馬鹿馬鹿しいほどの熱気が見られます。それに比べれば、現代人の創造力はどこか疲弊し磨耗しているように感じられないでしょうか。

絵本にすべての江戸歌舞伎のイメージを要領よく配置することは容易ではなかったろうと、製作のおふたりのご苦労をお察しいたします。この絵本を見ながら、江戸の歌舞伎に庶民が掛けた夢を想像してみていただきたいと思います。

(H13・12・15)



 

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