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トスカニーニの録音(1939年)


○1939年1月14日ライヴ

フランク:交響詩「プシュケ」〜「プシュケとエロス」

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

弦の柔らかい響きを主体にして、オケの響きを溶け合わせていきます。テンポはゆっくりとして、トスカニーニとしては旋律を直線的に歌わず・実に柔らかくテンポも柔軟にとっています。これも弦セクションのトレーニングで選んだものでしょうが、名前を伏せればトスカニーニの指揮とはちょっと思われない感じです。


○1939年1月21日ライヴ

ラヴェル:ボレロ

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

速めのテンポで始まりますが、腕利き揃いのNBC響にもかかわらず管のソロにミスが続出するのは珍しいことだと思います。ボレロは意外とオケにプレッシャーがかかる曲なのかも知れません。トスカニーニはイン・テンポで通すのではなく、後半のクライマックスでは旋律にリタルダンドを掛ける部分があるのは面白い解釈です。後半の盛り上がりと色彩感の素晴らし いのはさすがです。


○1939年2月27日ライヴ(一部を3月1日、29日に録り直し)

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

均整の取れた・理想的なフォルムの演奏です。早いテンポを基調にしていますが、リズムが完全に打ち切れているので・音楽が力強く息づいており、その造形に一糸の乱れもないのは驚くべきことです。第1楽章の・その整然とした動きも見事ですが、第2楽章の流れるような表現もまた見事です。トスカニーニの棒はエネルギッシュで若々しく感じられます。フルトヴェングラーのドイツ精神主義の重々しい表現も素晴らしいですが、このトスカニーニのアポロン的晴れやかさに満ちた表現は、時の流れを全く感じさせない新鮮さに溢れています。当時の聴衆がこの演奏にどれほどの衝撃を受けたのかは想像もできないほどです。


○1939年3月1日ライヴ

ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」序曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

トスカニーニの十八番で安心して聴けます。展開する音絵巻の変化の妙がとても素晴らしいと思います。いつもながら感心させられるのは「朝」や「静けさ」でのソロ楽器のシンプルな扱いです。あっさりした感触のようでいて・心に染み入るように旋律が入ってくるのは、旋律が息深く歌われていることの証です。「嵐」や「行進」での 整然としたアンサンブル・リズム感の良さも見事なものです。


○1939年4月17日ライヴ

パガニーニ(トスカニーニ編曲):常動曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

弦の細かいパッセージを早いテンポで動かして、オケの技量と身の軽さがよく分かって面白いと思います。そのテンポ感覚と斬れの良さはさすがトスカニーニです。


○1939月6月1日ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第4番

BBC交響楽団
(ロンドン、クイーンズ・ホール)

後年51年のNBC響との演奏ではリズムの刻みによる推進力を基調にしてフォルムを厳格に守った演奏でしたが、このBBC響との演奏では逆にオケの自発性を一気に開放させたような印象を受けます。それはリズムの刻みを全面に押し出さず・インテンポの印象があまりないせいです。事実、第1楽章や第4楽章ではかなり大きなテンポの変化が見られます。即興的というか・魅力的な部分もありますが、いつものトスカニーニらしくない感じです。全曲通して聴くと、第1楽章序奏部はちょっと重く感じられて、テンポ設計には一考あるように思われます。オケは実に優秀です。


○1939年10月28日ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

トスカニー二/NBC響くの第1回ベートーヴェン交響曲サイクルの初日の演奏です。そのせいか冒頭から気合いが入っています。NBC響の弦が鋼鉄のような力強さで、音が塊になって聴き手にぶつかってくるような気がするのは、スタジオ8Hの音響がデッドなせいだけではないと思います。何と言っても素晴らしいのは、いつもながらテンポを快速に取っているのに、リズムがしっかりと深く打ち込まれていることで、そのために音楽の推進力が際立つことです。造形が筋肉質的に引き締まって、表現に無駄がない。四つの楽章を結び付けるテンポ設計の見事さ、特に第1楽章が素晴らしいと思いますが、第2楽章も感情に溺れることのない厳しい表現です。淡々と抑えた表現ながら、緊張感ある第1楽章から続くからこそ、この表現が生きて来ます。第3・4楽章はリズム主体の音楽ですから、トスカニーニの推進力が生きて来ます。NBC響の合奏の精度が素晴らしく、集中力は最後まで堕ちません。フルトヴェングラーのようなドイツ系のベートーヴェンとまったくタイプが違う、アポロン的な明晰さと形式感を備えたベートーヴェンなのです。


○1939年11月4日ライヴ−1

ベートーヴェン:レオノーレ序曲第3番

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

早めのテンポで、前半の抑えた表現・後半の感情の爆発まで劇的緊張が持続した見事な演奏です。余計なものをそぎ落とした簡潔さと力強さを感じさせます。NBC響は明るめでいわゆるドイツ的な響きとは異なりますが、強靭な響きでベートーヴェンの意思的な音楽にふさわしいものです。 クライマックスへの盛り上げは凄まじい迫力です。にもかかわらずトスカニーニの厳しい眼が光っていて、演奏には一糸の乱れも感じられません。NBC響の硬質で引き締まった弦が特に素晴らしいと思います。


○1939年11月4日ライヴー2

ベートーヴェン:交響曲第2番

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

構成ががっしりしていて・聴き終わって充実感が残る優れた演奏だと思います。テンポを速めに取って・一気に描き上げたような勢いがあります。ベートーヴェンの9曲の交響曲のなかで第2番は地味な曲というイメージがありますが、ベートーヴェンは第3番で革命を成し遂げたのではなく・実は第2番でそれを行ったのであるという見方があるそうです。ハイドンの流れを汲む若書きの交響曲ではなく・はっきりと革命的な作品であるということ、トスカニーニはそのことを実感させる演奏です。その意味では「軽み」がないということが言えるかも知れませんが。特に第1楽章が素晴らしいと思います。重めの序奏から始まりますが、NBC響の気合いが素晴らしく・重量感があります。ここから展開部に入って疾走するテンポと推進力は実に見事です。第4楽章もリズムが明確に取れて・整然とした印象があります。セカセカした感じがまったくないのです。両端楽章が素晴らしいのですが、中間楽章も渋めでしっかりした位置を確保しています。


○1939年11月4日ライヴー3

ベートーヴェン:交響曲第4番

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

全曲と通じて緊張の持続が素晴らしく、構成がしっかりして・骨組みが太い演奏です。リズムが明確で整然とした印象が強く・旋律を直線的に歌い・あまり遊ばない感じなので、この曲の優美なイメージが多少薄まった感じではありますが、第3番と第5番の間に位置する古典的かつ男性的なイメージの演奏であると言えます。第1楽章は早いテンポで勢いがありますが、しっかりと形式が意識されている感じです。第2楽章も早めのテンポで淡々としています。第3・4楽章においても早めのテンポですが、しっかりとリズムを打ち込み・聴衆を煽りたてるようなところはまったくありません。整然とした印象はまったく崩れません。NBC響の響きは引き締まり、硬質で力強さがあります。


○1939年11月11日ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

トスカニーニがNBC響と行なった初めてのベートーヴェン・チクルスでの演奏で・さすがに気合いが入っていますが、残念なことに録音状態が非常に悪い。残響がデッドなことで評判が悪い8Hスタジオの印象がさらに強調されたような録音です。ここでのロスかニーニは冒頭全奏の音の余韻を意識的に断ち切るような振り方で、これが一般に蔓延しているトスカニーニの悪口で言われる「即物的でそっけない」という印象になっているようです。不思議ですが、同じ曲でも同年2月27日の演奏では演奏の基本的解釈は変わっていないのにそれほどドライな印象は受けないので、この演奏はトスカニーニの解釈がやや極端に出た例なのかなとも思います。しかし、別の見方をすれば、この演奏はトスカニーニのスタイルがより徹底したということも言えるのかも知れません。まずリズムの斬れが素晴らしいこと、造形がシャープで整然とした印象を与えることでは、トスカニーニの数ある同曲の録音のなかでも群を抜いており、好き嫌いはあれど強烈な印象を残します。 無駄を排したストイックなほど煮詰められた表現です。特に両端楽章 はリズムの持つ推進力さえ内に込めた感がするほどです。感心するのは中間楽章で、これほど緊張感ある第1楽章のあとでの第2楽章は早めのテンポのなかにも淡々とした安らぎがあり、第3楽章も肩に力が入っていない独特の軽みがあります。この中間楽章があるからこそ、この密度高い演奏が成り立ちます。


○1939年11月18日ライヴ

ベートーヴェン:エグモント序曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

テンポ早めに・直線的に旋律を歌い上げ・勢いのある演奏です。いわゆるドイツ的な重厚で暗めの湿り気を帯びたような演奏ではなく、余計な思い入れを入れず・スカッと割り切ったシャープな造型の演奏なのですが、それだけに曲そのものの本質にまっすぐ斬り込んでいくような感じなのがトスカニーニです。NBC響の鋼のように力強い弦の響きと、スタジオ8Hのデッドな響きがその印象をますます強くします。


○1939年11月25日ライヴ

ベートーヴェン:レオノーレ序曲第2番

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

トスカニーニらしい勢いと力強さがある演奏です。早めのテンポでキリリと引き締まった造形はベートーヴェンにふさわしいと思います。前半の緊張感ある抑えた表現も見事ですが、後半の早いテンポで畳み掛ける劇的迫力は素晴らしいと思います。


○1939年11月28日ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第8番

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

トスカニーニらしく全体のテンポは速めですが、リズムが十分に打ち込まれており、演奏は聴きごたえがします。NBC響は特に高弦が引き締まり、表現の密度が高く、それでいて重い印象はなく、表情が冴えています。特に第1楽章にフレッシュな生き生きした感覚があって、魅力的です。第2楽章もリズムをきっちり 軽めに取った端正な出来。 第3楽章はテンポをあまり遅くせず、簡潔な流れを心掛けた表現であり、中間2楽章のバランスを軽めに置いているので、これで両端楽章が生きて来ます。四つの楽章の構成がきっちり取れていると思います。


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