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トスカニーニの録音(1946年)


○1946年1月27日ライヴ

モーツアルト:歌劇「ドン・ジョヴァン二」序曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオ・シティ・スタジオ8H)

トスカニーニらしく全曲を速めのキビキビとした運びで通しています。展開部はいかにもモーツアルト的なユーモアと軽味があっていい演奏です。しかし、フォルムが崩れないので、演奏に は独特の厳しさが漂います。録音のせいもあるかも知れませんが、冒頭部の全奏にもう少し重量感のある地獄の鬼気迫る響きが出ていれば文句ないところです。


○1946年2月2日ライヴ

プッチー二:歌劇「ボエーム」

リチア・アルバネーゼ(ミミ)、アン・マックナイト(ムゼッタ)
ジャン・ピアース(ロドルフォ)、フランチェスコ・ヴァレンティーノ(マルチェロ)
ニコラ・モスコーナ(ショナール)
NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオ・シティ・スタジオ8H、トスカニーニによる初演50周年記念公演)

トスカニーニのテンポ早めにキビキビと直線的に進める音楽作りは一見デリケートなプッチー二の音楽に似合わないような感じにも思われますが、これがまったく逆で、その簡素な音楽作りからプッチー二のヴェリズモの質素な香りが立ち上ってくるのには驚かされます。どちらかと言えば叙情的に捉えられがちなプッチー二の本質について改めて考えさせられます。歌手はトスカニーニ好みの配役で・決して甘ったるくない歌唱で、トスカニーニの意図によく沿った歌唱をしていると思います。


○1946年3月11日ライヴ

ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」〜第1幕への前奏曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)

やや早めのテンポですっきりした細身の造型で・感触は新しいように聞こえますが、オケの響きは重厚で・骨組みのがっしりした石造りの建築を見るが如くの印象で聴かせます。


○1946年4月8日ライヴ−1

チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」

NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)

トスカニーニはチャイコフスキーの音楽の持つ甘さを意識的に避けて、純音楽的に処理しようとしているように思えます。キャプレット家とモンタギュー家の争いの場面の早いテンポの直線的な表現がいかにもトスカニーニらしく、聴き手を興奮のなかに巻き込んでいくような迫力があります。その一方でロメオとジュリエットの愛の語らいの場面ではあっさりした表現になっています。オケの迫力に圧倒される思いで、華麗な音絵巻を聴いたという強烈な印象が残ります。


○1946年4月8日ライヴー2

カバレフスキ:歌劇「コラ・ブル二ョン」序曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)

冒頭から凄まじい速さで聴き手をリズムの嵐に巻き込みます。感心するのはこれだけの速さなのにリズムがしっかり撃ち込まれて、音楽の造形が崩れないことです。だからこの速さでもセカセカした感じはまったくないのです。ただやや曲に対する強引さが目立つ感じではありますが、これもトスカニーニの個性ということでしょう。


○1946年5月11日ライヴ−1

ロッシーニ:歌劇「泥棒かささぎ」序曲

ミラノ・スカラ座管弦楽団
(ミラノ、ミラノ・スカラ座、ミラノ・スカラ座再開記念コンサート)

1943年8月15日にミラノ・スカラ座の建物は連合軍の爆撃によって破壊されました。このスカラ座再開記念コンサートはこの日の午後9時より開演されて、イタリア全土にラジオ中継がされました。本曲はそのコンサートの最初のプログラムです。力のこもった張りのある弦と、はじけるようなリズム感が印象的です。フォルティッシモでの爆発的な感情の高まりは、このコンサートへのオーケストラ全員の気持ちの昂ぶりを感じさせるようです。若干音楽に力みを感じるのはそのせいかも知れません。


○1946年5月11日ライヴー2

ヴェルディ:歌劇「ナブッコ」序曲

ミラノ・スカラ座管弦楽団
(ミラノ、ミラノ・スカラ座、ミラノ・スカラ座再開記念コンサート)

トスカニーニとスカラ座管のヴェルディはまさに本物だと感動させるような熱い演奏です。爆発するようなフォルティッシモ、斬れるリズムと直線的な旋律の歌い上げは、まるで一刀彫りを見るような素朴な力強い感動を与えてくれます。うまく演奏してやろうという気などサラサラなくて・ただやりたいように全力でやっているだけで、言いたいことがすべて完全に言い尽くされているような感じがします。スカラ座管もヴェルディになると力の入り方ががぜん違うような感じがします。


○1946年5月11日ライヴー3

ヴェルディ:歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲

ミラノ・スカラ座管弦楽団
(ミラノ、ミラノ・スカラ座、ミラノ・スカラ座再開記念コンサート)

イタリア人の血がたぎるような・情熱と緊張感に溢れた名演です。爆発的なフォルテと斬れたリズムは洗練という言葉とは対極にあるようで、粗野とも言えるようですが、根源的な民族の血を感じさせるようです。その一方で、中間部の弦の豊かな歌わせ方はヴェルディのカンタービレの本質を分からせてくれるようです。もちろんNBC響とのヴェルディもより洗練された見事なものですが、このスカラ座管との演奏は格別な意味があるように思われます。


○1946年5月11日ライヴー4

プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」間奏曲

ミラノ・スカラ座管弦楽団
(ミラノ、ミラノ・スカラ座、ミラノ・スカラ座再開記念コンサート)

トスカニーニはプッチーニの作品のなかでは「マノン・レスコー」を最も高く評価していたそうです。この間奏曲の序奏部の弦のからみ合いは切ない美しさがありますが、全奏になって音楽が盛り上げっていくと、弦の動きがまるでワーグナーを演奏しているかのように大きくうねりを見せていくのには驚かせられます。終結部近くでは感極まったトスカニーニのうなり声が聞かれます。ロマンティックというよりも・乾いた感触で、プッチーニの音楽のなかにあるワーグナー的な要素を明らかにしてくれたと言えそうで、これは強烈な印象に残る演奏でした。


○1946年7月7日ライヴー1

ベートーヴェン:交響曲第1番

ミラノ・スカラ座管弦楽団
(ルツェルン、クンスト・ハウス、ルツェルン音楽祭)

これは掘り出し物の名演です。ベートーヴェンの第1交響曲はトスカニーニの体質に合った曲なので、ここでも古典的構成美溢れる見事な演奏を聞かせてくれます。ミラノ・スカラ座管はトスカニーニとの息もぴったりで、音色も低音が効いたベートーヴェンの響きになっていて素晴らしい出来です。NBC響との演奏より音に硬さがない分、リラックスして生気のある演奏になっているようにも思われます。テンポは速めですが、リズム感がいいので決して速い感じを与えません。各楽章の構成がピッタリと決まっています。特に第1楽章はリズム感がよくて素晴らしい出来です。


○1946年7月7日ライヴー2

ベートーヴェン:エグモント序曲

ミラノ・スカラ座管弦楽団
(ルツェルン、クンスト・ハウス、ルツェルン音楽祭)

オケの響きが渋くて、これも見事な演奏です。テンポの緩急をはっきりと付けて曲の構造がはっきりと見えます。この曲の悲劇性を十分に表現したオーソドックスな出来であると思います。


○1946年7月7日ライヴー3

ワーグナー:歌劇「ローエングリン」第3幕への前奏曲

ミラノ・スカラ座管弦楽団
(ルツェルン、クンスト・ハウス、ルツェルン音楽祭)

さすがにオペラのオケだけあって、ワーグナーも見事です。同日のワーグナー3曲に言えることですが、響きが完全にワーグナーのものになってますし、もしかしたら機能主義的な面が強く出るNBC響との演奏よりもこちらの方が受け入れやすいかも知れません。テンポを速めにとった輝かしいオペラティックな演奏です。


○1946年7月7日ライヴー4

ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲

ミラノ・スカラ座管弦楽団
(ルツェルン、クンスト・ハウス、ルツェルン音楽祭)

トスカニーニのワーグナーは、ドイツ風の音を厚く塗りこめるような重層的な響きではなくて、旋律線を重視した透明感のある響きでこの曲の対位法的構造を透けて見せてくれるような感じがします。テンポはさほど早めではなくて・むしろトスカニーニとしては遅めかも知れません。


○1946年7月7日ライヴー5

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲とヴェーヌスベルクの音楽

ミラノ・スカラ座管弦楽団
(ルツェルン、クンスト・ハウス、ルツェルン音楽祭)

テンポを速めにとった・トスカニーニらしいスケールの大きい演奏です。ミラノ・スカラ管は熱気のあるオペラティックな演奏を繰り広げていますが、特にヴェーヌスベルクの場面での熱い官能の表現は実に見事です。


○1946年10月9日ライヴ (同11月6日、1947年6月12日録り直し)

○ハイドン:交響曲第101番「時計」

NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオ・シティ・スタジオ3A)

ロマンティックな印象さえあるニューヨーク・フィルとの録音(1929年)と比べると、かなり印象が違って・斬れの良いシャープな演奏です。全体にテンポは早めですが、大編成でこのテンポであると活気はあるが・やや印象が大柄で重い感じになるのは事実です。そのせいか両端楽章ではリズムが前面に出過ぎて・威勢が良過ぎる印象が多少あります。それでもNBC響のリズムは斬れているので・ハイドンらしい軽快で小粋な表情が出てきて・ハッとする場面が随所にあります。トスカニーニにはもう少し小編成で振って欲しかった気もします。第2楽章はスッキリした造型で、トスカニーニの良さが一番出ていると思います。


○1946年11月4日ライヴ-1

モーツアルト:交響曲第35番「ハフナー」

NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオ・シティ・スタジオ3A)

整然とした古典的なたたずまいを感じさせる名演奏です。ドイツ人指揮者が振るような・ゆっくりとしたテンポで柔らかいモーツアルトではなくて、全曲を速いテンポでキビキビと進め、厳格なまでにフォルムを守ることでまったく新しい新鮮 なモーツアルト像を作り上げています。NBC響の音色は重過ぎることなく・生き生きとして透明感を保ち、聴き手に威圧感を与えることがまったくありません。特に第1楽章が素晴らしいと思いますが、甘ったるさを取り去ったような第2楽章のサラリとした味わいも捨て難いと思います。第4楽章はかなり速いテンポですが、トスカニーニの棒に一糸の乱れも見せずに付いて行くオケはじつに見事です。


○1946年11月4日ライヴ−2

グルック:歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」〜精霊の踊り

速めのテンポを通して、フルート・ソロも過度にロマンティックに粘る感じに陥らないのが好ましいと感じられます。録音のせいもありますが、やや乾いた感じなのは仕方ないところでしょうか。


○1946年11月11日ライヴ

シューマン:マンフレッド序曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)

緊張感がみなぎり、一筆描きで描き切ったような勢いを感じさせる名演です。NBC響の弦は鋼のような力強さを感じさせ、シューマンの暗めのロマンティシズムを見事に表現しています。たたみ掛ける様なリズムのなかに緊迫した悲劇感がひしひしと伝わってきます。


○1946年11月17日ライヴ

スメタナ:歌劇「売られた花嫁」序曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)

テンポが早く・トスカニーニらしい直線的な処理ですが、この速さでもリズムはしっかり打たれ・造形が崩れないのはさすがと言うべきでしょう。それにしても東欧の民族的雰囲気をトスカニーニに期待はしませんが、トスカニーニの個性で割り切った解釈と云うべきでしょう。


○1946年12月1日・8日ライヴ

ヴェルディ:歌劇「椿姫」(演奏会形式)

リチア・アルバネーゼ(ヴィオレッタ)、ジャン・ピアース(アルフレート)
ロバート・メリル(ジェルモン)、マクシーヌ・ステルマン(フローラ)
ジョン・ガリル(ガストン)、ジョージ・チェハノフスキー(ドゥフォール)
ジョアンナ・モアランド(アンニーナ)、アーサー・ニューマン(グランヴィル)
NBC交響楽団
(ニューヨーク、スタジオ8H)

トスカニーニ好みの配役ですが、ピアースのアルフレートは声の張りはありますが・ラダメスが似合う威勢の良さで・もう少し甘さが欲しいところです。ただし一本気な感じがあるとも言える。メリルのジェルモンもアルフレートと兄弟みたいな感じで・これももう少し情感が欲しいところ。アルバネーゼのヴィオレッタはメットでも当たり役にしているだけにさすがに素晴らしいと思います。トスカニーニのテンポは早めで・表現がシャープなだけに、歌手は気が抜けないと思います。がっちりと歌手を枠のなかにはめ込む感じなので、このなかで歌唱に十分な情感を表出するのは結構難しいようにも感じられます。オケの素晴らしさは言うまでもなく・場面場面が緊張感あってまるで交響詩を聴くようであり・実にスリリングですが、歌手にはかなりストレスかも知れません。その意味ではどの歌手もよく頑張っています。トスカニーニは甘さを殺して・音楽によるドラマを実にシリアスに描き出します。それは特にリズムに現れており、例えば第1幕や第2幕第2場の宴会の場面のリズムなどはもう少しで安っぽいリズムになる寸前でで引き止まることで社交界の真実を見事に表現しています。だからこそ第1幕後半部や第2幕第1場のシリアスな場面が生きてくるのです。トスカニーニは簡素な表現のなかに歌心を目一杯盛り込んでおり、管弦楽の表現は一音符として聞き逃せないものです。


○1946年12月24日ライヴ−1

ベートーヴェン:コリオラン序曲

NBC交響楽団(ニューヨーク、スタジオ8H)

8Hスタジオのデッドな響きのせいもありますが、最初はかなりドライな印象があります。しかし、耳が慣れてると・音楽の線が強く明確で、響きが塊りのように聴き手にぶつかってくるように感じられます。演奏の緊張感・凝縮度は素晴らしいものがあります第1主題はかなりテンポが早く、聴き手に緊迫感がひしひしと伝わってくるようです。しかし、第2主題はこの速さだと哀切な感情が表現できていない感じがすることは否めません。NBC響の高弦の力強さも印象に残ります


○1946年12月24日ライヴ−2

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番

マイラ・ヘス(ピアノ独奏)
NBC交響楽団
(ニューヨーク、スタジオ8H)

リズムを明確に取って・しっかりとした構成を感じさせる演奏です。8Hスタジオのデッドな響きのせいか・響きがちょっと軽めで・潤いのない感じがしますが、高弦は力強い響きで魅力的です。キビキビとした音楽作りで、旋律で聞かせるよりは・リズムで聞かせる感じがします。テンポ設定は無理なく、特に両端楽章はソリストとの個性も噛み合って、そのリズムが心地よく感じられます。ヘスのピアノはテクニックがしっかりしており、リズムの取り方が正確で・しかも響きに潤いがあって、トスカニーニの作り出す音楽によく乗っています。


○1946年12月24日ライヴ−3

ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」〜夜明けとジークフリートのラインへの旅

NBC交響楽団
(ニューヨーク、スタジオ8H)

旋律線が力強いタッチで明確に描かれ・響きがスッキリしているので、ドイツ風のワーグナーとは感触を異にする演奏です。色彩が明るく・パステルカラーのワーグナーという感じであもあり、テンポが速くて・とにかく演奏に勢いがあります。夜明けの澄み切った叙情性、ラインの旅でのダイナミックなリズムなど、トスカニーニの明快なタッチが楽しめます。しかし、響きに重厚さが欠けるので・後半は多少軽い感じがあるのは否めないところです。


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