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トスカニーニの録音(1944年)


○1944年3月12日ライヴ

ショスタコービッチ:交響曲第1番

NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

気合いが入った充実した演奏だと思います。第1楽章冒頭からリズムがよく斬れており、ナイーヴで傷つきやすい感性の古江が感じられて、ショスタコービッチの音楽の革新性が伝わってきます。第4楽章終結部はリズムの勢いを以て、怒涛の流れで締められますが、聴衆はかなり反応しています。老トスカニーニがショスタコービッチのフォルムを的確に処理していることに感心させられます。


○1944年4月9日ライヴー1

ワーグナー:楽劇「パルジファル」〜第1幕への前奏曲と聖金曜日の奇跡の音楽

NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

テンポを速くとり・スッキリとした造形のワーグナーです。ねっとりと濃厚なロマン主義の・いわゆる毒気のあるワーグナーではなく、ラテン的感性で明るく照らし出したワーグナーなので・感触はサラリとして聴き易いと思います。特に後半の聖金曜日の音楽では簡潔に旋律を歌い上げるのが生きています。


○1944年4月9日ライヴー2

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲

ヤシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)
NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

甘いムードなどすっ飛ばすような快速で、グイグイとひた走るメンデルスゾーンです。ハイフェッツのヴァイオリンはやや金属音なのは難ですが・作り出す音楽は力強くて、トスカニーニの指揮と相まって・余計な思い入れを一切加えず・旋律それ自体が持っているイメージをストレートに表現していこうとしているようです。直截的・あるいは即物的とも言えます。メンデルスゾーンの場合・それで取り落とすものは結構多いと思いますが、しかし、第1楽章では曲のなかから厳しい形式への憧れ・あるいは悲壮感というようなものがにじみ出てくるのは不思議というか面白いと思いました。それにしても第1楽章はちょっとテンポが速過ぎで、名手同士が火花を散らす緊張感ある掛け合いであるとはいえ・いささか疲れます。メンデルスゾーンを聞いて疲れるとは。一方、第2楽章もはやいテンポながら、トスカニーニのうめき声が聞こえるくらいに心を込めて旋律を歌っています。第3楽章はある意味では曲想がマッチして最も聞きやすく感じられます。ハイフェッツの斬れるテクニックが見事です。


○1944年5月25日ライヴ

ヴェルディ:歌劇「リゴレット」第3幕

レネオート・ウォーレン(リゴレット)、ジャン・ピアース(マントヴァ公)
ジンカ・ミラノフ(ジルダ)、ニコラ・モスコーナ(スパラフチレ)
ナン・メリマン(マッダレーナ)
NBC交響楽団とニューヨーク・フィルの混成メンバーによるオーケストラ
(ニューヨーク、マジソン・スクエア・ガーデン、赤十字慈善演奏会での演奏会形式)

テンポは速めであり、時に歌手が早いテンポに付いていくのが厳しそうな場面もないではないけれど、ヴェルディの旋律がこれほど表情豊かに、しなやかに、まるで鮮魚が飛び跳ねるがごとく新鮮に、オケが奏することがあっただろうかと、その説得力、表現力に感嘆するばかりです。しなやかなカンタービレ、ピチピチしたリズム、特に引き締まった高弦の輝きが素晴らしいと思います。歌手ではトスカニーニのお気に入りの、ピアースのマントヴァ公の歌唱が見事です。底抜けの明るい歌唱が、トスカニーニの解釈にぴったりです。謹厳ななかに悲劇性が秘められたウォーレンのリゴレットも良い出来です。女声のパートではテンポがやや早過ぎのようにも思われますが、実は微妙にテンポを揺らしており、決して一本調子に陥らない自在の表現を見せているのです。ここで提示されている緊張感、聴き手に対して剣のように月尽きられている厳しい悲劇性は、やはり聴き物です。ただし演奏会形式だから成り立つ演奏かもしれません。これが実演ならば歌手も聴衆もちょっと辛いかも知れません。


○1944年10月29日ライヴ

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番

アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

ルービンシュタインのピアノが素晴らしいと思います。響きが豊かで、何より音楽の骨格がしっかりしています。トスカニーニを相手にしてまったく動じることなく・自身の音楽に徹しています。実際、ここでのトスカニーニは後ろに回ってサポートする感じで・いわゆるトスカニーニ臭いところをあまり出していません。実にオーソドックスな演奏なのです。全編ルービンシュタインの魅力に溢れていますが、特にゆっくりしたテンポのなかに深い味わいのある第2楽章が良いと思います。


○1944年11月26日ライヴ

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番

ルドルフ・ゼルキン(ピアノ独奏)
NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

思いのほかにオーソドックスな演奏です。いつものトスカニーニのベートーヴェンでのリズムのキビキビした印象より・線が柔らかで音楽がゆったりした感じです。恐らくはゼルキンの個性に合わせた解釈です。ゼルキンのピアノは響きがふくよかで・足取りがしっかりしています。派手なところがなく・音楽が安定していて・揺るぎがないのです。ベートーヴェンのピアノ協奏曲のなかでも叙情味のある第4番ではこの行き方は合っていると思います。トスカニーニは自分の個性をあまり強く押し出さず・淡々とサポートに徹しているように聞こえますが、こういうトスカニーニは珍しいように思います。特に第1楽章はゆったりしたなかに・器の大きさが自然に出ている・聴き応えのある演奏になっています。


○1944年12月18日ライヴ

ベートーヴェン:「プロメテウスの創造物」序曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

トスカニーニらしい引き締まった造型で・早目のテンポが小気味良く感じられます。NBC響の渋い音色がベートーヴェンの音楽に実によくマッチしていると思います。


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