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トスカニーニの録音(1943年)


○1943年1月31日ライヴ

ヴェルディ:歌劇「ナブッコ」〜合唱「行け、わが思いよ、金色の翼に乗って」

ウェストミンスター合唱団
NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

「イタリアの第2の国歌」と言われる曲ですから、トスカニーニにとっても大事な曲ですが、速めのテンポで比較的あっさりした印象です。もっとゆっくりと歌い上げる行き方もあると思いますが、ここでは旋律自体が持つ力がストレートに聴き手に伝わってくるようです。まったく飾り気のない・素朴な心情の表現だと思います。


○1943年4月4日ライヴ

エロール:歌劇「ザンパ」序曲、ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」〜六人の踊り、
ボッケリーニ:メヌエット、ハイドン:セレナード、ケルビーニ:スケルツオ、
ムソルグスキー:歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」〜第3幕序奏とポロネーズ、
ポンキエルリ:歌劇「ジョコンダ」〜時の踊り、リスト:ハンガリー狂詩曲第2番、
スーザ:星条旗よ、永遠なれ

NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

トスカニー二によるポピュラー・コンサート。当然、聴き物はオペラからの曲ということになりますが、「時の踊り」はトスカニーニの得意曲だけに色彩感が素晴らしい、旋律が息深く歌われて、リズム感が良くて音楽が生き生きして、まさに絶妙の出来。「六人の踊り」は劇的な要素はない曲ですが、のんびりした旋律をゆったりと素朴に聴かせます。「ザンパ」は、リズムがピチピチ飛び跳ねるような活気に満ちています。ボッケリーニからケルビーにまでの三曲は弦楽合奏で、テンポは速めにしてあっさりした味付けです。ハンガリー狂詩曲は意外と芝居っ気が強い。テンポの緩急を強くして、もしかしたらストコフスキーに影響されたかと思うような濃厚な味わい。「星条旗よ、永遠なれ」はリズムが斬れて、威勢の良いマーチ。


○1943年4月25日ライヴ

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番

ウラディミール・ホロヴィッツ(ピアノ独奏)
NBC交響楽団
(ニューヨーク、カーネギー・ホール)

最初の度胆を抜かれるのはホロヴィッツの打鍵の強さ、音量の凄さです。それでいて音が水晶のように澄み切って、粒立っていること。ピアノが本質的に打楽器であることを聴き手に明確に意識させます。鋭敏な感覚は、前衛的で悪魔的な凄みさえ感じさせ、聴き手を戦慄させずにはいられません。このようなホロヴィッツに対し、トスカニーニも猛り狂うかのようで、がっぷり四つに組んだ演奏は凄い迫力です。 娘婿のホロヴィッツを前面に押し立てているようでありながら、聴こえて来るのはまぎれもないトスカニーニ節。リズムの立ち上がりの鋭さ、余分なものを削ぎ落したような旋律の直線的な歌い廻し、アタックの激しさ、そこにはチャイコフスキーの演奏にありがちな俗っぽい甘さなと微塵もなく、ひたすらに駆け抜ける勢いがあります。第1楽章においては、曲を聴くというよりは、この二人の偉大な芸術家の取っ組み合いを聴くようなスリリングな感覚です。確かにドライと云えばドライなところがあるかも知れませんが、それでも乾いた感触のなかに、これまでに聴いたことのないハッとする表現が随所に見られます。第2楽章以後は聴いているこちらの耳が慣れてくるのか 、少し落ち着いて聴こえます。第2楽章のNBC響の弦の清冷な歌い廻し、第3楽章のリズムの饗宴など、聴きどころは満載です。NBC響はただただ見事としか言いようがありません。


○1943年7月18日ライヴ

スッペ:喜歌劇「詩人と農夫」序曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

テンポに余裕を持たせた楽しめる演奏です。特にチェロ独奏のたっぷりとした歌い回しは実に美しくて、それに身を任せたようなトスカニーニのリラックスした振りがこれまた素敵です。展開部からは一転してリズムも歯切れ良くなって、斬れのいいトスカニーニ調になります。後半はNBC響の性能全開といった感じですが、決して音楽が重くならないのが素晴らしいと思います。


○1943年7月18日ライヴー2

マスネ:組曲「アルザスの風景」

NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

あまり馴染みのない局ですが、色彩感と民族色のある楽しい曲です。トスカニーニは例によってイン・テンポで純音楽的に処理しようという態度を崩していませんが、曲の持つ民族的な素朴さと歌謡性がさりげなく表現されているという感じです。第1曲の静けさのある田園風景の描写、第2曲での民族舞曲の素朴なリズム感は印象に残ります。第3曲のチェロのしみじみとした味わいのある語り口も魅力的です。


○1943年7月25日ライヴ

歌劇「ルイザ・ミラー」序曲・歌劇「ルイザ・ミラー」第2幕〜アリア「穏やかな夜には」

ジャン・ピアース(テノール)
NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

緊張した序奏から・展開部に入ると快速テンポで・リズムの斬れが素晴らしいと思います。直線的な旋律の歌い方ですが・その強靭なカンタービレはヴェルディの音楽の本質を教えてくれます。アリア「穏やかな夜には」ではピアースは明るく屈託のない声で伸びやかな歌唱を聞かせています。


○1943年11月14日ライヴ−1

チマローザ:歌劇「秘密の結婚」序曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

トスカニーニらしい速めの快活なリズムですが、編成がやや大きめのオーケストラのせいか・本来の洒脱な味わいよりは大柄で・やや勢いに任せたようなところがなきにしもあらずです。オペラの序曲というよりは・オケのショーピース的な捉え方に思われます。しかし、音の斬れがいいので・重い感じがまったくないのはさすがです。


○1943年11月14日ライヴー2

ガーシュイン:パリのアメリカ人

NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

トスカニーニにとっては珍しいレパートリーです。老巨匠にNBC響の中間部のトランペット・ソロにジャズっぽいけだるさが欲しいとか・全体のリズムにジャズらしいフィーリングが 欲しいところですが、それは仕方ないことです。それでもガーシュインのスタイルはしっかり捉えていますし、トスカニーニがこうした曲にも真正面で取り組む姿勢は見上げたものだと思います。色彩感のあるなかなか楽しい演奏ですし・旋律の歌いまわしが直線的でトスカニーニ的であるのも嬉しくなってきます。後半のNBC響のキビキビしたリズムの乗りはたいしたものです。


○1943年11月21日ライヴ

ラヴェル:ラ・ヴァルス

NBC交響楽団
(ニューヨーク・ラジオシティ・スタジオ8H)

旋律線の明確な聞きやすい演奏です。逆にラヴェルの音楽の持つ香気は乏しいことは否めません。この曲はウィンナ・ワルツへの幻想曲ではありますが・ワルツのリズムがウィーン風である必要はありませんから、トスカニーニのように曲を艶やかに聴かそうという気がなくて・早目のテンポで淡々と進めるのも意外と悪くないものです。ぶっきらぼうのようでいて弦の歌いまわしに歌心があるのだから、たまりません。


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