(戻る)

トスカニーニの録音(1938年)


○1938年2月26日ライヴー1

ワーグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」序曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

テンポを速めに取って、リズムを明確に造型をキリッと締めたダイナミックな演奏に仕上がっています。NBC響の響きは明るめに感じられ、情念の暗さみたいなものは感じにくいですが、冒頭部の嵐の場面での低弦のうねりは迫力があり、オペラティックな感興も十分です。


○1938年2月26日ライヴー2

ボロディン:交響曲第2番

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

リズムが前面に出るこの曲を、トスカニーニは斬れの良い早いテンポで密度高く一気に聞かせます。特に第1楽章は前衛的な気分さえ感じられるトスカニーニのリズム処理が興味深く感じられます。


○1938年2月26日ライヴー3

ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

早いテンポで造型を引き締めたブラームスですが、旋律の歌い回しを大事にしていて、刻々と展開する変奏の妙が聴き手を飽きさせません。特にリズムが前面に出る第7変奏などはダイナミックで見事です。


○1938年2月26日ライヴー4

スメタナ:交響詩「モルダウ」

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

速いテンポで密度が高く、純音楽的に割り切った表現ですが、そっけない感じはまったくありません。絵画的な印象がしますが、場面の描き分けは適格です。自然な情感が湧きあがってくる感じで、無駄がない表現だと思います。


○1938年3月8日ライヴ-1

ハイドン:交響曲第88番

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

トスカニーニのハイドンは音楽に余計な思い入れを入れず・純器楽的な面白さをよく表現して、曲との相性が良いと思います。この曲でもテンポを軽快にとって・旋律を直線的に歌わせて・そっけない感じがするほど淡々としているのですが、しかし、曲自体の面白さが損なわれている感じはまったくないのです。出来は後半2楽章が良いと思います。第3楽章はメヌエットの優雅な要素を強調せず・サラリと進めるところがトスカニーニらしいところです。第4楽章はさらに素晴らしいと思います。楽器の軽妙な掛け合いがハイドンの音楽の持つユーモアを自然に納得させます。さかのぼって第1楽章は音楽自体が要求するテンポはもう少しゆっくりしたもののように思いますが、しかし、リズムをしっかり打ち込んでいるので・せかせかした感じはまったくありません。この第1楽章のテンポ設定が全曲の構成を決定していることが全曲聴き終わるとよく分かります。解釈に一本筋が通っているということです。


○1938年3月8日ライヴー2

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番〜第2・3楽章

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

トスカニーニが弦セクションのトレーニングのために選んだ曲だと思いますが、第2楽章は遅めのテンポで旋律を慈しむように柔らかく歌い上げ、各奏者が互いの音を聴きながら響きを慎重に練り上げていく過程がよく分かる気がします。ここでは旋律をストレートに歌うトスカニーニのイメージがあまり見えてこないのが面白いところです。


○1938年6月2日ライヴ

モーツアルト:歌劇「魔笛」序曲

BBC交響楽団
(ロンドン、クイーンズ・ホール)

テンポがかなり早く、この演奏にメルヘン的イメージを期待すると肩透かしを食らいます。しかし、先入観を持たずに聴けば、これは近代的な感覚を持ったフレッシュな演奏であると思います。何よりリズムの斬れが良く、音楽がはじけるように生き生きとしています。コンサート・ピースとして完成された表現を目指したものでしょうが、トスカニーニのスタイルとして徹底しており、そこに微塵の迷いも感じられません。


○1938年6月13日ライヴ

ロッシーニ:歌劇「絹のはしご」序曲

BBC交響楽団
(ロンドン、クイーンズ・ホール)

「これぞロッシーニ!」と叫びたくなるような生き生きとして斬れの良いリズム、旋律を直線的に歌う簡潔な表現が明るい太陽を思わせるようなロッシーニの音楽の魅力を明らかにしてくれます。BBC響はトスカニーニの意図を完璧に体現していて、まるでイタリアのオケが演奏しているかのようです。


○1938年6月14日ライヴ

ウェーバー(ベルリオーズ編曲):「舞踏への勧誘」

BBC交響楽団
(ロンドン、クイーンズ・ホール)

描写音楽というより純音楽的に曲をとらえようとした演奏です。しかし、甘くムーディーに聞かせようとする意図などまるでないのに、導入部のチェロによる男女の語らいの場面など実に繊細で美しいと思います。舞踏会の場面に入ると一転してテンポは早くなりますが、そっけないと思えるほどにサラリと進めますが、それでいて歌心に欠けているわけではないのです。ワルツのテンポの取り方は、後年51年のNBC響より遅めで表現も甘めで、この点はちょっと意外でした。


○1938年11月26日ライヴ

ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第二組曲

NBC交響楽団
(ニューヨーク、ラジオ・シティ・スタジオ8H)

ラヴェルの香気には多少乏しい感じはありますが、色彩感は十分ですし、旋律線を強調することで曲の構造が明確になって実に聴きやすい演奏です。「夜明け」は特に素晴らしい表現だと思います。弦のみずみずしい響きは明るいエーゲ海の日差しを想わせます。高弦が旋律を伸びやかに息を長くとらえて実に魅力的です。「全員の踊り」におけるリズムの斬れと推進力は、このオーケストラの合奏能力を十二分に引き出しています。


(戻る)